[Vol.1]なぜ今、CO2排出量算定の見える化が期待されているのか
[Vol.2]大企業から非上場企業、そして消費者へ
[Vol.3]どうやって社会に変革を起こすか
株式会社ゼロボードを立ち上げるまで
丸山:
渡慶次さんには、2020年度に研究所が試作機として開発したCarbon offset charger(カーボンオフセットチャージャー)でもご協力いただいたことがありますが、まずは渡慶次さんのバックグラウンドから教えてください。
渡慶次さん:
元々建築家になりたかったのですが、大学では意匠系(デザイン系)の研究室はとても人気なので部活との両立は無理だなと思い早々にあきらめまして、建築熱環境の研究室に所属しておりました。一番最初に内定したJPモルガンに入社しました。金融の仕事も面白かったのですがもう少しグローバルな仕事をやってみたいと思い、3年勤めた後に三井物産に転職しました。ベースメタルや銅、原油や天然ガスのデリバティブ、そして温室効果ガスの排出量取引にも携わりました。
2013年からはICT事業本部にて電力、エネルギーのIT化を進めるためのベンチャー投資や事業開発に関わりましたが、「これは大企業じゃなくてもできるのでは」と思い、友人が立ち上げたスタートアップ A.L.I. Technologiesに移りました。大手企業のコンサルや電力会社向けのシステム開発をする中で社会のニーズを探ったり、プロトタイプの制作を受託したりしていました。
同時に、企業向けのCO2排出算定のニーズが高まっていることに気づき、企業向けのCO2排出量算定クラウドサービス「zeroboard」の開発を進め、2021年3月に発表。2021年9月に同事業をMBOし、株式会社ゼロボードとして事業を始めました。
丸山:
Carbon offset chargerというコンセプトについて日立は渡慶次さんと事業の成立性を両社で検討する関係なのですが、パートナーというよりは新事業のメンターのように感じています。渡慶次さんが、研究者である私たちに不足する事業性や他業界の知見を持っておられるので、私たちの視野も広がりました。
中野さんからも自己紹介と、渡慶次さんとの関わりについてお話しください。
中野:
現在所属する社会イノベーション協創センタという部署ができる以前から、ビルや工場のエネルギー管理システムをテーマに研究してきました。今回のテーマにつながったのは、2017年に実施された社内のビジネスコンテストにエネルギーをテーマにしたアイデアでエントリーしたときに、ファイナリストとして副社長メンターのもと事業化についての可能性を検討したことがきっかけでした。検討の過程でアイデアの練り直しが必要になり、新たなアイデアを複数検討したのですが、その1つが再生可能エネルギーで発電された電気だけを使って生活するサービスというアイデアでした。
類似サービスを調査する中で、再生可能エネルギー由来の電気がどこで発電された電気か、利用者に提示するサービスを提供する電力会社の存在を知りました。その電力会社のシステムを作っていたのが、渡慶次さんがいらっしゃったA.L.I. Technologiesさんだったんですね。そこで、話を聞いてみようとなったのが始まりです。
CO2排出量算定の見える化に期待が高まる背景とは
丸山:
電力の流通の形を変えることで社会を変えていく一つの取り組みを一緒にさせていただいているのかなと思いますが、電力に流通の仕組みを入れざるを得なくなった背景には、環境問題があると思います。Scope2、Scope3は、サプライチェーンの中のカーボンについての指針と言っていいのでしょうか?
渡慶次さん:
GHGプロトコルといって、温室効果ガスの排出量を算定・報告する際の国際基準ですね。GHGはグリーンハウスガスを指します。
丸山:
そのルールに準じて、事業者自らの排出だけでなく、事業活動に関係するあらゆる排出を合計した排出量を、Scope1、Scope 2、Scope3という形で段階的に分けている、ということですね。
渡慶次さん:
そうですね、企業として温室効果ガスの排出量を算定して開示しなければならない、というのがグローバルな金融市場からの要請になっています。日本でもプライム市場に上場している企業は、この4月から実質的に開示が求められているので、みなさん一斉に算定する形になりました。
算定が義務付けられているというよりは、気候変動から受けるその企業の財務的な影響、リスクをきちんと分析しましょう、ということです。その分析のためには必ず自社、あるいは自社のサプライチェーンのCO2排出量=GHG排出量を算定する必要がある。リスク分析のためにその数字が必要と言ったほうが正しいかもしれないですね。
丸山:
世の中の動きをニュースだけで見ていると、温室効果ガス削減を働きかける善意の運動の一つと受け止めてしまいそうになりましたが、実は会社の経営上大事な財務指標というところですね。
渡慶次さん:
当然、地球を救う、気候変動を止めるという大義名分がありますが、元々なぜこの流れが来ているかというと、欧州が主導して、自分達の地域がいかに産業で優位になっていくか、ということを見据えてのルール変更なのです。
したがってそういった大義名分のもとには国同士、地域同士の複雑なマウンティングがあって、それにきちんと乗っかっていかないとビジネスが続けにくいような環境になっている、という状況です。つまり企業からすると当然気候変動に対するアクションも必要なんだけれども、事業戦略上どう立ち回っていくかを考えなければならない、というのが脱炭素に対するアクションだと思います。
環境のためだけではなく、一番儲かるものを作っている
丸山:
非常に印象的ですね。企業が規制に対してどう立ち回って生き残るか、という話なんですね。
渡慶次さん:
当然その先には、次の世代にとって住みやすい地球を残すということが大きな目標としてありますが、手前で起こっていることは何かというと、とりあえず自社にとって有利なルール形成のせめぎ合いなんです。
例えば自動車一つをとっても、ライフスタイル全体で見ると今の段階ではEVよりハイブリッド車の方が環境に良い、というのは数字で出ていますが、そういう論理はあまり通用せず、EVしか認めない地域が増えてきています。なぜなら、一時的な痛みを伴えど、EVシフトを進めた方が将来的な自地域に有利な産業になるという目算があるからです。
日本は自動車サプライチェーンで生活している方がたくさんいるので急に産業構造は変えられないという意見が強いですが、東南アジアでは今まで日本車を作って稼いでいた国が一気に中国のEVメーカーを誘致して、EVを作る国に変えようとしています。これは環境のためだけではなく、世の中のルールの中で市場が大きくなっているものを作るのが経済的にも合理的だからです。このように、ビジネスの世界ではルールメイク側に回らなければ不利な立場に立たされかねない、というシビアな状況です。
丸山:
一回火をつけたら動きが止まらないという状況ですね。
渡慶次さん:
そういった状況から、産業構造の転換にいかに早く戦略的に取り組むかが重要ですね。
丸山:
今のプロトコルは世界のどの範囲までメジャーになっていますか?
渡慶次さん:
これは国ではなく企業に対する義務になっているので、グローバル企業が活動している地域においては、国は関係なく、みなさん決まりを守って算定し、開示を始めています。実は地域は関係ないんです。
丸山:
一見、規制というと欧州から始まってこっちに来る、と思いがちですが、グローバル企業であれば当然やらないと生きていけない。
渡慶次さん:
企業主導でそういうルールを地域と一緒に作っているのが欧州ですね。
次回は、Scope1、 Scope2、 Scope3についてさらに詳しく説明していただきながら、Scopeで何が変わるかなどについて詳しくお聞きします。
渡慶次 道隆
株式会社ゼロボード代表取締役
JPMorganにて債券・デリバティブ事業に携わったのち、三井物産に転職。コモディティデリバティブや、エネルギー x ICT関連の事業投資・新規事業の立ち上げに従事。欧州でのVPP実証実験の組成や、業務用空調Subscription Serviceの立ち上げをリードした後、A.L.I. Technologiesに移籍。電力トレーサビリティシステムやマイクログリッド実証(国プロ)を始めとした数多くのエネルギー関連事業を組成。2020年末より、脱炭素社会へと向かうグローバルトレンドを受け、企業向けのCO2排出量算定クラウドサービス「zeroboard」の開発を進める。2021年9月、同事業をMBOし株式会社ゼロボードとしての事業を開始。東京大学工学部卒。
中野 道樹
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主任研究員
日立製作所に入社後、物流トレーサビリティシステムの研究開発を担当。2011年よりビル・工場のエネルギー管理システムの研究開発に従事。2016年にシンガポールオフィスにて東南アジアでのビル・工場向け省エネサービスの立ち上げをリード。帰国後、EV充電ソリューション事業の研究開発に従事する傍ら、Carbon offset chargerを開発し、事業化に向け奮闘中。
丸山幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。
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