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不動産がメインだった日本の「資産」にも金融投資へのシフトやデジタル化などの波が押し寄せる中、資産運用の世界ではデジタルを活用したイノベーションの動きが起こっています。「どうなる投資の未来。フィナンシャル・ウェルビーイングと投資のデジタル化」のセッション2では、25年にわたり資産運用に携わってきたアセットマネジメントOne株式会社(以下、AM-One)の菅野暁社長、そしてアセットマネジメントOne TERRACE株式会社(通称:amoterrace)の代表であり、AM-OneのChief Digital Officerも務めていらっしゃる樋渡勝彦さんを迎え、AM-Oneの新事業創出プロジェクトを支援している日立製作所研究開発グループ サービスシステムイノベーションセンタの沼田逸平、社会イノベーション協創センタの丸山幸伸が、AM-Oneにおけるイノベーション創生では何をしようとしているのか、そのためにどんな取り組みをしているのかお聞きします。

※本記事に記載の所属、役職については、2023年1月に取材した時点のものです。

[Vol.1]日本とアメリカの差を生んだ資産の捉え方の違い
[Vol.2]投資による経済的自立を求められる若者と、資産運用会社が描く未来
[Vol.3]デジタルが資産運用をどう変えていくか
[Vol.4]変わりゆく資産に、運用会社はどう向き合っているか
[Vol.5]社内公募型のプロジェクトを通し、伝統領域からの脱皮を図る
[Vol.6] 投資の未来を、ワタシたちが描く。プロジェクトPenguinのメンバーに聞く学びとアウトプット

画像: 左から日立 丸山、amoterrace樋渡さん、AM-One菅野さん、日立 沼田

左から日立 丸山、amoterrace樋渡さん、AM-One菅野さん、日立 沼田

Uberの登場でタクシーの乗客が消えた。同じことが金融でも?

丸山:
これまでの社会における資産の考え方や顧客像が変化していく中で、“投資の力で未来をはぐくむ”ための事業をどうやって生み出していくのか。AM-Oneにおいて、そのイノベーションを仕掛けるチームのリード役を担っている樋渡さんと、協創パートナーとしてプロジェクトを支援している沼田さんに、ここからの議論に参加していただきます。

樋渡さん:
2019年の5月に、菅野の構想の中にあった新設のデジタルイノベーション推進室に初代のチーフデジタルオフィサーとして着任しました。それ以前は完全な非フィナンシャルバックグラウンドです。

大学卒業後の最初の就職はアメリカ系の外資化学品メーカーです、そこに7年ほどいて、経営企画、マーケティング、サプライチェーンマネジメントなど様々な職種を経験させてもらいました。

その後ご縁があって株式会社リクルートに行き、当時のリクルートは紙メディアからネットメディアへの転換の時期でしたが、最初はコーポレート側で、のちに事業側として、デジタル・オンラインでのto C向けのサービスに関わっておりました。そこから20数年間、海外企業を含む色々な企業・産業領域で同様の仕事をしてきました。

沼田:
日立製作所に入社して8年目になります。バックグラウンドとしては文化人類学をやっていて、日立の研究開発グループの中でもエスノグラフィーという現場に入って調査をする部門に3年ほどいました。もともとサービスデザインをやりたかったので、その後は顧客協創を専門に行う部門に移り、今はAM-Oneさんと新しいサービスを作っていく仕事をしています。

丸山:
ますは菅野さんから、AM-Oneで新事業を立ち上げられた背景と事業の内容を教えてください。

菅野さん:
私のバックグラウンドは海外と資産運用が半々ぐらいですが、この会社に来る直前、アメリカではフィンテックの会社が雨後の筍のように出てきていました。その頃J.P.モルガンが主催したフォーラムがあり、180社ほど参加していた運用会社の社長の一人として私も出席しました。そこで、ソフトバンクのビジョンファンドが出資をしているフィンテックの人と一緒になったのですが、彼が周りを見渡しながら、憎々しげに言ったんです。「この人たちは金持ちだけにサービスを提供しているけれど、俺は違うぞ」と。

アメリカはフィンテックと言っても金持ちだけがやってるわけではなくて、先ほどの議論でいうところの「およそ7割の人たち(投資未経験者)」に対してサービスを提供する会社が多かったんですね。でも、日本で投資未経験者に対してサービスを提供する人たちはほとんどいなかったので「そういう人もいるんだ」と思いながら彼の話を聞いていました。

帰国してAM-Oneの社長になってみると、やはり投資未経験者である73%の人が、我々のようなメジャーな資産運用会社、そして販売会社から見放されていました。でもこれは、日本の断絶を深め、不幸な人を増やしていると思うんです。年金問題もありますし、何も知らないで進んでいったらそれこそ非正規雇用の人が非常に大変な状況になり、そして同じようなことが若い人にも起こるんじゃないかなと感じました。そういう人たちに対して資産運用会社は何もサービス提供できないのかな、と思ったことが新事業立ち上げの背景の一つです。

その時に難しかったのは、銀行や証券会社のカウンターで販売員が金融商品を説明・販売するという対面中心で行ってきたビジネスモデルです。4年前は約95%が対面のビジネスでしたが、対面は当然コストがかかりますから、毎月2万円以上投資をしない人は相手じゃないわけです。ではそういう人たちにどうやってサービス提供するかといったら、やっぱりデジタルです。そこで、フォーラムで会った人がやっていたようなデジタルを使ったプラットフォームの提供が考えられないかと思いました。

画像: 自身の体験から、アメリカのフィンテック事情を語る菅野さん

自身の体験から、アメリカのフィンテック事情を語る菅野さん

もう一つは、楽天のCTOをされていた安武さんとサンフランシスコで夕食をしていた時に、タクシーがいかにUberによって駆逐されたのかという話になりました。Uberができる前は、タクシーはホテルの客待ちのところに行ったり、道を流したりしていればお客さんが乗ってくれました。ところがUberが登場したら道を流していてもホテルのタクシー乗り場に行ってもお客さんがいなくなったと。つまりレストランで食事していたら、タイミングを見てスマホでUberを呼ぶという話をされたんですね。

その話を聞いて、これは資産運用会社の将来じゃないかなと思いました。タクシーが流れている道路やタクシー乗り場は、対面販売をしている銀行や証券会社です。今までは銀行や証券会社に来ていたお客さまがスマホの中に行ってしまって、我々は売れなくなるんじゃないかと思いました。

一方で、73%の人たちに対してデジタルの力を使って商品を提供できるようになると、73%の人たちがフィナンシャル・ウェルビーイングを上げて、最終的にウェルビーイングも上げることができます。Uberの話とこの二つがつながったんです。

それがちょうど2018年、1年間かけて中期経営計画を作っている最中でした。当時はまだ具体的に何をするのか、どれだけ経費をかけるのかも分かりませんでしたが、デジタルをやります、と中期経営計画に書きました。そして翌年実際に中期経営計画に入った2019年5月に樋渡さんに来てもらい、そこからプロジェクトをスタートしたという背景があります。

幸せにしたいのは誰? そのためにデジタルをどう使う?

丸山:
投資の分野でもデジタルディスラプター※と言われるような存在が台頭するのではないかと言われている中で樋渡さんにお声がかかったわけですが、実際声がかかった時にはどう受け止められましたか。

※デジタルディスラプター:デジタルテクノロジーを活用して創造的な破壊を起こす企業などをさす

樋渡さん:
お声がけいただき着任する前に菅野とたくさんお話ししました。菅野のビジョンをベースに、箱としてはデジタルイノベーション推進室が存在しているということを知りましたが、具体的なアドレスすべき課題、それに対応する戦略はまだないのかなと。ビジョンをもとにいくつかリサーチしている先行事例はあげられていたけれど、それらサービスがどういう手法で作られたかの方法論のイメージも、どういう機能・リソースが必要になるのかという土地勘・肌間も、当たり前ですがなかったんです。

そこで私は正直に菅野に対して、他の人がやっているからと言って、降ってわくようにそのようなデジタルサービスが手に入るわけではないし、そのようなサービスが当社のイシューにフィットするものかどうかわからないですよとお伝えした記憶があります。同時に、デジタルサービスを作る活動のその前に、価値をお届けしたい・お届けできてないユーザーはだれなのか、その価値とはなんなのか、もちろん大きな変革ドライバーである「デジタル」をイネブラーとしてどう組み込むのかも考えますが、その前に顧客の理解、顧客体験の設計から始めるべきなのだろうなと考えていました。

正直言うと、今でもデジタルイノベーション推進室と言う名称自体はしっくりきていないのですが(笑)、デジタルをドライビングフォースとして我々は変わらざるを得ない、変われるはずなのだけど、その前に、我々が向き合うべき社会・顧客についての洞察、そこからの顧客価値と体験設計から始めなきゃいけないな考えていました。

画像: デジタルのプラットフォームを使った新事業を手がけることになった樋渡さん

デジタルのプラットフォームを使った新事業を手がけることになった樋渡さん

以前私は製薬会社等でヘルスケア関係のビジネスイノベーションに取り組んでいて、医療・社会保障制度の外縁でも人々のウェルビーイングにつながるなにかが創れないかといろいろチャレンジしていたんです。

着任前の菅野との会話の中で菅野から、「一人ひとりの幸せの役に立つ資産運用会社」という言葉が出たときに、「この人は資産運用会社の立場で、ウェルビーイングの3本の柱の一つ、ソーシャル・ウェルビーイングの実現を目指しているんだな」と思い、そのビジョンに共感を覚えましたし、何かお役に立てるところはあるかもと思えました。

菅野の話で一番印象的だったのは、最終的に我々が幸せにするのは誰なんだ、という視点から話をしてくれたことです。私はデジタルをインフラとして使うのか、デジタルをどう受け止めてどうアダプトしていくのかがポイントだと理解し、「菅野さん、これは経営戦略ですね」と話をして、環境変化に適応するための当社の経営戦略を考え、かつ個人の幸せを願うという整理をつけました。

同時に、ヘルスケアではないもう一つの大事な柱の社会的ウェルビーイングという観点を聞いて、いけるかなと思いました。

画像: 「最終的に我々が幸せにするのは誰なんだ」。菅野さんからのオファーを振り返る

「最終的に我々が幸せにするのは誰なんだ」。菅野さんからのオファーを振り返る

amoterrace が“出島”ではない理由

丸山:
この活動は、本体のマネジメントとは切り離した特別区“出島”と理解していいですか。

菅野さん:
今は一部出島的になっていますが、出島という形はとっていません。

樋渡さん:
ここは菅野とも議論しました。「出島は楽になる要素も多いけれど、我々がやりたいことは出島を作って、そこを成長させて本体がそこに乗り換えていくことではない。そういうアプローチは取らない。」と、彼はそう決めていたんですよ。出島的なものから得られるものを使って本体ごと変革の方向に連れていこうとしている。

丸山:
あえて茨の道を選んだのですね。

樋渡さん:
ただ、実験的な方法論もケイパビリティも何も持ってない組織の中でこれを始めるので……。新事業創出プロジェクトとしてAM-One社内で始めた「Penguin」というプログラムもその一環なんですが、今は本体の中でAM-Oneとしての経営戦略、事業戦略ときっちりアライメントを取って動くように、サービスコンセプトだったりフィロソフィーは本体としてしっかり見ている。そして、これを実装するとき、リサーチや開発効率を上げるために出島を使う。だから出島で何か飛んだアイディアを生み出して、それを会社にどう戻すかっていう考え方ではなく、本体をしっかり変革させる、そのためのシナリオ戦略などを持って、それを開発実装するために出島的なものを用意したんです。サンドボックス的な使い方と言えますね。

丸山:
なるほど。そういうサンドボックス機能が肝なのですね。

樋渡さん:
この組織の名前はamoterraceといって、これ自体はAM-Oneの外にあるものですが、完全な出島のマネジメントではないのです。いわば、外と中の中間を繋ぐ、建築でいうところの「テラス」です。それをAM-Oneのテラスという意味合いでアセットマネジメントOne TERRACEという形にして、通称amoterraceと呼んでいます。

外からも自由に来てください。そして中の人も一歩踏み出せば外ですよ、と。

丸山:
縁側に他社を招き入れる時に、サポーターとして日立製作所の沼田さんたちに声をかけていただいたようですが、それはなぜなのでしょうか。

沼田:
最初にお話をいただいたのは、ビジョンデザインがきっかけだったと思うんですね。日立の研究開発グループで行っていた、きざしを捉える研究やビジョンデザインの活動を、樋渡さんとご縁があるデザイナーの紹介を通じて、見つけていただいた。AM-Oneさん自身でも、既に未来の変化の潮流を捉える活動を独自に推進されていて、新事業へのアプローチ方法について、考え方が似ていたことが決め手となって、協力者としてお声がけいただいたと理解しています。

樋渡さん:
補足しますと、沼田さんが新事業創出プロジェクト「Penguin」の支援に入ってくださる前に、我々もフューチャーリサーチとビジョンデザインから機会領域を捉えるプロセスを1年間かけてやっているんですよ。その得られた機会領域の中に、人間中心、ヒューマンセンタードの顧客体験重視でサービスを作るぞ、となったとき、世間によく知られる日立の変革の物語においてビジョンデザインが事業に関わろうとしているとの話を聞き、これは何か当社のチャレンジに関係するヒントを持っているはずだと思って連絡を取らせていただきました。

画像: 日立に連絡を取った背景を語る樋渡さん

日立に連絡を取った背景を語る樋渡さん

丸山:
元々AM-Oneで先行的にやられていた活動があって、そのネットワークが広がっていく中で日立の活動との親和性を見出されたということですね。

沼田さんはこのお話をいただいたとき、率直にどう感じましたか?

沼田:
最初にお話を聞いた時に一番感じたのは驚きです。二つ理由がありますが、一つは恥ずかしながらAM-Oneという会社を個人的に知らなかったので調べたところ、業界の中での規模は非常に大きい一方で、一般消費者とはかなり遠い位置にある会社だなと思いました。そんな会社が、エンドユーザーの目線から顧客中心にサービスを考え直す、新事業創出プロジェクトを始めるというお話を聞いて、難しいチャレンジになるだろうけれど、大きく社会を変えるきっかけになると思いました。

もう一つの驚きの理由が機会領域です。その内容がすごく面白かったんです。日立でもきざしの研究をしていますがそこにもまだ入っていない、金融の観点から将来の生活者の変化を捉えている。金融の観点で社会がどう変わっていくか、若者の視点でどういう消費、生活、価値観に変わっていくか、そこにかなり切り込んだ内容を事前に見せていただいて、これはすごく面白いプロジェクトになると思いました。

丸山:
金融分野のプロフェッショナルと日立の研究所で培ってきたデザインの知見を掛け合わせたジョイントプロジェクトで、フィナンシャル・ウェルビーングとは何かという問いに対して、共に向き合っているのですね。

次回は、菅野社長、樋渡代表、沼田の3名に、AM-Oneにおけるイノベーション創生の取り組み、AM-Oneの新事業創出プロジェクトPenguinについて詳しくお聞きします。

画像1: [Vol.4]変わりゆく資産に、運用会社はどう向き合っているか│どうなる投資の未来。フィナンシャル・ウェルビーイングと投資のデジタル化

菅野 暁
アセットマネジメントOne株式会社 取締役社長(※2023年1月取材時)

1982年東京大学経済学部卒業、1986年マサチューセッツ工科大学経営大学院修了(経営学専攻)。1982年(株)日本興業銀行(現・みずほ銀行)入行。2012年(株)みずほ銀行・(株)みずほコーポレート銀行常務執行役員投資銀行ユニット長兼アセットマネジメントユニット長、2014年(株)みずほフィナンシャルグループ執行役専務国際・投資銀行・運用 戦略・経営管理統括、2016年執行役専務グローバルコーポレートカンパニー長、2017年執行役副社長、2018年4月アセットマネジメントOne(株)取締役社長、一般社団法人投資信託協会副会長、一般社団法人日本投資顧問業協会理事。

画像2: [Vol.4]変わりゆく資産に、運用会社はどう向き合っているか│どうなる投資の未来。フィナンシャル・ウェルビーイングと投資のデジタル化

樋渡 勝彦
アセットマネジメントOne TERRACE株式会社 代表

アセットマネジメントOne株式会社 Chief Digital Officer(※2023年1月取材時)

2019年5月アセットマネジメントOne 入社
1994年に外資化学品メーカーでキャリアをスタート
2000年以降は主にデジタルを活用したtoC向け事業会社、グローバルテクノロジー企業などにおいてコーポレートオフィスや事業開発等に従事
toB領域では外資製薬会社のビジネスイノベーションリードに従事

画像3: [Vol.4]変わりゆく資産に、運用会社はどう向き合っているか│どうなる投資の未来。フィナンシャル・ウェルビーイングと投資のデジタル化

沼田 逸平
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
サービスシステムイノベーションセンタ デジタルエコノミー研究部
研究員(Researcher)

2015年日立製作所入社。エスノグラフィ調査を通じた現場課題の調査業務を経て、現在は主に金融分野においてデザイン志向を活用した顧客協創や新事業創生に従事。

画像4: [Vol.4]変わりゆく資産に、運用会社はどう向き合っているか│どうなる投資の未来。フィナンシャル・ウェルビーイングと投資のデジタル化

丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
デザインセンタ 主管デザイン長(Head of Design)

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授

[Vol.1]日本とアメリカの差を生んだ資産の捉え方の違い
[Vol.2]投資による経済的自立を求められる若者と、資産運用会社が描く未来
[Vol.3]デジタルが資産運用をどう変えていくか
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[Vol.5]社内公募型のプロジェクトを通し、伝統領域からの脱皮を図る
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