企業向けのCO2排出量算定クラウドサービス「zeroboard」を開発した株式会社ゼロボードの渡慶次道隆さん。渡慶次さんにご協力いただきながら日立が開発したCarbon offset chargerについて、渡慶次さんと日立製作所研究開発グループ社会イノベーション協創センタ 主任研究員の中野道樹、同じく社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長の丸山幸伸が語り合います。
[Vol.1]なぜ今、CO2排出量算定の見える化が期待されているのか
[Vol.2]大企業から非上場企業、そして消費者へ
[Vol.3]どうやって社会に変革を起こすか
Carbon offset charger
丸山:
ここで中野さんにお聞きしたいのですが、今、Scope3が注目されている中で、Carbon offset charger(カーボンオフセットチャージャー)を起案した経緯や思いを聞かせてください。
中野:
使う電気がどこで発電された電気かか分かると面白いんじゃないか、という発想からスタートしたアイデアで、当時はまだサプライチェーン全体でのCO2削減という流れは大きくない状況でした。自分が使っている電気が具体的にどこで発電された電気なのか,その発電所を作った人達はどんな人たちか,といった事が分かるとすごく面白いと思ったんです。そういうことがもっと簡単にできないか、と考えたところから始まりました。
丸山:
現在の電力供給は系統電力の中に自然電力が混ざり込んでいる状態だそうですね。そこからどうやって自然電力を計測できるのか、補足をお願いします。
中野:
簡単に言えば、発電した量と使った量が同量になるように管理することで実現します。たとえば11時に自然エネルギーで10を発電していたら、その電気を使いたい家庭が11時に消費している電気のうち、10の電気は自然エネルギー由来であることにする、という管理です。電気は発電量と需要量が常に一致するという特徴に着目して、発電した時間と量を消費した時間と量で一致するように発電所と消費者を紐づける、という仕組みです。
渡慶次さん:
お風呂の浴槽に例えて考えると、現状は、発電という蛇口がたくさんあって、排水溝もたくさんあるような状態です。これもいろんなところから水が入って色々なところから出ているので、浴槽の中でそれが混ざり合ってるんですが、一つの蛇口と排水溝をつなげてあげるという発想ですね。
丸山:
お風呂の水は溢れちゃいけないんですよね。それが同時同量の原則なんですが、当たり前に電気を使っている私たち一般の人は、裏の仕組みに気づけない。だったら、自然エネルギーだけに色を付けたら面白いよね、という発想でCarbon offset chargerの原型を思いついたわけですが、渡慶次さんの話を引用せずとも「法人用途でなく」、コンシューマー寄りの提案をされたのはなぜですか。
中野:
脱炭素の取り組みは,企業が率先して再生可能エネルギーを導入するなどさまざまな取り組みを進めていると思いますが、一方で自分の家族に脱炭素のことを話してもピンときておらず、消費者の意識が置いてけぼりにされているのを感じていたんです。なので、消費者を巻き込み、「環境によい商品を買うんだ」という流れができないと難しいんじゃないかと思ってフォーカスしました。
もう一つは、日立でやっていないことにチャレンジしたいという思いもありました。
丸山:
社内でもどうやって儲けるの?等と言われたのではないかなと思いますが。
中野:
その通りですね。コンセプトも渡慶次さんのアドバイスを頂きながら考えてきて、電気の紐付けというアイデアから発展させて、Scope3のCO2排出量の削減にもつながるビジネスモデルを考えてきました。ですが日本だとまだ、そもそもScope1、Scope2をどうするかが直近の課題で、Scope3まではまだ考えていない、というのが実態でした。ここ最近盛り上がって動き始めた、というところですね。
一般の人たちの意識を変えるには
渡慶次さん:
今はまだ環境価値がある環境配慮型のものをプラスアルファのお金を払って買う人は限られていますが、どこかのタイミングでマジョリティになると思っています。そのためにはそこに対して仕掛けをしておくことが大切ですし、アーリーアダプターの方がそういった商品を使うことによって、少しずつ時代が変わっていくと思います。
以前、レオナルド・ディカプリオがコンパクトなハイブリッドカーに乗り「カッコイイ!」という象徴的なシーンがありましたが、これと同じように、環境配慮型のものを使わないのならイメージダウンにつながる、という時代が必ず来るんじゃないかなと思います。
丸山:
こういう新しい活動はインフルエンサーになる人の力が大きいですね。ところで、現在のコンセプトとして想定するユーザー層を、もう少し詳しく教えてください。
渡慶次さん:
実際に関心があるのはZ世代なんですが、そこにお金を払っているのは、実は経済的に余裕のあるシニア層です。以前、本プロジェクトの中で実施した調査で、比較的お金に余裕があるミドル以上の方が将来世代に対してできることとして、「環境に配慮したものがあるのなら、プラスアルファのお金を払うことは全然厭わない」という結果もありました。
ミドル以上の層はSNSの主役ではないのでなかなかインフルエンサーにはなりにくいですが、そういう方たちに刺さるものが作れると、人数も多いですし、一気に変わる可能性があると思います。
丸山:
中野さんは、ブームを作るというようなことで考えていることはありますか。
中野:まずは、「こういうものが実現できるんだ」ということを認知してもらうことが必要だと考えています。電気は目に見えないので実感が湧かないんですよね。
10月18日から21日まで幕張メッセで開催される「CEATEC 2022」に、Carbon offset chargerを出展します※。そこには一般の方もいらっしゃるので、そういう方たちに「コンセントに挿すだけで使えて、こういう情報がすぐに分かるんですよ」ということを、楽しむところから入ってもらえたらなと思っています。楽しんでもらえたら、そこから興味を持ってもらい、知識を蓄えてもらうことができるといいのかなと。
※この記事はCEATEC 2022開催前に取材しました
丸山:
ICチケットの乗車券を使ったら切符には戻れないのと同じように、自分でエネルギーを選べなかった時代にはもう戻れない、自分でエネルギーを選べない方がおかしいと思える、そういう時代をつくっていきたいですね。
分かりやすく啓発し、社会の変革を促す
渡慶次さん:
環境の価値は目に見えないものです。だからこそ、それを分かりやすく可視化してあげて、手触りのあるようなものに置き換えて説明するのが非常に重要になってくると思います。そこはICTや新しい情報技術が得意とする分野だと思うので、そこにある意味期待していきたいと思います。
また環境の話は堅苦しいことと思われがちですが 未来を作ることです。小学校の授業などでもゲームを取り入れながら伝えていくように、堅苦しくない発信の仕方もフィットすると思います。そういった発信によって啓発と社会の変革を促していくのが僕ら世代に求められるところかなと思います。
丸山:
今のはすごくしっくりきました。それをやったら楽しいよね、ということが実感を持って皆さんに伝わったら、サービスを作るこちら側が変わると思います。そして、これは環境スローガンではなくてビジネスの要件なんだということが皆さんに伝わり、経営としての価値がもっと浸透してもっと理解されていくと思いました。
渡慶次さん:
今は企業からすると、どうやってこのルール変更をうまく乗り切っていくか、リスクを最小限にする方向で対策をしよう、となりますよね。これをオポチュニティと捉える企業が増えていくためには、社会全体がそういったものを受け入れて変革していくことが非常に重要なので、推し進めていくことが必要だと思っています。
丸山:
自然エネルギーであることを、お客さまに見えるようにすることも、自社事業が関わるCO2排出量を見える化していくことも、両方が企業、そして社会の成長の源泉なんだ、だから環境は儲からない話じゃないんだ、ということが広まっていくといいのかなと思います。
渡慶次 道隆
株式会社ゼロボード代表取締役
JPMorganにて債券・デリバティブ事業に携わったのち、三井物産に転職。コモディティデリバティブや、エネルギー x ICT関連の事業投資・新規事業の立ち上げに従事。欧州でのVPP実証実験の組成や、業務用空調Subscription Serviceの立ち上げをリードした後、A.L.I. Technologiesに移籍。電力トレーサビリティシステムやマイクログリッド実証(国プロ)を始めとした数多くのエネルギー関連事業を組成。2020年末より、脱炭素社会へと向かうグローバルトレンドを受け、企業向けのCO2排出量算定クラウドサービス「zeroboard」の開発を進める。2021年9月、同事業をMBOし株式会社ゼロボードとしての事業を開始。東京大学工学部卒。
中野 道樹
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主任研究員
日立製作所に入社後、物流トレーサビリティシステムの研究開発を担当。2011年よりビル・工場のエネルギー管理システムの研究開発に従事。2016年にシンガポールオフィスにて東南アジアでのビル・工場向け省エネサービスの立ち上げをリード。帰国後、EV充電ソリューション事業の研究開発に従事する傍ら、Carbon offset chargerを開発し、事業化に向け奮闘中。
丸山幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。
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