[Vol.1]「30年後の未来」シミュレーションで見えてきたもの
[Vol.2]より多くの声を聞き、対話の場をつくる
[Vol.3]希望の持てる未来に向けて、ゆるやかに続けていく
社会課題を「われわれごと化」する
池ヶ谷:
社会課題に取り組むときには、課題の「自分ごと化」が大切だといわれていますが、残念ながら、課題の存在を直視できない方が多いと感じています。たしかに存在している問題をいっしょに見つめることが必要です。「自分ごと化」だけではなく「われわれごと化」という発想も、社会全体で連携して課題を共有していくことが大事なんだと思います。
櫻井さん:
知るということはとても大切ですよね。ただ知るのではなく、「ちゃんと知る」ということが特に大切だと思います。「こういうことがあるんですよ」と言うだけでは受け入れてもらえないこともあるので、講演などで社会課題を伝えるときにはデータを示して説明するようにしています。そして、課題を知ったところで止まらずに、なぜその課題が生まれているのか、どんな原因や構造があるのかを把握し、そのうえでなにをしていけばいいのか考えるところまで進めていきたいです。
池ヶ谷:
いまはSNSの影響もあって、異なる意見の対立が激しくなりやすいと感じます。人間は誰でも先入観や誤解があったりするものです。対話することで知見を高めていく方向に向かえればよいのですが、日本人は特に、自分の意見と違う発言をされると人格を否定されたかのように捉えてしまう傾向があるように思います。私たちは議論することにあまり慣れていないのかもしれませんね。
周:
人それぞれに自分の正義があり、知識や価値観も異なります。そのため、時には対立が生まれてしまうこともあります。しかし、お互いが感じた違和感を共有できれば、理解が深まるのではないでしょうか。
私は東京で生まれ育ちましたが、幼少期にアメリカのサマースクールに通った経験があります。そこでは、さまざまな人種の子どもたちが集まり、誰もが自分の意見をはっきり持つことが当たり前の環境でした。私も周りに影響されて、自分の意見を言うようになりました。しかし、日本の学校に戻ると、今度は自己主張が強すぎると感じられてしまった経験があります。先ほど、若い世代の声が政策に反映されにくいという話題が出ましたが、そもそも日本では、自分の意見を持ち、それを表明する機会自体が少ないのではないかと感じます。
若者世代が抱える課題と向き合うために
広井さん:
先ほど「いまは世の中の潮目が変わりつつある時期」と話しましたが、新しい時代のためにも、現在の日本社会が直面している課題には真摯に目を向けなければなりません。私は、若い世代にもっと資源やお金が分配される仕組みにしていく必要があると考えています。日本は約1000兆円におよぶ国の借金を若い世代や将来世代に先送りし続けている。これでは、若者は将来に対して希望を持てません。国際的に比較しても、日本の若い世代への教育や社会保障に充てられる予算は極めて低いのです。
最近では「親ガチャ」という言葉もあるように、生まれた環境によって人生が決まってしまうといった諦念的な意識が広がっています。これはゆゆしき状況です。個人が共通のスタートラインに立てる社会をつくらなくてはなりません。若い世代への資源配分や支援をもっと強力に進めていくことが、社会課題の解決への大きなポイントだと考えています。
櫻井さん:
私の周りの人たちも、未来に希望がないということを本当によく言うんです。老後の社会保障も期待できず、いったい何歳まで働くことになるのかも想像がつかない。年長の方からは「いまの時代はなにもかも揃っているのに、これ以上なにを望むのか」なんて言われることもあるんですが、若い世代は自分ひとりが生きていくのも大変な状況なんですよね。家族をつくるとか、新しいことに挑戦するといったことは、この現状ではやっぱり難しい。
少子高齢社会の進行を食い止めるための「ラストチャンス」という表現もされますが、私たちの世代にとっては「子どもを産まないのは悪いことだ」と言われているようです。若い世代への期待というより、プレッシャーを背負わされていると感じます。
池ヶ谷:
やはり、世代を超えて対話のできる場所づくりが必要ですね。それぞれの抱える悩みや不安を話すことで、お互いの課題を知ってもらい、問題の構造をひもとくための議論をしていくことが大事だと思います。
広井さん:
日本では意見が対立する問題に向き合って議論することは避けられてきました。その「場」の合意を優先し、合意できない話題についてはそこにいない人にツケを回す。「そこにいない人」の典型が将来世代です。議論の場や合意形成を支援するために、AIなどのデジタル技術を活用していくことも可能なのではないでしょうか。
ゆるやかに続けていくことで社会は変わっていく
池ヶ谷:
さまざまな社会課題があるなかで、私たちはどんなことから始めていけばいいと思いますか?
広井さん:
ちょっと個人的な話になりますが、私は「鎮守の森コミュニティ研究所」というプロジェクトを主宰していて、地域コミュニティで神社やお寺が果たしている役割や価値を考える活動もしています。これはあくまで一例ですが、まず個人がそれぞれ関心のあるテーマを見つけて、そこから地域や社会へと活動を広げていくようなこともおもしろいのではないかと思います。
池ヶ谷:
自分の活動テーマを決めるのは大切ですね。あらゆる課題に取り組むのはやはり難しいですから、ひとつ関心のあることに絞ってアクションを起こしていけたらいいのかもしれません。
櫻井さん:
「社会課題を解決する」というと、大変なことだと感じると思うんです。みんなそれぞれ仕事があったり学校に行ったりと忙しいなかで、社会課題について考える時間はなかなか取れないかもしれません。でも、残念ながら、放っておいても決して社会はよくならない。
社会課題へのアクションにはグラデーションがあります。最初の一歩としてできることは、やはり「知る」ことでしょう。政策提言をしたり自分の意見を行政に伝えたりするのはハードルが高いと思いますが、政策案に対してパブリックコメントを送ることや選挙で投票することも、社会課題へのアクションのひとつですね。
周:
自分の意見を言ってもいいんだと感じられずに生きてきた人は、実は多くいるのではないでしょうか。若い世代に限らず、誰もが自分の意見を自由に出し合える社会を築いていきたいですね。現在、企業や自治体でも「持続可能」がキーワードになっています。日立が研究している政策提言を支援するAIもひとつの手段として活用し、多様な意見を集約しながら持続可能な社会の実現につなげていけたらと考えています。
櫻井さん:
自分で主体的に活動してもいいし、誰かの活動を応援するのでもいいと思うんです。ネット上での署名運動に参加することだったり、賛同できる社会活動にクラウドファンディングで寄付したりすることもできます。ほかにも、地球環境や人権問題に向き合っている企業の商品を積極的に買い、そうではない企業の商品は選ばないようにするといったことも大きなアクションです。
自分のできる範囲でのアクションを選択していけたらいいんじゃないかと私は思います。1回だけで終わるのではなく、ゆるやかに続けていくことで、社会は少しずつ変えていけるはずです。
池ヶ谷:
「出る杭は打たれる」という傾向がどうしても強くなりがちな社会です。だからこそ私は、先頭に立って社会課題に取り組んでいる人を応援し、押し上げていくことを忘れないようにしたいと思います。
広井良典
京都大学 人と社会の未来研究院 教授
1961年生まれ。1984年東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)、1986年同大学院修士課程修了。厚生省勤務を経て1996年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授、この間(2001‐02年)マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。2016年より京都大学こころの未来研究センター教授。2022年より現職。専攻は公共政策、科学哲学。著書に『日本の社会保障』(岩波新書、エコノミスト賞受賞)、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、大佛次郎論壇賞受賞)、『ポスト資本主義』(岩波新書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)、『科学と資本主義の未来』(同)など多数。
櫻井彩乃
GENCOURAGE(ジェンカレッジ)代表
1995年生まれ。高校生の時に同級生に言われたひと言がきっかけで、ジェンダー平等実現を目指す。〈#男女共同参画ってなんですか〉の代表を務め、選択的夫婦別姓の導入を求めたオンライン署名運動は5日間で3万筆超を集めた。現在は、ジェンダー平等な未来を拓く次世代のサードプレイス〈ジェンカレ〉にて、リーダー育成や若者の声を政策に反映する活動を行っている。内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員、こども未来戦略会議有識者構成員、子ども家庭審議会委員、政府税制調査会特別委員等を務める。
周 祐梨
日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 サステナブルソサエティ事業創生本部 サステナブルソサエティ第一部
日立製作所入社後、顧客課題や社会課題の解決を起点とした新事業開発に従事。Society 5.0 for SDGsの実現に向け、研究開発技術を活用したコンサルティングの事業化や次世代未来都市(スマートシティ)構想の策定を推進している。
池ヶ谷和宏
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ 社会課題協創研究部 主任デザイナー
日立製作所入社後、エネルギー、ヘルスケア、インダストリーなど多岐にわたる分野においてUI/UXデザイン・顧客協創・デザインリサーチに従事。日立ヨーロッパ出向後は、主に環境を中心としたサステナビリティに関わるビジョンや新たなデジタルサービスの研究を推進している。
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