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想定外のことが次々に起きるVUCA※ の時代を乗り越えるためには、社会や人々のあり方にも「しなやかさ」が求められます。しなやかな組織や社会の実現には、組織の心理的安全性を高めることが必要です。今回お招きしたのは、「失敗を減らす」のではなく「成功を増やす」ことに着目した安全マネジメントを研究している立教大学名誉教授の芳賀 繁さん、コミュニケーションを可視化する研究を教育の現場で実践している北海道教育大学教授の中島寿宏さん。日立製作所 研究開発グループ ヘルスケアイノベーションセンタ リーダ主任研究員の田中 毅とともに、しなやかな社会について語り合います。

※ VUCA…「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の4要素により、将来の予測がつきにくい状態を表す造語。

[Vol.1]VUCAの時代とレジリエンス・エンジニアリング
[Vol.2]失敗を減らすのではなく、成功を増やす
[Vol.3]コミュニケーションは可視化できるか

画像: レジリエンス・エンジニアリングの考え方を解説する芳賀さん

レジリエンス・エンジニアリングの考え方を解説する芳賀さん

レジリエンス・エンジニアリングとは

田中:
工場、鉄道、航空、建設現場、研究施設など、あらゆる場所で「安全」は重要です。どんな現場でも安全マネジメントは徹底されているはずですが、現実として事故は起こっています。そのたびに事故を防ぐためのルールが追加されていくのに、それでも事故は起こり続けています。

また、コロナ禍を経て人々の働き方が変わり、コミュニケーションの取り方も変わりました。さまざまな分野で、今まで想定していなかった事態が起きています。こうした状況下での安全マネジメントの考え方として「レジリエンス・エンジニアリング」にはとても関心を持っています。レジリエンス・エンジニアリングについて、芳賀先生からあらためて解説していただけますか?

芳賀さん:
レジリエンスとは「弾力性」「復元力」という意味の英語です。また、ここでのエンジニアリングという言葉は「工学」のような狭い意味ではなく「創ること」「工夫すること」というニュアンスを含んでいます。システムのレジリエンスを高めるための検討や探究が、レジリエンス・エンジニアリングです。

安全とはどういうことか。従来の安全マネジメントの考え方では、「悪いことが起きない状態」を安全だと捉えていました。失敗やエラーを防ぎ、もし起きてしまったらその原因を取り除く対応をする。この従来の考え方をSafety-Ⅰと呼びます。レジリエンス・エンジニアリングで推奨されるSafety-Ⅱの考え方では、「うまくいくことが多い状態」を安全と定義します。変動する環境や条件の下で、可能な限りうまくいくように柔軟な対応を行うという発想です。

現代は「VUCAの時代」と言われています。先が見えず、なにが起こるかわからない状況です。観測史上初といわれる気象災害やSNSを悪用した新しい犯罪など、想定されていなかった事態が頻繫に発生しています。これまでの常識にもとづいたマニュアルやルールを守っていても安全は担保されません。

田中さんが指摘されたように、ルールを追加し続けても事故はゼロにはならないのです。むしろ、余計な手順が増えることで作業効率が悪くなって疲弊してしまい、結果的にミスや事故が起こりやすくなる可能性すらあります。Safety-Ⅱを目標にする安全マネジメントであるレジリエンス・エンジニアリングの考え方が広がっているのは、こうした背景からだと考えられます。

中島さん:
私の専門は教育学で、学校の先生たちの授業力を高めるための研究をしています。教育現場でも「VUCAの時代」ということは意識されていて、子どもたちが社会に出たときに柔軟に課題解決する力を身につけることが、これまで以上に重要視されていますね。

画像: VUCAの時代には自分で課題を捉えて解決することが大切だと話す中島さん

VUCAの時代には自分で課題を捉えて解決することが大切だと話す中島さん

1%の失敗を減らすのではなく99%の成功を増やす

芳賀さん:
これまでの安全マネジメントの考え方は、システムに影響を与える要因をシャットアウトすれば安全を守れるという発想でした。ノイズのない安定した環境でマニュアル通りに作業していれば一定品質の製品ができあがるという、製造業的なモデルと言えます。

しかし、実際にはシステムはさまざまな外乱や変動の影響を受けます。大小さまざまなトラブルに現場第一線が臨機応変に対応することでシステムは動いているのです。これまで、現場の対応や創意工夫は,こと安全に関してはあまり評価されてきませんでした。そして、まれに発生するわずかな失敗に注目し、その失敗を二度と起こさないための対策が取られています。これでは現場はどんどん息苦しくなり行き詰ってしまう。Safety-Ⅱでは、1%の失敗ばかりに注目するのではなく99%の成功をもっと増やしていこうと考えます。

田中:
以前、物流ドライバーの安全管理に関するサービスを開発する際に、リスクを逃さず検出したいといった意見がありました。現場に出れば、研究開発の段階で想定できなかった要素は当然あります。100%の安全を求めていては永遠に運用することはできません。製品が安全をコントロールするのではなく、人間が最終的な判断をすることを前提として運用することが必要です。

中島さん:
教育現場でもSafety-Ⅱの考え方は当てはまりますね。安全マネジメントとは少し違いますが、子どもたちに「失敗をさせない」のではなく「いいところを伸ばす」という発想は教育においても大切なことです。

計画を立てて実行し、結果を分析してエラーを改善していく品質管理手法であるPDCAサイクルは、学校やクラスのマネジメントにもよく使われます。これは「失敗を取り除く」という意味でSafety-Ⅰの発想ですよね。実は、PDCAサイクルの考え方は教育にはあまり合わない場合も多くあります。失敗しないようにというネガティブな発想は、面白くないし楽しくない。クリエイティブな気持ちで授業に取り組んだ方が、子どもたちも先生たちも楽しいはずです。ですから、課題を自分で捉えてよいところを伸ばしていくような手法が注目されるようになっています。まさにSafety-Ⅱの発想です。

画像: Safety-Ⅱの考え方は他分野にも応用できる

Safety-Ⅱの考え方は他分野にも応用できる

「しなやかな現場力」

田中:
レジリエンス・エンジニアリングの考え方は、どのくらい広まっているのでしょうか?

芳賀さん:
レジリエンス・エンジニアリングという概念が生まれたのは2005年ごろです。欧米では「労働者は指示されたことを言われた通りに行い、それ以外のことはやってはダメ」というマネジメントが以前は一般的だったようです。近年では現場第一線が考えて対処することの重要性が認識され始めています。日本では逆に、現場の知恵や工夫が推奨されてきた傾向があるのですが、国際標準化機構(ISO)などのマネジメントシステムが普及するにつれて知恵や工夫を排除してきました。レジリエンスという言葉には「しなやかさ」という意味もあります。もともと日本の現場にあった「しなやかな現場力」を再評価していくことが必要です。

中島さん:
しなやかで柔軟な対応をすることは、仕事に真面目な人にとってはちょっと落ち着かないところがあるのかもしれませんね。学校の先生や行政の方には、状況をきちんと把握しながら確実に業務を遂行したいという真面目なタイプが多いです。だからPDCAサイクルのような計画的なマネジメントがマッチしやすいのかもしれません。

芳賀さん:
いわゆる「正解」があるときにはPDCAサイクルのような手法は有効です。ただ、VUCAの時代といわれるように、いろいろな外乱や変動のある場に正解はないんですよね。私はいろいろな企業で安全研修をしていますが、そのときも唯一の答えを探すのではなく、多様な考え方をぶつけ合って「引き出し」を増やすことが大切だと伝えています。

――次回はSafety-Ⅱと「しなやかな現場力」の関連についてさらに伺っていきます。

関連リンク

画像1: [Vol.1] VUCAの時代とレジリエンス・エンジニアリング|しなやかな社会をつくるSafety-Ⅱと心理的安全性

芳賀 繁
立教大学 名誉教授 博士(文学)
株式会社社会安全研究所 技術顧問

京都大学大学院修士課程(心理学専攻)を修了。鉄道総合技術研究所、立教大学文学部心理学科、同現代心理学部心理学科などを経て2018年4月から現職。ヒューマンファクターズ、交通安全、安全マネジメント等に関する研究・学会活動のほか、運輸、建設、医療、消防等の企業や組織で安全、事故防止に関わるコンサルテーションや研修を行っている。

画像2: [Vol.1] VUCAの時代とレジリエンス・エンジニアリング|しなやかな社会をつくるSafety-Ⅱと心理的安全性

中島寿宏
北海道教育大学 教授

アメリカ・インディアナ大学大学院修士課程において修士号(教育学)、北海道大学大学院教育学院博士後期過程において博士号を取得。小学校、中学校、高等学校、大学での勤務を経て、2018年より北海道教育大学札幌校で准教授として務める。2023年より現職。

画像3: [Vol.1] VUCAの時代とレジリエンス・エンジニアリング|しなやかな社会をつくるSafety-Ⅱと心理的安全性

田中 毅
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 ヘルスケアイノベーションセンタ デジタルヘルスケア研究部 リーダ主任研究員

2005年に北海道大学大学院 修士課程(電子情報工学専攻)を修了。同年、株式会社日立製作所に入社後、ウェアラブルデバイスや生体・行動データ分析技術の開発など、ヘルスケア/安全管理/スポーツ分野の研究に従事。

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[Vol.2]失敗を減らすのではなく、成功を増やす
[Vol.3]コミュニケーションは可視化できるか

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