
対談は、伊藤さんがリノベーションを手がけた「泊まれる出版社 真鶴出版」で行われた
2035年の社会を選択する
丸山:
いま開催中の大阪・関西万博で、私たち日立は「未来の都市」パビリオンに協賛し、KDDIと協力して2035年の未来を描く「Society 5.0と未来の都市」の展示を行っています。社会インフラを提供する企業として、私たちには市民が望む社会を想定して製品やシステムをつくることが求められていますが、近年はさらに一歩踏み込んで、市民と一緒に考えていく必要が出てきています。そこで、万博のパビリオンでも、「みんなで一緒につくっていく街ってどんなことなんだろう?」という問いを一つの切り口としています。
伊藤さんにも現地で体験していただいた「Mirai Theater(ミライシアター)」は、参加者がそれぞれありたい社会の方向性を選び、シミュレーションしていくというものです。実際に体験されてみて、どんなことを感じましたか。
伊藤さん:
スマートフォンなどの個人の端末とスクリーンが連動していて、ゲームのような仕立てが面白かったですね。子どもたちもたくさんいましたが、楽しそうにやっていましたよ。一つの問いに対して、ABC3つの選択肢から未来の姿を選んでいくんですが、最初はけっこう答えが偏るんじゃないかと思っていたんです。「みんな当然Aを選ぶだろう」などと思っていると、出てくる結果は案外きれいに3つに分かれていたのが興味深かったです。これだけ意見が拮抗するということは、自分のちょっとした選択で社会が変わる余地があるんだなと感じました。
「2035年の未来について考える」というテーマそのものも面白かったですね。考えてみるといまは本当に予測がつかない社会になっていますから、たとえば次の万博が行われるかもしれない50年後からバックキャストしたとして、そこにリアリティがあるかというと多分難しい。10年後という直近の未来について考える体験はとても新鮮でした。

大阪・関西万博「未来の都市」パビリオンの感想を語る伊藤さん
主客の曖昧さが新しい人の流れを生む
丸山:
伊藤さんは、建築設計にとどまらず、さまざまな領域で地域の人たちに伴走しながら、まちづくりに関わっていらっしゃいます。これまでどんな体験をされてきたのですか。
伊藤さん:
同じ大学院に通っていた冨永美保さんと「トミトアーキテクチャ」という設計事務所を横浜に立ち上げました。東日本大震災の後だったこともあり、地域の中に人と人がつながる場所をつくることに社会の関心が向いていた時期です。
会社を設立してすぐに、「CASACO」という横浜市内のシェアハウス兼シェアサロンづくりに関わりました。もともと二軒長屋だった場所を改修してシェアハウスをつくり、1階のサロンは、シェアハウスの住民たちのリビングでありながら、地域の人も利用できる形にしました。たとえば、平日の日中にお母さんたちが未就学児のための集まりを開いたり、週末には人が集まる小さなイベントが開かれたりと、住宅地のリズムに合わせて多様な開き方ができる形をめざしました。
CASACOが生まれて、住民の人たちが「長年やってみたかった」というお菓子教室や週末バーを開催する、といった動きも出てきました。地域では「◯◯さんちのお母さん/お父さん」として暮らしている人が、その人自身の個性を発揮し、地域に還元する流れが生まれています。昨日はお客さんだった人が翌週にはサービスする側に回る、といった良い意味での主客のあいまいさも特徴的です。

建築家としてどのようにまちづくりに関わってきたのか?伊藤さんに問いかける丸山
街をオープンにしていく
丸山:
伊藤さんが真鶴に関わるようになったきっかけは?
伊藤さん:
今日お邪魔している真鶴出版の川口瞬さん・來住(きし)友美さんご夫妻に声をかけていただいたことがきっかけです。私たちはCASACOでスナックの真似事みたいなことをしていたんですが、そこにお二人がふらっと来てくださったんです。
川口さん來住さんは、2015年に真鶴に移住して以来、移住者の視点で真鶴の文化を掘り起こして小さな本やWebで発信するのと同時に、Airbnbで宿泊の受け入れもされていたんです。目の前の空き家を使って何かできないかと考えて、同じ神奈川で、同世代で面白い建築をやっているトミトに会ってみよう、と思ってくれたみたいです。
ここはもともと一つの家族が住んでいた住宅なので、面積も80㎡前後しかありません。でも、お二人はここで宿もやりたいし、出版のオフィスとしても使いたいし、書籍やグッズを置くキオスク的なショップもやりたい。始めはひとつの家にそんなにたくさんの機能を詰め込めるのかな?と不安もありました。まあ、通常の建築の考え方でいえば無茶なんですけれども(笑)、でも、たとえばオフィススペースの一部が、時間帯によっては宿泊者が休憩するスペースになる、といった「重なり」を作ればできるんじゃないかと思ったんです。いろんな要素が重なり合ったり、どんなふうにも使えるような作り方は、ある意味新しい建築の形といえるかもしれません。
丸山:
海と山に囲まれた真鶴の街は、文化的には外のものが流入しにくい部分があるかと思います。そうした街のあり方と、オープンさをコンセプトにした建物との間にはギャップがあると思うのですが、どう解消していったんですか。
伊藤さん:
確かにおっしゃる通りで、真鶴は三方を山に囲まれた半島の中にあるので、ある意味街全体が袋小路になっているんです。路地に生活の気配が溢れている空気感も濃密です。よそ者が入っていきにくい雰囲気もあったと思うのですが、そんな中で真鶴町は2015年から移住プログラムを始めました。真鶴は、神奈川県でもっとも高齢化率が高く、また、県内で唯一過疎地の指定を受けています。実際に街なかの商店が次々と閉まり、活気がなくなっていくといった危機感もあって、町の存続の面でも、外に開かれた町へと変わることが必要だったのだと思います。

真鶴には外に開いていく必然性があった、と語る伊藤さん
既存の居住者と新しい移住者をつなぐ
沖田:
地元の人と移住してきた人との関わりは、どんなふうに生まれているんですか。
伊藤さん:
町内には草柳商店という角打ちができる酒屋さんがあって、もともと地元の人が集まる場所になっています。そこが一つの極になっていて、もう一つの極として、初めて真鶴に来た人の玄関口としての真鶴出版があって、両者を焦点とした楕円形の経済圏ができているんです。両者が連携することで、奥行きが生まれているんだと思います。
たとえば、草柳商店ではもう夕方の3時ぐらいから地元の漁師さんが集まって飲み始めていたりします。そこへ、真鶴出版に泊まった宿泊者がふらっと混ざっていく。そこで、すごい体験というか、カルチャーショックが生まれます。さらに、それまで抱えていたことにパッとはまる出来事に出会う瞬間とかがあったりするんです。
真鶴への移住者は、手に職を持っていたり、何か拠点を探していたりする人が多いです。店を始めたくて場所を探していた人が、偶然いい空き家を見つけてピザ屋を始めたり、コーヒー屋を始めたりということが起きています。移住者が始めたお店がぽつぽつと増え始めて、一度は町から消えた書店もいまは4,5軒あって、いい本を置いているんですよ。そんな変化があって、2019年には転入転出による人口の社会増減も増加に転じました。そういう具体的なデータにまで影響し始めているんです。
丸山:
ある意味、公共を維持するためにこれまでの暮らしの場を開いていかざる得ない状況になっていた中で、既存の居住者のコミュニティと新しい移住者のコミュニティをつなぐ仕掛けを作ったことが、それが町に変化をもたらしたということでしょうか。
伊藤さん:
あとは、純粋に楽しいんですよね。草柳商店に行くと、既に飲んでいた地元の人と話したり、一緒にお酒を飲んでいるうちにギターとか弾いてもらったりと、すごく楽しい出会いがあって、「歓待」を受ける経験は来訪者にとって大きい。それは地元の皆さんが他者と出会うことに楽しさを感じ始めたという部分もきっとあるでしょうし、真鶴出版としても、「町を元気にしたいから」といった動機ではなく、単純に自分たちが良いと思うものを紹介したいとか、自分の生活をより楽しくしたいといった動機の方が大きいと思うんです。そういうことの重なりが、結果的に人口増のような町の変化につながったのではないでしょうか。

「いいものを紹介したい」という思いが動機となり、変化が生まれる
――真鶴町では、住民が街の理想像を見つめ直し、「美の基準」という条例が生まれました。その背景には、クリストファー・アレグザンダーの「パターン・ランゲージ」の思想があります。Vol.2では、「美の基準」を基盤にした伊藤さんの真鶴での実践と、万博「未来の都市」プロジェクトにおけるパターン・ランゲージの活用について語り合います。
取材協力/真鶴出版
![画像1: [Vol.1]万博「未来の都市」と地域実践│未来は自分で変えられる!市民主体のまちづくり](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/09/13/f1225091ee9966e9f8598bcfef1fa421f7951dff.jpg)
伊藤 孝仁
建築家。AMP/PAM(アンパン)代表
1987年東京生まれ。2012年 横浜国立大学大学院Y-GSA修了。乾久美子建築設計事務所を経て2014年から2020年までトミトアーキテクチャを冨永美保と共同主宰。2020年から2025年までアーバンデザインセンター大宮[UDCO] デザインコーディネーター。2020年より現職。
空き家改修による地域拠点づくり、郊外の駅前広場の設計、ランドスケープの回復など、「社会的資源の創造的修復」を多様な主体とともに考え実践する。主なプロジェクトに『真鶴出版2号店』『氷川神社ゆうすいてらす』『農家住宅の不時着』『群馬総社駅西口駅前広場基本設計』がある。
![画像2: [Vol.1]万博「未来の都市」と地域実践│未来は自分で変えられる!市民主体のまちづくり](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/09/13/8e6501b608f4c969223a1ba461350b08d24af5a7.jpg)
丸山 幸伸
株式会社日立製作所研究開発グループDigital Innovation R&D
デザインセンタ 主管デザイン長 兼 未来社会プロジェクト プロジェクトリーダ
武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科教授
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。
![画像3: [Vol.1]万博「未来の都市」と地域実践│未来は自分で変えられる!市民主体のまちづくり](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2025/09/13/b9c0a8e1d655a42c72c38bf9961b9635c39e88d6.jpg)
沖田 英樹
日立製作所 研究開発グループ 未来社会プロジェクト
サブリーダ
日立製作所入社後、通信・ネットワーク分野のシステムアーキテクチャおよびシステム運用管理技術の研究開発を担当。日立アメリカ出向中はITシステムの統合運用管理、クラウドサービスを研究。2017年から未来投資本部においてセキュリティ分野の新事業企画に従事。2019年から社会イノベーション協創センタにおいてデジタルスマートシティソリューションの研究に従事。同センタ 価値創出プロジェクト プロジェクトリーダ、同センタ 社会課題協創研究部 部長を経て、現職。