[Vol.1] 自然と人間の関係を結びなおすトランジション
[Vol.2]トランジション・デザインと二つの時間性
[Vol.3]望ましい未来に向けたトランジションの道筋を描く
"デザイン"は未来に投げかけられたプロジェクト
人類学は、世界に生じたことの記述ということをその実践の中心とする以上、他の人文学と同様、本質的に「過去」指向的な方法です。一方、デザインは、その対象が何であれ「未来」に投げかける実践だといえます。また、デザイン思考ということについては、Empathy(共感)、Optimism(楽観)、Iteration(少しずつ改善する)、Creativity(創造性)、Ambiguity(あいまいさ)などの価値が重視されてきましたが、「自然」を含むデザインにおいては、共感の対象も変わらなければいけないという状況になっていると思います。
日立のデザインも、深化をしてきました。以前は、扇風機や冷蔵庫、あるいは新幹線のようなプロダクトデザインを手がけてきました。その後、コンピューターやIT分野のビジネスとともに、ユーザー・インターフェイスのデザイン、そして、エクスペリエンス(経験)のデザインや、サービス・デザインに関わる領域にも携わってきました。さらに、社会がめざすべきビジョンのデザインも行ってきました。今日お話ししたいのは、この先にある「社会システムのデザイン」といったものについて考えるということです。
自分が生まれ育った世界より、より倫理的な世界をつくる責任
再構築していくべき社会システムのデザインとして、何が考えられるのでしょうか。
我々のプロジェクトは、気候変動、生物多様性の危機に対する意識の高まり、そして新型コロナウイルス(COVID-19)がもたらした一種のリミナリティの状況のもとで続けられました。リミナリティとは、これまでの秩序が崩壊しても、次の秩序が生まれていないような状況です。そうした中で、「次にどのような社会をめざしていけばいいのか」という問いを立てることができると考えてきました。
エリーザー・ユドコウスキーは「私たちは、自らが生まれ育った社会の基準に比べ、より倫理的な個人になる責任がある」ということを述べています。これは、我々がトランジションに関わる活動をする上で、コアになっている考え方に近いと思います。すなわち、これまでの「Business as usual」を続けていても持続可能な世界に繋がらないという認識があります。したがって、旧来の社会常識に照らしてエクストラ(過剰)であると思われることも追求したり、そのような世界を夢想してみることが大切だと考えています。
私たちが取り組みを始めた2019年の後半ごろは、まだ日本語では「トランジション」という言葉は知られていませんでした。サステナビリティの分野においては中核的な言葉です。社会のラディカルな、あるいは長期的・構造的変化を「トランジション」と呼ぶことは、英語のボキャブラリーとしてもますます広く使われています。
現在では「エネルギーのトランジション」や、「モビリティのトランジション」など、さまざまな場面で使われています。これは、前述したように、「現在のBusiness as usualのシステムが成り立たなないので、これまでとは異なるシステムに移っていかなくてはいけない」という発想です。
欧州では、フランク・ギールズによる「Multi-level Perspective」(MLP)のような、次の社会への移行を理論化する試みがあり、私たちも参考にしています。私たちのプロジェクトにおいて、「トランジション」は一種の「思考法」、または”Theory of Change“(変革の理論)と捉えています。私たちがいま置かれているシステム(The World We Have)から出発し、自分たちが本当に生きていきたい世界(The World We Want)をつくるということに焦点を置き、「そのために何ができるか」という道筋を考える方法です。とても単純ですが、パワフルな考え方だと思っています。
Built WorldからNatural Worldへ:トランジション・デザイン
次に、トランジションにかかわる二つの時間性についてお話したいと思います。変化を生み出していこうとするときに、現状から何ができるかを考える方法を「フォアキャスティング」といい、それに対して未来の姿から逆算して現在の施策を考える発想を「バックキャスティング」といいます。
フォアキャスティングは「現在から未来を眺めてみたときに、何が起こるだろう」と考えてみる思考です。一方、バックキャスティングは「あるべき未来から現在を照射して、そこにたどり着く方法をどのように導くか」という思考です。未来を描くためには、さまざまな戦略的な考え方が必要です。パーパスを一種の星と見て、そこに至るためにどのようなランドスケープがあり、チェスボードを見た時に自分たちがどのような手を打つ必要があるか、さらにその中で行動するためにはどんな自分でなければならないかを考えるのがバックキャスティングの一つの見方かもしれません。
トランジションの話をすると、よく「トランジション・デザインですか」と尋ねられます。もちろん、そこからインスピレーションを受けていることもたくさんあります。
「Design for Serviceから、Design for Social Innovationへの変化の先に、Transition Designがある」と、カーネギーメロン大学のテリー・アーウィンさんがおっしゃっています。我々も何度か対話をさせていただいています。テリーさんは、デザインの領域が、Built World(人間が築いた世界)からNatural World(自然の世界)に関わるような方向に進んでいくことを示しています。トランジション・デザインは、ほしい世界がどのようなすがたをしているのか、そこにどんな中間的なビジョンを立てながら手を伸ばしていけばよいか、を考える発想だと思います。
ここからは、この2年ぐらい考えてきたことを、Takramの牛込さんとかけあいをしながら共有したいと思います。
Takramと日立製作所は、トランジションをカギとして自然と人間が調和する生き方へのトランジションに関するリサーチを行い、その知見を2つのウェブサイト「サステナブルな未来へのトランジション」「自然と人間の復興のための3つのトランジション」として公開しています。
――次回は、サイトの公開に至った経緯や活用方法を解説します。
佐々木 剛二
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 環境プロジェクト 主任研究員(Chief Researcher)
博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員、東京大学学術研究員、森記念財団都市戦略研究所研究員、慶應義塾大学特任講師などを経て現職。人類学、移民、都市、持続可能性などに関する多様なプロジェクトに携わる。著作に『移民と徳』(名古屋大学出版会)など。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。
牛込 陽介
Takram Londonディレクター、クリエイティヴ・テクノロジスト
未来リサーチ、デジタルプロトタイピング、インタラクションデザインを専門とし、未来についてのより確かな意思決定のためのデザインを行っている。日立製作所と共同で行った「サステナブルな未来へのトランジション」リサーチなど、人・テクノロジー・地球環境との間で起こる出来事に焦点を当てたプロジェクトに数多く携わる。2018年Swarovski Designers of the Future Award受賞。Core77、ICON magazineなどでコラムの執筆も行っている。
https://ja.takram.com/
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