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InHouse Records(インハウスレコード)の生みの親であり、イギリス、アメリカの刑務所に関する研究者でもあるロンドン芸術大学セント・マーチンズのジューダ・アルマーニ(Judah Armani)さん。Vol.3では、InHouse Recordsの取り組みを経た受刑者たちの変化について語っていただきます。対話の力、ネットワークを形成する力など、新たな人生を生きようとする彼らにとって必要な力はどのようにして育まれたのでしょうか。

[Vol.1]「終わり」と「始まり」をデザインする
[Vol.2] 時空、文化を超えた対話が変化を生む
[Vol.3] 刑務所発のレコードレーベルが社会を変える

画像: 「時空、文化を超えた対話」の重要性について重ねて言及するアルマーニさん

「時空、文化を超えた対話」の重要性について重ねて言及するアルマーニさん

「語り方」を変えた男たち

InHouse Recordsの取り組みで、私たちは自分の人生について繰り返し曲を書き、歌うという「儀式」を行いました。彼らの中には自分の人生が嫌いで、人生を変えたいと思っている人もいたのですが、彼らが曲を書くたびに、そこに現れる人生の描かれ方も変わっていきました。

彼らが刑務所で作った曲の中に描いたのは、真実とは異なるドラマでした。それが気に入らなかったため、彼らは徐々に「語り方」を変えていきました。彼らは自分の子どもたちのことを歌い、妻のために曲を作りました。「儀式」の繰り返しが、彼らの交流、会話、空間と文化を変えました。曲を作るという儀式が少しずつ発展し、私たちは対話を交わすようになったのです。

儀式を持続可能にするために必要な「資本」

ここで、創造した儀式が上手く回り続けるために必要な、「資本」についてお話ししたいと思います。

画像: 儀式を持続可能にするためには、「社会関係資本」が担う人的ネットワークが重要だと語るアルマーニさん

儀式を持続可能にするためには、「社会関係資本」が担う人的ネットワークが重要だと語るアルマーニさん

人間には、人的資本、社会関係資本、文化資本、経済資本の4種類の資本があるといわれています。人的資本とは、学校で学ぶ技術的スキルのことです。これは、仕事をしながら学んだり、誰かが手本を見せてくれたり、やり方を教えてくれたりしたときに習得できます。社会関係資本とは、人間関係を築き、保つための能力のことです。文化資本とは、経済的、社会的、政治的、宗教的な枠組みを理解することです。そして、この3つは経済資本の収益力によって決定されます。

今回の文脈において重要なのが「社会関係資本」が担う人的ネットワークです。

直線ネットワークとデイジーネットワーク

刑務所内には、ほとんどの人が互いを知り尽くしているような強固なネットワークが構築されていましたが、社会性という面ではうまく育っていませんでした。こうした互いに好影響をもたらさない、刑務所の中に閉じた一方向で直線的なネットワークは、成長も発展もできず、とても危険なものでしたが、私たちがそこに、新しい「言語」、「儀式」、「交流」を導入することで、彼らは新たなネットワーク(デイジー)を持つようになったのです。

今ここにいる私たちのほとんどは、「デイジー」と呼ばれる、ハブ&スポーク型の多様なネットワークの一員です。デイジーネットワークには、学校の友達、職場の友達、家族、一緒にスポーツをする仲間、休暇で行った旅行で知り合った仲間、音楽を聞く仲間などのグループがあり、相互がつながっています。

デイジーネットワークに関してはネットワークが私たちの寿命や健康にもたらす価値や可能性について非常に多くの研究がなされています。複数のグループに関与することは、私たちの経済力もを左右するのです。

画像: デイジーネットワークにおいて、人はさまざまなコミュニティとのつながりをもつが、その中心にいるのは本人である

デイジーネットワークにおいて、人はさまざまなコミュニティとのつながりをもつが、その中心にいるのは本人である

対話をデザインする能力を身につける

社会関係資本は、人間関係を維持し続けるためのものです。もしあなたが学校へ行かず、両親とも一緒に暮らしていなかったとしたら、読み書きやボディランゲージなどのコミュニケーションの手段をどこで学ぶというのでしょうか。

私たちが受刑者たちと初めて出会った時、みな興味なさそうな顔をして黙って座っていました。しかし、レコード会社のスタッフが音楽を聞かせると、彼らは曲に合わせて体を揺らし始めたのです。

「言語」や「儀式」を理解し、「価値交換」を理解することで、彼らは資格や作曲の能力でもない、「何かをつくる前に対話をデザインする能力」というギフトを得ることができたのです。協働したい相手がどんな「言語」の持ち主なのか、どんな「価値」を交換できるのか、どんな「儀式」を持っているのか、どんな儀式を共有したいのか、そしてどんな儀式をしたいのかなどを、対話する力です。

インハウスレコードを始めてから、私たちは受刑者たちの再犯率を1%未満に抑えています。現在、35,000人が刑務所で私たちとともに働いており、彼らは出所しても刑務所に戻ることはありません。なぜこのようなことが可能になったのでしょうか。

彼らはコミュニケーションの能力を身につけたので自由に旅をすることができます。仕事よりも重要なのは、多くの仕事を得る能力です。家よりも重要なのは より良い居住先を交渉する能力です。受刑者の更生においては、資格を与えることが目的ではなく、より良い父親や母親、より良い夫や妻、より良い社会人になる機会を与えることが目的なのです。

刑務所の更生プログラムとしての新しいアプローチを可能にしたのは何だったのでしょうか。時空や文化を超えた対話とは何だったのでしょうか。どのように対話をデザインすれば、相手にとって何が興味深いかを理解し、あらゆる人々と関わることができるのでしょうか。

画像: 「どのように対話をデザインすればあらゆる人々と関われるか」。アルマーニさんの言葉は、どのように響いただろうか

「どのように対話をデザインすればあらゆる人々と関われるか」。アルマーニさんの言葉は、どのように響いただろうか

協創におけるパラドックス

これまで言語や価値観の変化について話してきましたが、最後に、協創における共同作業について話します。

協創のプロセスは矛盾をはらんでいます。協創するためには相手から信頼を得る必要がありますが、信頼を得るためには協創の経験が必要です。真の協創関係を築きたいのであれば、私たちはこのような矛盾を打ち破る必要があります。

そのためには、対話を通じ、相手に歩み寄りながら「言語」「儀式」「価値交換」を丁寧に理解することによって、新たなイノベーションの可能性に目を向けるデザイナーの力が役に立ちます。協創することで、ドライなビジネスの交渉によって得られる価値以上のものが得られるでしょう。

あるとき、服役中の受刑者が私に言いました。「刑務所における刑務所側と受刑者の関係性においては、何かを伝えたい相手に対するリスペクトや、相手に伝わりやすい工夫や気遣いなどの配慮がない。丁寧なコミュニケーションをとる価値のある存在として扱われていないように感じる。それ故に、教育による更生プログラムも適切に機能しないし、そういうモチベーションも上がらない」と。

そこで私がどうしたいのかを聞くと彼らは、「受刑者による受刑者のための雑誌をつくりたいんだ。灰色で読みにくい何度もコピーされたような何の配慮もない紙切れなどではなく、カラー印刷で、アカデミックなものにしたい。そして、すべての受刑者が手に取りやすいものにしたいんだ。」と言うので、私たちはそれを実現してみることにしました。それが、COVID19パンデミックによるロックダウン直前の出来事でしたが、それ以来ずっと「AUX」という雑誌をつくり続けています。この雑誌は現在、英国の刑務所で最も成功している雑誌のひとつであり、米国の刑務所でも発行されています。受刑者の25%が読んでいる雑誌は他にはありません。

協力し合えば、期待以上のものを得ることができます。それが価値交換なのです。

画像: 現在、英国の刑務所で最も成功している雑誌のひとつ「AUX」

現在、英国の刑務所で最も成功している雑誌のひとつ「AUX」

インハウスレコードのいまとこれから

インハウスレコードの例はごく小さなイノベーションの一例です。私は教育プログラムを実施したのではありません。言語を理解し、価値交換を理解し、儀式を設計することで、よりよい終わりと、それによるよりよい始まりを共同作業により実現したのです。

いま、英国や米国では、定員を大幅に超える数の受刑者がインハウスレコードへの参加を希望しており、ポジティブな行動選択も約430%増えています。

私たちはまだ活動半ばであり、お話しした例は少し古いものですが、刑務所の中で教育を受けたいと思っている人はほとんどいないことを覚えておいてください。

イギリスの刑務所内での暴力事件が増加していたエピソードをお話ししましたが、私たちがサービスをより身近なものにすることで、サービスの質は向上し、ネガティブな行動(暴力など)も36%ほど減少し、新しく有意義なサービスが生まれたのです。

私たちは何かを終わらせようと働きかけることができますが、その終わりはすべての終わりである必要はありません。私たちは何かを終わらせると同時に、より良いものを始めることができるからです。

画像: 講演会は終始、和やかで活発な雰囲気の中で行われた

講演会は終始、和やかで活発な雰囲気の中で行われた

画像: [Vol.3] 刑務所発のレコードレーベルが社会を変える │RCA ジューダ・アルマーニさん 講演会「デザインはビジネスを通じてどのようにソーシャル・イノベーションを生み出すことができるか」

Judah Armani(ジューダ・アルマーニ)
Research Fellow Design Against Crime (DAC) Research Centre
Central Saint Martins, Royal College of Art

Director of his own practice, Judah is a multi award winning designer operating in the world of social impact, focusing on the phenomena of homelessness and the criminal justice system.

Judah Armani is the head of the social impact studio within the MA Service Design programme.

Judah has launched multiple award winning social enterprises, including InHouse Records, the worlds first record label for change founded in prison, Aux Magazine and Lucky13’s neurodiverse learning cards.

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