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AIとロボットがもたらす未来は、人間の知能やコミュニケーションにどのような変革をもたらすのでしょうか。東京大学教授の暦本純一さんと、日立製作所 研究開発グループの研究者とデザイナーが、デジタルデバイド(情報格差)の克服やAIと生きるフロントラインワーカーの未来について議論します。AIやロボットと人の望ましい関係を模索しながら、現場で働く人々のウェルビーイングを高める方向性を探ります。

[Vol.1]「人間拡張」が変える現場の働き方
[Vol.2] AIが進化すると人間の「効能感」が高まる?
[Vol.3] AIは知能を奪うか、拡張するか?

デジタルデバイドは克服できるか?

塚田:
AIやロボットといったテクノロジーの進化は社会の発展をうながしますが、その一方で、テクノロジーをうまく活用できる人とそうでない人の二極化が進んでしまう可能性もあります。その結果、「人間拡張」によって支援されるべき人が、なかなか人間拡張の恩恵を受けられないという問題も出てくると思います。いわゆる「デジタルデバイド」の問題はどう考えたらいいでしょうか。

暦本さん:
昔の貴族の教育は、家庭教師がマンツーマンで子どもについて、その子の能力に応じて教えていました。今は誰でも教育を受けられるようになりましたが、貴族のような教育方法は経済的に難しいので、学校の教室で一斉に教えてもらう方式になっています。

でも、考えてみると、能力の違う子どもが同じことを一緒に学ぶのは、非人間的ですよね。理解が早い子にとっては退屈な一方で、理解が難しい子は授業がわからなくて辛いということになります。ところが、AIの活用によって、それぞれの子どもにあわせた人間的な教育ができるようになった。

個々の学習者にパーソナライズされた教育です。わからないことがあれば、AIになんでも相談できるし、その人のレベルに合わせて説明してもらうこともできる。人間と違って、AIが相手ならば無限に質問できるので、メンタル的なバリアも下がるでしょう。ポジティブに考えれば、デジタルデバイドはデジタル技術によって、かなり克服できるのではないかと思います。

塚田:
確かに、ChatGPTなどの生成AIは、なにを聞いても答えてくれますし、わからないことを聞くだけなら、情報リテラシーはあまり必要ないということですかね。

暦本さん:
「小学生にわかるように説明して」と頼むと、ちゃんと説明してくれますよね。なんでも答えてくれて、どのレベルでも教えてくれるチューターが身近にいて、しかもそれが安く手に入るというのは、かなり革命的なことだと思うんですよ。

画像: 「AIの進化によって大学教授がいらなくなるかもしれない」と語る暦本さん

「AIの進化によって大学教授がいらなくなるかもしれない」と語る暦本さん

AIに頼ると知能が低くなる?

山田:
一方で、AIがどんどん普及することによって、人間の知能が低下してしまう恐れはないでしょうか。パソコンを使って文章を書いていると、自分の手で漢字を書けなくなることがありますが、AIを使いすぎると、人間の知能にネガティブな影響もあるのかなと思うのですが、どうでしょうか。

暦本さん:
その問題については、実際にいろいろ学説があって、人間の認知能力などが減退するという説もありますね。例えば、自動運転の飛行機のパイロットは、従来では考えられないようなミスをおかす可能性があるともいわれています。我々も、スマホのGPSがないと街を歩けないという人が多いでしょう。

昔はできたことができなくなることについて「自動化されるから、できなくなっても構わない」という意見もありますが、必ずしもそうは言い切れません。「車社会だから足腰が弱くてもいい」と言えないのと同じように、「AIがあるから知能が低くてもいい」とは言いにくい。その意味では、AIが「ちょっと自分で考えてみましょう」と、頭のトレーニングをときどきしてくれるといいのかもしれませんね。

橋爪:
肉体もそうですが、知能も鍛えないとどんどん弱ってしまいます。AIがゲームのような形で、楽しく知的なトレーニングをしてくれるとよさそうです。AIは、その人が「やりたいこと」を実現するだけでなく、「やらなければいけないこと」もうまく散りばめて、そこへ誘導してくれるというのが正解でしょうか。

暦本さん:
AIと知能の関係といえば、将棋の世界では、藤井聡太さんを始めとして多くの人がAIを使って学ぶようになっています。今では人間よりもAIのほうが強いわけですが、AIに学びながらも、AIから離れた指し方をして強くなっていく。そうやって、AIをうまく使いこなせるといいんでしょうね。

画像: 山田は「今回の座談会で、ロボットの導入すること自体を目的にしてはいけないと気づいた」という

山田は「今回の座談会で、ロボットの導入すること自体を目的にしてはいけないと気づいた」という

フロントラインワーカーを増やすには?

塚田:
懸念としてはもう一つ、AIやロボットの導入が進むと、人間の仕事を奪ってしまうのではないかという不安があると思います。そういう問題に対して「人間拡張」の考え方を使うと、なにか解決の糸口が見えてくるのでしょうか。

暦本さん:
産業の変化は止められないので、なくなってしまう職種は出てくると思います。産業革命のときもそうでした。ただ、産業革命では、農場で働いていた人が工場で働くようになり、さらにその後、オフィスでデスクワークをするようになるという流れでした。

今回は、AIの普及によってホワイトカラー的な仕事がなくなっていく可能性が大きい。むしろ、現場で働くフロントラインワーカーのほうがなくなりにくいといえますが、ホワイトカラーの人たちがそういう仕事へ移っていけるのかという問題はありそうですね。

橋爪:
フロントラインワーカーの仕事は、熟練者の技能となると習熟するのに時間がかかるので、産業の変化が速すぎると、人財の供給が追いつかないという面もありそうです。

塚田:
そのようなフロントラインワーカーの支援という観点では、個々のワーカーが必要とする部分だけをサポートしてくれるロボットやAIがあるといいのかもしれません。

橋爪:
例えば、腰が弱い人は、ロボットが腰だけをサポートするということですね。

暦本さん:
高齢者のワーカーは、視力や筋力など衰えた部分をロボットに補ってもらえると、引退しないで仕事を続けられるかもしれませんね。どの部分がどれだけ衰えているのかというのは一人ひとり違うので、もしワーカーごとにカスタマイズされたロボットがあるのであれば、個々の能力に応じたサポートが可能になります。それは、まさに「人間拡張」の実現ですね。

画像: 橋爪は「AIによって、人間の欲望が肥大化していくかもしれない」と懸念を示した

橋爪は「AIによって、人間の欲望が肥大化していくかもしれない」と懸念を示した

AIは職場のコミュニケーションをどう変える?

橋爪:
ロボットやAIが与える影響というと、仕事の現場での人と人のコミュニケーションの質も変わっていくでしょうか。仕事でなにか疑問に思ったとき、ロボットやAIに聞けばわかってしまうのであれば、わざわざ人に聞く必要がなくなります。今はリモートワークが進んでいるので、その傾向が強まっています。そんなとき、人と人はなにをコミュニケーションすべきでしょうか。

暦本さん:
一つは人間も生き物なので、一緒に働いている人の顔を見ると安心するという面があると思います。そういう意味では、なにを話すべきかというより、ふだんはリモートワークで働いていてもときどき顔を合わせて、お互いに親しみを感じること自体に意味があるといえるかもしれません。

橋爪:
親しみを感じることで、仕事が効率化するということでしょうか。

暦本さん:
効率化するかどうかというよりも、気持ちよく仕事できるかどうか。仕事をしたときの達成感も「あの人がいいねと言ってくれたから、うれしい」ということもあるでしょう。おそらく、AIから「いいね」と言われるよりはうれしいのでは?

山田:
確かに「あの人から頼まれたから、仕方がない。やってみよう」というのは、ありますね。

暦本さん:
人から「君しかできないよ」と言ってもらうのが、意外に大事なのではないかと思います。でも、もしかしたら新世代は、AIに「いいね」と言ってもらったほうが喜ぶのかもしれません(笑)

塚田:
AIからの「いいね」をもらって気分を上げつつも、仕事は誰かのためになっているはずなので、最終的にはその誰かからの「いいね」をもらえると嬉しいですね。

画像: 「AIによる社会の変化を楽しむ姿勢が大切」という暦本さんの指摘を受け止めながら、AIとの向き合い方について、さまざまな視点から議論した

「AIによる社会の変化を楽しむ姿勢が大切」という暦本さんの指摘を受け止めながら、AIとの向き合い方について、さまざまな視点から議論した

画像1: [Vol.3] AIは知能を奪うか、拡張するか?|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

暦本 純一
情報科学者。東京大学大学院情報学環 教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長・SonyCSL Kyotoディレクター

ヒューマンコンピュータインタラクション、拡張現実感、テクノロジーによる人間の拡張、人間とAIの融合に興味を持つ。世界初のモバイルARシステムNaviCam、世界初のマーカー型ARシステムCyberCode、マルチタッチシステムSmartSkinの発明者。人間の能力がネットワークを介し結合し拡張していく未来ビジョン、IoA(Internet of Abilities)を提唱。

画像2: [Vol.3] AIは知能を奪うか、拡張するか?|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

橋爪 滋郎
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ ロボティクス研究部 リーダ主任研究員

2006年に日立製作所に入社。入社後、光ディスク装置などのオプトロニクス製品における精密機構およびセンシング技術の開発に従事。その後、2017年から日立アメリカ社のR&D部門にて、スタンフォード大学とのロボット精密把持システムの共同研究に従事した後、2019年4月より、ロボットの自律移動技術、工場などの現場で人‐ロボが連携する自動化システムの研究開発に従事。

画像3: [Vol.3] AIは知能を奪うか、拡張するか?|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

山田 弘幸
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D モビリティ&オートメーションイノベーションセンタ ロボティクス研究部 リーダ主任研究員

2008年日立製作所入社。建設機械の遠隔操作や自律制御技術の開発、自動車の自動運転技術の開発等に従事。2024年から先端ロボティクス技術の研究開発ユニットリーダとしてロボットの汎用化に取り組む。

画像4: [Vol.3] AIは知能を奪うか、拡張するか?|AI・ロボットの未来とウェルビーイング

塚田 有人
日立製作所 研究開発グループ Digital Innovation R&D 企画室 主任デザイナー 兼 デザインセンタ デザインプロモーション 室長

1999年日立製作所入社。鉄道の券売機や運行管理システムなどのユーザインタフェースデザインを担当するとともに、疑似触力覚や協調活動支援などのヒューマンコンピュータインタラクション研究に取り組む。2013年から、広報、研究戦略、事業企画におけるデザイン支援業務に従事。

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