COP26で感じた、気候変動に向かう世界の熱量
佐々木:
古い家電製品を電子楽器として蘇らせるアーティスト・和田永さん。今回のフォーラムは、東京都墨田区にある銭湯「電気湯」にて、扇風機を改造した楽器「扇風琴(せんぷうきん)」を掻き鳴らす和田さんのパフォーマンスからスタートしました。台風が起こると、隅田川や荒川が氾濫し水没する危険性があるなど、気候変動による災害リスクが高いと言われている墨田区。また、電気湯は再生可能エネルギーによって作られた電力を使用しています。今回の演奏は、次の時代への変化を予感させる音楽として、気候変動と関わりのある墨田区の銭湯から再生可能エネルギーを利用し、みなさまにお届けしました。
佐々木:
続きまして、COP26に参加された佐座さんと津田さんにお話しいただきます。
佐座さん:
MOCK COP(世界中の気候変動に関心を持つ若者たちがオンラインで行う、模擬的なCOP)のグローバルコーディネーターとして、また、日本のユース代表として参加しました。各国のリーダーが参加していましたが、コロンビアの気候変動アクティビストであるフランシスコは12歳です。若いリーダーの存在が目立ちました。
会場には各国のブースがあるのですが、世界中の首相やリーダー達が気軽に話せる距離にいるので、いろんなネットワークが広がります。日本のブースは技術紹介を中心にしていたのですが、個人的な感想としては、もっと気軽に立ち寄れる雰囲気があってもよかったのではないかと思います。
津田:
私はCOPには4度連続で参加しています。開催を重ねるたびに難しい交渉が増えていると感じます。今回のCOP26では、世界中からさらに強い危機感を感じました。また、今回、パリ協定に必要なルールはすべて整ったため、更に国際的なプレッシャーが高まるでしょう。こういった世界各国の温度感がどれくらい日本に伝わっているのかが気になっています。
佐座さんもおっしゃっていたように、日本は優れた環境関連技術の展示が中心、各国のブースはビジョン議論の場という違いがありました。海外のリーダー達は「こんな世界を作ろう。もう時間がないから、みんなで一緒にやろう」と熱意をもって語っています。
どうしたら日本人は恥ずかしがらずにビジョンを語れるのかが、佐座さんと私の共通テーマです。その中で、「Yes And」のようなコミュニケーションを取り入れられないかと話していました。
佐座さん:
「Yes(いいですね)」+「But(でも、◯◯の理由でダメですね)」ではなく、「Yes(いいですね)」+「And(さらに◯◯はいかがでしょうか?)」というふうに、ポジティブな言葉に変換するだけでも次に繋がる議論ができます。みなさんもまずは雑談の中で「Yes And」をやってみてください。
持続可能な未来へのトランジションとは
佐々木:
パネル・ディスカッションの前に、パネリストのみなさんから自己紹介を兼ねてお話しいただきます。
松浦さん:
明治大学専門職大学院ガバナンス研究科の松浦です。トランジションにおいて、「マルチレベル・パースペクティブ(Multi Level Perspective/MLP)」という考え方があります。「車に乗るか、自転車に乗るか」といった個人の行動選択のレイヤーがありますが、その上には社会のルールやしきたり、文化といったレイヤーがあり、それが個人の行動を制約しています。つまり、一人ひとりの行動だけに着目するのではなく、上のレイヤーのルールを変えないと変化は起こせないと言えます。
その中で、トランジション・マネジメントという手法があります。現場でいろんな実践を積み重ね、徐々に変えていくという手法です。例えば、化石燃料を徐々に減らして再生可能エネルギーを導入する、その転換をどうやって加速するかといった研究が、このトランジション・マネジメントの領域です。
乾さん:
シン・エナジー株式会社の乾です。私たちは今、エネルギーを利用した便利な生活が当たり前になっています。ここで、収支の話をします。今、日本は、化石燃料として年間約20兆円分を海外に頼っています。円安になり円が10円下がると、化石燃料費は一気に2兆円も増加します。GDP500兆円の利益が5%とすると、利益は25兆円です。エネルギーを海外に頼らず国内化できれば、利益率がかなり高まるはずです。
エネルギーを国内化するには、再生可能エネルギーが重要です。再生可能エネルギーは、資源が全世界に偏在しているのが重要なポイントです。日本はもちろん、世界中でローカルシステムをつくることができます。
共生社会へのトランジションにおいて、エネルギーシステム、食料システム、社会システム(地域の文化、コミュニティ、福祉、教育)、この3つのシステムが重要だと考えています。その中で、エネルギートランジションの目的は、「生を全うするためのもの」だと言えるのではないでしょうか。今回はそういった視点でディスカッションしたいと思っています。
佐座さん:
改めまして、一般社団法人SWiTCHの佐座です。私からは、若者のめざす未来についてお話ししたいと思います。多くの方が何度も見聞きしているであろうSDGsですが、自分の言葉で説明できますか? SDGsを分かりやすくするには、ウェディングケーキのように立体的に考えてみることをお勧めします。
この図のベースになるのが生態系です。海や川、山があるから、社会や経済が成り立つわけです。これを人間の体に例えるとさらに分かりやすくなります。生態系は、人間の体における健康だと考えてください。人間にとって健康がかかせないように、社会や経済にとっても、生態系はかかせないものであることが分かります。
これまで、私たちは消費社会で生きてきましたが、これからは循環型社会になっていきます。循環型社会には、「ゴミと汚染を出さない」、「素材として使い続ける」、「自然を再生させる」という3つの軸があります。
ソロモン諸島出身でユニセフのアンバサダーでもある私の仲間は、彼女の祖父母が育ったケール島が温暖化により海に沈んでしまったことを伝えています。私たちは今後、安定した地球で暮らすのか、灼熱化した地球に走るのか。早いペースで日本全体を巻き込んで循環型にするために活動したいと思っています。
鈴木:
研究開発グループ 技師長 兼 環境プロジェクトリーダーの鈴木です。日立では、2030年度までに自社内で、2050年には調達先も含めたバリューチェーン全体でカーボンニュートラルの実現をめざしています。
環境問題のような正解がない課題に対して、どんな未来を作っていくべきでしょうか。私たちは2050年に到達するべき「望ましい社会」のビジョンを描き、そこへ移行するためのパスウェイをバックキャストしながら、様々なギャップを乗り越えて行きたいと考えています。
「自然と人間の復興のための3つのトランジション」というウェブサイトでは、気候変動、生物多様性、そして人間の生活という「自然」と「人間」の関係性にかかわるプラネタリーな観点から、自然を破壊するのではなく回復させていく社会システムへの転換を提言しています。こういった活動を通じて、日立は気候変動領域のイノベーターとして、グリーンテクノロジーとデジタルを強みに、ステークホルダーの皆さまとの協創を通じて持続可能な未来へのトランジションを実現したいと考えています。
オールジャパンで環境問題に立ち向かう
佐々木:
ここからはディスカッションに入ります。
松浦さん:
日本は東日本大震災により原子力発電所が被害に遭いました。災害をきっかけにトランジションに着目されることは歴史的事例で明らかですが、日本は震災後もあまりトランジションに関心がないという研究結果が発表されています。
乾さん:
日本はもともと災害が多いので、言い換えれば災害に精神的に強いと言えるかもしれません。その結果、トランジションできないのではないかと思いました。
世界は環境問題に対して急速に動き出しているのに、日本の動きは鈍いと感じます。また、世界は対話や協働を重要視しているのに、日本だけが内にこもっている雰囲気を感じています。国も企業も一致団結して、オールジャパンで考える必要があると思います。
佐座さん:
私たち若者が生きられる未来は、サステナブルであり、環境配慮をしていることが前提となっています。私たちが描きたいのは、すべてが循環して、今あるもので生きていける社会です。私の子どもや孫にとっても良い社会であり、人間のためだけではなく、生態系に対してもポジティブな環境を作れたらと思っています。
日本は環境リテラシーがとても低いという問題があります。また、企業や業界の垣根を超えて一緒に最前線を走らないといけません。北欧ではすでに国が中心となって企業や大学、自治体、病院などを巻き込んだ循環型社会に取り組んでいます。日本でもチーム力を高めて、若者も引き込んだトランジションを進める必要があります。
鈴木:
日本の環境リテラシーが低いと言われている理由は、「誰かがやってくれる」という意識が強いからではないかと思います。自分たちがどのような未来に行きたいか、どのような環境の中で生活したり、仕事をしたいかを1人称で考えられるようなトレーニングが必要だと思います。
COP26の日本の展示は個社がそれぞれ技術をPRしていましたが、業界を超えて技術を組み合わせ、オールジャパンで取り組まない限り、解けない課題だと思います。競合関係にある企業も、連携して、社会をサステナブルに作り変えていく議論ができるようなマインドチェンジが必要だと思います。
佐々木:
今日集まってくださった皆様はもちろん、様々な方と力を合わせて、これからの社会の基盤を支えるテクノロジーを開発し、誰もが使える形で導入していくことが私たちの役割だと感じております。 本日はありがとうございました。
松浦 正浩
明治大学専門職大学院ガバナンス研究科教授
マサチューセッツ工科大学Ph.D.(都市・地域計画)。明治大学専門職大学院ガバナンス研究科教授、東京大学公共政策大学院客員教授。専門は合意形成論、都市・環境政策、交渉分析、トランジション等に関する研究。主要著書に『おとしどころの見つけ方』(2018)、『実践!交渉学』(2010)、『Joint Fact-Finding in Urban Planning and Environmental Disputes』(2016)ほか。
乾 正博
シン・エナジー株式会社代表取締役社長
1993年洸陽電機エンジニアリング(現シン・エナジー(株))の立ち上げに参画。阪神淡路大震災、京都議定書、東日本大震災などを通じ、エネルギーを扱う企業として「未来の子どもたち」へ果たすべき責任と使命感を抱く。2015年2月に代表取締役社長就任。2018年4月にはシン・エナジー(株)に社名を変更し、再生可能エネルギーと新電力事業を展開。2018年に環境省が設置した「地域再省蓄エネサービスイノベーション促進検討会」の委員を務めた。
佐座 槙苗
一般社団法人SWiTCH 代表
1995年生。ロンドン大学大学院 サステナブル・ディベロプメントコース在学中。2021年、循環型社会づくりに取り組む、一般社団法人SWiTCHを設立。COP26日本ユース代表。Mock COP26 グローバルコーディネーター。Ellen MacArthur Foundation 「Linear to Circular Young Professionals」 2021 選抜メンバー。
鈴木 朋子
日立製作所 研究開発グループ 技師長(Corporate Chief Researcher) / 環境プロジェクトリーダー(Project Leader, Environment Project)
1992年日立製作所入社。入社以来、水素製造システム、廃棄物発電システム、バラスト水浄化システム等、一貫して脱炭素・高度循環・自然共生社会の実現に向けたシステム開発に従事。現在は、社会課題を起点とした研究開発戦略の策定と事業化を推進する環境プロジェクトをリードする。
津田 恵
日立製作所 サステナビリティ推進本部 副本部長(Deputy General Manager)
2021年7月より日立製作所 サステナビリティ推進本部にて環境・社会価値創造の加速を担務。前職の大阪ガスでは入社以来一貫して海外事業を担当後、IR部長、CSR・環境部長、イノベーション推進部長を歴任。京都大学教育学部卒業、グロービス経営大学院MBA(Hons)、ハーバード大学ケネディースクールフェロー。
佐々木 剛二
日立製作所 研究開発グループ 環境プロジェクト 主任研究員(Chief Researcher)
博士(学術)。日本学術振興会特別研究員、森記念財団研究員、慶應義塾大学特任講師などを経て現職。人類学、都市、持続可能性などに関する多様なプロジェクトに携わる。著作に『移民と徳』(名古屋大学出版会)など。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。