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政府や自治体が政策を検討するときに使われる、EBPM(エビデンスに基づく政策立案)という手法があります。その新たなアプローチとして注目されるのが、AIを活用したシミュレーション。2024年1月に放送されたNHKスペシャルでは、膨大なデータのAI解析から導かれた30年後に起こりうる「6つの未来シナリオ」と、そこに至る重要な「分岐点」が紹介され、より望ましい未来の実現と社会課題の解決に向けた議論が交わされました。本記事でゲストに迎えたのは、番組に出演した京都大学の広井良典さんと、GENCOURAGE(ジェンカレッジ)の櫻井彩乃さん。私たちが解決していかなければならない社会課題にどのように取り組んでいけるのかについて、サステナブルソサエティ事業創生本部の周 祐梨と、研究開発グループ デザインセンタの池ヶ谷和宏を交え語り合います。

[Vol.1]「30年後の未来」シミュレーションで見えてきたもの
[Vol.2]より多くの声を聞き、対話の場をつくる
[Vol.3]希望の持てる未来に向けて、ゆるやかに続けていく

画像: 左から、日立製作所の周、京都大学教授の広井良典さん、ジェンカレッジ代表の櫻井彩乃さん、日立製作所の池ヶ谷

左から、日立製作所の周、京都大学教授の広井良典さん、ジェンカレッジ代表の櫻井彩乃さん、日立製作所の池ヶ谷

AI解析から読み解いた「6つの未来」とEBPMの現在

池ヶ谷:
2024年1月に放送されたNHKスペシャル「2024私たちの選択 AI×専門家による“6つの未来”」では、日立が開発したAI技術を用いてデータを解析し、30年後に起こりうる日本の未来の読み解きを行いました。番組内では6種類の未来のシナリオとそこに至る重要な分岐点が紹介され、各分野の専門家の方たちによって議論が交わされました。

画像: “6つの未来”が示されたAIによるシミュレーション結果

“6つの未来”が示されたAIによるシミュレーション結果

広井さん:
この番組で使われたAIシミュレーションは、京都大学との共同研究部門である日立京大ラボで開発した技術がもとになっています。2017年にAIを活用した政策提言をはじめて行い、2021年には新型コロナウイルスによる社会情勢の変化を反映したシミュレーション結果も発表しました。

池ヶ谷:
番組内では、①「地方分散・マイペース社会」や⑤「多様性・イノベーション社会」がよいのではないかと話題になっていましたね。

櫻井さん:
私も番組出演時には、女性やさまざまな方が労働参画してそこからイノベーションが起きていく未来⑤はとてもよいと思うとコメントしました。ただ、幸福度が×になっているのは気になります。

池ヶ谷:
未来⑤の幸福度が×になっている点は、個人的な解釈としては男性中心社会や東京一極集中のような価値観をアップデートしていく必要性を示唆しているのかなとも思っています。

日本では2017年頃からEBPM(Evidence-Based Policy Making/エビデンス・ベイスト・ポリシー・メイキング)が政府の委員会などで推進されるようになりました。EBPMとは、統計データ等の合理的根拠(エビデンス)に基づく政策立案のことです。過去に行われた政策を科学的手法で検証して効果測定をするのが基本的な考え方ですが、私たちの開発した「AIを活用した未来予測と政策提言手法(以下、政策提言を支援するAI)」は未来の施策を考えるためのツールです。

政策提言を支援するAIはまだまだ発展段階で、いかに透明性の高いモデルを設計できるか、シミュレーション結果にどのくらいの再現性があるのか、納得のいく結果が得られるのかといった課題はあり、向上させていく必要があります。EBPMの手法における主流ではありませんが、未来の議論をスタートさせる手法のひとつとして有効だと考えます。

広井さん:
これまでの政治や行政においては「勘と経験」が重視され、いささかクローズドな環境で政策決定がなされている状況がありました。EBPMは科学的なデータ分析にもとづいて状況を分析し、かつ政策決定プロセスを透明化するための方法ですが、まだ十分な普及には至っていませんね。

画像: EBPMについて解説する広井さん

EBPMについて解説する広井さん

政策提言のためのAI技術を普及するには

周:
私は昨年度から、さまざまな自治体にEBPMプラットフォームを活用した政策提言を支援するAIを導入していただけるよう提案しています。多くの方々から「良い取り組みなのでぜひ取り入れたい」とのお声をいただいています。特に地方自治体では、数年ごとにジョブローテーションがあり、首長や議員が変わるたびに政策方針が変わりやすいので、エビデンスに基づく政策決定のメリットは非常に大きいです。しかし、導入のための予算申請と議会の承認を得ることが大きなハードルになっていると感じています。

広井さん:
首長が率先してEBPMやこうしたAIを取り入れている自治体もあれば、若手や中堅職員が熱心に取り組んでいる自治体もありますね。

周:
積極的に推進していただける担当者の方に出会えると、話がスムーズに進むことが多いです。最近ではChatGPTなどの生成AIが一般的になりつつあるため、政策提言を支援するAIの活用に対する抵抗も少なくなってきているのではないかと思います。

広井さん:
近年では20代や30代の首長も増えています。社会課題や地方政治に関心のある若い世代の方たちに、政策提言を支援するAIのようなツールを活用してもらえたらうれしいですね。

画像: 政策提言を支援するAIについて話す周

政策提言を支援するAIについて話す周

AIによって、議論から偏った“Emotion”を取り除く

池ヶ谷:
私も政策提言を支援するAIについて説明する機会があるんですが、「正確な未来予測ができる魔法のAI」のように捉えられることもあって、研究者としては少し心配な気持ちを抱きます。広井さんは政策提言を支援するAIのメリットとデメリットについてどうお考えですか?

広井さん:
政策提言を支援するAIを利用するメリットは大きく3つあると考えています。1点目は、極めて多くの要因間の複雑な関係を分析できること。2点目は、バイアスなくものごとをシミュレーションできること。人間の思考にはどうしてもバイアスがかかりますが、AIには客観的な判断が可能です。3点目が、あいまいな要因や不確実な要素を取り扱えること。私は「硬いシミュレーション」に対して「柔らかいシミュレーション」と表現しています。

一方で、これはデメリットというよりもAIの限界と言うべきですが、実は人間の関与が非常に重要です。政策提言を支援するAIの運用には3段階のフェーズがあって、最初にモデルをつくるのは人間の仕事です。そのモデルに従って膨大な計算を行うのがAIで、出力された計算結果を解釈したり、優先順位を付けたりといったことは人間が行います。AIの計算を人間の作業が挟んでいるこの状態を私たちは「サンドイッチ型」と呼んでいるのですが、AIが単独で結論を出しているのではなく、人間が関与して分析やシミュレーションを行っていることはぜひ知っていただきたいですね。

櫻井さん:
正直なところAIについて詳しく理解できていない点もあるのですが、ちゃんと設計されたものを適切に使っていくことができればいいのかなと思います。私は政府の委員会や有識者会議などにも出席しているのですが、どの会議に行ってもEBPMという言葉はよく耳にします。ただ、本当にエビデンスに基づいた政策の議論ができているとは思えません。EBPMの手法と言いながら、エビデンスではなく関係者の感情(Emotion)がベースになっていないだろうかと感じることが多いです。

画像: 政府の委員会や有識者会議などに参加して感じた課題について話す櫻井さん

政府の委員会や有識者会議などに参加して感じた課題について話す櫻井さん

広井さん:
「エビデンス・ベイスト・ポリシー」ではなく「ポリシー・ベイスト・エビデンス」ではないかという皮肉を聞くこともあります。本来であればデータに基づいて公正に政策立案をするべきなのに、通したい政策にとって都合のいいデータだけを引っ張ってきているのではないかという指摘です。

櫻井さん:
AIを活用することで関係者の都合や感情の部分が取り除けるならば、それはいいことだと思います。ただ、従来通りの同質性が高い組織のなかで活用しても、あまり変わらない結果になってしまうのではないかという危惧も感じます。

池ヶ谷:
新しいツールを手放しで推進するのではなく、適切に使っていかなくてはなりませんね。

画像: 櫻井さん(左)と池ヶ谷

櫻井さん(左)と池ヶ谷

画像1: [Vol.1]「30年後の未来」シミュレーションで見えてきたもの|政策提言を支援するAIから考える、社会課題解決への道

広井良典
京都大学 人と社会の未来研究院 教授

1961年生まれ。1984年東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)、1986年同大学院修士課程修了。厚生省勤務を経て1996年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授、この間(2001‐02年)マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。2016年より京都大学こころの未来研究センター教授。2022年より現職。専攻は公共政策、科学哲学。著書に『日本の社会保障』(岩波新書、エコノミスト賞受賞)、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、大佛次郎論壇賞受賞)、『ポスト資本主義』(岩波新書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)、『科学と資本主義の未来』(同)など多数。

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櫻井彩乃
GENCOURAGE(ジェンカレッジ)代表

1995年生まれ。高校生の時に同級生に言われたひと言がきっかけで、ジェンダー平等実現を目指す。〈#男女共同参画ってなんですか〉の代表を務め、選択的夫婦別姓の導入を求めたオンライン署名運動は5日間で3万筆超を集めた。現在は、ジェンダー平等な未来を拓く次世代のサードプレイス〈ジェンカレ〉にて、リーダー育成や若者の声を政策に反映する活動を行っている。内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員、こども未来戦略会議有識者構成員、子ども家庭審議会委員、政府税制調査会特別委員等を務める。

画像3: [Vol.1]「30年後の未来」シミュレーションで見えてきたもの|政策提言を支援するAIから考える、社会課題解決への道

周 祐梨
日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 サステナブルソサエティ事業創生本部 サステナブルソサエティ第一部

日立製作所入社後、顧客課題や社会課題の解決を起点とした新事業開発に従事。Society 5.0 for SDGsの実現に向け、研究開発技術を活用したコンサルティングの事業化や次世代未来都市(スマートシティ)構想の策定を推進している。

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池ヶ谷和宏
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ 社会課題協創研究部 主任デザイナー

日立製作所入社後、エネルギー、ヘルスケア、インダストリーなど多岐にわたる分野においてUI/UXデザイン・顧客協創・デザインリサーチに従事。日立ヨーロッパ出向後は、主に環境を中心としたサステナビリティに関わるビジョンや新たなデジタルサービスの研究を推進している。

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