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InHouse Records(インハウスレコード)は、長らく行われている受刑者への「教育」「矯正」とは異なるアプローチの取り組みです。肉体を罰するという古い刑罰の歴史を終わらせることを可能にしたのは何だったのでしょうか?vol.2では、価値交換を行うWin-Winな関係性構築について、そこでの対話の役割について、InHouse Records創立者のジューダ・アルマーニ(Judah Armani)さんにお話しいただきます。

[Vol.1]「終わり」と「始まり」をデザインする
[Vol.2] 時空、文化を超えた対話が変化を生む
[Vol.3] 刑務所発のレコードレーベルが社会を変える

画像: ジューダ・アルマーニさんは、2017年に受刑者の更生を変革する刑務所発のレコードレーベル「InHouse Records」を立ち上げた

ジューダ・アルマーニさんは、2017年に受刑者の更生を変革する刑務所発のレコードレーベル「InHouse Records」を立ち上げた

イギリスの刑務所へ

8年前、私は英国王立芸術大学院のロイヤルカレッジオブアーツで、社会に変革をもたらすデザインについての探求を始めました。その時、イギリスにおける受刑者への教育システムがほとんど機能していないことを知りました。

イギリスの刑務所に服役する約86,000人のうちほとんどの人は、更生プログラムを受けたくない、わずかなお金のために働きたくないという理由で独房から出ようとしません。彼らが刑務所に留まることで、刑務所内での暴力事件の発生率は88%増加しています。英国政府はそのことに毎年165億ポンド以上の費用をかけています。

私はこの問題について、デザインで学習プロセスの変化に貢献できるのではないかと考えました。そこで服役中の人々と出会い、コミュニケーションを取り、観察した結果から、この課題を解決するための施策として、受刑者を組織化した音楽レーベル「InHouse Records※」を立ち上げました。

※InHouse Records(インハウスレコード)とは
アルマーニ氏が中心となって立ち上げた受刑者の更生を変革する刑務所発のレコードレーベル。2017年、イギリスでの創立以来、受刑者たちの音楽活動を支援し、世に送り出してきた。現在はアメリカにも活動が広がり、イギリス、アメリカともに受刑者のポジティブな行動変化、再犯率の大幅な低下などの大きな実績を挙げている。

このレコードレーベルの存在意義については、さまざまなステークホルダーから認識されていて、イギリス政府は、InHouse Recordsを非常に成功した受刑者向けの更生プログラムだと考えているし、社会に平和をもたらす活動であると捉えている人々もいます。また、服役中の人たちにとっては個々の社会経験を生かしながら、新しいスキルの習得や学習ができる存在なのです。

画像: イギリスの刑務所が抱えてきた問題を語るアルマーニさん

イギリスの刑務所が抱えてきた問題を語るアルマーニさん

相手の「言語」を学ぶ

何かを創造する前には、時空や文化を超えた対話が存在するものです。その対話から私たちに新しいアイデアを得ることができます。その新しいアイデアは、創造のために積極的に用いるべきだです。自分たちのアイデアの何が面白いのかを理解し、相手に適切に伝えられなければ、人々の興味は薄れてしまいます。

人はみなそれぞれに違う「言語(ものごとの見方や感じ方)」をもっています。受刑者には受刑者の、警察には警察の、教育者には教育者の言語があります。さまざまなビジネス分野においてもそれぞれの言語があります。自分のアイデアやその価値を明確に伝えるには、相手の立場に立って細かなニュアンスまで伝えるとともに、相手がどう考え、感じているかを推量することが必要です。社会イノベーションにおいては、たとえば、もしクライアントがあなたのアイデアを気に入らない場合でも「それは面白いね、私はいいと思いますよ」と言うかもしれません。しかしその真意は言葉以外の情報から読み取らなければ知る術はないのです。

複数のステークホルダーが参加するワークショップでは、私の「言語」が伝わらなければ、別の「言語」を用います。彼らの「言語」がわからなければ、彼らの思考や感情や概念などを学ぶために時間を費やします。コミュニケーションをうまくとりたければ、お互いの「言語」を学ぶことに時間を使うべきなのです。

画像: オンラインによる参加も。チャットを使いながら積極的な意見交換が行われた

オンラインによる参加も。チャットを使いながら積極的な意見交換が行われた

教育の機会が得られなかった受刑者が納得した学習の必然性

イギリスに86,000人いる受刑者のうち、60%は学校を卒業していません。教育の機会や経験が得られなかった受刑者たちが、なぜレコードレーベルを成功に導けたのでしょうか。

私たちは、これまでの更生教育とはまったく異なる学びの場を必要としているのではないかと考え、彼らにこう伝えました。「英語や数学、歴史を学ぶこととは違う、本当の意味で更生のための学びの機会と仕組みを作ろう。あなたたち個々人が持っているスキル、たとえば曲を書く才能があるのであれば、それを学び伸ばすことが更生につながる」

そして彼らは、音楽をきっかけとして関するビジネスやマネジメントのスキルなどを学び、理解していったのです。「言語」を共有することで、私たちは更生についての互いのイメージを理解し合うことができました。そして、刑務所内における犯罪発生やその管理コストに悩む政府など、さまざまなステークホルダを満足させるような存在になったのです。

Win-Winの関係で価値を交換する

人間は日々、対話を通じて価値交換(value-exchange)を行います。中には利己的な理由をもって私利私欲のための価値交換を行う人がいる一方、見返りを期待せず慈善的な交換をする人もいますが、私たちの社会はその中間にあって、Win-Winのやりとりで動いています。私たちが対話の中で築く価値交換は、それが教育であろうと何であろうと、Win-Winの関係でなくてはなりません。そして、交換する価値を正しく伝え、理解し合うために、私たちは「言語」を学ぶのです。

もし私たちが提供できる価値を正しく伝える術を持ち合わせていないなら、それを交換することもできないでしょう。しかし、それがどのように相手に役立つかを語ることができれば、互いの持っている価値を正しく交換することができます。私たちは、価値交換を通じて、互いの持つ「言語(ものごとの見方や感じ方)」も交換しているのです。

InHouse Recordsdeでは、これまでの人生で一度も文章を書いたことがない、つまり自分が提供できる価値を伝える術を知りえていない、そんな服役中の彼らが曲を書き、世に音楽を送り出したのです。なぜなら、彼らは自分が持つ価値を理解し、他のだれかとWin-Winの関係で交換できるのだということを理解したいと潜在的に願っていたからです。協働する人々との価値交換を理解しなくては、イノベーションが起きることはないでしょう。相手の「言語」を理解すれば、価値交換を理解することができるのです。

繰り返される「儀式」が価値交換を可能にする

私たちの社会は、互いに理解され、体現された知識による行動、言うなれば一つひとつの「儀式」によって動いています。

たとえば、私がロンドンの街を歩いているとき、通りの向こう側から歩いてくる男の人に対して自分が脅威tおなる存在であるか否かは知る術もありません。それでも彼は私の前を何事もなく通り過ぎます。私たちはその意味するところ、つまりすれ違う他人が自分を攻撃してくることはないということを理解しています。これはある種の社会で共通理解された「儀式」であり、ひと言も話さなくても通じ合うものなのです。

価値交換は、「言語」を理解するのみならず、このような共通理解された「儀式」の理解によって容易になります。Vol1で述べた、ものごとの「終わりと始まり」そしてその間のトランジションをデザインするためには、関わりたいコミュニティに存在する社会的な儀式について理解する必要があります。

画像: ひと言も話さなくても共通理解された「儀式」があれば通じ合えると説くアルマーニさん。

ひと言も話さなくても共通理解された「儀式」があれば通じ合えると説くアルマーニさん。

そもそも「儀式」とはどういうものでしょうか。どの儀式も何度も繰り返されることでかたち作られていきます。ちょうど、木製のハンドルを使っているうちに手触りが滑らかになるように、繰り返しによって儀式は洗練されていきます。儀式は何度繰り返しても新鮮なものとして捉えられます。例えば、握手は「武器を持っていない(敵意が無い)」ということを示す儀式です。そして、すべての儀式は人々にとって印象的・象徴的な行為であり、そのための場が存在するのです。

デザイナーは、人それぞれのものごとの見方や感じ方、思考や感情や概念といった、その社会で用いられている「言語」を理解し、さらにその社会における象徴的な「儀式」の理解を得ていくことで、価値交換のための新しい「儀式」を、場と共に創造することができるのだと考えています。

次回予告

InHouse Recordsの取り組みに参加した受刑者たちには、どんな変化があったのでしょうか。再犯率1%を実現した背景にある「対話の力」「ネットワークを形成する力」の醸成について、引き続きお話を伺います。

画像: [Vol.2] 時空、文化を超えた対話が変化を生む│RCA ジューダ・アルマーニさん 講演会「デザインはビジネスを通じてどのようにソーシャル・イノベーションを生み出すことができるか」

Judah Armani(ジューダ・アルマーニ)
Research Fellow Design Against Crime (DAC) Research Centre
Central Saint Martins, Royal College of Art

Director of his own practice, Judah is a multi award winning designer operating in the world of social impact, focusing on the phenomena of homelessness and the criminal justice system.

Judah Armani is the head of the social impact studio within the MA Service Design programme.

Judah has launched multiple award winning social enterprises, including InHouse Records, the worlds first record label for change founded in prison, Aux Magazine and Lucky13’s neurodiverse learning cards.

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