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2021年12月13日に開催された第2回 環境オンライン・フォーラム「今ここからのトランジション」(日立製作所研究開発グループ主催)。そのオープニングでは、「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」(Electronicos Fantasticos!)のアーティスト・和田永(わだ えい)さんによるパフォーマンスが行われた。フォーラムを企画した研究開発グループ主任研究員の佐々木剛二と牧野茂樹が、その経緯と意図を語った。
画像: 環境問題に注目してもらう仕掛けとして、音楽を取り入れた

環境問題に注目してもらう仕掛けとして、音楽を取り入れた

サステナブルな未来のための文化の役割

ーーエネルギーとライフスタイルの分野において、さまざまなパネリストとトランジションをテーマに対話が繰り広げられた環境フォーラムですが、改めて開催の趣旨を教えてください。

牧野:
研究開発グループの環境プロジェクトは、気候変動や環境問題を転換するイノベーションを創出し、社会に貢献することをミッションとしています。これまで、多くの企業において環境問題への取り組みは後回しにされる傾向がありましたが、いまや気候や自然への影響を無視して社会生活や事業を継続することは困難です。日立ではこれに正面から取り組み、共感いただける仲間と共に、未来へ向けて持続可能な社会を作り上げていくことを目標に掲げています。

ーー今回のフォーラムの冒頭で配信された音楽パフォーマンスは、非常にインパクトがありました。

佐々木:
現在私たちが直面している環境課題は、これまでの暮らしやビジネスのあり方を支えていた常識だけでは解決ができないものです。また、さまざまな立場の人たちが、自らの領域の先入観を乗り越えて、対話をすることが重要です。一方、優れた音楽や芸術がもたらす感覚的な経験は、それを共有する人々の心を結び付ける働きがあるように思います。このフォーラムでは、創造的な対話を促す入り口として、音楽パフォーマンスを計画しました。

牧野:
そうですね。エネルギーやライフスタイルの転換のためには、さまざまな年代や価値観の人と共に考えながら、新しい社会の形を想像していくことが必要だと思っています。技術的な話をするだけでは、視野が狭まってしまいかねません。結果として、これまでの日立のイメージを覆すような、斬新なプログラムを発信することになりました。

佐々木:
和田永さんのパフォーマンスは、「価値の転換」、「開かれた対話」への導入を衝撃をもって示してくださったものです。「新たなエネルギーとライフスタイルへのトランジション」をテーマにしたこのフォーラムにとって、本当に素晴らしい演奏でした。

画像: 古い扇風機をギターのような楽器に改造した“扇風琴”を演奏する和田さん

古い扇風機をギターのような楽器に改造した“扇風琴”を演奏する和田さん

日立製作所のレトロ扇風機が、電子楽器に変わる!

ーー和田さんについて、もう少し詳しく教えてください

佐々木:
和田さんは、音楽と現代アートの重なりの部分で活動するアーティストと思っています。旧式のブラウン管テレビや扇風機、ビデオカメラなど古い家電を楽器として甦らせるパフォーマンスを行う「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」というプロジェクトで活動されています。既存の楽器を用いず、本来、楽器たり得ない電子機器を楽器にしてしまうところに特徴があります。

以前、和田さんがある有名なファッション・ブランドのパーティで古いオープンリールテープレコーダーを演奏する映像を見て、大変、強い印象を持っていました。その後、和田さんが、日立製作所の創業の地である茨城県日立市を拠点のひとつとして活動されていることを知りました。和田さんとはまったく面識がなかったため、このフォーラムを機に、所属レコード会社に直接、連絡をして、参加をお願いしました。

牧野:
そもそもこのように音楽パフォーマンスをオンライン・フォーラムの冒頭で配信することは、日立側としても新しい試みでしたが、和田さんご自身も今回のフォーラムでの演奏の趣旨に共感してくださりこの企画が実現しました。さらに、和田さんは、日立製作所が1978年に発売した扇風機「H-30TK」を自ら入手して、これを「扇風琴」(せんぷうきん)という楽器に改造してくださいました。

佐々木:
扇風琴はとても複雑な機械です。扇風機のファンの部分に据え付けられた穴の開いた円盤を裏側からライトで照らし、その光をピック型のセンサーで検知したものを、音の電気信号に変換しています。ファンの回転数や、センサーが受け止める光の量、さらに手の動きを変えることによって音が変わり、楽器のような効果を持たせることができるのです。エフェクターやルーパーを駆使して演奏する姿は、エレキギターの演奏を思い起こさせます。和田さんはこれを「電磁民族楽器」と呼んでいますね。

画像: 銭湯「電気湯」は再生可能エネルギーにスイッチしている

銭湯「電気湯」は再生可能エネルギーにスイッチしている

再生可能なエネルギーで運営する「電気湯」がステージ

ーーパフォーマンスが行われている場所が銭湯なのも不思議で面白いですよね。

佐々木:
パフォーマンスの舞台を検討する段階で、和田さんが所属する「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」の清宮陵一さんから、銭湯「電気湯」で撮影するという提案がありました。はじめは、どのような見え方になるか私も想像がつかなかったのですが、調べてみると、私たちが訴求したいテーマを示すのに素晴らしい場所だということがわかりました。

まず、電気湯が東京都墨田区京島にあることです。実は、京島地区は、気候変動によって深刻な影響を受ける可能性があるエリアなのです。ここは、今では珍しい古い長屋の街並みや昔ながらの商店街が残る、とても美しい地域なのですが、大型の台風により川の氾濫による水害が発生すると、数百万単位の人が避難しなければならない可能性がある場所でもあります。

出典:江東5区広域避難推進協議会.2018.「江東5区大規模水害ハザードマップ」
https://www.city.sumida.lg.jp/anzen_anshin/bousai/suigai/suigai.files/hm_s.pdf

また、この電気湯はその昔、電気で湯を沸かしていたことから名づけられたそうですが、いまや再生可能エネルギー由来の電力で運営をしていることがわかりました。東京において気候変動による深刻な影響を受ける可能性の高い場所から、再生可能エネルギーへのトランジションを象徴する音楽を発信できれば、大きな価値のあるメッセージとなると考えました。エネルギーやライフスタイルについての新しい選択をしながら、人々の美しい暮らしを守る、という強い決意を表すことにもつながります。

画像: 電気湯がある墨田区京島の風景。気候災害の深刻な影響を受ける可能性が指摘されている。

電気湯がある墨田区京島の風景。気候災害の深刻な影響を受ける可能性が指摘されている。

ーー非常に印象的な画面になりました。さまざまなディテールも気になります。

牧野:
全体のストーリーとしては、下町にある電気湯を和田さんが訪れるところから始まり、浴場が見える脱衣所で、おもむろに扇風機を手にとってエフェクターやルーパー(演奏された音を繰り返すための装置)を駆使したパフォーマンスを行う、という形式になっています。どこをとっても当たり前のものがない映像です。撮影当日は、撮影や音響スタッフ全員が、まれにみる素晴らしい作品をつくっているという興奮に包まれていました。その中で、さまざまなアイデアを出しながら、即興的要素を加えていきました。

画像: 電気湯。再生可能エネルギーを由来とする電力を用いて運営されている。

電気湯。再生可能エネルギーを由来とする電力を用いて運営されている。

映像に隠された「7つの秘密」

佐々木:
このパフォーマンス映像には画面上からは見えづらい「7つの秘密」があります。まず、すでにお話したように、第1の秘密は、この映像自体が再生可能エネルギー由来の電力を用いて撮影されたこと。第2の秘密が、先ほどもお話ししましたが、このパフォーマンスが日立製作所製の古い扇風機を改造して制作した扇風琴によって演奏されていることです。
第3の秘密は、電気湯の店主の方が、元国連職員の方だということです。電気湯の4代目店主・大久保勝仁さんは、国連の関連機関のアジア統括担当官をされていた方なのです。なんと私が以前、大学で講義をしていた学生さんと、ニューヨークの国連本部で行われた「ハイレベル政治フォーラム」で会っていたということがわかり驚きました。大久保さんは、その後、ご祖母さまから「電気湯」を承継され、店主としてこれを運営されています。そして、さまざまな方々とコラボレーションを通じて、地域のコミュニティの文化的財産にすることをめざされています。

牧野:
大久保さんは、このプロジェクトに共感してくださり、さまざまな協力をしてくださいました。映像の後半で浴場の掃除をしている方が、大久保さんです。今回の撮影に使わせていただいた空間も、とてもきれいに自然光を取り込む構造になっていて、映像全体に印象的な雰囲気が漂っていると思います。

佐々木:
私が、脱衣所から浴場を見る映像の構図がウェス・アンダーソン(Wes Anderson)というアメリカの映画監督のビジュアル・スタイルを彷彿とさせると伝えると、大久保さんは、まさにそれを狙って浴場の空間をつくっているんだ、とおっしゃっていました。実は、アンダーソン監督の主要な作品にも公衆浴場やお風呂のシーンが出てきます。線対称を多用した構図によって箱庭のような世界観が生まれ、その中で物語が進行します。それと比べてご覧いただきたいですね。これは本映像の隠れたオマージュとも言えるかもしれません。そこが第4の秘密です。

アーティストの和田さんも、元国連職員の大久保さんも、「ストリート」を大切にしている方だというのがはっきりとわかります。人々が日常的な暮らしをしている、リアルな場所にこそ、変革の舞台があると思っている。ごく当たり前のような光景にも、ちゃんと見つめれば、そこに美しいものがある。そこで暮らす人々こそが、すごい力を持っているということですね。そういえば、子どものころ遊んだテレビゲームで、銭湯を舞台に格闘する場面がありました。まさにストリート・ファイトです。

ーー最後に和田さんが牛乳を飲み干すシーンも印象的ですね。

佐々木:
実は、和田さんが飲み干していたのは、牛乳ではなく「豆乳」なんです。これが第5の秘密です。風呂上がりの牛乳というのはお決まりのパターンですが、この作品ではヴィーガンな飲料である豆乳を飲んでいます。サステナブルな食や銭湯の未来にとって、豆乳は重要なカルチャーになるでしょう。

牧野:
当日、佐々木さんが近所のコンビニにあった豆乳を探し回ってすべて購入し、それを瓶に移し替えて撮影しました。しかし、和田さんが納得できる演奏になるまで何度もテイクを重ねたので、途中で豆乳がなくなってしまったんです。コンビニの再入荷は撮影に間に合わないとのことで困っていたら、銭湯に住み込みで働いている方が、ご自宅にあった豆乳のパックを一つ分けてくださったというエピソードがありました。

ーー演奏されていた曲も気になりました。『北風小僧の寒太郎』ですよね。

佐々木:
はい。とてもユニークで素晴らしい選曲だと思いました。オンライン・フォーラムの実施は12月でしたので、木枯らしが舞う冬の寒空のもとで、楽しい気持ちで銭湯に向かうようなイメージが思い起こされます。私も子どものころによく聞いていた曲です。撮影日の朝早く、和田さんから送られてきたデモ映像を見て、そのエモーショナルな音像に胸が熱く震えました。

『北風小僧の寒太郎』は、作詞は井出隆夫さん、作編曲は福田和禾子によるもので、1970年代に発表されたものです。今回、井出さん、そして亡くなった福田さんのご遺族にも連絡をとり、カバー曲の演奏・配信の許可を得て、撮影を行いました。それが第6の秘密です。

<画像>

画像: 和田さんのパフォーマンスは、海外からも高い評価を得る結果に

和田さんのパフォーマンスは、海外からも高い評価を得る結果に

「日立が本気で世界を変えようとする姿を見せたい」

ーーフォーラムに参加者されたみなさんからの反響はいかがでしたか。

牧野:
環境フォーラムの冒頭に、思いがけない下町の風景や銭湯の映像が登場し、驚かされたという声をたくさんいただきました。演奏後のパネルディスカッションでは、今回がはじめてのコミュニケーションとなるパネリストの方もいらっしゃいましたが、冒頭に演奏を導入したことでアイスブレイク効果が生まれました。参加者の方々が、口々に映像の感想を述べながら議論に参加してくれることとなり、対話もとても生き生きとしたものになりました。

佐々木:
YouTubeのチャンネルに投稿された動画は公開から1か月で5万回も再生され、7000を超える「いいね!」がついています。特に興味深いのは、多数のコメントが寄せられていることです。「心から笑顔になる」「素晴らしい音楽と創造性だ」「楽観的で喜びにあふれている」という内容の熱狂的な激賞があふれています。ほとんどが英語でのコメントです。

和田さんは、インドネシアの「ガルーダ」という、炎のように光り輝く神話上の鳥のイメージからインスピレーションを得ていると語っていらっしゃいます。あの魂がこもった演奏が人々の心に何かを残すのだと思います。銭湯の脱衣所で、扇風機やアンプだけでなく、本人も電流に打たれたような心境で演奏している姿は、和田さんの言葉でいう「ガルッている」状態だそうです。それが第7の秘密です。

ーー今後はどのような企画を展開予定でしょうか。

牧野:
今回、これまでにないフォーラムが開催できたと思っています。今後もこういった活動を継続したいと考えています。さまざまな世代やジェンダーに対して新しい社会にトランジションするためのメッセージを発信したいです。

佐々木:
牧野さんが「日立が本気で世界を変えようとする姿を見せたい」と言っていたのですが、それがとても印象に残っています。そのような思いを持っていらっしゃる方が、このプロジェクトを企画していることをぜひ知っていただきたいと思います。
古い扇風機を楽器として新たに再生させること。銭湯という日常の空間から音楽を発信すること。また、機械の天地をひっくり返して演奏するスタイルは、これまでのシステムのあり方に挑戦し、新たな発想で「文化」をつくっていくことに通じるものだったと思います。今後もクリエイティビティを力に、持続可能な未来のためのトランジションを作っていきたいと思っています。

最後に、この素晴らしい映像を一緒に実現してくださった、和田さん、清宮さん、大久保さん、ソニー・ミュージックアーティスツの高石陽二さん、撮影・映像編集を担当してくださったYuinchu、Kusuguruの皆さんに心からお礼を申し上げます。

画像: Electric Fan Harp in the bathhouse │ 銭湯で扇風琴 ♨️ youtu.be

Electric Fan Harp in the bathhouse │ 銭湯で扇風琴 ♨️

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画像1: 和田永さんの家電楽器パフォーマンスに隠された「7つの秘密」│今ここからのトランジション エネルギーとライフスタイルの未来を築くパスウェイ

佐々木 剛二
日立製作所 研究開発グループ 環境プロジェクト 主任研究員(Chief Researcher)

博士(学術)。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員、東京大学学術研究員、森記念財団都市戦略研究所研究員、慶應義塾大学特任講師などを経て現職。人類学、移民、都市、持続可能性などに関する多様なプロジェクトに携わる。日立製作所では、「Social Impact Design」、「持続可能な未来へのトランジション」、「自然と人間の復興のための3つのトランジション」などのプロジェクトを主導。著作に『移民と徳』(名古屋大学出版会)など。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。

画像2: 和田永さんの家電楽器パフォーマンスに隠された「7つの秘密」│今ここからのトランジション エネルギーとライフスタイルの未来を築くパスウェイ

牧野 茂樹
日立製作所 研究開発グループ 環境プロジェクト 主任研究員(Chief Researcher)

博士(工学)。東京工業大学大学院物理情報システム創造博士課程修了後、日立製作所研究開発グループ中央研究所入社。日立研究所、テクノロジーイノベーションセンターを経て2020年より現職。光通信用半導体レーザ、リチウムイオン電池の開発などに従事。現在は、社会課題を起点とした研究開発戦略の策定と事業機会の探わ索に取り組んでいる。

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