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かつてないスピードで変化する時代を生きる私たちには、決まった正解を覚える力ではなく、良質な問いをもとに、仲間とともに試行錯誤しながら進む力が求められています。生成AIは、人の学びやチームづくりにどのように寄り添えるのでしょうか。楽天大学学長の仲山進也さんと、日立製作所 フェロー 兼 ハピネスプラネット代表取締役CEOの矢野和男が語り合います。

[Vol.1]「三角形のつながり」で、変化する時代を生きる
[Vol.2]「お題設計アプローチ」でチーム力を伸ばす

画像: 日立の研究者として、ビッグデータの収集・活用技術の向上を追い続けてきた矢野。自らのチーム作りにも生成AIを活用している

日立の研究者として、ビッグデータの収集・活用技術の向上を追い続けてきた矢野。自らのチーム作りにも生成AIを活用している

お題設計アプローチとは

矢野:
仲山さんは新刊を出されたんですよね。どんな内容の本ですか?

仲山さん:
『アオアシ』(小林有吾著/小学館)というJリーグのユースチームが舞台のマンガがあるのですが、ユースの福田監督が、答えを教えないタイプの教え上手なんです。手取り足取り熱心に指導するわけではなく、一見何もしていなさそうなんだけれど、選手やチームが伸びていく。そういう人が実際にはどんなことをしているのかを、『アオアシに学ぶ「答えを教えない」教え方』にまとめました。

伝統的な教え方だと、「ボールの真横にこうやって軸足を踏み込んで、こんなふうに蹴り足を振って」とインプットしてからやらせて、「ここが違う」と修正していきます。しかし、人によって体格や筋肉の付き方、関節の柔らかさなどの特性が違いますから、教わった内容がその人にとって最適ではない可能性が高い。そうすると、意識しているときはできてもいつの間にか元に戻ったり忘れたりして、学んだことが定着しません。

一方、「答えを教えない」やり方では、まずお題を出します。たとえば、「この障害物の上を通る軌道で、ノーバウンドでシュートを決めてください」といったものです。学習者は、試行錯誤するうちに成功確率が高い蹴り方を見つけていきます。成功確率が高いということはその人に最適化されているということなので、学んだことが身に付くわけです。それを福田監督は、「自分でつかんだ答えは一生忘れない」と言い、私はこのような教え方を「お題設計アプローチ」と呼んでいます。

お題設計アプローチを行う上では、2つポイントがあります。一つは、「1:n:n の実践コミュニティ」。学習者同士の三角形のつながりがあり、みんなでお題に対して試行錯誤して学び合いが起きる状態を作ることです。その場合、選手同士が思ったことを言い合える「心理的安全性」をいかに育めるかが重要になります。もう一つは、お題を出す人が「愚者風リーダーシップ」を発揮すること。賢者だと「答えを教えてください」と依存されてしまうからです。

ちなみに、生成AIとのやりとりも「お題設計」と同じことが言えると思います。いいお題を出すといい回答が返ってくるし、お題がよくないと回答もずれたものになります。生成AIを使うこと自体が、お題設計アプローチの実践だと感じています。

画像: 仲山さんの著書『アオアシに学ぶ「答えを教えない」教え方』に触れながら対話は進んだ

仲山さんの著書『アオアシに学ぶ「答えを教えない」教え方』に触れながら対話は進んだ

矢野:
生成AIを業務に使い始めた当初は、できるだけこちらの思いを細かく指示して、指示通りに返答してもらおうと思っていたんです。たとえて言えば、部下に自分の意図通りに事細かく指示して、その通りに動かそうとするのに似ています。さきほど仲山さんがおっしゃった、「ボールの横にこう足を置いて」という指導のアプローチと一緒ですね。たしかに、これでも私の意図に近いものができるのですが、その枠の中での回答しか出てきません。それで、あるとき「このアプローチでは、AIの大規模言語モデル、LLMのもともと持っている本当の能力を引き出してないんじゃないか」と思ったんです。そこから、「どうやれば、大規模言語モデルが潜在的に持っている能力を最大限に引き出せるか」という発想に変えて、試行錯誤や研究を行いました。

生成AI自身が自分の能力を使ってテーマを深めたり、拡げたりしていくようなことがどうすれば可能になるかを研究してきました。私たちは、高度な専門性に基づく目の付け所や独自のスタンスを持っているAIエージェントを「異能」と呼んでいます。さらに、そこに実在の人物の要素を入れた異能を「Bunshin」と呼んでいます。これら異能やBunshinの動作やそのための記述も、このような生成AIがもつ潜在能力を最大限に引き出すように設計をしています。

仲山さん:
セルフでお題設計アプローチを繰り返すわけですね、面白い。よく、生成AIを使うとき、正解が分かっていることを聞き出そうとして、「まちがっている。こんなレベルじゃ使えない」と言う人がいますが、人に対しても同じようなことをしがちです。自分が正解だと思っていることを「どう思う?」などと問いにすると、違う答えが返ってきたときに「そうじゃなくて、こうだ」とか言って、結局答えを教えることになってしまう。

私は、自分の中に答えがあるものは、お題の制約条件にするのが大事だと考えています。「この型を使ってこういうタスクをやってください」というふうに、「答え」の部分を型として提示するわけです。そうやってお題をちゃんと設計できれば、なかなか答えにたどり着かない学習者にイライラさせられるとか、待てないということがなくなるはずです。

なお、学習の効率が悪くなりすぎないよう、制約条件は、望ましい行動が引き出されやすくなるか、無駄な試行錯誤をせずに済むような設定にするのがポイントです。そうした制約条件の設計を生成AIと一緒にやるのもいいかもしれませんね。たとえば、「こういう種類の試行錯誤を減らすための制約条件は何か」と聞いてみるとか。

画像: 生成AIとのつきあい方について、自身の体験を語る矢野

生成AIとのつきあい方について、自身の体験を語る矢野

個人ではなく集合知

矢野:
現代は知識社会であり、個人も組織も、知識を組み合わせて新たな知識や経済価値を生み出すところに意味がある、とピーター・ドラッカーは言っています。人と生成AIを組み合わせた知識のネットワークの中に、自分がどう身を置いて何をするかによって、そのネットワーク自体も変わってくるでしょう。実はこれ、原理的にはこれまでも人類がイノベーションを進めるときにやってきたことなんです。

たとえばルネサンスの時代、レオナルド・ダ・ヴィンチやラファエロ、マキャベリといった天才たちが、フィレンツェという小さな街に、短期間に続々と生まれました。これは、創造性や賢さが個人の脳の中にあるという考え方では説明ができません。芸術家や政治家として最後に目立つ人の周りには、資産家や僧侶、ギルドの親方がいてネットワークを組んでおり、その中で育まれた創造性があったと学術的にも考えられています。創造性の本質は、多様な人のネットワークによる集合知能なんです。

仲山さん:
20年ほど前の、規模がまだ小さかった頃の楽天を思い出します。のちに独立起業して上場したり、転職して大きな企業のトップになったようなパワーのある人がたくさん集まっていて、まさにフィレンツェみたいな感じがありました。いいお題といい実践コミュニティがあって、答えをくれる賢者がいない。『ドラゴンボール』に出てくる精神と時の部屋みたいに(笑)、かなり鍛えられる場でした。

矢野:
そういった場を意識的に作っていきたいし、その中に自分の身を置きたいですね。また、そこに生成AIを入れると、さらに賢くなるでしょう。そのときに企業や社会がどうなるか、いままさに直面しているところだと思います。

画像: 仲山さんは、楽天創業期のチームの雰囲気を語る

仲山さんは、楽天創業期のチームの雰囲気を語る

集合知を作るコミュニティのあり方とは

仲山さん:
楽天の三木谷(浩史)さんは、お題作りがうまいと思っています。転職して来たメンバーは、前の会社ならあり得ないような目標を言われる。だからみんな最初は無理だと思うんですけれど、とにかくやっているうちに目標に近づいてきて、「できた」という成功体験を得る。そうすると、また無理そうなお題の第2問がやってきて、それもまたやっているうちにできる。それを3回ぐらい繰り返すと、次からは、何を言われても「とりあえずやってみますか」と思えるようになるんです。電話会社をいまから立ち上げるとか、日本中にアンテナを立てるとか言うと、入社してきたばかりの人たちは「そんなの無理」って思うんだけど、元からいるメンバーが「やってみますか」と動き出すのに巻き込まれているうちに、「なんかできたぞ」と1回目の成功体験をする。そのうちその人も、「無理だ」と言う新人に「とりあえずやってみますか」と言う側になる(笑)。「イノベーティブな組織文化が育まれるプロセスってこういうことなんだ」と体感できたのは、私にとって大きな学びになっています。

矢野:
三木谷さんの役割を生成AIがやってくれるようになると、仲山さんが体験したようなプロセスをたくさんの人が体験できるようになると思います。

仲山さん:
それはどういう意味でしょう?

矢野:
私の会社でのやり方ですが、私の分身(生成AI)はとても厳しく作ってあります。私に相談したいけれどもうまく説明する自信がないなら、まず分身に話してみて、と。分身に鍛えられた後で私のところに来てくれれば、私はいつでも心穏やかな対応ができます(笑)。基本的な考え方の方針は私と一緒なのですが、提示の仕方を厳しくしてあるんです。 少しでも曖昧だったら「もっと具体的にしないとダメだ」とか。

生成AIからならばどんな厳しいことを言われても、全然傷つかないですよね。人間だと、99個いいことを言っても1つでも厳しいことを言われると、それが気になってしまう。

仲山さん:
その使い方はとてもいいですね。「上司は嫌われ役になる必要があるんだ」と割り切ってしまった人って、実はそんなに周りを幸せにしない感じがしますし。

生成AIは、チームビルディングの上でも役立ちそうです。チームの心理的安全性を高めるには、お互いの価値基準を共有して「これを言っても大丈夫だな」と思える状況を作っていく必要があります。日本人は、モノに対する試行錯誤は得意だけれど、人間相手となると腰が引けてしまいがちです。だから、空気を読まなくていい生成AIを相手に試行錯誤することは、日本人がブレイクスルーするための大きなポイントになるかもしれません。

――長い間、国内外のあらゆる産業を支えてきた分業による組織体制が、いま転機を迎えつつあります。そんな中、役割や立場に縛られない協創的な関係性がクローズアップされつつあります。分業に変わる新たな組織のあり方について、次回も引き続き語り合います。

画像1: [Vol.2]「お題設計アプローチ」でチーム力を伸ばす|仲山進也×矢野和男 AI時代の幸せなチームの作り方

仲山進也
楽天グループ株式会社 楽天大学学長
仲山考材株式会社 代表取締役

シャープを経て、創業期の楽天(現楽天グループ)に入社。2000年に楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」を設立、人にフォーカスした本質的・普遍的な商売のフレームワークを伝えつつ、出店者コミュニティの醸成を手がける。2007年に楽天で唯一のフェロー風正社員(兼業自由・勤怠自由の正社員)となり、2008年には自らの会社である仲山考材を設立、考える材料(考材)をつくってファシリテーションつきで提供している。2016年には「横浜F・マリノス」とプロ契約、コーチ向け・ジュニアユース向けの育成プログラムを実施。「子どもが憧れる、夢中で仕事する大人を増やす」ことがミッション。著書多数。

4月23日に新著 『アオアシに学ぶ「答えを教えない」教え方: 自律的に学ぶ個と組織を育む「お題設計アプローチ」とは』(小学館)を上梓。

画像2: [Vol.2]「お題設計アプローチ」でチーム力を伸ばす|仲山進也×矢野和男 AI時代の幸せなチームの作り方

矢野和男
株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO

1959年山形県酒田市生まれ。1984年早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。同社中央研究所に配属。2007年主管研究長、2015年技師長、2018年より現職。博士(工学)。IEEE Fellow。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から先行して実社会のデータ解析で先行。論文被引用件数は4500件、特許出願350件以上。大量のデータから幸福度を定量化し向上する技術の開発を行い、この事業化のために2020年に株式会社ハピネスプラネットを設立し、代表取締役CEOに就任。ウエルビーイングテックに関するパイオニア的な研究開発により2020 IEEE Frederik Phillips Awardを受賞。

7月8日に新著 『トリニティ組織:人が幸せになり、生産性が上がる「三角形の法則」』(草思社)を上梓。

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