[Vol.1]「終わり」と「始まり」をデザインする
[Vol.2] 時空、文化を超えた対話が変化を生む
[Vol.3] 刑務所発のレコードレーベルが社会を変える
GDPで幸福は測れるか
すべてのものは終わりを迎えます。しかし、デザインも人間も、「終わり」について語ることを苦手としています。なぜなら私たちは、何かが新しく始まることや、新しい言葉が生まれることについては好んで話しますが、終わりについてうまく伝えることは難しいからです。自動車のような新発明や、新様式、新生活など、新しさは表現しやすいですが、「終わり」を語ったり、表現するにはデザインの力が必要なのです。「終わり」をデザインする方法を見つける前に、まず、「始まり」のデザインについて考えてみましょう。そこからさらに、「変化」することのデザインも見つけていけるはずです。
私たちはよりよい始まりを作り出そうとしますが、実際、ものごとの良し悪しを判断するのは容易なことではありません。たとえば、この世界で成功を測るための指標としては、GDP(国内総生産)がよく使われます。GDPで考えれば、イギリスはノルウェーよりも成功していることになりますが、本当にそうでしょうか?例えばノルウェーには、イギリスよりも高い水準の医療制度が整っています。健康を顧みずにGDPの高さだけを比べることに、なんの意味があるのでしょうか。もしかしたら、私たちの幸福の測り方は間違っているのかもしれません。また、いま地球は温暖化に直面して問題視されていますが、それと同様に資本分配の公平性、平等性も重要な問題です。これらの問題はすべて私たちが作った「始まり」が生み出したものです。
デザインによるイノベーションのチャンス
ここで、再びデザインの話に戻しましょう。デザインは、政治にも経済にもできない方法でイノベーションを生み出すことができます。ですから、デザインには発言力がなければなりません。
結婚生活の終わりは愛の終わり、旅の終わりは冒険の終わりというように、全てのものには終わりが来ますが、その終わりがすべての終わりだとは限りません。デザインには世の中の悩ましいものごとに終止符を打つ力や、世の中の不平等をなくせるような力があります。私たちはいま、おそらくこれまでの歴史のどの時期よりも素晴らしいチャンスに恵まれています。 GDPに囚われていた過去に終止符を打ち、新たな「始まり」を創り出す、という機会です。
もうひとつのチャンスは、デザインの範囲がプロダクトデザインだけでなくサービスデザインやその先にまで広がっているということです。私たちはいまや、政策や方針までもデザインできるようになりました。デザインは、「青に塗るべきか、赤に塗るべきか」といった工業デザインを超えて、都市の中に存在するサービスやシステムのデザインに移行しつつあります。私たちがデザインを概念的なものとして捉えることで、デザイナーにはより多くの可能性が広がります。
「新しいプールを」の裏にあった願い
あるエピソードをお話ししましょう。
あるとき、デンマークの小さな町からスイミングプールのリニューアルをリクエストされました。私たちデザイナーが現地に行って確認したところ、スイミングプールはあちこち古びていましたし、誰も泳ぎに来ていませんでした。しかし、一週間後に私たちが町に提案したのは、新しいスイミングプールの設計図ではなく市営バスの時刻表でした。問題はプールの施設にではなく、街の中心地から人々を運んでくる交通手段のほうにありました。ここを通るバスはこの小さな町に停まらず通過して、次の街へ行ってしまっていたのです。
この町の問題は、人を呼び込むための魅力的なプールにするための技術的なリニューアルで解決できるものではありませんでした。人々がプールを利用するための交通手段を整えることが必要だっただけなのです。そして、リニューアルをリクエストした町が期待していたのは、まさにそういった問題を解決するデザインだったのです。
一般的には技術的な問題を一番に考えがちですが、デザイナーが解決すべきなのは、そもそもそこで何が起きていて何が根本の問題になっているのか、ということです。デザインは、現在のさまざまな状況を動かすことができます。社会をデザインするつもりなら、ごく小さなところからのアプローチが必要ですし、ひとつのアイデアだけでソーシャル・イノベーションを実現することはできません。 私たちは、山頂をめざしてデザインしているわけではなく、常に変化する社会に向けたデザインをめざしているのです。
そして、「終わり」を理解しない限り、「始まり」について話すことはできません。デザイナーが終わりと始まりの両方を理解できれば、その間で起こすべき変化もデザインできます。これが、環境を動かすデザインです。
「いつか王子様が」をめぐる、時空を超えた対話
何かを作ったりアイデアを得たりする前には対話が必要です。
(ウォルト・ディズニー製作のアニメーション「白雪姫」の映像が流れる)
皆さんはこの映画を知っていますか?これは誰のために作られたものでしょうか? ウォルト・ディズニーが1937年に制作したこの映画は、当時の子どもたちが大人に連れられて、映画館で観ていた映画なのだと思います。
(音楽が流れる。ジャズナンバーの「いつか王子様が」)
これは「いつか王子様が」という曲です。映画では白雪姫が歌っていましたが、これはその25年後に演奏され録音されたものです。これは子どもが聴く音楽というよりも、ジャズ愛好家などがレコード屋やライブ会場に行って聞いていた音楽のように思います。
ひとつの曲が時空を超えて、広告、映画、ジャズ、アニメーションなど異なるメディアを用いることで、たくさんの人を巻き込み、さまざまな人と対話しているのです。
(音楽が流れる)
これは、1721年に作曲された「四季」という曲ですが、どの季節か分かりますか? 春です。では、1721年に、この曲を聴くことができたのはどんな人たちだったのでしょうか。上流階級の人たちです。では、彼らはどうやってこの曲を聞いたのでしょうか。
(オーケストラで演奏している様子が流れる)
この時代であればそう、オーケストラの生演奏を聴いていたはずですが、いまはインターネットでこの音楽に誰もがアクセスできるようになりました。私たちは「四季」という楽曲を通じて1721年の人々と対話することができるのです。
このように、私たちが関わるすべてのデザインは、時空を超えた対話を可能にします。皆さんもどうか、その対話に参加してほしいと思うのです。
次回予告
次回は、ジューダ・アルマーニさんがInHouse Recordsを立ち上げることになった経緯や、従来型の再教育プログラムとはまったく異なるアプローチを可能にした「価値交換」や「対話」についてお届けします。
Judah Armani(ジューダ・アルマーニ)
Research Fellow Design Against Crime (DAC) Research Centre
Central Saint Martins, Royal College of Art
Director of his own practice, Judah is a multi award winning designer operating in the world of social impact, focusing on the phenomena of homelessness and the criminal justice system.
Judah Armani is the head of the social impact studio within the MA Service Design programme.
Judah has launched multiple award winning social enterprises, including InHouse Records, the worlds first record label for change founded in prison, Aux Magazine and Lucky13’s neurodiverse learning cards.
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