[Vol.1] 自然と人間の関係を結びなおすトランジション
[Vol.2]トランジション・デザインと二つの時間性
[Vol.3]望ましい未来に向けたトランジションの道筋を描く
トランジションズ:システム変革の研究と実践
日立製作所の佐々木剛二です。現在は研究開発グループ社会イノベーション協創統括本部 環境プロジェクトで主任研究員として活動していますが、長い間、大学で人類学の研究を中心に、社会科学、持続可能性、都市の研究を行ってきました。これまでも、たとえば、2020年にはブラジルにおける民族誌(『移民と徳―日系ブラジル知識人の歴史民族誌―』名古屋大学出版会)を出版しています。その他には、オックスフォード大学の研究者らと還流移民についての共同研究を行い、デューク大学出版会から研究書を出版したり、東京の都市戦略の分析に関する研究に関わってきました。これまで、東京大学、六本木ヒルズを運営する森ビルの関連の研究所である森記念財団、慶應義塾大学SFC、日立の研究開発グループなど、分野をまたぎながら活動させていただいています。
デザイン・イノベーション・ファームTakramのロンドン・スタジオの代表をしている牛込陽介です。私はクリエイティヴ・テクノロジストとして、未来リサーチとデジタル・プロトタイピング、インタラクション・デザインを軸に未来に関するプロジェクトを行っています。例えば、AR(拡張現実)を使って海面上昇をビジュアライズするプロトタイプや、日立と共同でインフラ・プロジェクトの未来はどうあるべきかという提言を行っています。最近はインタラクション・デザインとして「人とシステム」、「人とテクノロジー」、「環境」などについて、相互作用の中で何ができるかを考えながら取り組んでいます。
「グッド・デザイン」が持続可能でない世界をつくった?
今日は、「人新世という考え方の中で、人類学はどのような実践が可能か」、「新しい人類学の実践がサービス・デザインの考え方にどのような影響を与えうるのか」について、「自然」とデザインという観点からお話しします。
最初に、スペインの哲学者であるホセ・オルテガ=イ=ガセットの言葉をご紹介したいと思います。それは、「私は、私と私の環境である」というものです。人間という存在と人間の周囲の環境は、分かちがたく結びついているということです。これは重要な、新しい自己認識のあり方だと思っています。この言葉に続いて彼は「そしてもし私が環境を救わなければ、私自身を救うことができない」と述べています。この意味は本日の発表の中で明らかになるのではないかと思います。
人新世についてデザインという観点から考えるとき、重要な見方を示しているのが、ビアトリス・コロミーナとマーク・ウィグリーの著書『我々は人間なのか? - デザインと人間をめぐる考古学的覚書き』(ビー・エヌ・エヌ新社)という書物です。その本の冒頭に、土の上に横たわる鳥の死骸の体内にさまざまなプラスチックの破片がぎっしりと詰まっている画像が掲載されています。このような画像を見慣れてしまったといういう人もいるかもしれませんが、その重要性は変わっていないと思います。
この書物の重要な中心的テーマは、人間が作り出してきたさまざまなデザインが地球のあらゆる場所を覆う一方、その帰結によって、人間が存続していくことができない状況が作られているということです。そこには、新たな素材、ネットワーク、インフラ、データ、化学物質、有機体が含まれており、大気圏の外では、人工衛星の残骸などのゴミが惑星の周りを回っています。
それらはすべて、人間のデザインによって作り出されたものです。人間が作り出してきた「グッド・デザイン」が、総体として不安定な社会や生物多様性の崩壊をもたらし、人間が存続できない環境を作り出してしまっている。こうした厳しい認識が、我々の活動の中核にあります。
人類学は異文化を探る旅から始まった
サービス・デザインの領域は人類学の影響を受けているという人もいます。それは民族誌=エスノグラフィが人類学と同一視されているからかもしれません。しかし、人類学の歴史は長く、その実践は幅広いものです。その中心には「旅」というものがあります。古代ギリシャ時代に、他の都市国家に住む人たちがどのような暮らしをしているのかを旅をして報告をしたことが人類学の淵源(えんげん)の一つのであると言われています。
そして、人類学は、これまで「自分たちと違う存在で理解するに値しないもの」と考えられていた先住民の考え方や暮らしのあり方から、近代性(modernity)の弊害やパターンについて捉え直してきました。西洋近代とその外側の間で、「自然」と「人間」の関係について考えてきた学問でもあります。また、現代においては、さまざまな地球的な諸課題が交錯してローカルな場所に縮図的に形成している状況を記述し、そのただ中から人間の生の状況を理解しようとする学問でもあります。
さらに、人類学は「資本主義」や「科学技術」、「植民地主義」といった近代の帰結から批判的に世界を理解する方法であり、 さまざまな場所で研究している人たちが集まる「フォーラム」でもあります。サービス・デザインの業界において単に「人の行動観察をするのが人類学」と思われているところがありますが、むしろ自然と人間の現実を包含する哲学的な実践である、という点を強調したいと思います。
人間・自然・モノのコミュニティを統合する次世代のデザインへ
フランスの哲学者ブルーノ・ラトゥールは、 『We Have Never Been Modern』(我々は近代人になったことがない)という書物において、近代人が前近代に対して投影している「自然と社会が一体化している世界観」と近代人の自己像である「自然と社会が切り離された世界観」を比較しています。ラトゥールは「近代人は、近代において自然と社会が切り離されていると信じたがるが、実は近代にあっても自然と社会は分かちがたく結びつき、ハイブリッドになっている。だから近代人は自分が思うほど近代人ではないのだ」ということを言っています。
そもそも、人間中心のデザインは「人間こそがSubject(主体)であり、その他はObject(客体)である」という考え方に基づいていた側面があったと思います。しかし、その帰結として、人間が自らの繁栄のためにその外部性を地球環境に投げ出してきてしまったということが、ひとつの反省点になっています。人類学の実践においても、人間を中心に観察していると人間以外の存在を見落としがちになります。 そのひとつが、人間以外の種(species)です。また近年ではモノやAI 、ロボットを含む人間が作り出したもの(things)も、エージェンシー(行為主体性)を持つと考えられるようになってきています。「人間のコミュニティ」、「種のコミュニティ」、「モノのコミュニティ」を、包括的にデザインしていかなくては次世代のデザインを考えることがなかなか難しい、ということが見えてきました。
――研究開発グループ 環境プロジェクトの佐々木剛二と、Takram Londonの牛込陽介さんが「トランジションズ・システム変革の理論とデザイン実践」をテーマにしたセッション。次回は、佐々木が語った「トランジションの理論と方法」についてお伝えします。
佐々木 剛二
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 環境プロジェクト 主任研究員(Chief Researcher)
博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員、東京大学学術研究員、森記念財団都市戦略研究所研究員、慶應義塾大学特任講師などを経て現職。人類学、移民、都市、持続可能性などに関する多様なプロジェクトに携わる。著作に『移民と徳』(名古屋大学出版会)など。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。
牛込 陽介
Takram Londonディレクター、クリエイティヴ・テクノロジスト
未来リサーチ、デジタルプロトタイピング、インタラクションデザインを専門とし、未来についてのより確かな意思決定のためのデザインを行っている。日立製作所と共同で行った「サステナブルな未来へのトランジション」リサーチなど、人・テクノロジー・地球環境との間で起こる出来事に焦点を当てたプロジェクトに数多く携わる。2018年Swarovski Designers of the Future Award受賞。Core77、ICON magazineなどでコラムの執筆も行っている。
https://ja.takram.com/
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