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研究開発グループのメンバーが普段の生活で、どのようなことを考え・感じているのか、個々人の注目するモノやコト、それに対する価値観を覗き見るコンテンツ、Che・ke・la・bo(ちぇけらぼ)。
今回は、幼少期からケニアなど多くの国で過ごし、現在はデザインの視点から社会課題に取り組む日野水聡子さんが、「違っていても伝わる」言葉の面白さや、さまざまな文化の交差点で感じてきたことを語ります。
画像1: 「ちゃんと伝わる」とは?文化の違いを解きほぐす|Che・ke・la・bo

日野水 聡子
研究開発グループDigital Innovation R&DデザインセンタUXデザイン部
主任デザイナー

日本、デンマークでグラフィックデザイナーとして勤務ののち、文化庁新進芸術家海外研修員として派遣、Aalto大学 MA in Department of New Media修了。フィンランドでUXデザイナーとして勤務後、日立製作所入社。現在、ヘルスケア、公共分野などでのサービス創出を目的とした国内外の顧客協創活動を推進。

ケニアで過ごした子ども時代

子ども時代で特に心に残っているのは、7歳から9歳の間に過ごしたケニアでの暮らしです。当時は子ども向けのテレビ番組もインターネットもなく、母が引っ越しの荷物と一緒に送った400冊ほどの本をひたすら繰り返し読んでいました。中でも覚えているのは「若草物語」です。さすがに同じ本ばかり読んでいるのも飽きてきて、しょうがないから植物図鑑でも読もうかと思ってふと手に取ったら図鑑じゃなかった(笑)。待ち望んだ新しい本でかつ面白くて、その日からはしばらく天国でしたね。クリスマスプレゼントなどで、祖母に日本から新しい本を送ってもらうのも楽しみだったのですが、配送料金も高かったので、そうたくさんは頼めません。検索ができるわけでもないので、新しい本の情報は、手元にある本の見返しについている「既刊情報」の一覧が頼りでした。3行ぐらいの紹介文、それもないときはタイトルを何度も読み込んで、いちばん面白そうな本を吟味して、送ってもらっていました。限られたリソースの中で、せいいっぱい楽しんでいました。

数十年後、仕事でケニアを再び訪れることになりました。日立社内のビジネスプランコンテスト「Make a Difference!」で、アフリカの人たちのヘルスケアデータの分析結果をもとに生活習慣病の患者を減らしていこうとするアイデアについて同僚と応募しました。嬉しいことに、そのアイデアが最優秀賞となり、ケニアに出張することになったのです。首都のナイロビにはおしゃれなクラフトビールのお店ができていて、街の発展を実感しました。また、誰もがスマートフォンを当たり前に使っていますし、モバイルマネーなども広く普及しています。私が幼い頃住んでいたキスムにも再訪し、当時よく買い物をしていたローカルな市場へ行ったのですが、外見は当時と全く変わっていなかったのに、バナナを買おうとしたらスマホで決済となっていて、驚きました。本当にデジタル技術が社会を変えているんだと実感した出来事でした。

キャッシュレス決済が広まることは、銀行口座を作れない人も少額の小規模ビジネスを起こすことができるようになるなど、社会課題の解決にもつながっています。社会は一気に変わるのではなく、生活の中に変化がじわじわと取り込まれていくものなんだなと感じました。

画像: 出張で再び訪れたキスムのマーケット

出張で再び訪れたキスムのマーケット

古池に蛙は何匹?

大学卒業後、グラフィックデザインの道に進みました。日本でデザイナーとして働いたのち、デンマークの企業に就職しましたが、その後フィンランドの大学院に入学してUXやサービスデザインを学び、現地で就職しました。北欧二か国で暮らして、北欧諸国の人々が持っている自国・他国の典型イメージが何となく分かってきたのは興味深かったです。デンマークは現実的で新しいものに抵抗がない、スウェーデンはおしゃれでスマート、ノルウェーはお金持ち、そしてフィンランドは控えめ、といったイメージがあるようです。デンマークで驚いたのはプレゼントにレシートを付けて渡すのがわりと一般的だということ。「気に入らなかったら好きなものに変えてね」と言われるんです。一方でフィンランドではプレゼントを渡すときに「つまらないものですが」と謙遜して渡すようなところがあり、似ているようで違うお国柄を実感しました。

国をまたいで生活すると、言葉の違いだけでなく、その奥にある価値観の違いを肌で感じることができます。だからこそ、どんな言葉で何を伝えるかがすごく重要です。日々の生活を通じて、グラフィックや言葉において、「ちゃんと伝わる」ってどういうことだろう?という問いがずっと頭の中にありました。

大学時代には国文学を専攻していましたが、卒論は「俳句の英訳」をテーマにしました。俳句の英訳には歌としてのリズムを重視するものもあれば、意味を優先するものもあります。訳によって日本語の元の句とはかなり違う内容になっているものもあって、それがまた面白かったですね。

たとえば、「古池や蛙飛び込む水の音」の英訳はいくつか出ていますが、「frogs jumping into the pond」というふうに、蛙が複数形で出てくるものがあります。どういうことかというと、蛙が何匹もポチャポチャポチャッと飛び込んでいる、楽しげな風景を想像しているようなんですね。でも、日本人でそういう想像をする人はほとんどいないでしょう。一匹の蛙がポチャンと飛び込んで、あとは静けさが広がっている、という情景がうかぶのではないでしょうか。なぜこうした違いがでてくるのか。いろいろ考えられると思いますが、ひとつには、共同体ごとに共有されている文化や暗黙知があるからです。このように、言語とその土地の文化、表現の関係性に興味が尽きません。

意味と感覚にブリッジをかける言葉を

最近の読書ではっとしたのが、今井むつみさんの『学力喪失 認知科学による回復への道筋』です。本によると、いま、問題の解き方を丸暗記はしているけれど、その意味が分かっていない子どもが増えているんだそうです。たとえば「砂糖一粒は自分にとって重さを感じないから0gだ」という子どもがいて、それは「ものには重さがある」という抽象的な理解ができないからだそうです。そこへ、「その砂糖をアリさんが運んだらどうか?」という問いかけをしてブリッジをかけてあげることで、「アリさんが運んだら重いだろうから、自分にとっては重くなくても重さはあるのかもしれない」と考えられるようになるんだそうです。表面上の意味を抽象化し、第三者も理解できるようにブリッジをかけることが、私の仕事にも求められているのかもしれません。今は社会課題解決に関係する仕事をしていますが、やはり、自分の生活から遠く、なかなか実感が湧かない社会課題を「これは自分ごとかも」と思ってもらうには、ブリッジとなる言葉を届けることが必要だと感じています。

言葉でも、デザインでも、社会課題へのアプローチでも、違うもの同士が言いたいことを伝え合うためのサポートに挑戦しているのかもしれません。それぞれの「違い」の奥にあるものを解きほぐしながら、これからも意味と表現の間にさまざまなブリッジをかけていきたいと考えています。

編集部より

画像2: 「ちゃんと伝わる」とは?文化の違いを解きほぐす|Che・ke・la・bo

いつも穏やかで、にこやかな日野水さん。これまでに世界のいろんな国で過ごし働いていた経験があるからこそ、多様な人や文化への理解が深く、社会課題を自分事と捉えて活動されている、実はとても熱い方…!なんだと感じました。【編集H 記】

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