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「幸せ」とは挑戦と能力の間を揺れ動きながら流れに乗る“動的なプロセス”なのだとする「フロー理論」。退屈でも、不安でもない「フロー」な状態を生み出すための、生成AIのよりよい使い方とは?楽天大学学長の仲山進也さんと、日立製作所 フェロー 兼 ハピネスプラネット代表取締役CEOの矢野和男が語り合います。

[Vol.1]「三角形のつながり」で、変化する時代を生きる
[Vol.2]「お題設計アプローチ」でチーム力を伸ばす
[Vol.3]「縄文2.0」と幸せなチーム作り
[Vol.4]フロー理論に学ぶ幸せのあり方

画像: 人の幸せとは何か?人類の普遍的な問いだ

人の幸せとは何か?人類の普遍的な問いだ

動的な幸せの設計

矢野:
人の幸せについての研究の中で、20年ほど前から言われているのにもかかわらず皆さんに知られていないのが、「幸せというのは動的な現象である」ということです。

ミハイル・チクセントミハイが提唱するフロー理論※は、幸せを「挑戦」と「能力」の二軸で捉えています。

ある程度の余裕をもって能力を発揮できている状態は一見すると良さそうなのですが、実はそこから挑戦領域に入って不安を感じたり、緊張したりする体験があるときに力が出てくる。三歩進んで二歩下がるのを繰り返しながら毎日進んでいくのが人間の成長なんです。

「フロー」と聞くと、わき目もふらずに集中できる状態を指すと誤解されるのですが、本当の意味は「流れに乗ること」。外界の変化と一体化して自分も変化していくことを指しているんです。フロー状態を起こすためには「挑戦」と「能力」の二軸の間でスパイラル状に回していくことが大事なんです。

LLMやトランスフォーマー※も、正しい言葉を生むことをやめ、流れに乗った言葉を生むようになった結果、あんなに急に賢くなったんです。それまでも自然言語処理を研究している人は世界中にいて、彼らは「正解」のパターンをたくさん入れることで賢くするというアプローチで何十年もやってきたわけです。ところがトランスフォーマーになった瞬間、正しいか間違っているかではなく「正しい流れに乗る」ことが重視されるようになりました。次の単語を流れに乗って生み出し、選ぶことをシャクトリムシのようにやっていくことが求められるようになったんです。

人生も同じです。チクセントミハイ先生も、「環境はあなたの思いのままにはならないし、どんどん変わる。その中で流れに乗りなさい」と言っています。流れの中で、時には緊張したり、反対に安心したりといったダイナミックがあることがいい状態なんですよ、と。

※フロー理論…フローとは、何かに没頭していて他のことや時間すら気にならなくなるような状態のこと。心理学者のミハイル・チクセントミハイによって理論化された。
トランスフォーマー…文章のような「言葉の並び(シーケンス)」を理解し、別の言葉の並びへと変換する深層学習モデル。翻訳、要約、質問応答、対話など多様な言語タスクに応用されている。ChatGPTをはじめとする現在の生成AIの多くは、このトランスフォーマーを基盤としている。

仲山さん:
生成AIの発達とフロー理論がつながるのは、とても面白いです。私もフロー理論を愛用しています。働いていてモヤモヤするときって、フローの図で考えるとヒントが得られるんです。たとえば、燃え尽き症候群についてフロー図にあてはめてみるとこんな感じかなと思います。

画像: フロー図をベースに燃え尽き症候群を図解(画像は仲山さんご提供)

フロー図をベースに燃え尽き症候群を図解(画像は仲山さんご提供)

仲山さん:
初めは高めの目標を提示されて、不安ゾーンで始まります。目標が上がっていくタイプの組織だと、頑張って達成すると、次の目標が与えられます。そうやってずっと不安ゾーンにいる形で、どんどん上がっていくとします。 不安ゾーンは精神的エネルギーの消耗が激しいので、どこかでエネルギー切れになってしまいます。それが「燃え尽き症候群」です。

次に、やらされ感満載で働いている人はこんな感じですね。

画像: フロー図をベースに「やらされ感」の心中を図解(画像は仲山さんご提供)

フロー図をベースに「やらされ感」の心中を図解(画像は仲山さんご提供)

仲山さん:
最初はさっきと同じく高めの目標が提示され、不安ゾーンからスタートします。目標が上がっていかないタイプの組織だと、同じことを繰り返すうち、いつの間にか退屈ゾーンに突入することになります。しかし、やらされ感満載の人は「同じ給料をもらえるなら、労力が少ないほうがコスパがよい」と考えるので、自分から何か新しいチャレンジしようとはしないはず。結果、ずっと退屈ゾーンで長い時間を過ごすことになります。

不安と退屈の大きな違いは、不安ゾーンにいながら成長する人はいるけれど、退屈ゾーンで成長する人はいないということです。定年まで退屈ゾーンにい続けた人は、セカンドキャリアに困ることになります。

これらとは反対に、夢中体質の人も2パターン考えてみました。

一つは、不安とフローを行き来しながら無理めな目標にチャレンジするのが好きな人。もう一つは、ずっとフローゾーンを進んでいるタイプで、遊んでいる人ってこういうパターンだなと思います。

そもそも遊びとは、何もしないと退屈なので自分を夢中ゾーンに近づけるための活動です。ただ、同じ遊びをずっと続けていると飽きてきます。遊ぶ子どもを観察していても分かりますが、飽きてくると、ルールを難しくしたりする。そうすると、「夢中」の賞味期限が長くなります。

画像: フロー図をベースに「夢中体質の人」を図解(画像は仲山さんご提供)

フロー図をベースに「夢中体質の人」を図解(画像は仲山さんご提供)

仲山さん:
結局、このフローゾーンにいられた時間がどのぐらいあるか、ということがその人の人生の幸せにつながるのかなと思います。「一度入ったら完成」ではないですよね。

矢野:
やはりダイナミックに捉えることが大事なんですよね。これは科学でも同じことが言えます。ニュートンは万物の運動を記述する方程式によって、力と加速度を関係づけ、時系列の動きを予測するという動的な理解の方法を打ち立て、それが科学の大きな転換点となりました。

一方で、心理学や社会学はもっと静的です。そのときの状態をアンケートで尋ね、指標に当てはめて判断しています。唯一、チクセントミハイ先生が、ESM(Experience Sampliging Method)という動的に時系列でデータを取る手法を開発し、人間理解を大きく発展させました。これは単純にアンケートを取るのに比べるとかなり手間がかかりますが、結果のインパクトはかなり大きいです。

流れに乗って、自分の枠を超えよう

矢野:
最近読んだ『Think Bigger』というシーナ・アイエンガーさんの著書の中で、「イノベーションは違う領域のアイディアを活用することだ」という話が印象に残っています。

一番いい例がトヨタ生産方式の話です。アメリカの自動車工場に視察に行った際に立ち寄ったスーパーマーケットで、在庫を持たずに品物が流れている仕組みに圧倒されて、あのJUST IN TIMEが生まれたそうなんです。そんなふうに、自分が作っている枠を超える機会は意識的に作ることができるし、生成AIによってますます作りやすくなっていると感じています。

あまり人間らしくない、人と調整したり、チームを作って向き合う必要のないようなことはどんどん生成AIとやればいいし、本当に挑戦が必要な場面では、囚われているものの見方から解き放つために生成AIを活用して、人間の能力を拡張していけばいいんです。

よく「生成AIでこれからの働き方はどうなりますか」と聞かれますが、これ、すべて人間が作っている話なんですよ。「どうなるんですか」ではなく「どうしたいですか」なんです。もう少し前提から考えていく必要があると感じています。

仲山さん:
生成AIと人間の違いを考えたとき、生成AIには「こうしたい」がないですよね。生成AIができないことをやるのが人間の価値だとすると、「こうしたい」という意志にしか価値がなくなります。

そのためには「自己中心的利他」という考え方が大事だと思っています。 「やりたい」「得意」「喜ばれる」が3つ重なっている状態でいると、夢中でい続けられやすいし、 幸せでもいられやすい。やりたくないことや苦手なことには没頭しにくいですし、喜ばれないと「やめろ」「遊んでないで仕事しろ」と言われてしまうからです。

画像: 「自己中心的利他」の構造(画像は仲山さんご提供)

「自己中心的利他」の構造(画像は仲山さんご提供)

矢野:
「流れに乗る」というのはまさにこういう感じのことを言うんだと思います。これまで長いこと標準化がもてはやされてきましたが、流れに乗ることと標準化って相性が悪いですよね。そうではなく、波が来たらしのごの言わずにちゃんと動くことが大事ですね。

仲山さん:
波の形は毎回違いますし、波の乗り方の最適解も人によって違いますから、ちゃんと波を見て、動いていくことが必要になりますね。

矢野:
大事なのは波の乗り方ではなく見方ですね。そこはどんどん生成AIから学んだらいいですよ。

画像: 幸せな働き方とは?生き方とは?答えもまた、日々変化していくのだろうか

幸せな働き方とは?生き方とは?答えもまた、日々変化していくのだろうか

画像1: [Vol.4]フロー理論に学ぶ幸せのあり方|仲山進也×矢野和男 AI時代の幸せなチームの作り方

仲山進也
楽天グループ株式会社 楽天大学学長
仲山考材株式会社 代表取締役

シャープを経て、創業期の楽天(現楽天グループ)に入社。2000年に楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」を設立、人にフォーカスした本質的・普遍的な商売のフレームワークを伝えつつ、出店者コミュニティの醸成を手がける。2007年に楽天で唯一のフェロー風正社員(兼業自由・勤怠自由の正社員)となり、2008年には自らの会社である仲山考材を設立、考える材料(考材)をつくってファシリテーションつきで提供している。2016年には「横浜F・マリノス」とプロ契約、コーチ向け・ジュニアユース向けの育成プログラムを実施。「子どもが憧れる、夢中で仕事する大人を増やす」ことがミッション。著書多数。

4月23日に新著 『アオアシに学ぶ「答えを教えない」教え方: 自律的に学ぶ個と組織を育む「お題設計アプローチ」とは』(小学館)を上梓。

画像2: [Vol.4]フロー理論に学ぶ幸せのあり方|仲山進也×矢野和男 AI時代の幸せなチームの作り方

矢野和男
株式会社日立製作所 フェロー 兼 株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO

1959年山形県酒田市生まれ。1984年早稲田大学物理修士卒。日立製作所入社。同社中央研究所に配属。2007年主管研究長、2015年技師長、2018年より現職。博士(工学)。IEEE Fellow。1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功し、ナノデバイスの室温動作に道を拓く。2004年から先行して実社会のデータ解析で先行。論文被引用件数は4500件、特許出願350件以上。大量のデータから幸福度を定量化し向上する技術の開発を行い、この事業化のために2020年に株式会社ハピネスプラネットを設立し、代表取締役CEOに就任。ウエルビーイングテックに関するパイオニア的な研究開発により2020 IEEE Frederik Phillips Awardを受賞。

7月8日に新著 『トリニティ組織:人が幸せになり、生産性が上がる「三角形の法則」』(草思社)を上梓。

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