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エビデンスに基づく政策立案を行う手法であるEBPM(Evidence-Based Policy Making)や、多様なデータを集めてモデル化しAIでシミュレーションした結果から導いた“6つの未来”を手がかりに、日本が抱える社会課題について考える対話。Vol.1に引き続き、京都大学の広井良典さん、ジェンカレの櫻井彩乃さんとともに、研究開発グループ デザインセンタの池ヶ谷和宏とサステナブルソサエティ事業創生本部の周 祐梨が語り合います。

[Vol.1]「30年後の未来」シミュレーションで見えてきたもの
[Vol.2]より多くの声を聞き、対話の場をつくる

画像: AIモデルについて話す池ヶ谷

AIモデルについて話す池ヶ谷

より多くの人の声を集める

池ヶ谷:
櫻井さんが日本記者クラブで講演されたときに「当事者の顔が見えないEBPMには意味がないのでは」と話されていたことに共感しました。私たちがAIのシミュレーションモデル(因果連関モデル)を作成する際には、できるだけ多くの人の声を取り入れて設計するようにしています。

以前、ある自治体で気候変動対策を考えるワークショップを行った際には、自治体の職員の方だけでなく大学生にも参加してもらって意見を集めました。自分のアイデアが政策に取り入れられれば、アクションにも主体性が出てきます。すべての人の声を集めることは現実的ではありませんが、なるべく多くの人に関与してもらいながらモデル作成ができれば、より有用な政策提言を支援するAIになるのではないかと思っています。

広井さん:
AIを活用したシミュレーションを行う場合、モデルをどのように設計するのかは重要なポイントです。モデル作成の手法は3通りあって、ひとつめの手法は、過去のデータをもとにしてモデルをつくるやり方です。この場合、客観性は非常に高くなりますが、過去の延長線上に未来をシミュレートすることになる。

しかし未来は過去の延長ではなく、また人間がつくっていくものです。そこでふたつめの手法としては、有識者あるいは専門家の意見を取り入れるやり方があります。そこには当然、人間ですから主観や価値観が入ってきます。

3つめの手法は、市民中心のワークショップを行うものです。これはふたつめの手法以上に参加者の主観が高まりますが、未来をつくるという観点ではもっとも適切と言える。以上のように客観性と主観性のバランスをどうとっていくのかは非常に難しいところなのですが、人間とAIが共同で仕事をしていくおもしろさであるとも思います。福井新聞と日立京大ラボが行った「未来の幸せアクションリサーチ」はその一例ですね。

櫻井さん:
私が政策提言などに関わっていて感じるのは、マイノリティの意見はまだまだ十分に取り入れられていないということです。特に、女性や子ども・若者など、これまで十分に声が聞かれてこなかった人々がいます。さらに、属性で見ると、シングルマザーや経済的に厳しい環境で育った人の声を聞いてもらえているとはとても思えません。EBPMやAIを活用することで、これまで無視されてきた人たちの声が明らかになっていけたらと思います。若者が声をあげるだけでは届かないかもしれないけれど、データも提示することで伝わることがあるはずです。

池ヶ谷:
一人ひとりの声を統計データとして定量化するのは難しいのですが、その場合は対面で会話をすることで声を拾いあげていけばいいわけです。多様な声(=Emotion)と客観性のあるデータ(=Evidence)の両方を備えた「“ダブルE”BPM」をめざすべきなのかもしれません。

画像: 「これまで触れられなかったマイノリティの意見にこそ、根本的に解決していかないといけない課題がある」と櫻井さん

「これまで触れられなかったマイノリティの意見にこそ、根本的に解決していかないといけない課題がある」と櫻井さん

ディスカッションの場をつくる

櫻井さん:
2020年に国が「第5次男女共同参画基本計画」を策定しましたが、準備段階の素案が公開されて読んだときに、若者の意見を聞いたうえでつくられているのか疑問に感じたんです。その一方で、SNS上で政治やジェンダーに関する発信をしている私と同じくらいの世代の人たちがいる。私たちの声が政策をつくる人たちに届いていないんじゃないかと思い、「#男女共同参画ってなんですか」というプロジェクトを実施して、1000件を超える若者世代の声を集めて担当大臣にお渡ししました

広井さん:
すばらしい活動ですね。ここ数年、世の中の潮目が変わりつつあると感じています。かつては「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれた昭和のモデルがもてはやされてきましたが、もはやそんな時代ではない。私は「集団で一本の道を登る」モデルという言い方をしていますが、長時間労働で経済成長のみをめざすような昭和モデルがいいんだと考える層もずいぶん少なくなりました。まだ課題はたくさんあるわけですが、新しい方向への兆しが見え始めている時代なのだと考えています。

周:
自由にディスカッションできる場をつくることができれば理想的ですね。櫻井さんが取り組まれている活動とも組み合わせながら、その自治体に住む学生や地域の中小企業など、いろいろなステークホルダーが集まって話し合える環境が整えば良いと思います。

櫻井さん:
その通りですね。私が代表理事を務めている「GENCOURAGE」では若者世代を対象としてジェンダーについて学び、行動する活動を行っていますが、上の年代の人たちももっと巻き込んでいきたいと思っているんです。たとえば、地元企業の状況を直接聞いたり、その地域ならではの課題を見つけたりといったことにも取り組めたらいいですね。いろいろな立場の人とディスカッションをして、最後はみんなで政策をつくるところまでやりたいと思っています。

周:
これは理想論ですが、各自治体が連携し合いながら、他地域との関係のなかでそれぞれの役割を考えていければと思います。隣接する自治体間での人材交流を通じて、地方全体の活性化が図れると良いのではないでしょうか。

画像: 「いまの自治体職員は、自分の地域のことだけで手一杯になってしまっている」と話す周

「いまの自治体職員は、自分の地域のことだけで手一杯になってしまっている」と話す周

「包括的な分散化」のためにできること

池ヶ谷:
2021年に広井先生が発表したAIを活用したシミュレーションの共同研究では、女性の活躍や働き方・生き方の「分散型」社会の実現が、今後の未来をよりよくする鍵になると提言されていましたね。

広井さん:
2017年の1回目のシミュレーションでは、東京一極集中から地方へという「空間的な分散化」を提案する結果が現れました。コロナ禍に行った2回目のシミュレーションでは、もっと広い意味での「分散」――すなわち、男女の役割分担の柔軟化であったり、テレワークやサテライトオフィスのような働き方の分散といったことが、もっともパフォーマンスのよい未来シナリオを導くという結果になりました。私はこれを「包括的な分散化」と呼んでいますが、まさに「多様性」の実現が大切というわけです。

池ヶ谷:
海外でも同じような研究結果が出ているんですよね。女性の社会進出が進むことでその他の社会課題の解決にもつながるというのは、シミュレーションでも明らかになっています。

櫻井さん:
いま全国の自治体で問題になっているのが、地方から都市部への女性の流出です。進学などをきっかけに都市部に出ていった若者が故郷に戻ってこない。男性よりも女性の方が圧倒的に戻ってこないというデータもあります。その理由はさまざまですが、地方社会におけるジェンダーギャップの大きさは見過ごせません。女性が男性よりも賃金が安かったり役職に就ける可能性がなかったりすれば、地方で働こうと思わない人もいるはずですよね。地方創生を考えるときにジェンダーの視点が重要だというのは、自分の活動の実感としてもわかります。

広井さん:
実は、女性の就業率だけを比較すると、東京よりも地方のほうが就業率が高いんです。しかし、仕事の内容まで含めてみると、「いまの仕事に満足しているか」という観点では、地方で働く女性の多くはあまり満足していない。そういう方が可能性を求めて東京などの大都市圏に出ていってしまう。ところが、働く女性にとって東京がよい環境であるかといえば、仕事と家庭の両立を含めてそうは言えないわけです。いまは東京も地方も決していい状態ではなく、悪循環になっているんですね。それを解決していくためにはジェンダーギャップの解消や女性活躍が重要になってきます。

池ヶ谷:
企業の立場でも、もっと頑張らなくてはいけませんね。最近の若い世代は、企業のサステナビリティレポートをよく読まれているというお話を櫻井さんから聞きました。大企業に限らず中小企業の方たちも、今後は自分たちの企業理念や方針などを開示していく必要があるのだろうなと感じましたね。

画像: ジェンダーギャップ解消の意義について語り合う

ジェンダーギャップ解消の意義について語り合う

画像1: [Vol.2]より多くの声を聞き、対話の場をつくる|政策提言を支援するAIから考える、社会課題解決への道

広井良典
京都大学 人と社会の未来研究院 教授

1961年生まれ。1984年東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)、1986年同大学院修士課程修了。厚生省勤務を経て1996年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授、この間(2001‐02年)マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。2016年より京都大学こころの未来研究センター教授。2022年より現職。専攻は公共政策、科学哲学。著書に『日本の社会保障』(岩波新書、エコノミスト賞受賞)、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、大佛次郎論壇賞受賞)、『ポスト資本主義』(岩波新書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)、『科学と資本主義の未来』(同)など多数。

画像2: [Vol.2]より多くの声を聞き、対話の場をつくる|政策提言を支援するAIから考える、社会課題解決への道

櫻井彩乃
GENCOURAGE(ジェンカレッジ)代表

1995年生まれ。高校生の時に同級生に言われたひと言がきっかけで、ジェンダー平等実現を目指す。〈#男女共同参画ってなんですか〉の代表を務め、選択的夫婦別姓の導入を求めたオンライン署名運動は5日間で3万筆超を集めた。現在は、ジェンダー平等な未来を拓く次世代のサードプレイス〈ジェンカレ〉にて、リーダー育成や若者の声を政策に反映する活動を行っている。内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員、こども未来戦略会議有識者構成員、子ども家庭審議会委員、政府税制調査会特別委員等を務める。

画像3: [Vol.2]より多くの声を聞き、対話の場をつくる|政策提言を支援するAIから考える、社会課題解決への道

周 祐梨
日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 サステナブルソサエティ事業創生本部 サステナブルソサエティ第一部

日立製作所入社後、顧客課題や社会課題の解決を起点とした新事業開発に従事。Society 5.0 for SDGsの実現に向け、研究開発技術を活用したコンサルティングの事業化や次世代未来都市(スマートシティ)構想の策定を推進している。

画像4: [Vol.2]より多くの声を聞き、対話の場をつくる|政策提言を支援するAIから考える、社会課題解決への道

池ヶ谷和宏
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ 社会課題協創研究部 主任デザイナー

日立製作所入社後、エネルギー、ヘルスケア、インダストリーなど多岐にわたる分野においてUI/UXデザイン・顧客協創・デザインリサーチに従事。日立ヨーロッパ出向後は、主に環境を中心としたサステナビリティに関わるビジョンや新たなデジタルサービスの研究を推進している。

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