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極地や宇宙──それは、人類にとって未知のフロンティアであると同時に、想像力が試される場所でもあります。南極や模擬火星環境で1000日以上の「生活」を重ねてきた極地建築家 村上祐資さんと、極地や未踏圏で活動できるロボットの研究開発に挑む日立製作所 研究開発グループの木村宣隆。専門の異なる二人が向き合ったときに浮かび上がったのは、私たち自身が無意識に作ってしまう「想像の壁」でした。
画像: 極地建築家として、過酷な環境での「暮らし」を体験してきた村上祐資さん

極地建築家として、過酷な環境での「暮らし」を体験してきた村上祐資さん

「冒険」ではなく「生活」を設計する

木村:
村上さんの肩書きは「極地建築家」となっています。「冒険家」とは違うのでしょうか。

村上さん:
僕はスポーツが苦手ですし、冒険したいというタイプでもありません。でも、将来、人類がまだ開拓していないような土地や、月・火星など地球外の場所に住むことになったとき、どんな「家」が必要なのかということに興味がありました。そこで、人が住めない「極地」に行って、実際に暮らしてみながら「いい住まい」について考えるという実践を続けてきました。

木村:
なるほど。極地に「行くこと」ではなく、そこで「暮らすこと」が目的なのですね。

村上さん:
冒険家は極地に「到達すること」をめざしますが、僕はその先にある「普通の生活」を設計したいんです。極地に住むってことは、何か理由が発生したからこそなんですよね。そこで生活をしなくてはいけないからこそ、最低限の生活ではなく普通の生活をどう実現できるのか。その場所で暮らしてみないとわからない苦労があるので、極地に行っていますが、僕も本当は行きたくないんですよね(笑)

木村:
それは意外でした(笑)

村上さん:
木村さんは、ロボットの研究をされていると伺いましたが、何かきっかけがあったのでしょうか。

木村:
2005年に入社した当時、「社会が変わるとき、変えるのは日立でありたい」というキャッチフレーズがあったんです。私も社会を変えるような新しいものを作りたいと思って、ロボット研究の道を選びました。

ロボットビジョン、つまりロボットの「目」となる認識技術の研究をしていて、倉庫の中で動くロボットからスタートしました。工場の製造ラインのような作り込まれた環境であれば、ロボットはプログラム通りに動けばいいのですが、物流倉庫の集品作業のように扱うものが頻繁に変わる場合には、ロボット自身が周囲を見て、判断しなければなりません。

村上さん:
そうした自律的なロボットから発展して、いまは極地でも動けるロボットを研究しているんですね。

木村:
そうですね。極地や未踏圏、例えば宇宙や南極、砂漠のような場所で活動できるロボットを作ろうとしています。最近のトレンドは、人間が行っている作業を自動化することで、人の動きを模倣するようなヒューマノイドロボットが注目されています。私たちはそこから少し離れて、人ができないことを、AIを活用したロボットで解決するという視点で研究を進めています。極地や未踏圏で、人間には不可能なことをロボットに実行させて、既存の産業を飛躍的に発展させたり、新たな産業の基盤を構築したりするために、どんなロボットシステムが求められるのかを、ゼロから考えようとしています。

画像: 日立製作所 研究開発グループでAIを活用したロボットの研究開発に取り組む木村宣隆

日立製作所 研究開発グループでAIを活用したロボットの研究開発に取り組む木村宣隆

「想像の壁」という最大の制約

木村:
極地や宇宙に向けたロボットを開発するため、村上さんのような現場を知る人の視点が非常に重要だと考えています。村上さんが実際に現地で生活して感じた、極地ならではの「制約」とはなんでしょうか。

村上さん:
僕の感覚は、一般的な宇宙開発や南極観測のイメージとズレているかもしれませんが、最大の制約は「想像の壁」だと思っています。

木村:
想像の壁、ですか。

村上さん:
例えば、火星に行こうとするとき、その計画は、まだ誰も行っていない「想像上の火星」に基づいています。「きっと水がないから困るだろう」「きっと寒いだろう」という研究者の「きっと」の集まりで計画が進んでいます。その対策はもちろん行われますが、生活という視点で見ると、本当に困るのは別なことだったりする。人間が想像できない課題への対策は、抜け落ちてしまうんです。

木村:
ああ、すごくわかります。技術開発でも似たようなことが起こります。誰も想像していない課題は、そもそも開発の対象に入ってこないんですよね。

村上さん:
そうなんです。誰も検討していない小さな不便や人間関係の機微みたいなものは、想像するのが難しいから、対策もされずに現地に持ち込まれてしまう。具体的な話をすると、月への輸送コストは「1kgあたり2億円」とも言われます。そこでは、軽量化がなによりも重視されて、「多少重い部材でも、快適な空間のほうがいいですよね」と提案しても「そんなコストはかけられない」と相手にされません。

木村:
確かにそのコスト感だと、軽量化が最優先になるかもしれませんね。

村上さん:
月ならば、まだいいんです。月にたどり着いても、10日間くらいで地球に戻ってくることができるので。でも、火星の場合は、たどり着いてから数年は帰ってこられません。そうなると、火星の生活で生じる課題を本気で考えるべきなんですが、閉鎖隔離された環境のなかで暮らしをつなぎ続けていく難しさについて、そこまで想像力を広げて考えている研究者は非常に少ないんですね。

画像: 人間の暮らしの「原点」に関心があるという村上さん

人間の暮らしの「原点」に関心があるという村上さん

「動いてなんぼ」の泥臭いリアリティ

木村:
その話は、ロボット開発の現場とも非常にリンクしているように感じます。研究開発でも「ここが技術の肝だ」という一点突破の性能ばかりを追求してしまうことがあります。でも、いざ現場に持っていって動かそうとすると、想像していなかったトラブルで全体が止まってしまう。画期的な新技術を作っても、現場のリアリティに即していなければ、役に立たないんですよね。

村上さん:
リアリティといえば、僕は南極観測隊に参加する前に、建設機械のリース会社に飛び込んで、3年ほど働いていたことがあるんです。

木村:
えっ、建設機械の会社ですか。

村上さん:
当時、僕は建築を研究する大学院生だったんですが、理論中心で実地の経験がほとんどありませんでした。極地の生活を体験したいなと南極観測隊の記録を調べたら、一番困っているのは「機械の故障」だとわかりました。南極での観測や研究を支える発電機や雪上車が壊れたら命に関わるからです。だから、建設機械の会社に行って「バイトで雇ってください」と頼み込んだんです。

木村:
すごい行動力ですね。

村上さん:
最初は「博士課程の学生がなにしにきたんだ、冷やかしだろ」と門前払いされそうになったんですが、「なんでもします」と言って、入れてもらいました。そして、根性試しじゃないですけど、特にきついと思われる仕事をまかされました。

木村:
きつい仕事というと、なにをまかされたんですか。

村上さん:
最初にふられたのは、仮設トイレをきれいにする仕事です。油圧ショベルを使って、トイレの汚泥を処理する作業から始まりました。でも、油や汚泥にまみれて汗をかいた時間は、すべて学びでしたね。そうやって体を使って機械の扱い方を学びながら、南極に行くための準備をしていました。

木村:
すごい体験ですね。まさに「現場のリアリティ」を感じます。ロボットも、研究室できれいに動くだけではダメで、現場で動いて初めて価値が出る。たくさんの技術者が必死でセットアップして、ロボットが実際に役に立つようにしていくんですよね。

村上さん:
極地の開発が難しいのは、現場のリアリティを肌で知っている人間が、研究開発する側にほとんどいないことです。そこには「想像の限界」があって、ぽっかりと抜け落ちてしまう部分がある。僕たちは、そのことをもっと自覚する必要があると思います。

──極限の閉鎖空間では、過酷な環境以上に、人間の心理がチームの行方を左右します。次回は、「不安」と「不満」という感情に焦点を当て、極地で人とロボットがどのような関係を築きうるのかを考えます。

画像: 極地におけるリアリティをめぐって、議論が盛り上がった

極地におけるリアリティをめぐって、議論が盛り上がった

取材協力/Studio ART SCHOOL U

画像1: [Vol.1]人間の想像が及ばない極地のリアリティ|極限環境で問われるAI×ロボットの可能性

村上 祐資
極地建築家/NPO法人 FIELD assistant 代表

宇宙や南極、ヒマラヤなど、厳しい環境のなかの暮らし方を研究するため、さまざまな極地の生活を踏査してきた。2008年に第50次日本南極地域観測隊越冬隊員として地球物理観測に従事した後、模擬火星居住実験や模擬宇宙船生活実験に参加。習慣を奪われる場所での生活のあり方を、実際の体験を通じて検証している。

画像2: [Vol.1]人間の想像が及ばない極地のリアリティ|極限環境で問われるAI×ロボットの可能性

木村 宣隆
日立製作所 研究開発グループ Next Research ロボティクスプロジェクト リーダ主任研究員

2005年の入社以来、主に物流倉庫内のロボットの研究に取り組んできた。現在は、今後のエネルギーや食料のニーズ増大の可能性を踏まえ、極地・未踏圏を開拓できる作業リソース基盤の確立に向けて、AIを活用しながら、過酷な環境でも作業できるロボットを開発しようとしている。博士(工学)

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