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日立製作所 研究開発グループでは、未来を描くための「問い」として、人々の変化のきざしを捉え、「もしかしたら、将来、人々はこういう考え方や行動をとるようになるかもしれない」という観点でまとめています。(※)今回は「見えない貧困」の解決をめざして事業に取り組む市川加奈さんに、現場目線でみた未就業者を取り巻く環境、未来に向けて企業や社会ができることなどをお聞きします。

※詳しくは「きざしを捉える」を参照

画像1: どんな人でも生きていける社会へ。関心を持てば見えてくる身近な貧困問題|きざしを捉える

市川加奈

Relight株式会社 代表取締役。1993年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒。幼少期からお年寄りが好きで、高校生まで介護福祉士をめざす。大学では海外を知りたいと思い、国際協力を学ぶ。途上国の貧困問題を調査するうちに、日本にも貧困問題があることに気づき、ホームレス問題の解決を志すようになる。全国の炊き出しや夜回りに参加し、支援者や当事者と対話をした結果、支援ではなく、持続可能なソーシャルビジネスをするために、2016年にボーダレス・ジャパンに入社。海外事業での経験を経て、2019年にRelight株式会社を設立。現在は、家のない方向け寮付きのお仕事紹介「いえとしごと」と、家を借りられない方向け賃貸「コシツ」を運営。ビジョンは「誰も孤立せず何度でもやり直せる社会をつくる。」。「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2021」「Forbes 30 Under 30 Asia 2022」に選出。『ガイアの夜明け』などのメディアに出演。

ネットカフェや車に寝泊まりするなど、外部からは気づかれにくい「見えない貧困」がクローズアップされる昨今。今回お話をお聞きする市川さんによると、家や定職がなく不安定な生活を送る人々の数は、東京都だけでも約4,000人にのぼるといいます。どのようなサポートをすれば生活に困窮する人が仕事と住まいを得て、再び社会とつながることができるのでしょうか。

市川さんが創業したRelight株式会社のビジョンは、「誰も孤立せず、何度でもやり直せる社会をつくる」こと。現在は「いえとしごと」「コシツ」というサービスを運営しています。寄付などの善意で成り立つ福祉ではなく、ビジネスという手段で貧困と向き合う市川さんの視点を通して、いま私たちにできることが見えてきました。

何かしたくても何もできなかったもどかしさが原動力に

――市川さんは大学卒業後、ソーシャルビジネスを通じて社会課題に取り組む「株式会社ボーダレス・ジャパン」に入社。4年目の2019年にRelight株式会社(以下、Relight)を設立し、「見えない貧困」問題の解決を掲げて事業に取り組んでおられます。

はい。メインの事業は、家と携帯電話がない方に寮付きの仕事の紹介をして生活を立て直していただく、「いえとしごと」というサービスです。相談に来られる方のなかには、電話だけでなく身分証を持っていなかったり、保証人や緊急連絡先がなかったりして、単発の仕事を受けることはできても、住む家を借りられない方がいます。仕事の紹介だけではなく、住む場所を含めての生活相談・就職後のサポートが必要だと感じたことから、この事業に踏み出しました。

紹介する先で多いのは、工場などの製造・警備・建設・介護の企業などです。当初、企業さんからは、「どうしてそんな人を雇わないといけないのか」といった反応もありましたが、少しずつ信頼関係を築いて、今では協力企業が50社くらいに増えました。

紹介した人の様子をこまめに尋ねたり、「離職者が多くて」とお悩みだったら、一緒に対策を考えたり。人を紹介したら終わりではなく、長いお付き合いをしていただいています。また、私たちの事業に共感いただいたものの、会社の制度上雇うことが難しい企業からは、「協力企業に仕事を発注することで、間接的にサポートする」とありがたい申し出をいただくこともあります。

画像: 何かしたくても何もできなかったもどかしさが原動力に

――大学卒業後、社会課題に関する仕事に就くにあたり、何かきっかけはあったのでしょうか。

高校時代に東京都青梅市から都心部に引っ越して、初めてホームレスの方を見た経験がすごく衝撃的だったんです。地元は列車のドアを乗客が開け閉めする押しボタン式の電車が走っているようなのんびりしたところで、ホームレスの方を見たことがありませんでした。熊が出るから、家がないと危ないし(笑)。

でも、都会で見たホームレスの方は、高齢なのに寒空の下、ひとりでずっと編み物をしていて。周りの人も「それが普通」みたいな感じで、これは一体何なのだろうと。何かしたいけど、何もできないもどかしさが忘れられなくて、貧困問題について学びたいと思ったんです。大学に入ってからは、座学だけでなく、発展途上国や新興国の現状を知ろうとアジアやアフリカの国々を見て回ったり、全国の炊き出しや夜回りに参加したりしていました。

見えづらくなっていく貧困問題にどう向き合うのか

――いわゆる「ホームレス」を生み出してしまう環境や社会背景について、これまでのご経験からどのように捉えていらっしゃいますか。

ホームレスと聞くと「路上で生活している人」を想像する方が多いと思います。でも最近は、高齢化などにより福祉につながったり、老衰で亡くなる方が増えたりして、その数は減ってきています。逆に年々増加しているのが、ネットカフェや友達の家、住み込みの仕事を転々としながら暮らしている「見えないホームレス」とでも形容しうる人たちです。

彼ら(彼女ら)は流動的に生活しているので統計が取りづらく、行政も問題を認識してはいるけれど、どのエリアに何人いるのかまでは把握していません。路上生活者と違ってわかりづらいため、こちらから声をかけられず福祉にもつながりにくいんです。

2020年はコロナ禍の影響で、ネットカフェが休業したり、求人数が激減したりしたため、そのような生活困窮者からRelightへの相談数が1.5倍に増えました。当時、私ひとりの体制で事業を行っていたため、「うわー、大変だ!」と。ずっと出社していましたね。

緊急事態宣言が発令されていたときは社会課題が見えやすくなっていました。コロナ禍で、もともと社会から見えづらかった「家がない人」の存在が少し見えたんです。ただ、これからコロナ禍が落ち着いてくると、また見えづらくなっていくでしょう。

画像: 見えづらくなっていく貧困問題にどう向き合うのか

――これまで、特に印象的だったことや記憶に残るご苦労などはありましたか。

人って、生活が安定すると顔つきが変わるんですよ。北海道から身一つで上京してきた男性は、最初、「家族も職場も嫌になって、身分証も何もかも捨ててきた。いま手元に10万円だけある。これが尽きたら死のうと思う」と話していました。でも、調理師免許を持っていたので、高齢者施設で調理師の仕事が見つかったんです。

彼は今、川崎で行っている炊き出しでボランティアをしているため、顔を合わせる機会があり、肌のツヤなのか目の光なのか、会うたびに生き生きして顔の強ばりが取れていっています。それがすごく印象的ですね。先日は、「将来は自分で飲食店をやりたい」と話してくれて、ついに先を見られるようになってきたんだな、と感じました。

私は、ご本人からことばで「ありがとう」と言われるより、どちらかというと、ふとしたときにその人が変わったことがわかったり、紹介した企業の方から「あの人、頑張ってるよ」とお話を聞いたりするほうが嬉しくて。仕事の励みになっています。

とはいえ、いいことばかりでもありません。違法な金融業者にお金を借りた人が相談に来たときは、金融業者がRelightまで電話をしてきたこともありました。「社長を出せ」と凄まれて、「うわ〜、本物の闇金だ!」と思いつつ「私が社長です」と言っても信じてもらえない(笑)。また、仕事の面接に行くために必要なお金をお貸ししたら、そのまま居なくなっちゃった人も。人って、そんなに簡単にうまく変わるものではないですよね。

貧困の当事者をビジネスとして社会につなげる

――市川さんはRelight創業にあたり、「寄付などによる福祉活動ではなく、また、行政の支援でもない、持続性をふまえ『ビジネスとして継続的に運営していける仕組み』をつくりたかった」と述べられています。ビジネスという手段を選んだことによる影響や変化などはあったのでしょうか。

行政の方にご挨拶に行った当初は、行政でも対応していることだし、ハローワークもあるから、人材紹介業は必要ないという反応でした。最近はやっと「こんな人が窓口に来ているんだけど」といった話もできるようになり、行政やNPOと連携する機会が増えてきています。

一方で、貧困の当事者にはそもそも「役所に行く」という発想がなかったり、役所で受けられる支援を調べる術がなかったりします。例えば、前日に寝泊まりした自治体であれば、住民票がなくても支援を申請することができるんですが、そんなこと普通は知らないですよね。さらに、「役所に行ってみて断られたらどうするのか」「役所への交通費どころか、今日食べるために必要なお金がない」という不安や現実が勝ることのほうが多い。だから、危なそうな仕事であっても「今日お金をもらえる」という希望があるから、ふらっと行ってしまうんです。

行政は「窓口に相談に来た人を救済します」というスタンスなので、せっかくの支援策が届きにくい。では、当事者を支援までつなげるためにはどうしたらいいのか? こちらから働きかけていくアウトリーチの考え方、よりビジネス的な動きが大事になってくると思います。

また、福祉活動だと「してあげたい」「してあげた」というマインドが強くなり、相手が思ったように動いてくれなかったときに「この人たちのためにやっているのに」という状況に陥るかもしれません。ビジネスであれば、事業の利用者として相談者に接することもできるし、支援もしやすくなると思います。例えば、宿泊施設は用意できないけれど、なるべく早く仕事につなげるとか。そのように線引きすることで、活動の持続性がより高まるのではないでしょうか。

――Relightでは、そのような、支援が必要であるにもかかわらず届いていない人に対してどのようなアプローチをされているのでしょうか。

Relightに相談に来られる方は、20代から30代が約6割です。相談者の多くは、まずWEB検索で大体の情報を得てから動きます。だから、「役所に行かないとはっきりしたことがわからない」という行政による支援の仕組み自体が、もう「本当に支援を受けられるんですか?」という感じ。また、当事者は「ホームレス」「支援」ということばで検索はしません。自分のことをホームレスだとは思っていないし、支援には乗り気じゃない、支援を受けたことで家族に見つかると困る、という人もいます。また、職を探そうといった自分自身で頑張る気持ちがある人は、そもそも「支援」ということば(概念)にはたどり着かないんです。

一方で、Relightの仕事紹介は、「とりあえず稼ぐか」と思った人が気軽に使えるものでありたいと考えています。そのため、サイトへの導線やサイト内のことばにはこだわりました。SEO対策や広告を打つなどして、検索で上位にくるように工夫しています。

私は、学生時代から炊き出しをしていて近い距離で当事者と接してきたので、彼ら(彼女ら)に響くことばがなんとなく理解できているのかもしれません。もちろんそれだけでなく、事業を立ち上げたときは、ネットカフェに張りついたり、SNSで「元ホームレスです」という人にコンタクトしたりして、「とにかく話を聞かせてほしい」とヒアリングも重ねてきましたね。

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企業が辞めていく人の「その先」を気にかけられたなら

――これまで多くの相談にのってきた市川さんですが、どのようなスタンスで利用者と接しているのでしょうか。

私は、私自身を、一般的な社会のレールに乗っかって生きてきた人間だと思っています。困窮している方と出会ったとき、自分とは異なる、自分という強い意志を持った素敵な人たちだと感じました。だから、この人たちの望む生き方ができるようにと、サポーター目線で捉えることができているのかもしれません。

一方で、盲目的に相談者のことを「いい人」だとは思っていません。履歴書を見て「なんかここ、辻褄が合ってないぞ」と怪しく思うこともあるし、疑うこともあります。その疑いは、包み隠さず紹介する企業の方に伝えていますよ。そこが双方から信用していただけるポイントかもしれません。

もしかしたら、私は「信じる」というのがあまり好きじゃないのかも(笑)。人を、主観で見たり・判断したりすると、そこから外れたときに「裏切られた」って思ってしまうことになるんですよね。「その人が生きていく上で何が必要なのか」という目線でしか見ないようにしています。

――優しいようでドライでもある。そんなスタンスが市川さんのビジネスには必要なのでしょうね。少子高齢化が進む日本では、未就業者の社会参加を促すサポートがますます重要になってくると思われます。

これは他の国でもそうなのかもしれませんが、日本は特に信用のない人が生活を立て直すのは難しい社会だと感じます。仕事を探すにも住民票などの身分証や電話番号が必要だし、家を借りるにも収入の証明書などが必要です。どちらかを失うと人生につまずく。そうなるともう、その人自身を見てもらえなくなるのです。

また、彼ら(彼女ら)としても、仕事があれば何でもいいわけではないでしょう。やりたいと思えることを、自らが選べることが大事。だから、候補を出すためにも、受け入れ先企業には「身分証ではなく、キャッシュカードで本人確認にならないか」「携帯電話がなくても大丈夫か」「銀行口座はなくてもよいか」というような特殊なヒアリングをして、身分証などをサッと出せない人が多いことを理解していただき、「まずは人を見てください」とお願いしています。

「お試し採用」も増やしてもらえるように、仲介費用は紹介後一ヶ月仕事が続いたらいただいています。もちろん、「採用の初期投資が少なくて済む」というアピールだけでなく、「今後は少子高齢化で採用単価が上がり、選ばれる会社と選ばれない会社の格差が開いていく。だったら、今よりもっといろいろな人が働ける社会の方がよくないですか」とか「一緒に、社会課題を解決する仕組みをつくってみませんか」とか、アプローチを工夫していますよ。ちなみに、Relightを通じて正式採用され、早い時期に辞めてしまう人は3割くらい。これは、一般的な採用の場合と変わらない数字だと取引先からいわれています。

画像: 企業が辞めていく人の「その先」を気にかけられたなら

――生活困窮者を一人でも多く社会につなげるためには、誰のどのような行動が必要だとお考えでしょうか。

まず大企業には、もしもできるなら、辞めていく人の「その先」まで気にかけてほしいと思います。大手で普通に働いていた人が仕事を続けられなくなって休職し、傷病手当金が出る期間が終わっても仕事復帰できなくて、そのまま退職して困窮するケースが珍しくないんです。企業がさまざまな手立てを講じているのは知っていますが、それでは足りず、企業を離れ、家族や知人にも頼れず最終的にRelightに来られます。

まだ企業とつながっている時点で、労務の方や、メンターのような役割の方がケアできるような仕組みがうまく働いたらいいなと思います。結果として自社での仕事復帰が叶わなくても「健康な精神状態で転職する」まで持ち直してもらえたら、心が傷ついて社会から孤立し、困窮する人は減るのではないでしょうか。

さらに、強く思うのは、「どんな人でも生きていける社会がいい」ということ。頑張りたい人が頑張るのはすばらしいことだけど、頑張らなくてもある程度の水準で生きていける社会の方が、絶対みんな幸せになれると思うんです。

その「生き方の幅」をどのくらい広げられるかをすごく意識しています。極端に言うと、「仕事しなくてもいいんじゃない」と。働きたかったら働けばいいし、とにかく何かしらの形で生きていてほしいってことです。ただ、今の社会には、その考え方を受け入れるリソースがあまりに少ないですよね。

一見すると自分とは遠い世界のことのように思えるかもしれませんが、彼ら(彼女ら)も私たちのすぐ近くにいて、不安のなかに生きています。心の距離をすこし近づけて、「自分にも何かできるのかもしれない」と考えてみてほしいです。「見えない貧困」に陥った人に関心を持って、当事者の状況を知ろうとする人が増えるだけでも、状況は変わっていくはずです。

編集後記

コロナ禍以降、「社会のセーフティネット」ということばを聞くこと、目にすることが増え、「公助の限界」を叫ぶ声も多くの場面で耳にします。市川さんは「どこまで受け入れるかを考えながら運営している」とおっしゃっていたので、Relightのしくみでも支援が届かず、困窮している人々がまだまだ存在していることは想像に難くありません。

取材では、何よりも市川さんが終始とても楽しそうにお話しされていたのが印象的でした。市川さんが「陽気なおじちゃんとか、面白い人が結構いるんですよ」と、親しみを滲ませながら語られるのとは対照的に、私たちは「自分たち」と「困っている人たち」というように線を引いていたのかもしれません。社会を二つに分けて片側を効率化するしくみで運営される社会では、その反対側に身動きの取れない人を生んでしまう。社会のインフラに携わる立場として私たちこそが、常に気にしなければいけないことだと感じました。

退職者へのケアという視点で企業への期待を語っていただいたように、セーフティネットの担い手になりうる組織はたくさん点在しているのでしょう。市川さんの話からは「自分にも何かできることがあるのかもしれない」と勇気をもらえました。社会的包摂の担い手がより多様になっていくにはどうしたらいいのか。まずは、見えていない課題に関心を向けること、誰かと会話をしてみることから始めていきたいです。

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市川さんは相談者に対して、「助ける」ではなく「手伝う」という姿勢で接し、印象や既成概念で判断せずに、その人が置かれた状況を素直に受けとめています。すべての人に対してフラットに接することは一見簡単そうに思うけど、とても難しい姿勢だと思いました。自分もそのような姿勢を意識していこうと思いました。

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きざしを捉える

「もしかしたら、将来、人々はこういう考え方をして、こんな行動をとるようになるかもしれない」。

さまざまな分野の有識者の方に、人々の変化のきざしについてお話を伺い、起こるかもしれないオルタナティブの未来を探るインタビュー連載です。

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