※詳しくは「きざしを捉える」を参照
大崎隆裕
加古川市役所 市民協働部 生活安全課 課長
生活安全課では、防犯、交通安全、消費生活センターなどを所管しています。最近増加している特殊詐欺などに対応するため、消費生活センターとしての情報も活用しながら、警察とも連携し、市民の安全・安心に向けた取り組みを進めています。
髙橋美絵
加古川市役所 市民協働部 生活安全課 防犯安全係長
防犯安全係では、防犯、交通の事業を所管しています。ICTを活用した取り組みのほか、パトロールの実施や地域防犯活動団体との連携など、さまざまな防犯の取り組みを行っています。また、交通事故防止のため、警察とも連携し、交通安全教室の実施や積極的な啓発活動を行っています。
兵庫県加古川市では、小学校の通学路や学校周辺を中心とした約1,500箇所に「見守りカメラ」を設置、犯罪抑止の効果を上げています。さらに、見守りカメラには「見守りタグ(ビーコンタグ)」検知器が内蔵され、タグを持った子どもや認知症高齢者の位置情報履歴を保護者や家族に知らせる「見守りサービス」の普及も進んでいます。
安全・安心を実現するICTサービスが普及する一方、監視社会への不安や懸念も拭えない現代社会。地域のつながりが希薄化しているなか、行政はいかに「監視」ではなく「見守る」まちづくりを進めればいいのでしょうか。加古川市役所 市民協働部 生活安全課の大崎隆裕さんと髙橋美絵さんに聞きました。
ほぼ100%の市民が「見守りカメラは必要」と回答した背景
――見守りカメラと見守りサービスを導入した背景を教えてください。
背景は大きく2つあります。1つは、加古川市における刑法犯の認知件数が非常に多かったことです。2016年は29市12町を擁する兵庫県下でワースト4位、2017年はワースト2位でした。もう1つは、高齢化率(人口における65歳以上の割合)が年々上がるなか、行方不明になる認知症の高齢者も増えてしまっていたことです。
以前から対策として、警察OBの方がボランティアで青色パトロールカーの巡回をしてくださっていましたが、そのメンバーも高齢化が進んで人員確保が難しくなりつつあるのです。町内会を主体とした地域の防犯活動も、同じく高齢化の影響を受けています。そのため、人海戦術ではなく、ICTの活用が求められる状況にあり、2017年度に900台・2018年度に575台、計1,475台のカメラを設置しました。
――近年、ICTを活用した見守りサービスが全国各地で広がりを見せています。一方で、その導入・運用にあたっては、プライバシーの保護に関する市民の懸念などがつきまといます。加古川市の場合はどうだったのでしょうか。
加古川市でも個人情報の扱いに不安を持つ市民が多いのではないかと考え、2016年6月〜7月に、市内12の中学校区ごとにオープンミーティングを開催し、岡田康裕市長が直接、見守りカメラ設置について丁寧に説明したうえで意見交換をしました。このように行政のトップ自らが先頭に立ってコミュニケーションをとっていく姿勢もポジティブな影響を与えたのでしょうか。オープンミーティング後のアンケートでは「見守りカメラが必要」「どちらかといえば必要」という回答が99.2%、市民へのアンケートでは同回答が98.6%となりました。なお、見守りカメラ導入決定後、どこに設置するのかといったことを伝えるために、市の職員が各町内会に直接出向いて説明会を行っています。
また、第三者機関である個人情報保護審査会の諮問(しもん)を経て、新たに「加古川市見守りカメラの設置及び運用に関する条例」を2017年9月に施行しました。議会では、個人情報の扱いに関しては、その功罪をふまえながら比較的前向きな議論がなされ、「厳格に条例が守られるのであれば問題ない」ということで制定に至りました。条例では、市民の生命に関わる場合や警察の捜査といった極めて限定された場合にしかデータを取り出せないことなどが定められています。
――ほぼ全員から賛成を得られたそうですが、見守りカメラの設置を反対する意見はなかったのですか。
加古川市としては、反対意見も多くいただくと想定していました。そのため、見守りカメラの設置に関する説明会はかなり細かく地区単位で行いました。カメラに対する反応は地域によって温度差があったため、フォローとして、町内会から要望があれば個別に説明もしてきましたね。
結果として、多くの市民から好意的に受け止めていただけました。手順を踏んで丁寧な説明を重ねてきたことがプラスに働いたのだと考えています。
――行政からの、見守りカメラの設置前・設置決定後と段階を追った丁寧な説明に加え、市民の皆さんにも「見守りカメラが必要だ」という意識があったということでしょうか。
そうですね。過去、市内で凶悪犯罪が起きたこともあり、見守りカメラ設置のニーズはもともと高かったとも考えられるでしょう。さらに、加古川市では従来、「地域見守り防犯カメラ設置補助事業」によって、補助金を得て自主的にカメラを設置している町内会などの地域団体があったため、その延長として抵抗なく捉えた方もいたのかもしれません。
――今後、カメラを増やしていく予定はありますか。
実は、現行の見守りカメラは特注品なので増設ができません。カメラの台数は、専門家や警察のご意見をふまえて、初めから1,475台と決めていました。ただ、実際に設置したことによって、犯罪の抑止につながることや認知症による行方不明者の早期発見につながることが市民の間で広まり、「こちらに設置してほしい」と増設を希望する意見も出てきています。今は、子どもの増減によって通学路が変わった場合などに、地元と調整してカメラを移設する対応をとっています。
また、効果が口コミで広がっていく一方で、「街中はいいけれど自分の家の前は嫌だ」など、設置場所についての意見も、数件ですがなかったわけではありません。もちろん、家の前に設置する場合は、肖像権やプライバシーへの配慮から、玄関や窓、ベランダなどにはプライバシーマスクを適用して見えなくなる画像処理をしています。
「見守りカメラ」「見守りサービス」の効果と、官民協働事業だからこその課題
――見守りカメラを活用した見守りサービスの導入についても教えてください。
見守りサービスの導入もカメラ設置と並行して行われました。サービスに必要な「見守りタグ検知器」は、カメラと一体型になっているためです。サービスは、民間の事業者との協業によって運用され、導入にあたっては、競争原理を働かせるためにも、当初は3社に参入していただきました。事業者と市で協定を締結し、お互いに加古川市の安全・安心につながる事業活動を行う意思を確認し合っています。その後、1社が撤退したため、現在は株式会社ミマモルメと綜合警備保障株式会社の2社体制で運用(※)しています。
利用者である市民自身に、アプリの使い勝手や利用料金などから自由に選択してもらうことで、よりよいサービスを導き出したいと考えています。一方で、サービスの普及のため、キャンペーンも実施しています。認知症高齢者のサービス利用費を一定要件のもと市が負担。また、小学校1年生を対象に初期登録料と月額使用料を事業者と加古川市が負担し、無料になるというものです。
※取材時(2022年12月)。令和5年度からは、ジョージ・アンド・ショーン株式会社が加わり3社体制で運用
――見守りサービスは複数の民間事業者と取り組む官民協働事業とのことですが、民間企業と協業するうえで、行政の立場で課題に感じていらっしゃることがあれば教えてください。
見守りサービスのインフラは加古川市が整備していますが、サービス自体は市民と事業者との直接契約の形をとっています。そのため、市では利用者の管理ができません。しかし、市としては税金を使ってインフラを整備しているため、事業効果を確認するために、利用者についてある程度把握しておく必要があります。
利用者数や年齢層といった最低限の情報は提供いただいていますが、利用者に直接市からアプローチすることができないため効果が見えにくいという課題があります。現状は、市民に対するアンケート調査で効果を検証しています。
――2017年度、2018年度に導入してから一定の年月が経過し、見守りカメラや見守りサービスに対する、市民の認知や意識に変化はありますか。
毎年実施している市民意識調査によると、2021年度の見守りカメラの認知度は69%。2018年度は54%だったので、3年で15ポイント上昇しています。見守りサービスは2021年度で26%と少し低めですが、こちらも徐々に上がってきてはいます。
刑法犯の認知件数については、カメラを設置する前の2017年の認知件数と2021年の認知件数を比較すると、51%も減少しています。兵庫県全体の認知件数減少率は41%なので、加古川市は、それより10ポイント減少しているということになります。
また、加古川市内で行方不明になった方は、見守りタグを持っていると約1時間で発見されていると警察から聞いています。2022年度に実施した認知症高齢者のいるご家族を対象にしたアンケートでは、回答者数143のうち行方不明になった方が56人いて、タグを使って発見された方は29人。半分以上がタグによって発見されています。
こういったデータについては、広報誌などを通じて周知しています。また。地域のニュースなどでも報道され、他の自治体から視察の要望をいただくこともあります。
加古川市版Decidimを使って市民とのコミュニケーションを濃くする
――一定の効果が認められる見守りカメラ、見守りサービスですが、その成功の前提には市民の理解や協力があると思います。加古川市が行政と市民の良好な関係性をつくり、維持し、また、よりよくしていくために取り組んでいる工夫などがあればお聞かせください。
導入も運用も、基本的には行政主導で行っていますが、その過程で市民とのコミュニケーションやフィードバックを行ってきました。たとえば、今年度(2022年度)は、「デジタル田園都市国家構想推進交付金」で採択された、AIを活用した「高度化見守りカメラ」150台の導入を進めています。導入にあたっては、市民の意見を聞くために、2022年10月〜2023年3月まで、市民参加型合意形成プラットフォーム「加古川市版Decidim(デシディム)」を利用して意見を募集しています。
高度化見守りカメラにはAIがインストールされており、夜間に女性などが悲鳴を上げたら「見守りカメラ監視中です」と音声を発したり、人流を検知してデータを解析することで、防犯だけでなく市の賑わいづくりに活用できたりもします。
※Decidim:バルセロナやヘルシンキなどで使われている、「Decidim(デシディム)」というツールを一般社団法人コード・フォー・ジャパンが中心となり、日本語化を行ったもの。世界中の30を超える自治体で利用されており、日本国内では加古川市が初めて導入。
――加古川市版Decidimで行政側が予想していなかったような意見が寄せられることはありますか。
加古川市版Decidimでは実名が公開されず、ニックネームでアイデアを投稿できます。匿名なのでどのような属性の方かわからないのですが、やはり行政の視点とは全く違うと感じますね。ある時、市の職員が高校で加古川市版Decidimの周知をしたところ書き込みが増えたので、高校生など若年層も利用しているかもしれません。
また、高度化見守りカメラ導入に際して、条例改正を2022年12月に行いました。録画機能だけでなく音の収集や人流の検知など、さまざまな機能が搭載されているためです。その際、議会では個人情報の管理・利活用に関することについて重点的に質問がありました。
さらに、「行動がAIによって監視されることはないと、しっかり市民に説明をしてほしい」という意見も多くありましたので、見守りカメラ導入で培った土台やプロセスを活かし、市民の皆さんとしっかり向き合って説明していくつもりです。さまざまな方から意見を聞いて、これからのコミュニケーションや施策にも反映していきたいと考えています。
――加古川市版Decidim以外にも、市民参加型の活動として、「見守りボランティア」があると伺いました。
はい。避難勧告などの緊急情報や生活に役立つ情報を配信する加古川市公式アプリ「かこがわアプリ」と、その仕組みを活かした見守りボランティアがあります。アプリをダウンロードすると、スマートフォンが見守りタグの検知器になるのです。行方不明者の持つタグが、見守り機能をオンにしたスマホや見守りカメラの付近を通過すると位置情報が検知される仕組みとなっています。
市では、タグを持った認知症の方が行方不明になった場合、「行方不明の方がいますので、見守り機能をオンにしてください」と、かこがわアプリユーザーに対してプッシュ通知をして情報提供を呼びかけています。見守りボランティアは、いつもの生活を送りながら、小学生や高齢者を見守ることができます。こうした取り組みによって、行政と市民との間にちょっとしたつながりができているように感じますね。
職員の意識醸成と市民との直接対話が何よりも大切
――加古川市はICTを活用して「誰もが豊かさを享受でき、幸せを実感できるまち加古川」を実現するため、2021年に「加古川市スマートシティ構想」を策定されています。それらもふまえつつ、見守りサービスの今後の展望をお聞かせください。
見守りサービスは他の自治体への横展開を視野に入れています。スマートフォンなどのGPS機能に比べ、見守りタグは小型で電池も1年間ぐらい持つため非常に有効なツールです。ただ、加古川市を出てしまうとタグが機能しなくなってしまうという課題があります。
そこで、近隣3市2町にこの見守りサービスの有効性を周知し、導入をご検討いただいています。今のところ、見守りカメラには関心が高い一方で、見守りサービスは市民の方の自己負担もありますし、条例を定める必要もでてくるかもしれませんので、なかなか難しいところです。とはいえ、認知症の高齢者増など共通の課題もあります。横展開によって加古川市だけでなく、関係自治体全体の費用負担を軽減しながら安全・安心なまちづくりを進められる、お互いがWin-Winになる方向で考えていきたいですね。
――加古川市のように市民を巻き込んでICTを活用し、まちづくりを行うためには、地域の課題解決を自分ごととして市民が捉える必要があるでしょう。行政はどのようなコミュニケーションをとればいいと考えますか。
行政が直接市民と対話をしながら取り組むことが、最も大切なことだと思います。見守りカメラは、導入時はもちろん、設置にあたっても「この道より、あちらの道の方が子どもたちはよく通る」といった地元ならではの意見に耳を傾けながら、要望にできるだけ沿った形で対応することを心がけてきました。
一方で、自治体は年度で予算が決まっていることもあり、見守りカメラの構想から設置までを数年で実現しています。比較的短期間でバタバタと進めなくてはならなかったことから、当時の担当者それぞれの安全・安心なまちづくりに対するモチベーションの高さが影響したに違いありません。市民との丁寧な対話とスピード感のあるルールづくりを両立するためには、熱意のある担当者の存在が重要でしょう。
そのモチベーションの高さには、今3期目の岡田康裕市長の姿勢も影響しているはずです。就任当初よりオープンな市政を信念として掲げ、自ら出向いて市民への説明を丁寧に実施してきました。よりよい市にしたいという思いが職員に伝わって、職員は加古川市が抱える課題を自分ごととして捉えることができました。その意識は市民の皆さんにも伝わっているでしょう。
現在導入を進めている高度化見守りカメラについても、これまでと同様に説明会を行うため、今、町内会長さんに電話をかけて「いつ伺ったらいいですか」と聞いているところです。地道ではありますが、こうした手順を一歩ずつ丁寧に踏むことが、何よりも大切ではないでしょうか。
編集後記
「監視」ではなく「見守り」のサービスを実現するためには、改めて対話が重要だと感じます。加古川市のように、行政のリーダーシップに呼応する市民の声が重なることで、よい公共サービスが生まれた実例もあるのだと知ることができました。
また、変わりゆくニーズに応えて細やかに調整しているからこそ、利用者の信頼を得られているのでしょう。スマートフォンがあれば誰もがしくみの一端を担える「見守りボランティア」は、特に興味深い取り組みでした。サービスを提供する側と利用する側を二分して価値を押し付けるのではなく、時として利用者もサービスに貢献できる。そのおかげで、単なる機能の高度化では得られない安心感が生まれているように感じます。
一方、市民と民間事業者との直接契約では、行政にアプローチできない市民の情報が生じるという課題も明らかになりました。どう解決できるか、情報倫理の観点もふまえて検討していく必要があるでしょう。
コメントピックアップ
まちづくりの方法論や技術を研究するなかで、市民に対して数値やデータで施策の必要性を説明することの難しさを感じていました。加古川市のように、実際に見守りカメラの効果を実感した市民から「ここにも設置してほしい」という増設を望む声があがり、口コミでよい評判が広がっていくのは、公共施策の導入例として理想的ですね。
民間企業はもちろん、たとえ自治体であっても、個人情報を取り扱うことはプライバシーの観点から難しいものです。見守りカメラの導入にあたり、市の職員が町内会に出向いて説明したと伺って、丁寧な対応を織り込んだプロセスで進めることの大切さを実感しました。
見守りカメラの設置場所を丁寧なコミュニケーションで決めていくプロセスは、ともすると市民の「お客さま化」を招き、終わらない窓口対応につながりかねないとも思いました。市民に自分たちのための仕組みだと理解してもらうことが大切で、加古川市ではその点が上手くいっているのでしょう。
以前、安全管理のために作業現場を遠隔カメラでモニタリングすることの是非を議論したことがあります。安全の観点であっても「仕事を見張られているようで不快なのでは」という意見が出たのです。お話を伺って、実際に利用する人の期待をくみ取ったサービスを実現すること、カメラ設置後の効果を周知するなど、導入後に継続的なコミュニケーションをとることこそが大切だと気づけました。
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きざしを捉える
「もしかしたら、将来、人々はこういう考え方をして、こんな行動をとるようになるかもしれない」。
さまざまな分野の有識者の方に、人々の変化のきざしについてお話を伺い、起こるかもしれないオルタナティブの未来を探るインタビュー連載です。