※ 朝山絵美さんの講演の様子は、記事末尾のリンクから動画でもご覧いただけます。文字ではお伝えしきれないライブ感をお楽しみいただけると思いますので、ぜひご視聴ください。
[Vol.1]椅子作りを通して見つけたアイデア深化のキモ
[Vol.2] 五感に触れる言葉と造形でビジョンを語る
ビジョン形成のプロセスを明らかにする
朝山さん:
大学院では、椅子作りと並行して、チャールズ・A・オライリー氏とマイケル・L. タッシュマン氏の「両利きの経営」をベースとしたイノベーション研究を行いました。
「両利きの経営」では、イノベーションを起こす上で重要なことは、新規事業と既存事業を並行して行える組織設計であると語られています。最初の研究では、それをさらにドライブさせる要素の調査をして、両利きの経営においては、経営トップだけではなく、新規事業のリーダーが志を高く持ちつつビジョンを形成することが重要な因子である、ということを明らかにしました。
そこで2本目の研究では、新事業を立ち上げるプロジェクトリーダーの方々を対象に、ビジョン形成と浸透のプロセスについて明らかにするインタビューを行い、その分析結果をまとめました。すると、その方々が椅子の制作プロセスと同じような行動をとっていたことが明らかになったのです。
言葉を体現する造形が五感を刺激する
事業リーダーの皆さんは、どのような工夫をして五感に触れるような表現を使いビジョンを社内に浸透させたのでしょうか。
まずは、ビジョンを具体的な言葉で伝えようと努めていました。それを体感していただくために、いまから例として2つのビジョンを話します。皆さん、目を閉じていただけますでしょうか。
『「娯楽は他と違うからこそ価値がある」という「独創」の精神を大切にし、お客さまに良い意味で驚いていただける商品やサービスを提供する。』
『直感的に遊べることでおばあちゃんと一緒にできるようなゲームを作り、ゲーム機とユーザーの関係を変える。』
1つめのビジョンから頭の中に何かイメージできたものがある人はいますか?2つめのビジョンで、ご自身のおばあちゃんがイメージできた人はいますか?
具体的に五感に触れる言葉の表現とは、後者のような言葉の使い方です。後者のビジョンは、任天堂のWiiの企画開発責任者の方が作ったものですが、生活に根ざしたイメージしやすい言葉づくりが大切にされているのが分かるでしょうか。
さらに、自分の考えや言葉を造形物として体現したモノとセットにして具体的なビジョンを話すという方法で、社内の人たちに伝えていたのです。モノの形は、実際の製品サービスやプロトタイプもあれば、無形サービスの場合はポンチ絵やラフスケッチなど、形はそれぞれです。
こうした言葉と造形物のセットを、私は「ビッグアート」と名付けました。
ビッグアートを用いて、五感に触れる表現で相手のトリハダ美に訴えかけてしまえば、情動や論理はその後に添える程度のものでよくなります。最初にビッグアートを作っていくことが重要なポイントだということが分かりました。
以前、カーデザイナーの前田育男さんにお話を伺う機会があったのですが、マツダのVISION COUPEという車は、ボディに周りの光や影のうつろいを取り込むデザインにしたのだそうです。風景の中に車を置いて初めて完成する、日本特有の美意識「引き算の美学」で作った車なのだと。そのお話がまず私のトリハダ美に刺さったのですが、前田さんからは、その美意識を同じデザインチームの内部で伝えるのでさえとても苦労されたのだと伺いました。
そこで前田さんは、マツダのデザインテーマである「魂動(こどう)」という哲学を掘り下げ、ご自身の中にある抽象的な美意識を、チーターの動きをモチーフにデザインした抽象的な造形物としてタンジブル化。これを基にデザイン部門だけではなく、社内のトップや実際に大量生産に関わっている現場の人たちに自分たちが生み出したい世界観を伝え、美を浸透させていったのだそうです。
アイデアは内発的動機からしか生まれない
ビッグアートはアイデアの種からどのように研ぎ澄ますのでしょうか。
アイデアが生まれない一番の原因は、ご自身の成功体験や経験、知識による固定観念があるからです。その固定観念から逃れるためには、身体活動が鍵になります。
事業リーダーの皆さんは、自らタンジブル化に携わるために、まず現場に入って手を使って考えたり、自分の足を使って調べることを重視していました。
こうした身体活動を通じて、内発的動機が高まっていくことで、固定観念から逃れることができます。認知脳科学の領域でも、創造力を抑制する因子を取り除くのは内発的動機付けである、と言われています。
要するに、「人から言われてやった仕事でアイデアは出ない」ということです。自分の中で、「この仕事をやりたい」「これは自分の仕事だ」という主体性を持つことで固定観念から逃れられる。それを決定づけるのが身体活動だ、ということです。
そんな身体活動の一例として、スマートフォンに入っている地図アプリの根幹となる電子コンパスという方角を検知する技術を開発したリーダーの方にインタビューしたときの話をします。当時、精度の高さが重要視されていたのですが、地磁気センサーが周囲の磁気と干渉してしまう可能性が課題と考え、リーダー自らが2、3ヶ月の間、都内の磁気を測定する実験をしたのだそうです。実験を通して、「人は前方か左右、多くて五又路程度にしか進まないのだから、過度に高精度なセンサーは必要ない」という結論に至り、そこから高精度過ぎずちょうどいい塩梅の地磁気センサーの開発に進むことになったのだそうです。これは身体活動の賜物ですね。
ビジョンを具体化するとトリハダ美が宿る
イノベーションのためには主観的な個性が大事であり、ボトムアップで事業を立ち上げることの重要性が盛んにいわれています。一方、組織では客観性やビジョンがトップダウンで展開され、それが重要視される状況が続いていました。これまで唱えられてきたビジョンというものは抽象度が高いので頭で理解する必要があり、その分客観性をもって説得するプロセスが必要となっていました。造形物などとセットにした具体なビジョンは身体で感じることができるため、それぞれの主観的な判断で共感に至り、周囲とのつながりをつくることができます。つまり、ビジョンをもう少し具体的なものにしていくことで、身体で感じることができ、トリハダ美が宿るものになります。
私の行ったイノベーション研究では、ビジョンを抽象に留めるのではなく、ビッグアートのように具体的なものにしていくことの重要性を明らかにしました。
講演の最後に、このあとのトークセッションの話題にもつなげたいと思いますが、これからのチャレンジとして、革新的なサービスを作ることを志す皆さんには、「具体的で五感に触れる表現にする」ということと、「身体を動かして手で考えていく」ということを心がけてほしいと思っています。そうすることでトリハダ美に刺さるアイデア、それを体現するモノが作れるようになると考えています。
また、組織の在り方としては、主観的な感情である「トリハダ美」で判断し、意思決定を進めていける組織制度をどのようにつくっていくのか、ということが課題になってくるので、その点を皆さんと明らかにしていきたいと考えています。
次回は、朝山さんと日立製作所の花岡誠之、丸山幸伸が、研究をリードする人財や組織のあり方をテーマに語り合ったトークセッションの模様をお届けします。
動画:朝山絵美さん講演「 美とタンジブルによるイノベーション ~無形のアイデアを形にする力~ 」
朝山 絵美
Creative leadership coach /Human centric strategist
外資系コンサルティングファームにおいてマネジング・ディレクターを務め、人間中心の経営戦略を専門とする。同志社大学大学院工学研究科知識工学専攻(現:理工学研究科インテリジェント情報工学専攻)の修士課程を修了。カナダ バンクーバーにてCo-ActiveⓇ Training Institute(CTI)主催のコーアクティブ・コーチングのコアコースを通じてコーチングを修学。その後、外資系コンサルティングファームに入社し、現在に至る。公益社団法人、一般社団法人の理事や相談役を歴任、経営者を対象としたエグゼクティブコーチングの実績も多数ある。武蔵野美術大学大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースの修士課程を2021年3月に修了。その後、同大学院博士後期課程において、ビジネスパーソンが人間らしくイキイキとイノベーションを創出するための研究と椅子の制作を中心としたアートワークを行い、2024年3月に学位を取得。
工学修士(Master of Engineering)、造形構想学修士・博士(Ph.D. of Creative Thinking for Social Innovation)
関連リンク
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