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安全マネジメントと教育の二つの側面から「しなやかな社会」について語り合ってきた鼎談の最終回。立教大学名誉教授の芳賀 繁さん、北海道教育大学教授の中島寿宏さん、研究開発グループ ヘルスケアイノベーションセンタの田中 毅の3人が、心理的安全性を高めることの大切さについて、人の行動データを可視化する研究を通して対話を重ねます。

[Vol.1]VUCAの時代とレジリエンス・エンジニアリング
[Vol.2]失敗を減らすのではなく、成功を増やす
[Vol.3]コミュニケーションは可視化できるか

画像: 授業中のコミュニケーション状況を分析する研究について説明する中島さん

授業中のコミュニケーション状況を分析する研究について説明する中島さん

教室内の「心理的安全性」

中島さん:
学校教育の現場でのコミュニケーションを可視化する研究で、日立の開発したセンサー技術※1を利用しています。このセンサーを使うことで、身体の活動量や向きから人がどのよう連携して動いているかなどがわかるので、誰かがしゃべっているときにほかの人が話をちゃんと聞いているかといったことが明らかにできるのです。

※ 参考文献
田中毅, 他. "移動エントロピーを用いた集団スポーツにおける潜在的情報伝達の分析手法" 情報処理学会論文誌 62.2 (2021): 737-746.
中島寿宏, "先進的テクノロジーを活用した体育授業の改善ー教育実践とICTを組み合わせた教師の授業力向上への取組ー"日本スポーツ教育学会第41回大会シンポジウム報告, スポーツ教育学研究 2022. Vol.42, No.1, pp. 41-43

どんな子どもがコミュニケーションできているのか調査すると、「周りに受け入れられていると感じられている」ことがポイントだとわかりました。被信頼感や受容感と呼ばれる要素です。自分の発言が周りに聞いてもらえると思えている子どもは、ほかの人の話も聞けるし、自分のことも伝えられる。いわゆる「心理的安全性」は教室でも重要なんです。そのことをセンサー技術で可視化できたのはとても画期的でした。

田中:
教室内のコミュニケーションが可視化されることで、どんなことがわかりましたか?

中島さん:
積極的にしゃべるタイプではなく、話を聞くタイプのリーダー的存在がいることがわかりました。周りがみんな、その子どもに向かってしゃべっているんです。そのおかげでクラスがチームとしてまとまっていることもわかりました。自分からしゃべる子どもは見ていてわかりますが、話を聞くタイプは目視ではなかなか気づけません。

子どもたちへの介入がうまい先生の特徴もわかってきました。ポイントは、指示指導的か、子どもたちの言葉を引き出すのかという違いです。たとえば体育の創作ダンスの授業では、動作を見せる方がわかりやすいので、お手本を示す先生が多いんです。でも、そうやって見本を見せられても、そのあとのグループワークは盛り上がらない。そうではなく、子どもたちに質問を投げかけながら言葉を引き出し、出てきた言葉をまた投げ返すような役割に徹すると、グループワークでの課題の掘り下げは大きく進みます。

田中:
実際の分析データを見せていただくと、授業がうまくいっているクラスでは動きの関係性が子どもたちから先生へと集まっていますね。先生からアクティブに教えていくというよりも、子どもたちの動きを見ながら導いていく様子が可視化されています。

以前、サッカーチームの選手のデータを解析したことがあります。そのときもキープレイヤーとなる選手は周りから影響を受け取るタイプでした。一見すると目立つ動きはしていないんですが、ほかの選手からの連携の方向がその選手に集まっている。チームスポーツでの研究結果と似たデータが教育現場でも見えてきたというのは、非常に興味深いです。

画像: センサー技術を使って人と人の関係性を可視化する研究について語り合う

センサー技術を使って人と人の関係性を可視化する研究について語り合う

組織にある心理的安全性ギャップ

田中:
最近取り組んでいる研究では、さまざまな現場の作業員の方たちにセンサーを付けていただき、どのようなコミュニケーションのネットワークであれば現場の安全が高まるのかという観点で、芳賀先生にも相談させていただいています。

芳賀さん:
教室やスポーツチームと産業現場の大きな違いは、メンバーが固定されているかどうかですね。建設工事の現場などでは、電気工事の人もいれば塗装工事の人もいるし、現場監督や発注者もいて、さまざまな立場や所属先の人が存在します。そういう状況できちんとコミュニケーションが取れていないと、情報伝達不足による事故が起こりやすくなります。

あるプロジェクトのためにバラバラに集められた人たちがひとつのチームとして機能することを「チーミング」といいます。外科手術のための執刀医や麻酔科医や看護師などによるチームのように、いつも同じわけではないメンバーが有効なチームとなるにはどうすればいいのか。そこで重要になるのが心理的安全性だと言われています。

組織内の心理的安全性を調査してみると、多くの組織でギャップが生じています。上司や管理職はチーム内では自由な発言がされていると思っているけれど、部下は忖度しながらしゃべっていることが多いんです。立場の弱いメンバーほど心理的安全性は低く感じています。この「心理的安全性ギャップ」がどこから生じているのか、どう解消したらいいのかという研究をしていきたいと思っています。

田中:
学校でも、子どもたちと先生が話しやすいクラスが心理的安全性が高いということになるのでしょうか。

中島さん:
そうだと思います。先生と子どもたちのあいだに心理的安全性ギャップのある教室は、実際にはたくさんありそうです。

画像: 「心理的安全性の感じ方には立場の違いによってギャップがある」と話す芳賀さん

「心理的安全性の感じ方には立場の違いによってギャップがある」と話す芳賀さん

トラブルを減らすことより、心理的安全性を高めることが大切

中島さん:
学校での「安全」といえば、いじめの問題があります。実は、深刻ないじめに発展する手前では小さな喧嘩やいざこざが起こっているのですが、その発生頻度はほとんどのクラスで変わらないという研究結果があるんです。つまり、どんなクラスでも同じようにトラブルは起こるけれど、それが深刻化するクラスと解消されるクラスがある。

いじめが進行しやすいクラスでは子どもたちのグループがバラバラになっていて、グループ同士の交流がなくなっているのだそうです。みんなが誰とでもしゃべれるような心理的安全性の高いクラスでは、トラブルが起きたときにお互いに止められるから、いじめに発展しにくい。そういう意味で、いじめは加害者と被害者の間だけの問題ではないといえます。

田中:
「教室内でのトラブルを減らす」ことではなく「コミュニケーションを増やして心理的安全性を高める」ことが大切というのは、まさにSafety-IIの考え方ですね。トラブルの発生頻度といじめに発展する頻度に直接の関係がないとは、とても興味深いです。安全管理の分野でよく知られている「ハインリッヒの法則」では、大きな事故が1件起こったとき、その影には小さな事故が29件あり、さらに300件のヒヤリハットが起きているとされています。しかし、いまの中島先生のお話を聞いていると、ヒヤリハットの頻度と重大事故は相関するのではなくほかの要因によるのかもしれないと思いました。

画像: ハインリッヒの法則と教室でのトラブルの関係を考える田中

ハインリッヒの法則と教室でのトラブルの関係を考える田中

芳賀さん:
いじめる側といじめられる側の問題ではなくて、それを取り巻く教室全体の問題だというのも興味深いですね。

中島さん:
「安全を生産やサービスから切り分けてはいけない」と芳賀さんが指摘されていましたが、教育においても同じです。いじめのような「危険」と、学業などの「成果」は切り離せないところにあります。教室を先生も含めたチームとして見たときに、ちゃんと機能しているかどうかはすごく大切ですね。

実は教室だけでなく職員室でもセンサーを使った分析をしています。先生たちがチームとしてうまく機能している学校では、管理職があまり口を出していないようです。そのかわり、先生たち同士のコミュニケーションがたくさんある。子どもたちと先生の関係も、先生たちと管理職の関係も、同じなんです。

田中:
工事現場の例でも、コミュニケーションのハブになっている人は指示命令をするだけではなく、話しやすい雰囲気づくりをしている印象です。チーミングにおいて心理的安全性が大切だということが、センサーの行動データからも読み取れますね。

画像: 「指示指導タイプよりも会話を増やすタイプのほうがうまくいきやすい」と中島さん

「指示指導タイプよりも会話を増やすタイプのほうがうまくいきやすい」と中島さん

「間違い探し」に陥らず、データを活用していく

中島さん:
センサーで関係性やコミュニケーションを可視化するのは画期的な手法ですが、測定される人にとっての抵抗感は当然あるので、どのようにデータを使うのか説明し納得していただくように気をつけています。データは先生たちの勤務評価に使うのではなく、あくまでも教育を改善していくためのものです。「教室運営に失敗していないか」という観点ではなく、「うまくいっている部分を伸ばす」というSafety-IIの発想で活用していくべきでしょう。

田中:
可視化された分析結果を手にすると、それをひとつの型にはめてしまいがちです。この型がいい、悪いと決めつけるのではなく、現場で解釈しながら臨機応変に活用していかないと、間違った方向に進んでしまう気がします。わかりやすく表現されたものがあると、人はどうしても間違い探しや犯人探しをしたくなる。Safety-IIの理念のように、うまくいっている部分を見つけて伸ばしていくようにしたいですね。

中島さん:
いいところを見つけるという意味では、この技術はすごく力を発揮できると思いますよ。子どもたちがたくさんいる中で一人ひとりのいいところを見つけるのは、先生にとって大変な仕事です。ちょっとした変化を捉えるためには経験も知識も必要ですが、このセンサーはその手助けをしてくれると思います。

田中:
使い方しだいで可能性が広がっていきそうですね。今日伺ったことを、ぜひ今後の研究にも活かしていければと思います。ありがとうございました。

画像: 「間違い探し」に陥らず、データを活用していく

関連リンク

画像1: [Vol.3]コミュニケーションは可視化できるか|しなやかな社会をつくるSafety-Ⅱと心理的安全性

芳賀 繁
立教大学 名誉教授 博士(文学)
株式会社社会安全研究所 技術顧問

京都大学大学院修士課程(心理学専攻)を修了。鉄道総合技術研究所、立教大学文学部心理学科、同現代心理学部心理学科などを経て2018年4月から現職。ヒューマンファクターズ、交通安全、安全マネジメント等に関する研究・学会活動のほか、運輸、建設、医療、消防等の企業や組織で安全、事故防止に関わるコンサルテーションや研修を行っている。

画像2: [Vol.3]コミュニケーションは可視化できるか|しなやかな社会をつくるSafety-Ⅱと心理的安全性

中島寿宏
北海道教育大学 教授

アメリカ・インディアナ大学大学院修士課程において修士号(教育学)、北海道大学大学院教育学院博士後期過程において博士号を取得。小学校、中学校、高等学校、大学での勤務を経て、2018年より北海道教育大学札幌校で准教授として務める。2023年より現職。

画像3: [Vol.3]コミュニケーションは可視化できるか|しなやかな社会をつくるSafety-Ⅱと心理的安全性

田中 毅
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 ヘルスケアイノベーションセンタ デジタルヘルスケア研究部 リーダ主任研究員

2005年に北海道大学大学院 修士課程(電子情報工学専攻)を修了。同年、株式会社日立製作所に入社後、ウェアラブルデバイスや生体・行動データ分析技術の開発など、ヘルスケア/安全管理/スポーツ分野の研究に従事。

[Vol.1]VUCAの時代とレジリエンス・エンジニアリング
[Vol.2]失敗を減らすのではなく、成功を増やす
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