[Vol.1]自然と人、フィジカルとサイバーの関係
[Vol.2]量子は社会、人、そのもの
[Vol.3]芸術祭を通じ、量子を社会につなぐ
神の領域に手を伸ばす研究の横にいられる喜び
沖田:
藤原さんには私たちの量子研究に関するオープンイノベーションプログラムでご一緒させていただいているわけですが、「量子」をどのように捉えていますか。
藤原さん:
人類が叡智を尽くして新しい技術に挑戦していく道筋として量子コンピュータができそうだ、という理論は1980年代からありましたよね。でも、本当に産業に結びつけていこうとアクセルを踏み出したのは21世紀に入ってぐらいからだ、と聞いた時に「あれ?でも量子ってもっと前からあったよね」と思い込んでいたんです。
それこそギリシャの時代から分割できないもの意味としてアトムという言葉が出てきて、人はずっと「分解すると大元はなんなんだ?」と探求してきました。私がちょうどたまたま生きている時代に、それ以上分解できないレベルの材料と技術で産業化しよう、という動きが始まっています。日立さんとのプロジェクトを通してちょっとでもそこへ参加できるということは大変刺激的でした。
水野:
私たちのような研究者は、技術開発を通じて課題解決をしています。でも、そこにもう少し違う表現があってもいいのではないか、それはもしかするとアートなのではないかと思ったんです。藤原さんに来ていただくことで、いままでとは違うアプローチができるのではないかという期待がありましたね。
藤原:
日々研究されている方は、私から見れば神さまの領域に手を伸ばして新しい技術を社会に還元できるように頑張っている人たち。いわば神さまと会話するような、昔でいうと聖職の世界の人だと思うんです。そこに一般人のおじさんが話をしにいくという、このギャップがたまらないなと最初に思いました。
何か面白くなるぞ、とすごく感じていて。だからこそアートという言葉で煙に巻くのではなく、なんでアートが必要なのか、何でそもそもアートを引っ張り出してこないといけないのか、水野さん、沖田さんも含めてみんなで1つの答えを出してもいいかなと思ったんですよね。
で、ちょっと私が気になったのは、Society5.0あたりの説明にアートとデザインについての下りがあるんですが、アートは発見型で、課題を解決するのはデザインだとかって書いてあったんですよ。アートだって解決できるものはたくさんあるわけで、ずい分わけられた説明だなと思いましたね。分かりやすく書いた結果なのでしょうが、ステレオタイプ化されそうな気がしました。
「ちょっと待ってよ」とずっと思い続けていたので、日立とのプロジェクトを通じて関わる人が増え、アートとサイエンスをつなげながらみんなで考え、自分たちなりの意見を出せるようになると嬉しいですよね。
量子研究者一人ひとりもアーティスト
沖田:
量子から受けたインスピレーションのようなものはありますか。
藤原さん:
20世紀を経て、大量生産、効率のいいものはどんどん作ろう、というところから成長し、そこに疑問が生まれ、いまではその疑問が社会課題を顕在化させ、どんどんシェアされて競争しながら、無駄なことはしないで専門家に頼んだりするような社会の仕組みにもなっていますよね。
そういうことで地球環境を考えるという時代に入った中で、量子はやっぱりこの時代を確実に幕開けさせていくものになるな、という印象はすごく強く持ちましたね。人や自然は地域で異なるわけですが、研究者が話している1と0の中間にあるゆらぎのようなところなんかは、いまどきの研究者の言葉にどんどん嵌っていくんですよね。
量子の特性などを研究されている方の話を聞けば聞くほど、いまの社会の課題や問題、不安定さとかいわゆるVUCA的なところにポンポン嵌っていくんですよね。気持ちいいぐらい。未来の計算機を作る仕事をされているんだけど、話している言葉が全然飛んでいないというか、サイエンスの研究の限られた世界だけのことではなく、聞いていると街なかでもフィットしそうに聞こえる身近さを感じるんです。
藤原さん:
研究者一人ひとりの主体性を大切にします。個人の時代でもある今、たとえば足し算は1+1=2と世界中の人が答えますが、芸術としてはそこに主体性や個性はあるのか、と考えるわけなんですよ。
個の時代であればあるほど、やっぱり一人ひとりの研究者も実はアーティストなんだという見方を私はして入っているので、当然いつかは広く利用できるような方程式を作ることは確かに必要だけれど、そこにはプロセスがあって、人がやっていることなんですよね。
効率を重視し、大きな集団で一気にやって短時間でビジネスを成功させる本分の中で「いやいや個に光があたっていない」とみんなが無意識に感じ、鼻が効くようになってきていますよね。なぜなら、そこには未来の入り口があるからで、主体性を大事にすることはアートが得意なことでもあるので、絶対に外さないように、という姿勢でいます。
人間しかできないものを作るのが量子の力
水野:
最初に日立のチームと顔を合わせた時に、藤原さんは不思議な国のアリスの写真を持ってこられたんですよ。「量子の話は、まるでこんな世界にいるような感じだ」と。大きなキノコの横にアリスが立っている写真です。
藤原さん:
それは先ほど申し上げたように、分からないから、神話とか物語を作られている人たちの話を聞けばいいんだ、自分はこうなんだ、というお話をしたんですよね。それはいまでも変わっていないですよ。だってキノコって胞子を出すので、なんだか量子っぽいなーと。
沖田:
お互い表現の仕方も違ったりとか、普段使っている言葉使いも違うので、どうしても距離はありますよね。
藤原さん:
私は、当然ですけど量子を説明する言語を持っておらず、いまでも量子の世界はおとぎ話だと思っているから、決して追いつこうなんてこれぽっちも思っていないです。そもそも無理だから。でも何度も接する機会があると別になってくるのかも。
水野:
藤原さんと一緒にやっていくことで、量子コンピュータの表現がどんどん変わっていくのかなという予感があって、それがすごく楽しみです。量子コンピュータって、結局、社会・自然なんですよね。自然そのものが出来上がった仕組み、量子コンピュータの開発はそれをエンジニアリングして計算機として利用しようとしている。地球誕生後、46億年もの物理現象の結果生まれたのがこの自然。量子コンピュータは、その仕組みの一部でまだ人類が利用出来ていない量子現象を使おうとしている。人工的につくられた特殊な自然の中で、ミクロの世界で見えてくる量子現象を使って計算を行う装置です。
DNAの編集技術の話題が最近ありましたよね。DNAを編集できるという時代ですが、社会や自然もDNAが突然変異で編集されて生まれてきたんですよね。何10億年かけて変化してできた結果がこの社会。それを人間がいじることができるテクノロジーを手にすることができるようになった。そういう意味で、量子コンピュータは最強の計算機になると考えられます。同じものを別の方法で実現可能になるかもしれませんが、超えるものはないと思います。それは、量子コンピュータのベースとなる量子力学が、この宇宙の最も根本的な物理法則だからです。
藤原さん:
いまの水野さんのお話は素敵だし、同感です。人にしかできない循環型の社会は、完成までどのくらいかかるのか分かりませんけど、無駄が無駄にならない、無駄が出たらすぐに何かに転換していくような、自然のそれとは別の、人間しかできないシステムをつくっていくには、量子の力がないとできないんだという風に思えたりもします。そう考えると、量子は社会、人、そのものですよね、と思います。
次回は、12月8日〜13日に初めて開催される量子芸術祭について、開催の意図や見どころなどについてお聞きしていきます。
藤原大
デザイナー
1992年中央美術学院国画系山水画科(北京)留学後、1994年多摩美術大学卒業。2008年株式会社DAIFUJIWARAを設立し、湘南に事務所を構える。コーポレイト(企業)、アカデミック(教育)、リージョナル(地域)の3つのエリアをフィールドに、現代社会に向けた多岐にわたる創作活動は世界から高い評価を受けている。また、独自の視点を生かし、Google、資生堂、日立製作所など企業のオープンイノベーションにおける牽引役としても活動し、国内外での講演やプロジェクトなど数多く実施。
東京大学生産技術研究所研究員、多摩美術大学教授、金沢美術工芸大学名誉客員教授ほかを務める。
水野弘之
日立製作所研究開発グループ
Web3コンピューティングプロジェクトリーダ兼
基礎研究センタ 主管研究長兼 日立京大ラボ長
1993年日立製作所入社。2002年から2003年まで米国 Stanford 大客員研究員。低電力 マイコン回路、CMOS Annealing Machine、Emotional Intelligence、Cyber Human Systems など研究牽引。 2020年にムーンショット型研究開発事業にてシリコン量子コンピュータ研究開発のプログラムマネージャー就任。工学博士。米国電気電子学会(IEEE)フェロー。
沖田京子
日立製作所研究開発グループ
基礎研究センタ 日立京大ラボ 担当部長
企業、行政、大学などの研究者とユーザー・市民との協創活動を推進。人間性やインクルージョン、先進医療などのテーマを深堀し、問題の本質に向けた対話の場づくりと探索型研究を推進。中国のコーポレート・コミュニケーション業務を経て、社会イノベーション事業の広報・宣伝に従事。2015年より研究開発グループに所属。
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