
長沼健
研究開発グループ Digital Innovation R&D システムイノベーションセンタ セキュリティ&トラスト部 主任研究員
2007年日立製作所入社。暗号・認証・ブロックチェーンに関するセキュリティ技術の研究開発に従事。
2024年まで北米(カリフォルニア州サンノゼ)のシリコンバレーに勤務。現地でボディビルディングの大会に出場し、優勝。カリフォルニアチャンピオンとして、ラスベガスで開催された世界大会に出場した。
赴任先のアメリカで始まったボディビル人生
「ボディビルディングはヒューマンビルディングである」。
敬愛するボディビルダー、マッスル北村さんの言葉です。ボディビルは筋肉の大きさを競う競技だと思われがちですが、実際にステージの上で僕たちがさらけ出しているのは、そこに至るまでの過程、もっと言うと、人生そのものなんです。
筋肉への憧れはずっと前からありました。さかのぼると、原点は、小学生の頃テレビで見たマッスル北村さんの存在です。大きく盛り上がった筋肉に、浮き出る血管、日焼けして光る肌が印象的で、「世の中にこんな人がいるのか」と、子どもながらに衝撃を受けたことを覚えています。本格的に筋トレを始めたのは、成人してからだいぶ後、コロナ禍で在宅勤務になった頃のことです。それまでも定期的にサッカーやフットサルなどを楽しんでいましたが、そうした運動の機会が一気になくなってしまって、「これはまずいな」と近所のジムに通い始めたのがきっかけでした。
そして、僕のボディビル人生の最大の転機となったのが2022年のアメリカ赴任です。アメリカはボディビルの本場です。「せっかくアメリカに行くなら、いま始めなくてどうする」と腹をくくり、赴任した半年後に開催されるボディビルの大会にエントリーし、アメリカに着いて早々にトレーニングを始めました。実は、アメリカでの住まいも「ジムまで歩いて通えるかどうか」を最優先にして決めたんです(笑)。アメリカはボディビルのための環境としては最高です。ジムはたくさんありますし、どこも広くて器具が多く充実しています。スーパーに行けば、脂肪分を極限まで落とした牛ひき肉や、プロテインバーがずらっと並んでいます。日本だと「減量=鶏むね肉」になりがちですが、選択肢が圧倒的に多いのは嬉しかったですね。
しかし、ボディビルに打ち込む環境が整っているアメリカといえども、食事制限はつらいものです。ボディビルで一番苦しいのは、実は、トレーニングではなく、減量なんです。減量の方法は意外とシンプルで、とにかく摂取カロリーを減らしていくこと。トレーニングはみんな大好きなのでどんどんやるんですが、この食事制限が本当にきついですね。多くのボディビルダーが、大会までの半年間、 カロリーを少しずつ削っていきます。僕も、大会直前には1日の摂取カロリーを1,500キロカロリー程度まで落としていました。食事の誘惑を断ち切るために、旅行や外出を控え、家族との食事時間までずらして、とにかく自分の決めた食事を貫きます。常にお腹が空いている状態ですから、イライラもするし、人によっては頭が回らなくなって車の運転ができなくなったり、仕事が手につかなくなる人もいるぐらいです。生活に支障をきたしながら、それでもストイックに自分の目標に向き合い続けるんです。そんな風変わりな生活を理解してもらうためには、家族や会社の仲間とのコミュニケーションも必要不可欠です。ボディビル大会当時に披露する体は、そうした日々の積み重ねによって形作られます。「人生をさらけ出す」というのは、そういう意味です。我々が競っているのは筋肉ではなく、人生そのものなんです。
時間をかけ、戦略的に体を作り込む
僕に限らず多くのボディビルダーが、参加する大会の傾向把握と対策を徹底的にやり込んでいます。まず、審査員がどんな体を評価するのかを知るために、事前に他の大会を見に行きます。審査の様子を見て「サイズより絞り重視だな」と分かれば、そこに合わせて自分の体を仕上げていきます。ボディビルは筋肉の大きさだけが評価されるわけではありません。多くの大会では、極限まで脂肪を落とす「絞り」が評価の対象になります。絞れている体は、筋肉のカットや血管の浮き方が段違いです。素人目には同じような「ボディビルの人」に見えても、僕たちからすると、絞れているかどうかは一目瞭然です。さらに難しいのが、大会当日までのスケジューリングです。実は、僕たちは大会直前まで減量し続けるわけではありません。筋肉にグリコーゲンを溜めるために、2日前くらいから急に食べ始めます。このタイミングを間違えると、しぼんだ体でステージに立つことになってしまいます。そうした繊細な食事の調整も、すべてはステージに立った瞬間にピークを持っていくため。ステージに立つと、これまでの苦しかった日々が、全部一気に報われるような気がします。他の選手の体を見ても、「ああ、この人もしんどかったんだろうな」と自然に分かります。大会の開始直前はお互いにギラギラしていても、終了後は、同じ苦労を乗り越えた者同士の不思議な連帯感が生まれます。表彰式の後、同じステージで競い合ったライバルからもらったドーナツの味は忘れられません。
赴任直後にエントリーしたボディビルのカリフォルニア大会では、初出場にもかかわらず優勝し、その結果カリフォルニア代表として世界大会にも出場しました。会社では部署ごとに社外から表彰された研究テーマなどを報告する機会があるのですが、そんなわけで、この年のリストの中には1件だけ「ボディビル世界大会出場」という変わった項目が紛れ込んでいます。仕事とは一切関係ないですが、同僚の皆さんがお祝いとしてリストに入れてくれました(笑)。

ステージ上の体にも表情にも、その人自身の生き方が現れる
編集部より

日本に戻ってからご家族にボディビル禁止令を言い渡されたとのことで、「いまは人前では脱げない体になってしまった」と嘆いていた長沼さんですが、アメリカに行ったことでプライベートはもちろんのこと、研究者としても生き方や考え方が変わり、得るものが多かったと話してくれました。【編集C 記】



