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AIやロボットの進化は、さまざまな現場の最前線で働くフロントラインワーカーの働き方をどのように変えていくのでしょうか。生産性の向上だけにとどまらず、フロントラインワーカーのウェルビーイングを高めるために、AIやロボットはどんな役割を果たすのでしょうか。「人間拡張」研究の第一人者である東京大学情報学環教授の暦本純一さんを迎え、日立製作所 研究開発グループ ロボティクス研究部の橋爪滋郎、山田弘幸と企画室の塚田有人が議論しました。

「人間拡張」とはなにか?

塚田:
暦本さんは、テクノロジーによって人間の能力を拡張する「人間拡張」について研究されていらっしゃいますが、最近、注目しているのはどのようなテーマでしょうか。

暦本さん:
人間拡張の研究では、人間の行為がテクノロジーでどのように拡張されるのかというところに注目しますが、例えば、サイレントスピーチという技術があります。ささやくような小さな声でしゃべったり、声を出さずに口だけ動かしたりするのをAIが読み取って、その人がなにを話しているのかを把握する技術です。

これによって、公共の場所など大きな声を出せない環境でも、口を動かすとAIを通じてメッセージを伝達できたり、喉を損傷していて声を出しにくい人が、AIを使って音声を発したりできるようになります。このように、最近はAIと人間が融合していったら何ができるのか、ということに注目しています。

塚田:
暦本さんは、人間とコンピューターの関係を考えるヒューマンコンピュータインタラクションの研究からスタートして、その後、人間拡張の研究に移っていったと伺いました。両者の違いはどこにあるのでしょうか。

暦本さん:
ヒューマンコンピュータインタラクションは、ダイレクトマニピレーション(直接操作)など、人間がコンピューターをどうやって扱うかというのがテーマでした。コンピューターがあって、人間がいて、その間をつなぐものとして、ジェスチャーやタッチ、音声などがあるというインタラクションの世界です。

それに対して、ヒューマンオーグメンテーション(人間拡張)は、もう少し広い概念です。さきほどのサイレントスピーチを例にすると、声を出せない人が声を出せるようにする場合には、コンピューターが影に隠れていてもかまわない。ウェアラブルの端末として体に装着されていればいいわけです。

こうなってくると、人間がコンピューターを使うための技術というよりも、その人がしたいことを実現するための技術といえるので、人間の能力を拡張するという意味で「人間拡張」と呼んでいます。コンピューターのテクノロジーと非常に関連しているのですが、研究の目標が、目の前にあるコンピューターをどのように扱うかではなく、その人がやりたいことをどうやって達成できるかにある点に特徴があります。

画像: 「人間拡張」について研究している暦本純一さん

「人間拡張」について研究している暦本純一さん

塚田:
その人のニーズにより深く焦点を当てているということですね。

AIに指示されて作業する人間のやりがいとは?

山田:
私は、ロボットが人間の動作を模倣して学習し、それと同じ動作ができるようになる技術を研究しています。例えば、人間がロボットを遠隔で操作して、ドアを開ける動作をすると、その様子を撮影したカメラの視覚情報をもとにAIが学習して、それにもとづいてロボットが自動的にドアを開けられるようになる技術です。

これによって、プログラミングだと実現が難しい全身の協調した動作も、ロボットが実現できるようになるので、いずれはさまざまな作業現場にロボットを投入していきたいと考えています。このようにロボットが現場に入ってきたとき、人間のやりがいや豊かさ、いわゆるウェルビーイングは、どんな影響を受けるでしょうか。

暦本さん:
現在のテクノロジーでは、すぐにロボットやAIが現場の作業を代替できるわけではないので、当面の間は、人間とロボット・AIが協業するハイブリッドな状況が続くだろうとみられます。その場合、人間とロボット・AIの関係は、2つのパターンが考えられます。

1つは、アバター操作型というか、遠隔地にいる人間の技術者が、現場にいるロボットに指示を出して制御する形です。最初は人間が細かく指示を出すけれど、だんだんロボットが学習して、ほぼ自動で動くようになっていくというものです。

一方で、それとは逆の形があって、AIが指示を出して、それを受けて、人間が作業をするというものも考えられます。この場合は、アバターがロボットではなくて、人間になっています。

あるテレビ番組で、離れた場所にいるプロのシェフがキッチンにいる素人にリモートで細かく指示を出して、料理を作らせるという企画があるんですが、素人でもなかなか美味しい料理ができるんですね。それを見て、プロのシェフをAIに置き換えて考えることもできそうだと思いました。

塚田:
AIの指示を受けて、人間が料理を作る、ということですか。

暦本さん:
AIが料理の先生になって、人間が教わりながら料理を作ると考えると、わかりやすいかもしれません。人間が「こんな料理が作りたい」と言うと、AIの先生が「フライパンを出して、油をひいてください。次は・・・」と指示していって、人間がその通りに実行していくと、自分ひとりではできないことができるようになる。

このとき、料理を作っている人は「AIに指示されて面白くない」というよりは、「自分が作りたい料理ができてうれしい」と感じられることが重要だと思います。つまり、指示をAIにゆだねて、人間が現場で体を動かして作業をするという場合でも、それによって実現できるものに価値があるのであれば、人間が「やりがい」を感じることもできるのではないかと思います。

塚田:
自分の手で作っているから達成感がある、ということですね。

画像: AIやロボットの進化が人間の「やりがい」に与える影響について、意見が交わされた

AIやロボットの進化が人間の「やりがい」に与える影響について、意見が交わされた

AIと人間の関係はどうあるべきか?

橋爪:
ロボットは、手の細かい動きはまだ苦手なので、そこは人間が作業するのがいいというわけですね。ただ、AIに「腕の角度はこうしろ」とか、逐一、指示を出されると楽しくない気もします。

暦本さん:
そうなると、人間が操り人形になってしまう。

橋爪:
人間がAIからちょうどいい粒度の指示を渡されて、ある程度の自由度がある中で作業するのが楽しいということでしょうか。少し自分の味付けを加えられるといいのかもしれません。

暦本さん:
そのあたりは、一概に自由度があるのがいいとは言えないかもしれません。茶道や武道の習い事の世界では「最初はまねろ」と言われますよね。「守破離(※)」という言葉もあります。最初はお手本通りを真似て、だんだん自分の独自性を出していくという学習法です。だから、習う側の段階によっては、その人の目的が「理想の動きをコピーすること」になる場合もあると思います。

※ 守破離(しゅはり)…日本の武道や茶道、芸能などの修行の過程を3段階で表した言葉。師匠に教わった型を徹底的に「守る」ことから始め、続いて、他の良い教えも取り入れて型を「破る」ことを試み、さらに型から「離れる」ことで自分独自のものを生み出していく、という成長のプロセスを表現している。

橋爪:
確かにそうですね。その人がそれまでに経験した背景によっても、なにをしたいのかが変わってくるので、自分の持っている基盤モデルと入力をうまく組み合わせていくのが、ポイントといえるでしょうか。

山田:
人間は「AIに操られている」と感じると、やりがいが低くなるのでしょうが、そうならないように、AIがさりげなく気づきを与えてくれるのがいいのかもしれません。いわゆる「ナッジ(軽くつつく)」みたいな感じで、AIと普通にコミュニケーションをとりながら気づきをもらって、人間が自然と判断して決定していくようになると、みんなハッピーなのかな、と。

画像: 模倣学習するロボットの開発に取り組んでいる山田弘幸

模倣学習するロボットの開発に取り組んでいる山田弘幸

暦本さん:
究極の教えというか、AIの先生が「いいね」とか「そこをもうちょっと」と言いながら、うまく先導してあげるというのは、すごく大事だと思います。

人間は模倣することにも喜びを感じる?

橋爪:
ただ、AIはどちらかというと、さまざまな選択肢がある中で、確率に基づいて最も妥当な答えを提示するイメージがあります。そうすると、AIの指示にしたがって行動していくと、人間が画一的な方向に向かってしまうのではないかという懸念があります。人間のダイバーシティがAIによって歪められてしまうかもしれないと思うのですが、どうでしょうか。

暦本さん:
その問題については、例えば、工場で製品を組み立てるような作業であれば、あまり独自性がなくてもいいかもしれません。それよりも1分間に何個できるかといった効率性が重要でしょう。一方で、職人が工芸品を作るような活動は、最初は師匠のお手本通りに作るけれど、だんだん独自性を発揮することが求められるというのがありますよね。いわゆる「守破離」の「破」とか「離」ですね。

ただ、モノマネやコピーはネガティブに評価されることが多いんですが、人間の非常に優れた機能の一つは、他人の真似をしてコピーできる点にあります。ミラーニューロン(他人の行動を鏡のように真似するときに作用する神経細胞)を使って、自分よりも上手い人の真似ができるのが、人間の大きな特徴だといえます。

音楽のバンド活動でまずコピーバンドから始めたり、書道も最初はお手本を習ったりしますよね。人間の面白いところは、この「習う」というフェーズでも「やりがい」を感じられることです。例えば、習字のお手本通りに綺麗に字が書けるとうれしいでしょうし、野球の素振りのように同じ動作を繰り返す場合でも、少しずつうまくなっていれば、本人はポジティブに感じられるのだろうと思います。

塚田:
人間は、模倣すること自体にも喜びを感じるということですね。

暦本さん:
そういう模倣の喜びがあるからこそ、ある人の優れた技能が他の人に伝達できて、技能や文化が継承されてきたわけですね。「守破離」でも、最後に「離るるとても本を忘るな」と、もう一度お手本の大事さを語っています。

画像: AIと人間の関係がさまざまな視点から語られた

AIと人間の関係がさまざまな視点から語られた

――次回は、Efficacy(効能感)とEfficiency(効率性)という2つの視点から、人間中心のテクノロジーの可能性を探ります。人間拡張と自動化の関係について議論しながら、進化が著しいヒューマノイドの可能性についても考えます。

画像1: [Vol.1]「人間拡張」が変える現場の働き方|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

暦本 純一
情報科学者。東京大学大学院情報学環 教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長・SonyCSL Kyotoディレクター

ヒューマンコンピュータインタラクション、拡張現実感、テクノロジーによる人間の拡張、人間とAIの融合に興味を持つ。世界初のモバイルARシステムNaviCam、世界初のマーカー型ARシステムCyberCode、マルチタッチシステムSmartSkinの発明者。人間の能力がネットワークを介し結合し拡張していく未来ビジョン、IoA(Internet of Abilities)を提唱。

画像2: [Vol.1]「人間拡張」が変える現場の働き方|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

橋爪 滋郎
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ ロボティクス研究部 リーダ主任研究員

2006年に日立製作所に入社。入社後、光ディスク装置などのオプトロニクス製品における精密機構およびセンシング技術の開発に従事。その後、2017年から日立アメリカ社のR&D部門にて、スタンフォード大学とのロボット精密把持システムの共同研究に従事した後、2019年4月より、ロボットの自律移動技術、工場などの現場で人‐ロボが連携する自動化システムの研究開発に従事。

画像3: [Vol.1]「人間拡張」が変える現場の働き方|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

山田 弘幸
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ ロボティクス研究部 リーダ主任研究員

2008年日立製作所入社。建設機械の遠隔操作や自律制御技術の開発、自動車の自動運転技術の開発等に従事。2024年から先端ロボティクス技術の研究開発ユニットリーダとしてロボットの汎用化に取り組む。

画像4: [Vol.1]「人間拡張」が変える現場の働き方|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

塚田 有人
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D 企画室 主任デザイナー 兼 デザインセンタ デザインプロモーション 室長

1999年日立製作所入社。鉄道の券売機や運行管理システムなどのユーザインタフェースデザインを担当するとともに、疑似触力覚や協調活動支援などのヒューマンコンピュータインタラクション研究に取り組む。2013年から、広報、研究戦略、事業企画におけるデザイン支援業務に従事。

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