[Vol.1]個人が強い意志を持って未来を切り開くために
[Vol.2]デザイナーの関わりで学生がどう成長したか
[Vol.3]学生の展示に見るプロジェクトの成果と意義
[Vol.4]学生に技術をインプットした狙いと研究者の視点
[Vol.5]デザインと技術を編み込む仕掛け
※この記事は、9月に石川県金沢市で実施されたVisionary Thinking展の会場と、リモートでの2回にわたる取材の内容をまとめて構成しています。
思いもかけない提案が思考を誘発する
丸山:
今回のVisionary Thinking「これからの移動2035」の中で、純粋に「これはすごい」「新しい観点をもらったな」と思ったものがあったら教えてください。
髙橋絢也:
「移動で足を満たすウェルビーイング」という、足についての提案です。さっき河崎先生が「足裏というのは実はまだ未開だ」とおっしゃっていましたが、確かに歩いて移動することについてはまだまだ改善の余地があるなと感じました。
丸山:
確かにそうですよね。でもそれは、自動運転で培ってきた現状の技術に関連づけることができるでしょうか。
髙橋絢也:
関連しないですよね。余韻でつながるかもしれないですけど。
丸山:
僕も「移動で足を満たすウェルビーイング」はすごく印象的でした。一研究者、一個人としても、あれだけのバリエーションを見せられると、仕事をちょっとすっと飛ばして「これやっぱりすごく面白いな」と気になります。こういう体験は、ある時どこかで自分の研究にポーンと関係してきたりしませんか。
髙橋絢也:
そうですね。形を変えて出てきたりすると思います。
丸山:
もしかしたら、たとえば「アクセルを踏む」という動作に関連して何か出てきたりするかもしれませんしね。
高橋暁史:
「行動の観察と未来予測が促す移動」については、自分の行動に関するデータが紙で出てくるという発想がすごいと思いましたね。そして、面白いと思いつつ、僕たちはやっぱり精度を気にしてしまいます。どれぐらいの予測精度なんだろう、とか。
丸山:
それ自体の提案内容が自分の仕事に関係があるわけではなかったとしても、「こんなことをやろうとしたらこんなことが問題になるじゃないか」とか「こんなことを考えなきゃいけないんじゃないか」という問いを誘発するのでしょうか。
高橋暁史:
はい、誘発しますね。「いや、やっぱり成立しないな」と結論づけてしまうと何も生まれないので、そこに行かないように「どうするのかな」と延々と考えているような感じですね。
髙橋絢也:
デジタル化が進む中、あえて紙というところが面白いですよね。
河崎さん:
そうですね。この作品は、地上高くから俯瞰した4次元の時空を2次元で投影した地図に、自分がいた場所と、自分では気づけなかった体験(チャンス)があった場所を紙の裏と表に配置することで、自分が逃したチャンスに気づけるデバイスになっていますので、地図のメタファーとして紙にこだわったところは良かったと思います。
丸山:
私の職場では、デザイナーと研究者が寄り添うようにして活動しています。それで思うのですが、こちらは何の気なしにやっている仮説や例題に過ぎないもののディテールに、研究者はとても食いついてくるんですよね。「それはどうなっているんだ?」と興味を持って問われることが、自分にとっては大したことのない表現だったりもします。でも、研究者たちはそれにすごく触発されて考え始めるんです。「この人たちは本当に問いを欲しがってるんだな」と感じます。
髙橋絢也:
パッと見て「物理的にどういうふうになっているのかな」ということがサッと分かるとそれでもう納得します。でも「あれ、これどうやってやるんだろう」と分からない点があると、ずっと考えてますね。
丸山:
それはやっぱり合点が行くまで確認したい、という工学研究者の癖みたいなものなのでしょうか?
髙橋絢也:
納得したいんでしょうね。新たなアイデアに対して、それをどう実現するのかの理由が欲しくなるんです。
技術とデザインと編み込む難しさ
丸山:
2人にはぜひ今回のVisionary thinkingを見てほしくて、金沢で開かれた展示会まで行ってもらいましたが、やっぱり若い研究者にも見てほしいとしみじみ思いました。同じことを若い研究者にやってくれというわけではなく、そういう提案を出された時の自分の反応を楽しんでほしいと思ったんです。ベテラン研究者でも美大の学生が提案したものを見て触発されるわけですから。解かねばならぬ新しい問いを思いついてしまったり、いつかのイノベーションのために引き出しに入れてしまったりしてほしいと思いました。
今回、研究者を巻き込む形は僕が仕掛けたものではありましたが、いかがでしたか。
河崎さん:
Visionary thinkingの以前に行った、「IoTの作り方」の際には、メンターとして研究者やエンジニアの方に入って頂いたことがあります。その時は、学生が考えたものに対してリアリティを持たせるために、ロボット研究者や繊維メーカーのエンジニアの方々にアドバイスを頂いた経験がありあすが、やはり提案に深みが出ましたね。
今回、丸山さんの方で高橋さんたちが入るタイミングや情報の分量をうまくコントロールしていただき、いい感じで消化できたと感じましたし、非常に面白かったです。
実はちょっとヒヤヒヤしていて、技術指導でカチンコッチンのものになってしまうと困るな、と思っていたのですが、最終的にとても良い形にまとめてくださいました。これ、非常に難しいんですよね。
丸山:
技術をインスピレーションにするのは本当に難しいですよね。研究所の中でデザインをやっていると、研究者が長い時間をかけて考えてきたものを実現したい、という方向についつい行ってしまう。それを1回押し殺してうまく織り込んでいくことが、業務の中でも求められていますね。
「イノベーティブな研究テーマを立てて一緒にやろう」とよく言われるのですが、先行的に研究者がやっていたものにデザイナーが安易に乗ってしまったり、研究者側も「デザインも大事だけど、こっちはこっちで粛々とやらなきゃ」と分けて考えがちです。今回のように両者を編み込んでいくのは難しいですね。
モビリティとエンターテイメントの主従が逆転
丸山:
次こういうことがあったらやってみたいと思うテーマはありますか。
髙橋絢也:
今回はあくまでプレゼンで終わりましたが、実際に作ってみたいですね。作って体験してみるとまた新たな気づきがあると思うので、実際に自分で体感するところまでやりたいです。
丸山:
確かに、一歩進めてみたいですね。
高橋暁史:
シアターモビリティをCEATEC 2022で展示させてもらったのですが、そのときにテーマパークで働いた経験がある方から「このシアターモビリティは、テーマパークとコラボレーションした方がいい」とアドバイスを受けました。
人気のテーマパークとなると、平日の一番少ない日でも2万人が来るらしいんです。1%の人がシアターモビリティを使うだけでも1日200人が使う計算になりますよね。なるほど、と思いました。そして、そこではまさに余韻が求められていて、来るときも盛り上がりながら来たいし、帰るときもそのまま余韻に浸って帰りたい。たとえば4人家族であれば、シアターモビリティでの往復にチケットと同じぐらい払うはずだ、という話を聞き、これはいいビジネスになるのではと思いました。
その方は、コンテンツもテーマパークの運営会社が作るだろう、とも言っていましたね。3Dシアターの映像コンテンツにしても、テーマパークのアトラクションで使っている映像をずっと流し続けることができますから。
丸山:
巨大なエンターテインメントビジネスのパッケージにぶら下がってくるデバイスとしてのモビリティというのは、いままで考えたこともないアプローチでした。主従が完全に反転しそうで新しいと思いました。
高橋暁史:
エンターテインメントビジネスにぶら下がっているデバイスなんですね。自動車はそれだけで社会が形成できるぐらい大きくて、何かあれば国が傾くぐらいのモンスター産業です。それをエンターテインメントの下に持ってくるというのは非常に現代的と言いますか、「ソフトコンテンツ主導の社会に変わった時にはコンテンツが軸でフィジカルの方を自由にする」というコンセプトの入り口がちょっと見えた気がしました。コンテンツって強いですね。今回すごくリアリティを感じました。
丸山:
目的が移動じゃなくなって、余韻やエンターテインメントだったりすると手段もこれだけ変わるんだということは、2つの提案(Vol.3参照)に共通していましたね。夜の星空を撮るとか、エンターテインメントを起点に発想した車両は、やっぱり他とは違うものを見せてくれたように思います。
人がやりたい方向へモノをアジャストさせる
河崎さん:
インターネットもそうですが、「技術で何でもできます」「自動運転でなんでもできます」とお金を使ってどんどん進めていくことで、人は本当に幸せになれるのか、というところに対しては疑問が残ります。それに対して今回の提案、特にシアターモビリティは、コンテンツから発想し、自動運転テクノロジーやインホイールモーターという技術と綺麗につながった点で非常にいい成功例だと思いました。
普通、一般企業にいると「こういう技術があるんだけど」「こういうインフラがあるから何か考えて」となりやすいですが、そうではなくて本当に小林さん個人の発想から「こういう世界になったらよりいいな」というところをうまく見つけられたこと、そしてその大事なところから離れないように丸山さんがメンタリングして引き戻して、コンテンツを中心にインフラが綺麗につながっていったところが印象的でした。本来は企業でもそうやっていくべきなんですが、今回初めてそういう事例が見えたのは良かったと思います。しかし、テーマパークやライブ会場のエンターテインメントが個人にカスタマイズされた状態で帰宅先の移動空間でさらにブーストされる新しいビジネス提案には恐れ入りました。
丸山:
クリエイティブディレクションが功を奏したといえば、格好よく聞こえますが……、実際には学生との対話がうまくいった感じです。
髙橋絢也:
いままでは与えられたモノをどう使うか、と考えていたのでモノが制約になっていました。これからは、モノを使うために人がそれにアジャストするだけではなく、自分のやりたい方向にモノをアジャストさせる、という考え方になっていくのかなと感じました。
そうなっていくのであれば、やはり大量生産にはならないので、いかにその個別カスタマイズを製品レベルでやっていくか、という点は研究者としても今後考えていかなければならないと思います。
高橋暁史:
私はインホイールモーターを開発したときから、小林さんが発表したシアターモビリティみたいな移動体が出てくることを想像していましたが、デザイナーじゃないので絵が描けないんですよね。今回は丸山さん、河崎先生、小林さんなどいろいろな方がアイデアを出してくれて見事に可視化できました。この可視化の能力はやはりすごいな、といままさに感じています。研究者だけではどんなに議論してもここにはたどり着けません。シアターモビリティを見せると、皆さん「現実としてこんな乗り物ができたらすごいよね」「インホイールモーターってすごい」となるんです。それまでは「ホイールにモーターが入ってるの?へー、変わってるねー」みたいな感じなのに(笑)。
それで今回改めて感じたのですが、研究者の習性として、新しいアイデアを目にするとすぐ現実の課題に目を向けてしまうんですね。たとえば小林さんが描いてくれたように、車内がリビング空間のようになっていて、2人ぐらいが寝そべっている絵があると「シートベルトついてないよね」とか「車両の機能安全はどうなっているの」とまで考えてしまうんですよ。確かにその問いにはしっかり答えていかないといけないですが、それをいまの機能安全に乗せようとすると、アイデアが台無しになってしまう。逆に、「そもそもいままでなぜシートベルトが必要だったんですか?」「つまり危ない瞬間を検知して安全を確保できればいいんですよね」という話にしていけば、テクノロジーで別の解決策を見つけ出すことができるわけです。たとえば緊急車両が通るときを検知するとか。あのデザインがあったおかげで実はそういう別の課題が見えてきたのが一つ大きな収穫です。
丸山:
今回Visionary Thinkingを一緒にやらせてもらって分かったのですが、展示会などでインホイールモーターの演出をするときに作っているプロトタイプと、今回プレゼンした小林さんのものって、そんなに大きなフォームファクターの違いはないんですよね。それでも皆さんが共感してくれたのは、もちろんユースケースが面白かったということもありますが、居住空間などの世界観がしっかり描かれていたからだと思いますし、「余韻」という新しいパラメータを与えてもらった点でも学べるところがたくさんあったなと感じています。
デザイナーがこれを実現したいと思って、いま無いものもここに有るかのごとく描くと、突っ込みどころも学びどころも満載だと思います。デザイナーと研究者が本当に上下関係なく一緒にものを考えていくような時代に、どんどん進んでいければいいなと思います。
河崎 圭吾
金沢美術工芸大学 デザイン科 製品デザイン専攻 教授
金沢美術工芸大学卒業。 NEC / NEC USA ,inc. 勤務。渡米中は研究員として Whipsaw Inc. に勤務。 シリコンバレーの動向調査や 北米をターゲットにした 商品開発に従事。2010 年より現職。毎年六本木 AXIS ギャラリーにて展示発表。「 IoT のつくり方」(2017)「これからのエンターテイメント」(2018-2019)「Visionary thinking」(2020-2022)受賞歴:「Roku Soundbridge Radio」CES Innovations ‘06 IF 賞。「Weather report」 IDEA 金賞。 「Plasma-X」 Gマーク金賞。 「SX−4」 Gマーク大賞。 「Voice Point」 IF 賞 NY 近代美術館パーマネントコレクション選定。 その他国内外の受賞歴多数。
高橋 暁史
研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部
電動化イノベーションセンタ モビリティドライブ研究部長(Department Manager)
2004年日立製作所に入社後,モーターを主としたパワーエレクトロニクスの研究開発に従事。2010年にドイツ・ダルムシュタット工科大学にて博士号を取得し、2013-16年には核融合の国際プロジェクトITERに参画。2021年より現職。
髙橋 絢也
研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部
制御・ロボティクスイノベーションセンタ 自動運転研究部長(Department Manager)
2004年日立製作所に入社後,自動車の走行制御に関する研究に従事。2011-14年に日立ヨーロッパ(ドイツ)にて運転支援システムを開発し,帰国後,自動運転に向けた走行制御技術に携わる。2019年から鉄道,建機含めたモビリティの自動・自律化に関する研究開発を推進している。
丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。
[Vol.1]個人が強い意志を持って未来を切り開くために
[Vol.2]デザイナーの関わりで学生がどう成長したか
[Vol.3]学生の展示に見るプロジェクトの成果と意義
[Vol.4]学生に技術をインプットした狙いと研究者の視点
[Vol.5]デザインと技術を編み込む仕掛け