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AIの発展は「中央型」と「分散型」」のどちらに向かうのでしょうか? 立教大学大学院人工知能科学研究科特任教授の三宅陽一郎さんと、分散型AI学習の研究開発に取り組む日立製作所のメンバーが議論します。Vol.1, Vol.2の議論を踏まえ、クラウドとエッジの発展、そしてAIの研究開発の今後を展望しました。

[Vol.1]LLMの課題を乗り越えるAIモデルとは?
[Vol.2]LLMが直面する「環境負荷」の問題を解決するために
[Vol.3]AIの発展は「中央型」と「分散型」のどちらに向かうのか?

クラウドとエッジはいかにして発展していくか?

三宅さん:
谷村さんはエッジコンピューティングやエッジインテリジェンスにかかわる部門に所属されていると思うのですが、改めて日立さんのエッジ側のビジョンについて聞いてみたいです。

画像: 日立製作所のエッジにかかわるビジョンについてたずねる三宅さん

日立製作所のエッジにかかわるビジョンについてたずねる三宅さん

谷村:
そうですね。エッジ側でやりたいことは大きく二つで、データの機密性を高めることと、レイテンシー(遅延)を解決することです。機密性の議論については先ほどお話しした(Vol.1記事)通りです。

ここではレイテンシーに関して簡単に説明します。例えば手元の携帯電話から、アメリカのサーバーに太平洋を横断して指示を出すと、100ミリ秒近い遅れが生じてしまうことがあります。理由はいろいろありますが、最も単純には遠いからですね。「光速」というのは、一般的にはとてつもなく速いことを意味すると思いますが、ネットワーク研究者の定番ジョークでは、「光速が遅すぎる」といいます(笑)。 どんな通信も、光速を越えて通信はできませんから、日本とアメリカのような遠距離の通信では、どうしても遅れが生じてしまいます。

もちろんミリ秒単位の遅れは、メール等の文章のやり取りであれば、あまり問題になりません。しかし工場におけるロボットや機器の制御、あるいはVRといったアプリケーションの場合、大きな課題になります。人間は工場の機器と比べればレイテンシーに鈍感ですが、それでもこれだけレイテンシーが大きいと、VRなどの没入感は大きく損なわれてしまいます。こういった際は、通信による遅れが少ない、つまりユーザーに近いエッジ側で処理するのが望ましいと思います。

もちろん、エッジとクラウドは相補的なものです。ローカルにデータを貯めたり、低レイテンシで動かしたいときはエッジを使いつつ、リッチなコンピュータ資源を使いたい場合はクラウドを使う。エッジとクラウドの間には様々な組み合わせがあり、アプリケーションに応じて適切な手段を取れば良いと思います。

仮想空間における「実験」の有用性

谷村:
逆に私からは三宅さんに、ゲーミングの話を聞いてみたいです。エッジAIが大事で、例えば現実世界のロボットにAIを載せよう、とは言っても、現実世界で気軽に試すには、難しい部分が多くあります。例えばロボットのエッジAIにジャンプ動作を学習させたくとも、実際にジャンプをさせてロボットが壊れてしまえば、高額な修理費がかかってしまうかもしれない。もしかすると、周囲にいる人を巻き込んで怪我をさせてしまうかもしれない。そう考えると、ロボットに「危険な動作も含んで、とにかく好きなように動いて学習してくれ」とは、なかなかできません。

一方、ゲーム空間といいますか、仮想空間であればそうした実験や学習ができる。ただし、現実と仮想空間は必ずしも完全に同一ではなく、その間には必ずギャップがある。だとすれば、どんな手段があり得るのかを聞いてみたいです。

三宅さん:
おっしゃる通り、ゲーム空間であれば現実に被害を及ぼすことはありません。崖からキャラクターが飛行するのはよくあることですし、魔法で敵を倒すこともできる。ある意味、現実の予行演習をしていると考えることができます。

また、ローカルな人間の情報を取って、それをロボットに還元し、サービスにする流れもあるかと思います。空間と人間の身体はどこまでいってもローカルなものなので、リアルタイムにローカルで認識することがサービスの速度に直結します。人間の動作のデータをローカルに貯めて解析し、その結果をその場にいるロボットやドローンに還元してサービスを回す。そうすると、サービスもまた高速でフィードバックを返す。

コンビニでもテーマパークでも、あるいは自分の家でもいいのですが、ローカルのエッジ側でぐるぐる回っている情報の中から新しい価値が創造されていくのが今後の未来なのではないかと考えています。今まではすべてクラウドに上げて、クラウドサービスからユーザーに便益が還元される世界だったものの、今後はローカリティの側に価値が振れる時期が来るのではないでしょうか。空間に張り付いたセンシング、エフェクターとなるロボットたち、そしてエージェントがセットになったサービスが出てくる。その一つのパッケージをつなげることで、どんどん空間知能サービスが増えていくと予想しています。

そのとっかかりになりやすいのが、大学のキャンパスや企業のビルやテーマパークといった閉じた空間です。それらの空間が知能化しどんどんつながることで、ボトムアップでスマートシティのような全体のシステムが出来上がっていくのではないでしょうか。だから逆に、トップダウンでスマートシティが作られるのは想像しにくい。

谷村:
ただ情報と現実の都市というのは、操作性の面では必ずしも同じレベルにはないですよね。例えば最近のゲームでは、ユーザーがある壁を超えられなくて困っている場合、自動で難易度が調整されたりします。ゲームという世界そのもののレベリングが変わることによって、適切な障害レベル、つまり壁の高さが設定され、ユーザーはこれを越えられるようになる。ただ、これはゲーム世界だから可能なことで、現実の都市ではビルをいきなり低くしたりはできないわけです。物体ですから。

現実の物質的側面は、仮想世界のオブジェクトほど簡単に変化させたり、調整したり、あるいは個々人に合わせてパーソナライズ化できない。そうした差異は、どうやって吸収すればいいのでしょうか。

画像: 谷村は仮想空間と現実の空間における差異に着目する

谷村は仮想空間と現実の空間における差異に着目する

三宅さん:
スマートスペースの性能として一番わかりやすいのはエージェントが動きやすい空間であることです。車、ロボット、あるいはバーチャルアバターなど、複数のエージェントが空間と物をきちんと使ってサービスを構築しやすい空間になっているかが重要です。より大きなスケールになると、おっしゃるようにビルがいきなり動くわけではないので、スマートシティとして、長期的にあるいは大規模な空間としてクオリティ・オブ・ライフを向上させているかが重要です。

その際、ローカルな運動よりは、長期時間の運動の方が重要になります。例えば、「最近混雑しなくなったな」「電車が空いているな」「お店の検索性がよくなったな」と感じることはないでしょうか。つまり、ワンアクションで何かがいきなり変わるというより、都市全体がしっかりとコントロールされ、じわじわと生活の利便性が増すような。その際たる例が犯罪率の減少になると思いますが、それ以外にもさまざまな利益があります。すべての空間をAIが見張っている社会になっていくとき、どんな変化が起こるのか。「監視社会」と言えばその通りではあるのですが、その一方で全体が享受できる便益は増えます。

一方、一人でも個人情報を渡すのが嫌だと主張する人が出てくると、街としての安全性は損なわれます。例えば、すべての人が顔写真を登録するスマートマンションがあったとしたら、誰か新しい人が建物に入ってくるたびに、その人が住人かどうかを一瞬で判定することができます。ただ、そこで誰か一人でも登録を拒む住人が出ると、判定が不明な人が増え、不確実な事態が増えていく。

マンションは一例ですが、今後はスマート地区、スマートシティなど、どの範囲で個人情報を渡してその対価を得たいのか、あるいは得たくないのか。個人個人が判断することで、街に変化が生まれていくのかもしれません。

画像: 三宅さんは街のスマート化に伴う変化について議論を提示する

三宅さんは街のスマート化に伴う変化について議論を提示する

AIは「中央」でも「分散」でもなく、「分業」に向かう?

北川:
これからのAIの発展を考えると、完全な分散型が本来あるべき姿であり理想型ではあると思うのですが、それではどうしてもビジネスが成り立たない部分がある気がします。ある程度の計算リソースはローカルで持った上で、そこでコストが低く処理できるものは処理する。一方、汎用的な知識を持ったモデルをローカルに置いておくのは難しいため、その部分は結局は中央のサーバーを使って行うことになると思います。前回挙がったLLMの小型化の話にも通じますが、最終的にはどの機能をローカルに置いておくのが一番効率的なのか、その判断による切り分けになるでしょう。

画像: 完全な「中央型」も「分散型」も難しいのではないかと指摘する北川

完全な「中央型」も「分散型」も難しいのではないかと指摘する北川

中野:
今後もAIは進化していきながら形を変えていくと思いつつ、まずは中央型が一番社会全体にとっては利益が高いのだと思います。しかし最終的には分散型に向かい、個人個人が自分のデータの権利を持つようになるのが望ましいのではないでしょうか。

画像: 中野は中央型から分散型への移行を展望する

中野は中央型から分散型への移行を展望する

三宅さん:
コンピュータの歴史を振り返ると、メインフレームと呼ばれる大型コンピュータから始まったように、AIの世界もスーパーインテリジェンスと呼ばれる超大型知能がおそらく世界の何ヶ所かでできるのではないかと考えています。現在のGPTがその前身になるのかは不透明ですが、将来的にはローカルでGPTが使える時代がくると思います。

要するに、古いモデルはどんどんローカルに落ちていく世界になる。早晩、「いや俺の携帯に昔のGPT-4が入っているよ」などといった時代が来るはずです。大体のことはGPT-4レベルの性能で解決可能で、それ以外の難しい問題はスーパーインテリジェンスが解決するようになるのではないでしょうか。

ただし、空間に特化した環境AIはやや特殊な位置づけにあるかと思います。普通のコンピュータであれば本来、どこにあってもいいはずです。日本にあろうが、アメリカにあろうが、南極にあろうが関係ない。ただし、その空間でサービスを提供するコンピュータはその場になければいけない。エージェンシーとして、その場所に目と鼻と手がなければ機能できない。

そうなると、そこに張り付いているAIはローカルな空間の中のシステムとして生き続けるし、データも外に逃さない一つのパッケージングとして機能し続けると思うんです。だからこそ「その場所でなければならないこと」が本質的に重要である分野のコンピュータが独立して発展するのではないかと考えています。

谷村:
歴史的にみると、コンピュータや通信のアーキテクチャは、一度中央集権になり、その次に分散型になる。すると、またもう一度中央集権に戻る……というように、常に揺れ動いてきたかなと思います。LLMについては、今はまだ黎明期なので中央集権型ですが、すでに分散型への動きが出始めています。例えば数年前のGPT3.5と同程度の性能のLLMは、すでに手元のコンピュータで動かすことができます。そうした段階を何度か経ることで、最終的には「分業」のような形に落ち着くのではないかと考えています。

人間社会を考えてみると、ある人は畑を耕し、ある人は服を作り、ある人は本を書いて生きています。ものすごく単純に言えば、物流や貿易が発達してさまざまなものが交換できるようになった世界では、一人の人が畑を耕して服を作って本を書くより、それぞれが分業をしたほうが効率が良いので、自然とそうなったわけですね。個人的には、生成AIも、各々がネットワークでつながれ互いに知識を交換できるようになった将来には、そうした分業に向かうのではないかと考えています。

取材協力/立教大学 池袋キャンパス

関連リンク

画像1: [Vol.3]AIの発展は「中央型」と「分散型」のどちらに向かうのか?|ネットワーク分散AIから考える、AIの未来

三宅 陽一郎
立教大学大学院人工知能科学研究科 特任教授

ゲームAI研究者、開発者。1975年生まれ、兵庫県出身。京都大学総合人間科学部卒業、大阪大学大学院理学研究科修士課程を経て、東京大学工学系研究科博士課程単位取得満期退学。博士(工学、東京大学)。デジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事し、立教大学大学院人工知能科学研究所特任教授・東京大学生産技術研究所特任教授を務める。2020年度人工知能学会論文賞受賞。著書は『戦略ゲームAI 解体新書』『人工知能が「生命」になるとき』など多数。

画像2: [Vol.3]AIの発展は「中央型」と「分散型」のどちらに向かうのか?|ネットワーク分散AIから考える、AIの未来

谷村 崇仁
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デジタルサービスプラットフォームイノベーションセンタ エッジインテリジェンス研究部 主任研究員

先端ネットワークシステムの研究開発、ネットワーク分野における深層学習技術の研究開発経験を経て、2020年株式会社日立製作所に入社。現在は、ネットワークと分散生成AIの融合をめざした研究に従事。東京工業大学理学部卒業、東京工業大学大学院理工学研究科修士課程了。東京大学工学系研究科博士課程了。博士(工学、東京大学)。電子情報通信学会シニア会員。日本物理学会会員。全国発明表彰 特許庁長官賞、科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞(開発部門)受賞。

画像3: [Vol.3]AIの発展は「中央型」と「分散型」のどちらに向かうのか?|ネットワーク分散AIから考える、AIの未来

北川 雄一
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デジタルサービスプラットフォームイノベーションセンタ エッジインテリジェンス研究部 企画員

1996年生まれ、東京理科大学先進工学研究科修士課程修了。2021年株式会社日立製作所に入社。現在は、ネットワークと分散生成AIの融合をめざした研究に従事。電子情報通信学会会員。

画像4: [Vol.3]AIの発展は「中央型」と「分散型」のどちらに向かうのか?|ネットワーク分散AIから考える、AIの未来

中野 和香子
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デジタルサービスプラットフォームイノベーションセンタ エッジインテリジェンス研究部 研究員

1995年生まれ、関西学院理工学研究科修士課程修了。2020年株式会社日立製作所に入社。現在は、ネットワークと分散生成AIの融合をめざした研究に従事。電子情報通信学会会員。

[Vol.1]LLMの課題を乗り越えるAIモデルとは?
[Vol.2]LLMが直面する「環境負荷」の問題を解決するために
[Vol.3]AIの発展は「中央型」と「分散型」のどちらに向かうのか?

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