[Vol.1]「いきいき生きる」って何ですか?
[Vol.2]シニアの本音はどこにある?
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シニアの本音を引き出すには?現場で培った知見を語り合う
シニアの本音を集める場
髙田:
桑原さんは「BABA labシニアチャンネル」というYouTubeのチャンネルを運営されているんですよね。シニアのゲストを招いてその本音を根掘り葉掘り聞いていく、という内容で、枠にはまらないリアルな本音が語られています。桑原さんがこうした場をつくる理由を教えてください。
桑原さん:
BABA labは、「長生きするのも悪くない」と思えるような社会の仕組みづくりに取り組んでいますが、もうひとつ重視しているのが、シニアの本音を集めることなんです。
なぜかというと、シニアの本音って吸い上げにくいんです。まず、インターネット上で発信する機会があまりないので、シニアはどこにいて何をしているのか、若い人からは見えにくい。メーカーがシニア向けに商品を作ろうとアンケートを取っても、シニアの人たちは忖度するんですよ。年の功で(笑)。「こういう声が欲しいんでしょう」「あなたたちが考えているシニア像ってこうでしょう」と読み取って、合わせてしまうんです。本音を言えばいいものを作ってもらえるかもしれないのに、なかなかうまく行っていないんですよね。だから、BABA labでは、イベントや学習会、YouTubeなどいろいろな形でシニアが本音を語る場をつくっています。
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若い人からはシニアの存在が見えにくい、と実態を語る桑原さん
コツコツと信頼関係を築く
髙田:
とはいえ、「本音を話してください」と言われてもなかなか難しいですよね。何か工夫されていますか。
桑原さん:
結局のところは1対1の信頼関係が大事なのかなと思っています。「お年寄り」とか「団塊の世代」とか、ひとくくりにするのではなく一人ひとりを見ることですね。気をつけていてもけっこうバイアスがあるんですよね。そういうバイアスを取り払ってありのままを見ることで、本音が聞きやすくなるのかなと思います。
髙田:
それは否めないですね。私たちも「今時の若い者は」とひとくくりに言われることもあるので、お互い様といえばそうなんですけれども。でも、バイアスを取り払うこともすごく難しいですよね。
桑原さん:
私も最初は全然できなかったですね。ただそれは、当時はまだ出会うシニアの方が少なかったからだと思うんです。シニアの方との出会いが増えるにつれて、本当に人それぞれなんだ、ということが分かってきました。
髙田:
時間も必要ですよね。「今日はじめて会いました」という人と本音で話すのは難しい。
桑原さん:
そこは、1年、2年と時間をかけてコツコツと、という感じですね。中には最初から心を開いてくれる人もいて、そういう人からは簡単に本音を聞くことができますが、そういう人ばかりでもありません。じっくり時間をかけて、ノウハウを集めていくのも面白いですよ。
それに、意外とコツもあるんですよ。たとえば、すごい勢いで文句を言っているシニアの方のお話を聞くときには、こんなふうにぐっと距離を詰めるんです。
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思い切って距離を近づけることで心を開いてもらえることも多い、と桑原さん
髙田:
こんなに近いんですか(笑)!
桑原さん:
そうです。横に座ってゼロ距離まで詰めて話を聞く。初対面に近い人でも、こうやって話を聞くと落ち着いて話してくれるし、こちらの話も聞いてくれます。言葉ではあれが嫌だとかあの人が嫌だなどと言っていても、本心は別のところにあることが多いんです。何をやればいいのか分かっていなくて困っていたとか、同じグループの人とうまく話せなくて気まずかったとか。そういう真意をじっくり聞くことを大事にしています。
質問に即答しない
髙田:
シニアに限らず、多くの人が本音を言わないですよね。子どもの頃は言えていても、大人になるにつれてぐっと飲み込む癖がついてきて、シニアになる頃にはもう、熟練の域に達してしまう(笑)。
桑原さん:
私は、シニアの方に「これって何なんですか」とか「なぜやるんですか」などと聞かれたときには即答しないようにしています。きっと本当に聞きたいことは違うところにあると思うからです。
例えば、グループ活動の場面で「この発表はグループ全員でやるんですよね」などと質問をされたときに、「そうですよ」と答えるとたぶんそこで終わってしまいます。その人もそれは分かっているんだけど、グループ内でトラブルがあったりして、うまくいかないかもしれないという不安があるから聞きに来ているんです。だから、「そうですよ」って最初に言わない。
髙田:
代わりにどんな返事をするんですか。
桑原さん:
「いまどんなふうに進んでいますか?」「困っていることはありませんか?」と徐々に聞いていきます。本音を聞くためには、即答しない、というのも大事なコツかもしれません。
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「即答しないのが大事」という桑原さんの言葉に共感した様子の髙田
60代は人間関係の貯金の時間
髙田:
自分が超高齢になったときのことを考えると、家庭の外に、自分の居場所の選択肢があることはとても大事だなと思います。家族だからって本音が話せるとも限らないので、BABA labのように本音を話せる場所がこれからますます必要とされるのかなと思います。
桑原さん:
そうですね。あとは、そんなに深い関係でなくてもいいので、ちょっとしたおしゃべりがいろいろな人とできるということもすごく大事だと思います。年齢を重ねると、免許を返納したり歩行が難しくなったりして、どうしても移動距離が狭まり、昔持っていた関係性がなくなっていきます。近所の人と立ち話をしたり、インターネットやSNSでもいいので、小さな関わりをたくさんつくっていけるといいですね。
ただそれも、70歳を過ぎてからいきなり始めるのは難しいです。60歳過ぎたら徐々に関係性づくりを始めていくのがいいと思います。あるシニアの方が、「60歳から70歳までの10年間のうちに、人間関係をできるだけ作っておくんだ」と言っていました。どんなにアクティブな人でも、75歳をすぎると体力も精神力もぐっと落ちるのでその前に、と。「人の貯金の時間」なのだそうですよ。
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工房のメンバーが作った作品。好きなこと、興味のあることがコミュニティ参加のきっかけになる
髙田:
人づきあいが苦手な人はどうしたらいいでしょう。
桑原さん:
たとえ人づきあいが苦手でも、その人なりの役割や楽しみを見つけられればいいんだと思います。そのためにはやはり、接点をできるだけたくさん用意しておくのが大切です。うちはBABA labの他にも、さいたま市のシニアユニバーシティという学習の場の運営をしています。またBABA labでも麻雀教室をやったり、ヨガをやったり、他にも編み物を通じたボランティア活動をやったりと、小さい集まりがたくさんあるんです。たくさんあれば、自分の興味にぴったり合うものに出会える可能性が高まるでしょう。
髙田:
何がヒットするか分からないから、バリエーションをもつことが大切なんですね。
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認知症高齢者が触ったり、握ったりして心を落ち着かせるためのニット製品「ケアマフ」を広める活動にも取り組んでいる
――65歳以上の人口の割合が全人口の21%以上を占める「超高齢化社会」に突入している日本。さらにこの先、日本はどのように変化していくのでしょうか。そしてそこにはどんな課題が現れてくるのでしょうか。Vol.3では超高齢社会日本のこれからについて、引き続き桑原さんと語り合います。
![画像1: [Vol.2]シニアの本音はどこにある?│Baba lab桑原さんと考える、健康な人生の過ごし方](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/01/21/6415a64d33323936c4f08177a0b0ca4bd3aa8c96.jpg)
桑原静
1974年埼玉県生まれ。日本大学芸術学部卒。ウェブコミュニティーの企画運営に携わった後、NPO法人「コミュニティビジネスサポートセンター」に勤務。2011年に「シゴトラボ合同会社」を設立し、高齢者が働くものづくりの職場「BABA lab(ババラボ)さいたま工房」を開設。22年、社名を「合同会社ババラボ」(通称「BABA lab」)に変更。シニアの居場所づくり支援、シニア向けのサービスや商品開発を行う。
![画像2: [Vol.2]シニアの本音はどこにある?│Baba lab桑原さんと考える、健康な人生の過ごし方](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/01/21/b2081f2ae0d2b410fd4ebc6faad8189208cff9e0.jpg)
髙田実佳
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デジタルサービスプラットフォームイノベーションセンタ データマネジメント研究部 リーダ主任研究員。
富山県富山市生まれ。早稲田大学BEng、MEng、The Univ. of Georgia MS修了。2012年日立製作所入社後、データマネジメントに関する研究に従事。2016-2019年Hitachi America, Ltd.に出向し、米国でのヘルスケア領域における人工知能(AI)による疾患予測を用いたソリューションの開発に始まり、2019年以降は日本国内でのAIによる医療・介護支援ソリューションとそれを支えるデータマネジメント技術の開発に従事。2023年より現職。
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