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どんな人に対しても同じ価値を提供することをめざしていた社会システムが、いま、コミュニティごとの個性をもつ小規模なものへと代わろうとしています。そんな中、私たちは「ウェルビーイング」をどのように捉えれば良いのでしょうか。シリーズ「ウェルビーイングの輪郭を明らかにする」の第2回は、「未来のコモンズ」をコンセプトにさまざまな地域で実験・実践を行う、Next Commons Labの林篤志さん、家冨万里さんをお招きしました。株式会社インフォバーンの白井洸祐さんと日立製作所 曽我佑とともに、Next Commons Labの手がけるSOCIAL ENERGYの取り組みを中心に、コミュニティのあり方とウェルビーイングについて語り合います。

[Vol.1]大きな社会システムから小さなコモンズへ
[Vol.2]地域に新しいインフラをつくってみる
[Vol.3]自分たちで社会インフラをデザインする地域のエコシステム

地域の課題をビジネスの種として可視化する

曽我:
私たちはこれまで、社会システムの構築を通じて世の中の利便性を上げたり効率を良くするといった価値を追求してきました。しかし、社会が新しくなる中で、従来とは異なる価値にも注目したいと考えています。そこで、「新しいコモンズ※」を掲げ、新しいシステム構築の実践を重ねるNext Commons Lab(以下:NCL)のお二方に、実際の取り組みやそれに関わる人たちの反応についてお伺いすることで、私たちに必要な新しい気づきが得られるのではないかと考えています。まず、NCLさんの地域向け事業について教えてください。

※ コモンズ…… 社会の共通資本。社会全体にとって共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理・運営されるもので、(1)森林、河川、海洋などの自然環境、(2)道路、水道、電力などの社会的インフラストラクチャー、(3)教育、医療、司法などの制度を含む概念。(宇沢弘文「社会的共通資本」(2000)より引用)

林さん:
2016年の創業から、ずっと地方創生の仕事をしています。一番初めは家冨さんが住んでいる岩手県遠野市※からスタートし、そこから全国各地に活動を広げているところです。

岩手県遠野市のプロジェクト……NCLが手がけた最初のプロジェクト。人口約2万6千人の岩手県遠野市とパートナーシップを組み、森林、農作物など、地域資源を活用した10のプロジェクトを立ち上げ、新たな社会システムの具現化に繋がる、コミュニティ作りと事業づくりの仕組みを構築した。

地方の過疎化が進み、マクロな視点からの課題が語られるようになる一方で、地域にどんな資源や課題があるのか、どんな人が暮らし、活動しているのかは、インターネットを検索してもなかなか出てきません。そこで、僕たちは実際にその地域に入ってリサーチし、見えてきたものをスモールビジネスやコミュニティビジネスなどの種として可視化し、起業を通じた自己実現と同時に、地域社会に求められる新しい価値を提供することを志す起業家を誘致する活動を展開しています。

10数人の新しい起業家人材が「集団移住」という形で地域に入ることで、これまでの地縁血縁の世界に新しい縁が生まれます。それにより何か大きな変化を起こせる可能性が高まって行くと考えます。

画像: 左から、日立製作所 曽我佑、Next Commons Lab代表 林篤志さん、家冨万里さん、インフォバーンデザインラボ 白井洸祐さん

左から、日立製作所 曽我佑、Next Commons Lab代表 林篤志さん、家冨万里さん、インフォバーンデザインラボ 白井洸祐さん

「私」と「みんな」の幸せを両立させる新しいコモンズ

林さん:
僕たちは始めから地方創生や地域活性をめざしていたわけではなく、起業家支援の仕組みをローカルベンチャー事業で始めたのがスタートでした。既にあるものを一生懸命変えていくよりも、新しくゼロから構築してしまった方が早いと思ったんです。それをやるには市場経済がぐるぐる回っている大都市ではなく、むしろ市場経済と距離のあるような地域の方が適していると思いました。それが、僕たちの活動のスタート地点。ポスト資本主義社会の具現化というメッセージを掲げてやってきたのもそのためです。

一方で、大企業と共同での事業立ち上げもしています。その1つが社会開発事業です。社会をアップデートするための実験と実装を行う「ソーシャルプロトタイピングチーム」を結成し、どういう社会をめざしていくべきかを考え、実現していくために大企業のほか、スタートアップなど技術や知識をもつ多様なセクターの人たちを集めました。チームの具体的な役割は、「いざなう」ことです。それぞれの価値観をもつ人たちの間に立って両者をつなぎあわせながら、新しい社会のベクトルにいざなって行く役割を担いたいと思っています。

曽我:
NCLさんは地域の中のしくみを「コモンズ」と呼んでいますが、そこにはどのような思いがあるのですか。

林さん:
私たちは、コモンズの再定義をしたいと思っています。日本の古くからの共同体の運営は、本質的でありながら、制約もありました。みんなの幸せのために自分がやりたいことを犠牲にするよう、個人が抑圧されてました。それに対し、自由に都会に出ていいし、農家の長男が事業継承せずサラリーマンになってもいい。ただ一方で、個人が私有財産を増やすことを豊かさだとみんなが思ってしまうと、今度は、山を削って川が汚れるなど、本来誰のものでもないもののバランスが崩れてしまう。個人と共同体のバランスを保ちつつ柔軟に拡張できる新しいコモンズのあり方を私たちは提案したいんです。私もみんなも幸せ、そして地球そのものもウェルビーイングな状態であるような、自分たちのコモンズそのものを柔軟に拡張していけるようにデザインしたい。そのために、コモンズの再定義や新たなデザインに挑戦していく必要があります。そこで、Next Commons Labという実証実験していくチームを立ち上げました。

画像: Next Commons Labが地域で行ってきた活動について語る林さんと家冨さん

Next Commons Labが地域で行ってきた活動について語る林さんと家冨さん

曽我:
違うセクターの人たちの間では、なかなか話が通じないこともあるのではないでしょうか。新しいコモンズの提案や、みんなで拡張していける仕組みについて、納得して関わってもらうのはそう簡単なことではないのでは?我々のプロジェクトでも、社会課題解決について語ると「それはうちの仕事じゃない」と遠巻きにされることがあります。

林さん:
話をしても理解されるとは限りませんし、必ずしも興味をもってもらえるわけでもありません。みんなが認識を一つにしなくていいんです。ひとつひとつが拡張されていくことで重なりができてきますから。地域で活動をするからといっても、自治体が定めた行政区などの枠に縛られる必要はありません。自治体とは別にその土地に関わる共通の価値観を持った仲間たちと自治体の枠組みにとらわれない共同体のあり方を設計していけばいい。自分が所属できる場は複数あった方が、個人にとっても世界にとってもいい。本当の自律分散型の社会をめざしていけばいいのかなと思っています。

画像: 林さんは、みんなが同じ認識をもつ必要はないと指摘する。

林さんは、みんなが同じ認識をもつ必要はないと指摘する。

一地域の特殊解から汎用的な仕組みへ

曽我:
SOCIAL ENERGY※のプロジェクトでは、いままで電力に全く関係なかった人たちがステークホルダーとなる仕組みをつくっていらっしゃいます。仕組みと思想をどうやって結びつけていますか。

SOCIAL ENERGY……2021年3月18日に開始した、NCLと株式会社イーネットワークシステムズの共同事業。「地域の自律的な活動を支えるエネルギー」をコンセプトとし、地域のために活動している地域プレイヤー(企業や団体)が電力の販売を通じて収益を得るとともに、収益の一部が地域活動のために還元されるサービス。

家冨さん:
地域での展開を手がけて来た弊社と長年に渡りエネルギー事業を手がけて来た株式会社イーネットワークシステムズさんの共同事業ということで、それぞれの強みを活かしながら役割分担をして同じチームとして一緒に船を進めているような感じです。

林は元々エンジニア畑だったのもあり、関係性がどうあるべきかといった関わりの設計に関心があります。ミクロな事への興味より、思想やビジョンを示す役割です。一方、私は人の営みや人間のドラマ性の方に関心があります。私は個人的に岩手県遠野市でスナックを経営していますが、スナックはさまざまな人間模様がある場所でそれがおもしろくて。ステークホルダーをどう巻き込むか?の問いの中には当然地域の人という登場人物もいます。例えば、スナックに来ているおじさんに「社会のシステムを変えていこう」と言ったところで、「それよりまずはお酒出してよ」という話になりますよね(笑)。私が担える役割としては、起業家・地域の人・旅人・企業人、異なる肩書きの人同士が関わりあうための体験価値を作る事なのかなと。「同じテーブルで一緒に飲んだ」っていう体験は信頼感に繋がりますよね。

白井さん:
私は以前編集の仕事をしており、2014年頃に高知の土佐山での活動※を取材させていただきました。あのときを皮切りに、林さんには当社とのトークイベントでもお話を伺う機会があり、当社の代表とのイベントで林さんにお話をしていただいたりしましたね。実はいま僕も、地域でリビングラボをいくつか手がけています。

※ 土佐山での活動……2011 年 7 月、高知市の「土佐山百年構想」の一貫で立ち上がった、土佐山アカデミープロジェクト。林さんは、NPO法人土佐山アカデミーの理事を務め、土佐山に移住して活動した。

お会いするたびにクールな印象のある林さんですが、地域の方々と腹を割って話すことはありますか。普段とモードを変えて接するのでしょうか。または、家冨さんのおっしゃるような役割分担があったりするのでしょうか。

林さん:
そうですね。多分、土佐山のときの私は、いまの家冨さんのように完全に入り込んでいましたね。朝まで酒を飲み、毎朝、地域のおばあちゃんちでご飯をいただく、という生活を送りました。それに対して遠野市では、初めから自分の中での役割分担がありました。

土佐山では、一つの地域が変化したなという手応えを感じたんですよ。ただ、土佐山が特殊解なんだなと思ったんです。僕がどうこうというよりも、あの地域だからおもしろくなったと思ったんです。それをどうしたら汎用的な仕組みとして広げていけるかと考えたとき、僕のような仕組みを構想する人材はあまり現場に出ない方がいいと思ったんです。なので遠野では林は存在しているのか?!ぐらいの幻です(笑)。

画像: 地域に入っていくときのコミュニケーションについて質問する白井さん

地域に入っていくときのコミュニケーションについて質問する白井さん

持続的に地域を支える社会事業家をSOCIAL ENERGYを通じて支援する

曽我:
プロジェクトを進める中で、周囲の人からのフィードバックやリアクションはどうでしたか。

家冨さん:
「SOCIAL ENERGY」では異なるタイプのパートナーさんと数多く関わることができました。本当にさまざまなフィードバックがありましたが、たとえば「新しい団体を立ち上げたいと思いながらも自分たちに実績がなくて躊躇していたが、SOCIAL ENERGYの導入を通じて、地域の人たちに自分たちの『地域に還元したい』という想いを伝えられた」という声がありました。彼らは、SOCIAL ENERGYを通じてたまった支援金2万円を使って、地域の広場にお年寄りも座れるような温かみのある木製の椅子を地元の製材加工屋さんにオーダーしました。すると、趣旨に賛同した製材加工屋さんは本来なら2万円以上するベンチを作ってくださった。さらにその団体さんは、市長さんを巻き込んで寄贈式を開き、自分たちの想いを地域の人たちに表明する場も作りました。

金額は小さくても全然いいんです。仕組みを通じて必要なところに届いて欲しいと願っていた事が具現化し、小さくても地域に変化が感じられる、本当にうれしいフィードバックでした。SOCIAL ENERGYが、何かをやりたい人たちの意志をその土地の人に伝える方法論になったんですね。地域の社会事業家にSOCIAL ENERGYという仕組みをうまく活用いただくことで、自分たちの地域を自らよくしていこうという機運づくりのお役に立てている事が嬉しいですね。

画像: 個人活動としてスナック経営者の顔ももつ家冨さん

個人活動としてスナック経営者の顔ももつ家冨さん

次回は、林さんと家冨さんに、「新たな社会インフラと関わるようになるとき、生活者のウェルビーイングはどこにあるのか」についてお聞きします。

画像1: [Vol.1]大きな社会システムから小さなコモンズへ│Next Commons Labと考える、個人もコミュニティも幸福にする社会システムのあり方

林篤志
一般社団法人Next Commons Lab代表理事
株式会社 Next Commons Lab代表取締役

Next Commons Labファウンダー。2016年にNext Commons Labを創業し、ポスト資本主義社会を具現化するための「社会OS」をつくっている。自治体・企業・起業家など多様な領域と協業しながら、日本の地方から新たな社会システムの構築を目指す。日本財団特別ソーシャルイノベーターに選出(2016)。Forbes Japan ローカル・イノベーター・アワード 地方を変えるキーマン55人に選出(2017)。新潟県長岡市山古志地域で2021年2月に始めた「電子住民票発行を兼ねたNFTの発行プロジェクト」もプロデュースする。

画像2: [Vol.1]大きな社会システムから小さなコモンズへ│Next Commons Labと考える、個人もコミュニティも幸福にする社会システムのあり方

家冨万里
一般社団法人Next Commons Labディレクター
株式会社Next Commons Lab代表取締役

東京都出身。大学で都市計画を学ぶ。東日本大震災を機に2012年に岩手県遠野市に移住。2016年にNext Commons Labを共同創業。地域に起業家を誘致するローカルベンチャー事業の立ち上げや伴走支援するコーディネーター職を経て、2020年株式会社Next Commons Labの共同代表に就任。現在は電気代の一部を社会活動に還元する事ができる電力事業SOCIAL ENERGYの事業マネージャーを務める。その他、個人的に岩手県遠野市の駅横の飲んべえ横丁・親不孝通りにて「スナックトマトとぶ」をママとして経営する。

画像3: [Vol.1]大きな社会システムから小さなコモンズへ│Next Commons Labと考える、個人もコミュニティも幸福にする社会システムのあり方

白井洸祐
株式会社インフォバーン IDL(INFOBAHN DESIGN LAB.)部門
デザインストラテジスト

編集プロダクション勤務後、2012年に株式会社インフォバーンに入社。企業のインナーブランディングおよびイノベーション支援の一環として、社内と社外がつながり新しい価値を生み出す共創活動を推進する。2017年よりIDLのデザイナーとして、企業の事業開発やブランディングにおけるデザインリサーチ、プロジェクトデザインに従事する。
また、2016年ごろよりソーシャルデザイン領域での活動を広げ、社会との接続により企業の成長と変革を支援するSocietal Lab.を立ち上げる。ローカルにおける行政や事業者、生活者とのマルチステークホルダープロジェクトに多数従事。2018年より一般社団法人サイクル・リビングラボ理事を兼任。2021年に京丹後市の価値共創を推進する事業(丹後リビングラボ)の立ち上げに参画、事務局メンバーとして活動する。

画像4: [Vol.1]大きな社会システムから小さなコモンズへ│Next Commons Labと考える、個人もコミュニティも幸福にする社会システムのあり方

曽我佑
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 兼 ウェルビーイングプロジェクト
デザイナー(Senior Designer)

2014年日立製作所入社。ヘルスケア、地域創生、コミュニケーションロボット等のテーマで、新規事業立上げにおけるサービスデザインを担当しながら、顧客協創手法の開発に従事。2018年から、将来の社会課題を探索しながら次世代の社会システムの構想・社会実験を行うビジョンデザイン活動を推進。

[Vol.1]大きな社会システムから小さなコモンズへ
[Vol.2]地域に新しいインフラをつくってみる
[Vol.3]自分たちで社会インフラをデザインする地域のエコシステム

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