プログラム1「ビジョンと駆動目標を達成するための“ビジョンデザイン”」
プログラム2「ビジョンと事業」
プログラム3「ビジョンを実現するソリューションの研究」
VUCA時代の課題に向けた2つのソリューション研究
私たちは今、日々刻々と変わるVUCA(注)の時代に生きています。みなさんも、環境問題やCOVID-19など、世の中が急変する体験をされているのではないでしょうか。
困難に直面する世の中ですが、日立製作所は、誰もが安心して健やかに生き生きと過ごせるよう、社会の仕組みを変えていきたいと考えています。
それには複数のステークホルダとの合意形成や多様な意見を解決するアイディアが必要です。複数の価値をともに満たすのはとても難しいことです。しかし、私たち研究者やデザイナーは、新しいビジョンを描いて世の中を変えるための一歩を踏み出し、社会を変える道すじを開きたいと考えています。
日立製作所の研究から、環境投資を加速する「サステナブルファイナンスプラットフォーム」について、また、快適な移動と経済活性化の両立に向けた「Mobility as a Service(MaaS)」について、ご紹介します。
注 VUCA…「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の4要素により、将来の予測がつきにくい状態を表す造語。
プラットフォームを構築し、サステナブルファイナンスを加速する
まず、サステナブルファイナンスプラットフォームについてご紹介します。
昨今、省エネあるいは再生エネルギーなどのアセットを調達し稼働するグリーンプロジェクトが増えています。環境関連の債権市場は年々伸びており、4千億ドルを超える勢いです。一方、投資家の需要は非常に旺盛で、まだまだ供給不足といえます。
私たちはまず、ステークホルダーの意見を聞きました。
債権発行体からは「レポート作成のコストやプロジェクト管理の負担がとても大きい」「グリーンの定義がそもそも不明瞭である」との意見がありました。
投資家からは「定量的な情報が限定されていて、債権同士の比較が難しい」との意見がありました。
証券会社からは「市場関係者との密なコミュニケーションを求められるが難しい」との意見がありました。
プロジェクトオーナーからは「多数の中小規模のプロジェクトに適応することが難しい」との意見がありました。
4者に共通する意見として「新しい規制や基準に対応していかなくてはならない」という声や、報告書のデータ改ざんのような不正行為のリスクについての言及がありました。さらに、気候変動や自然災害によりアセットが被害を受けるリスクも考える必要があるでしょう。
このように、数々の課題から、サステナブルファイナンス市場が発展しにくい現状があります。そこで日立の研究者とデザイナーが考えたアイディアが、サステナブルファイナンスプラットフォームです。これは、グリーンアセットからデータを取得し、マッチングやモニタリング、レポーティング、検証などの機能を提供する仕組みです。
私たちは、サステナブルファイナンスプラットフォームを中心に据え、さまざまな課題を解決する将来像を描きました。
その中で、日立はICTプラットフォームを提供し、IoT技術やブロックチェーン技術を投入し、調達された設備の稼働データを収集します。それらをもとに、複数のグリーンプロジェクトに関するモニタリング、レポーティング、検証などの手続きを半自動化します。この仕組みにより、市場関係者はプロジェクトの進捗を把握したり、定量的なインパクト情報を取得しやすくなるでしょう。今はまだ試行段階ではありますが、多くの市場関係者を巻き込んで環境投資のエコシステムをつくり、拡大していく将来像を描いています。
ナッジを繋げて社会を動かす、Mobility as a Service(MaaS)の研究
次に、MaaSについてご紹介します。
コロナの影響で人々が渋滞を避けて行動を控える今、どのような街を作りたいのか、研究者とデザイナーが一緒に考えました。
街には、生活者、利用者、交通事業者、商業施設の事業者などのステークホルダーがいます。
利用者は、混雑を避けてストレスフリーに移動したいし、時には移動を控えるだけでなく新しい場所にも行ってみたいでしょう。
交通事業者は、利用者が安全かつ快適に移動できるように、混雑を平準化したいでしょう。
商業施設の事業者は、交通事業者と相互にお客さまを誘導し、賑わいを取り戻し、街を活性化したいでしょう。
こうした将来像を描き、日立製作所の技術で、お客さまの行動をレコメンドする仕組みを考えました。
「ナッジ」という言葉をご存知でしょうか。人々が自発的に、望ましい選択をするための小さな仕掛けを指す言葉で、今とても注目されています。
私たちが解決しようとする課題に対して、1つ1つのナッジだけで人を動かすには力が弱いのです。しかし、1つ1つは弱くても、それらをつなげて大きな行動変化を起こせるのではないかとの仮説を立て、ひとつのアイディアを生み出しました。
あなたが会社帰り、帰宅ラッシュによる混雑情報を得たとします。もちろんまっすぐ帰ってもいいのですが、そこで、スマートフォンのアプリケーションから「混雑が解消されるまで近くのカフェに寄ってゆっくり過ごしたらどうですか」とレコメンドします。「カフェでゆっくり過ごす」が選択されると、さらに「近くに新しいお店ができています。行ってみては?」との派生案をレコメンドします。こうした連続のレコメンドにより、トータルな行動計画案を提供します。
レコメンドに応じた利用者が近くの店で買い物をすれば、売上向上につながります。また、カフェや店に立ち寄ることで帰りはストレスなく移動でき、帰宅ラッシュ時の混雑緩和にもつながります。
2021年の3〜4月、福岡市天神・博多エリアにて、500名以上のモニターと約50店舗にご協力いただき、社会実証を行いました。公共交通利用者にスマートフォンのアプリケーションでレコメンドを提供し、どのくらいレコメンドに応えていただけるか、商業施設への誘客がうまくいくかを検証したものです。
結果として、一定程度の効果がみられました。
交通事業者の課題であった混雑のピークがシフトし、平準化が実現しました。
利用者は、近くの空いているお店に誘客されたり、空いているバスでストレスなく移動できるようになりました。
商業施設の事業者にとっては、新たな需要が見込めるようになりました。
交通事業者、利用者、街の商業施設の「三方よし」の世界が実現できるのではないか。実証実験の結果から、そんな道筋がみえてきました。
研究に携わるデザイナーから更に詳しく話してもらいましょう。
個人的な体験を原動力に、プロジェクトをリードする
丸山:
ここからは、サステナブルファイナンスに携わる池ヶ谷和宏とMaaSに携わる吉治季恵を交え、さらに語り合います。
まず、プロジェクトへの思いや苦労話など聞かせてください。
池ヶ谷:
本プロジェクトには、「仕事だから」を超えた主観的な思いがあります。
いま、一緒にプロジェクトをリードしている研究者がいます。ある日、エネルギー技術の研究者である彼から「これからは金融とエネルギー技術の両輪を考えなくてはならない」との熱い思いを聞きました。私自身も設備投資や事業費に悩んでいたため、彼の思いに非常に共感し、ともに研究を立ち上げました。
丸山:
熱い想いに巻き込まれたんですね。
池ヶ谷:
はい。二人三脚で歩き出して、今ではパートナー的な存在になっていると思います。
私たちは、欧州と日本それぞれの金融機関や政府機関、国際機関、NPOやアカデミアなど、多くの関係者にアイディアをぶつけ、共感いただいたり、新しいアイディアや視点をいただいています。そのプロセス自体が苦労であり、楽しさでもあると思います。
痛感したのは、環境分野で先進的な欧州と日本とのギャップです。取り組みだけでなく、環境に対する価値観や意識がかなり異なります。こうしたギャップを考えなくてはならないと思います。
丸山:
池ヶ谷さんは、デザイナーとして研究者と組み、ヨーロッパの人たちと対話し、更にはヨーロッパの人たちと日本人とのつなぎ役もされていましたね。
池ヶ谷:
はい。社外での対話もさることながら、実は社内のステークホルダをいかに巻き込むかが非常に重要だと思います。
丸山:
前回の紺野先生、今回の佐宗さんのお話を伺っても、社内を巻き込むことがいかに難しく、体力のいることかよく分かります。
次に、吉治さんのMaaSへの思いを聞かせてください。
吉治:
個人的には、まずコロナ(COVID-19)のことがありました。自由に外に出られず、家族や友人にも会えません。よく行くお店にはシャッターが下りたままです。そんな状況にストレスや寂しさを感じていました。
本プロジェクトは、移動の安心を提供しながら街の経済を活性化するビジョンを描いています。そこにとても共感し、ぜひ実現したいと思って参画しました。
一番苦労したのは検証です。私たちにはビジョンも、ビジョンを実現するための技術もあります。しかし、それが社会にとって本当に価値があるのか、検証するフィールドを持っていませんでした。
今回の実験は、西日本鉄道さまにご協力いただきました。「我々もそこをめざしていかなくてはいけない」と、私たちのビジョンに強く共感してくださったのです。
その後、ニュースリリースを経て、社内外からいろいろな声をいただけるようになりました。最初の一歩が難しいのですが、ビジョンを共有し、共感を集め、実際の活動や成果について発信することが大事だと思います。
ギャップから対話が、対話から共感が生まれる
丸山:
谷崎さんは、この2つの研究をどうご覧になりますか。
谷崎:
2人とも、プロジェクトを始める時にさまざまな思いがあったと思いますが、実際始めてみてギャップを感じた部分があれば教えてください。
吉治:
MaaSの実験前は、朝夕2回ある混雑ピークのうち、朝は出勤や登校で時間的な制約があり、行動を変えにくいのではないかと思っていました。
ところが、実験の結果をみると、朝の時間帯の方が、混雑しないバスを選ぶ人が多かったのです。参加者に伺うと、COVID-19の影響で既に混雑回避の行動を取っていたことや、実験で使ったアプリケーションが更なる後押しになったことが分かりました。私たちの想定より、生活者の生活スタイルや価値観が既に変化していたのです。
谷崎:
自分たちだけでは思い至らなかったことが、外との対話によって分かったんですね。
丸山:
池ヶ谷さんも、プロジェクトが進む中で「いよいよ大変なことになってきた」「周りが変わってきた」と思う分岐点があったのではないでしょうか。
池ヶ谷:
私は、日本と欧州で、または社内で、さまざまなギャップを感じていました。そこで、ワークショップを開いて関係者を一堂に集め、研究を紹介し、今後の展望や主観的な思いを語る場を持ちました。その際、社内外ともに多くの人が共感してくれたことが、今から思えば分岐点になっていたと思います。数年前に本研究を始めた時は社会の関心も薄かったのですが、現在では「グリーン×デジタル」のビジョンに共感し、一緒になって考えてくれる仲間が増えてきました。
まずは統合的に課題を共有し、サステナブルファイナンスの現在と未来をいろいろな視点から議論し、統合的に解決する方策をみんなで考えていくことが非常に重要だと、改めて思っています。
丸山:
今、地域での実証実験が重視されています。私たちはソリューションを携えて実証実験をしますが、それが相手の社会や価値観を変えるきっかけにもなります。しかし、私たちはずっとそこに住むわけではありません。おふたりはそのことをどう考えますか。
吉治:
もちろん可能な限り関わっていきたいとは考えていますが、私自身が関われなくなったとしても、理想とする社会を実現するための一歩になればいいと思っています。そのために、ビジョンをつないでくれる仲間を増やしたいです。
池ヶ谷:
サステナブルファイナンスに対しては主観的な思いが強く、環境投資を進めていくべきだと思っています。仕事か否かに関わらず、主体的な意思をもって何らかの活動を続けていきたいと思います。
丸山:
私たちはここにずっと向き合っていかなくてはいけないですよね。私も、何もやらないより、変えるための一歩でありたいと思っています。お客さまの経験の変容に関わりたいという思いは、私たちに必要なマインドセットだと改めて思います。
谷崎:
ふたりの話を聞き、とても頼もしく思いました。外の方々と対話するとなると責任も伴ってきますので、その責任と信頼を裏切らないよう、私自身もサポートしていきたいと思います。
谷崎正明
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ センタ長(General Manager,Global Center for Social Innovation-Tokyo)
日立製作所に入社後、中央研究所にて空間情報処理技術の研究開発に従事。2006年からイリノイ大学シカゴ校にて客員研究員として、Computational Transportation Scienceの研究開発に参画。帰国後、2011年より情報・通信システム社公共システム事業部にて新事業企画に従事。2014年より研究開発グループ 横浜研究所 サービスイノベーション研究部部長を経て、2015年より東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部部長として、顧客協創方法論を取り纏め、2016年より技術戦略室ストラテジースタッフに就任。その後2017年より社会イノベーション事業推進本部に異動し、社会・公共部、翌年コーポレートリレーション部部長として、Society5.0推進および新事業企画に従事。2019年からは研究開発グループ 中央研究所 企画室室長を経て、2021年4月より現職。
池ヶ谷 和宏
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 環境プロジェクト 主任デザイナー(Design Lead)
日立製作所入社後、エネルギー、ヘルスケア、インダストリーなど多岐にわたる分野においてUI/UXデザイン・顧客協創・デザインリサーチに従事。日立ヨーロッパ出向後は、主に環境を中心としたサステナビリティに関わるビジョンや新たなデジタルサービスの研究を推進している。
吉治 季恵
研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ 価値創出プロジェクトデザイナー(Designer)
日立製作所入社後、主に鉄道や航空分野の旅客案内サービスのUI/UXデザインに従事。2015年からは東京社会イノベーション協創センタにて、顧客との協創によるモビリティ分野のビジョンや、新たなサービス・事業の創生に従事している。
丸山 幸伸(ナビゲーター)
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。
プログラム1「ビジョンと駆動目標を達成するための“ビジョンデザイン”」
プログラム2「ビジョンと事業」
プログラム3「ビジョンを実現するソリューションの研究」
協創の森ウェビナーとは
日立製作所研究開発グループによるオンラインイベントシリーズ。日立の研究者やデザイナーとの対話を通じて、新しい協創スタイルの輪郭を内外の視点から浮き上がらせることで、みなさまを「問いからはじめるイノベーション」の世界へいざないます。