Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
第一線でデザインリサーチの普及・啓蒙に取り組まれているソシオメディア株式会社代表取締役・HCD-Net(特定非営利法人人間中心設計推進機構)理事長 篠原稔和さんをモデレーターに、日々の現場でデザインリサーチに取り組んでいる主任研究員安藤ハル、主任研究員新関亮太、ユニットリーダーの原有希によって行われたディスカッション[Vol.5]。話は、デザインリサーチの現場へと深く入っていきます。

[Vol.1]全ては現場に埋め込まれている。
[Vol.2]HCD(人間中心デザイン)が当たり前の世界へ
[Vol.3]HCD(人間中心デザイン)の新しい領域
[Vol.4]デザインリサーチに注入された、人文社会科学の知
[Vol.5]デザインリサーチの現場報告
[Vol.6]デザインリサーチというフィールド
[Vol.7]デザインリサーチと向き合う、人文社会科学のニュージェネレーション
[Vol.8]KPIのない社会課題へのチャレンジ
[Vol.9]ゴールを共有する二人の異なるアプローチ

B to CからB to Bへのシフトチェンジ

篠原さん:
それでは次に、これまでのキャリアについてお聞きしたいと思います。新関さんの場合、違う会社から日立に来られたということでしたが、以前はどういうお仕事をされていたのですか。

新関:
前職は音響機器メーカーにおりまして、ビデオカメラや音響機器などコンシューマー系の製品のユーザビリティ検討やUXデザインを担当していました。しかしコンシューマーの世界では、上流に行くほどつかみどころがなく、結果まで落とすことが難しいと感じまして、B to CではなくB to Bを中心とした企業で、案件をこなしながら実績を積むことが自分の将来には重要だと考えるようになりました。そして縁があり、2012年に日立に転職してきました。

誰も取りこぼさないインターフェース

篠原さん:
それでは安藤さんのこれまでのキャリアについてもお聞かせください。

安藤:
私は入社以来、「誰も取りこぼさないインタフェース」ということを一貫して考えてきました。中央研究所時代は、コンピュータと人との新しいインタフェースや、手話のアニメーションを生成するインタフェース、個人に適応した教育用のシステムを開発してきました。

その後、現在の東京社会イノベーション協創センタに組織が変わる中で、それまでは新しいインタフェースをつくるというミッションで進めてきた仕事を通して、元々あるレガシーなインタフェースをどうやって改良していくか、より良いものにしていくかという視点が重要だということに気づきました。

本来使いにくいものでも、人は使っているうちに慣れてしまう。そうすると新しいものを導入しても、「いや、前から使っていたこちらの方がいい」ということになります。その中で、どうやって新しいものに乗り換えてもらえるような仕組みをつくるのか。人の無意識の部分をどう洗い出すのか、それをテーマに今の仕事に取り組んでいます。

グローバル化よりローカル化という真逆の答え

篠原さん:
それでは、今度は具体的な仕事の中で、重要だったトピックがあれば教えていただきたいと思います。加えて、今の仕事の面白さなどもお話しいただければ。新関さん、いかがでしょう。

画像: 現場の大切さを語る新関亮太

現場の大切さを語る新関亮太

新関:
私の場合は、グループ会社の業務のオペレーションに関して、今困っているところをいかに改善していくかという仕事にたずさわってきました。特に印象に残っているのは、5年前から関わっているあるグループ会社の中の工場のオペレーションを、グローバルで改善してくという案件です。

私自身としては初めての海外調査となるのですが、オーストラリア、インドネシア、あと私が直接は行けませんでしたがザンビアで、エスノグラフィ調査をしました。改善に向けて調査前は共通したオペレーションで効率化を図ろうとしていましたが、北米のラボのメンバーと共に、人を起点としたユーザーリサーチを重ねていくと、国ごとに明確な個別性があるということがわかりました。つまり、当初の狙いとは真逆で、各国の工場のオペレーションに必要なのはグローバル化ではなく、むしろローカル化だったのです。

この気づきをきっかけにした提案から、エスノグラフィ調査だけでなく関係者の合意形成のためのワークショップの設計などもまかされるようになり、新しい業務コンセプトの立案やプロトタイプ、新しいビジネスモデルの構築にも取り組むようになりました。

この案件で、現場に行って見たり話したりという基本的なコミュニケーションが、いかに重要で面白いかということを教わりました。「現状のオペレーションはどうですか」と聞くだけでは、結局多くのことはわからないんです。なぜこうなっているのか、どういう思いを持ってこうしているのか、何に困って彼らはこういう工夫をしてきたのか。そこまでを深く理解した上で、そのインサイトを意思決定者にきちんと伝える。それが信頼関係の第一歩であり、今はそこに面白さを感じています。

原:
今の新関の場合、海外の複数の国向けに工場共通のソリューションをつくりたかったのですが、実際にリサーチをしてみると、どの国でも同じ仕事をしているはずなのに要求が違うわけです。背景をよくよく調べてみると、コンテクストが全然違う。この国では紙で処理していることが別の国では電子化されていたり。なぜその違いが生まれているのかをきちんと理解しないと、真にグローバルで使えるデジタルソリューションなんてどうつくればいいのかわかりません。

新関はユーザビリティもやってきていますので、最終的にそういうコンテクストを理解した上でデジタルソリューション創生までもっていきましたが、その過程で各国の合意形成を図るために、コンセプト映像を作って見せるということもやりながらうまくコーディネートしていきました。

伝わらないアラート

篠原さん:
それでは安藤さんにも、印象に残ったお仕事、そしてこの仕事の面白さについてお聞きします。

画像: グローバル案件の落とし穴について語る安藤ハル

グローバル案件の落とし穴について語る安藤ハル

安藤:
具体的に話すことはできないのですが、ある制御室のコントロールパネルをグローバルに展開するという仕事がありました。そのコントロールパネルには、複数の運転員がアラートを確認できる表示板がありまして、日本ではそれが最新のものでしたので、そのまま海外でも使おうという考えでした。

しかし、実際にモックアップをつくって海外の人に試していただくと、「どれがアラートの表示なのかわからない」というコメントが返ってきたんです。色や表示のタイミングなど、知覚レベルでは人はみな同じはずなのに、それまでどういうものに慣れてきたかというレガシーが異なると、それをアラートとしてとらえられない。つまり、認知レベルになるとこれまで学習された記憶が入ってきて、アラートというわかりやすい信号さえ意味が伝わらなくなる。グローバルで活用するためには、認知のレベルでも検証が必要だということを教えられました。

篠原さん:
その状況に直面されたときの驚きは、相当なものだったでしょう。コントロールルームのアラートが伝わらないというのは、現場の方たちからすれば「これは絶対に使えない」ということですから。ただ、そのことによって、逆に日本での設計思想を問い直すきっかけにもなるわけですよね。

安藤:
おっしゃる通りです。日本の場合は、慣れてしまう、与えられると一生懸命それを学習するというカルチャーなのですが、それを当たり前だと思っているとこういうことが起きる、それは肝に銘じるべきだと思いました。

ただ、こちらの想定と違うことが起きたときには衝撃、そして落胆なのですが、「仮説が覆される」ということは、「新しい発見が生まれた」ということでもあります。私はこの仕事の醍醐味は、「ヒトに対する仮説が覆される」ことにあると思っています。これを繰り返していくことで、また人間・組織にはこんな特性があるのだ、と新しい発見がある。これがデザインリサーチの醍醐味であり、役割だと考えています。

――次回、デザインリサーチの可能性、面白さについてさらに話は深まっていきます。

画像1: [Vol.5]デザインリサーチの現場報告 |ソシオメディア代表 篠原稔和さんが深掘りする、二人のリサーチャーの現在地

篠原 稔和
ソシオメディア株式会社 代表取締役
NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net) 理事長
国立大学法人 豊橋技術科学大学 客員教授

「Designs for Transformation」を掲げるデザインコンサルティング・ファームであるソシオメディア株式会社の代表取締役。同時に、NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)の理事長および総務省のデザインに関わる技術顧問を兼務している。企業や行政におけるデザイン思考やデザインマネジメントに関わるコンサルティング活動、教育活動、啓発活動に従事。また、2021年に豊橋技術科学大学の客員教授に就任し、産官学民の取組や教育活動の中でのHCDの実践に取り組んでいる。最新の監訳書籍である『詳説デザインマネジメント - 組織論とマーケティング論からの探究』(東京電機大学出版局、2020年3月20日)など、現在における「デザインマネジメント」の重要性を多角的に探求するための「デザインマネジメントシリーズ」を展開中。2022年には「HCDのマネジメント」に関わる自著を出版予定。

画像2: [Vol.5]デザインリサーチの現場報告 |ソシオメディア代表 篠原稔和さんが深掘りする、二人のリサーチャーの現在地

原 有希
研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 リーダ主任研究員(Unit Manager)

1998年、日立製作所入社。デザイン研究所、デザイン本部を経て、東京社会イノベーション協創センタにて現職。ユーザーリサーチを通じたHuman Centered Designによる製品・ソリューション開発や、業務現場のエスノグラフィ調査を通じたCSCW(Computer Supported Cooperative Work)の研究に従事。人的観点でのソリューション創生や業務改革を行っている。

画像3: [Vol.5]デザインリサーチの現場報告 |ソシオメディア代表 篠原稔和さんが深掘りする、二人のリサーチャーの現在地

安藤 ハル
研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 主任研究員(Chief Researcher)

日立製作所入社後、中央研究所、デザイン本部を経て現職。誰をも取りこぼさないデジタル社会の実現を目標として、認知科学的視点をベースに、デジタルデバイド解消に向けたユーザインタフェースやユニバーサルデザインの研究開発に従事。さらに昨今は、学習科学に基づいた人財育成のデジタライゼーションにも取り組んでいる。

画像4: [Vol.5]デザインリサーチの現場報告 |ソシオメディア代表 篠原稔和さんが深掘りする、二人のリサーチャーの現在地

新関 亮太
研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 主任研究員(Chief Researcher)

2012年日立製作所入社後、デザイン本部を経て現職。認知心理学の知見や製品ユーザビリティ評価の実績をベースとし、システム開発や働き方改善を目的とした各種ユーザ調査及びデザインプロジェクト推進を担当。近年は、ビジョンデザインのためのユーザ調査設計など、専門領域の適用先拡張に向けたプロジェクト設計に注力。

[Vol.1]全ては現場に埋め込まれている。
[Vol.2]HCD(人間中心デザイン)が当たり前の世界へ
[Vol.3]HCD(人間中心デザイン)の新しい領域
[Vol.4]デザインリサーチに注入された、人文社会科学の知
[Vol.5]デザインリサーチの現場報告
[Vol.6]デザインリサーチというフィールド
[Vol.7]デザインリサーチと向き合う、人文社会科学のニュージェネレーション
[Vol.8]KPIのない社会課題へのチャレンジ
[Vol.9]ゴールを共有する二人の異なるアプローチ

This article is a sponsored article by
''.