[Vol.1] AIが問い直す「優秀な人財」の定義
[Vol.2] AIが持てない「物語を感じる力」

池谷さんと小池は、これまで研究してきたテーマが「ヘルスケア」の領域という点で共通する
大切なのは「ワクワクする感覚」
小池:
今までは、研究を進めるためには、さまざまな知識に加えて発想力、分析力、そして論理的思考が求められてきました。着眼点や独創性においては、なお人間の強みが大きい一方で、発想の広がりを得ることや、実験結果の考察、論文化といった多くの点でAIは研究者を大きく支える存在になりつつあります。こうした時代に、これからの研究者にとって、最も大切な資質は何だと思いますか。
池谷さん:
感性や創造性も大切ですが、特に必要なのは「物語を感じる力」ですね。新しい発見に対して「これって面白いね」とワクワクする感覚は、人間ならではのものですから。AIが代わりに発見してくれても構わないんですよ。でも、その発見に感動する力は持っていなければならないと思います。
小池:
新たな発見に感動し、それをナラティブ(物語)として語りながら、みんなで同じ方向に向かっていくということですね。ただ、感受性は経験に基づいて形成されているものだと思います。皆が同じような感受性は持っていませんよね。
池谷さん:
ちょうど先日、私の周りで「感受性」が話題になりました。感動も危機感もない人がいるけれど、そもそも感受性ってなんだろうね、と。感受性は育ちや経験、知識によって形作られるものだと思いますが、今まさに生成AIが、私たちの感受性を少しずつ「いじっている」のかもしれません。
小池:
生成AIが普及して経験が変わっていくと、おそらく感受性も変わっていくのでしょうね。
池谷さん:
いったい何に価値を感じるのか、世代間でどんどん異なるようになっていくでしょう。「生成AIネイティブ」の若者たちの感受性は、私たちが理解しようとしても理解できないものになるかもしれません。感性が別世界となり、会話が部分的に成立しなくなるということも、あり得ると思います。
小池:
会話が成立せず、理解し合えないまま放置すると、知らないうちに、社会の分断などの社会課題に繋がってしまいますね。
池谷さん:
そこが問題ですよね。でも、私は楽しみでもあるんですよ。新しい世代の人たちが、どんなふうに社会に適応していくのか。今とは全く違う常識が生まれると思うし、その変化に立ち会えるのは面白い。ただ、そのためにも何もしないで放置するのではなく、社会の中に、異なる価値観が交差する場を作っていくことが大切だと思っています。

「感動する主体が自分にないといけない」と指摘する池谷さん
「人間は人間が好き」という真理
小池:
生成AIは私たちのさまざまな問いに対して多様な回答を出してきますが、最終的に選択するのは人間です。人間の感性の役割はどう変わると思いますか。
池谷さん:
感性は、その人がどんな経験をしてきたか、普段どれだけ深く考えているかに大きく依存します。だから、生成AIがあるからもう何もしなくていい、とは到底思えません。
小池:
それはさまざまな分野で言えることだと思います。色々な回答を生成AIが出しても、その回答がどう使えるのか深く理解し、判断する能力、実装する能力が人間側にないと、その回答を十分に活用することは難しいと思います。AIをどう活用するのか、個人の認識や意識も重要になってきますよね。
池谷さん:
そうなんです。例えば、昨年、ある川柳コンテストが「AIの作品と区別がつかない」という理由で中止になったニュースがありましたが、私はもったいないと思ったんですよ。
小池:
それはなぜでしょうか。
池谷さん:
AIを使うことを許可すれば、ならば応募してみようと、参加者が増えるはずです。川柳の裾野が広がり、文化は醸成されるはずです。しかし、感性が優れていないと、いくらAIを使っても、良い作品にできないのは変わらない。結局、川柳の良し悪しのわかっている人が強い。つまり、今の勝負どころは、生成AIを使うことを前提としつつ、自分なりの個性や独自性をどれだけ盛り込めるか、という点です。言い換えると、そこに独自の物語があるかどうかが重要になっているわけです。
小池:
どのようなプロンプト書き、生成AIとどう壁打ちするのかで、出来上がる川柳が変わってくるのだと思います。その過程に独自性を織り込むことで、その人ならではのナラティブも創生されます。大切なのは、個人の経験に根ざした感性なのですね。
池谷さん:
去年のネイチャー誌に「ナラティブが人々の関心や行動にどんな影響を与えるか」を検証した論文が出ていましたが、今年の冬季オリンピックで、それを裏付ける事例がありましたよね。フィギュアスケートの「りくりゅうペア」に、なぜ多くの人が感動したのか。金メダルを取ったから、という理由だけではないはずです。私たちが同じ日本人として、彼らがどうやって出会い、どんな困難を乗り越えてきたか、その背景の「物語」を知っているから、何度見ても泣けるわけです。
小池:
私たち人間はいつも物語に感動すると。
池谷さん:
哲学の言葉に「アントロポフィリア」というものがあります。「人間はやっぱり人間が好き」という意味なんですが、これは普遍的な現象だと思います。F1レースの視聴率よりもマラソンや駅伝のほうが高いのも、人間同士が心身を鍛えて切磋琢磨する姿を見るのが好きだからでしょう。
小池:
確かに、例えばロボットのマラソン大会があった場合、共感しにくいという人たちもいるかもしれませんよね。生成AIの活用が期待されている、あるいはすでに活用されつつある分野のひとつに、孤立しがちな高齢者との対話があります。認知症の予防や、ご本人が楽しく過ごせるのであれば十分だという意見がある一方で、それだけではどこか申し訳ないという感情も働きます。人間は本来、人と人とのつながりを求める存在だからこそ、AIとの対話だけでは不十分だと感じてしまうのかもしれませんね。
池谷さん:
生成AIと結婚したいという人もいるくらいだから、一部の人がロボットやAIと深く共鳴できる力を持っているのもわかります。でも、普遍的ではないんですよね。

「物語性のないものは瞬間的に面白くても、しばらくすると飽きてしまう」という現象について、意見が交わされた
「脳とAI」の関係はどう進化するか
池谷さん:
脳とAIの関係について、今は脳を外科的にいじることへの嫌悪感が強いですが、将来どれだけ変わるでしょうか。もしかしたら「あなたは脳にAIのチップを埋めていないんですか? 生身の脳では低性能でしょうから、うちの会社では雇えません」なんて時代が来るかもしれません。整形手術については今や当たり前になっていますからね。
小池:
脳にチップを埋め込むような侵襲的介入は、まず難治性の疾患や重い機能障害を抱える方など切実な医療ニーズのある人々から普及していくのではないかと思います。現時点では、健常者への応用には抵抗を感じる人が多いと思います。ただ、10年後には、脳への侵襲的介入に対する見方も変わっているかもしれません。人々の技術受容性は、想像以上の速さで変化することがあると思います。
池谷さん:
その手前の段階で、私が関わっている研究のひとつが「デジタルツイン」です。自分の思考の癖や個性みたいなものを取り出して、AIが代わりに動いてくれるものを作っていこうとしています。脳そのものをいじるとなると抵抗がありますが、デジタルツインだったら敷居が低いんですよね。
小池:
行動をモニタリングすることによって、生体のデジタルツインを作る、ということですね。
池谷さん:
そうですね。でも、これは外見や言動をまねしているだけで、思考そのもののコピーではない。そこで、脳に電極を入れて刺激を与える「BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)」が注目されることになるんですが、すでに、人間が脳内で「話したい」と念じたものをスピーカーから声として出力する技術が実現しています。
小池:
それは、脳内の情報を読み取る技術だと思いますが、書き込む技術はどうでしょうか? 最近は、生成AIも活用し、非侵襲的な方法でも脳が考えている内容を推定する技術が、まだ初期発展段階ではありながら向上してきていますが、書き込みについては侵襲的な方法ならではと思います。
池谷さん:
そこが一番の課題なんです。脳から情報を読み出すことはできるようになってきていますが、書き込む技術はまだほとんどありません。今、動物実験レベルから始めているところです。もし脳への情報の書き込みが可能になれば、インスタント麺を食べているのに、和牛ステーキを食べているような気分にできるかもしれない。そのために決定的に足りていないのが、脳に情報を送って書き込む技術なんですね。
小池:
どこに書き込むかは非常に難易度が高そうですね。生成AIは、意味理解をせずに、文脈に応じて確率的に文章を生成していると言われます。一方、人間も、本当に理解した上で答えているのかと考えると、実際には同じように、無意識のうちに言葉を自動的に紡いでいることも少なくないのではないかと思います。
池谷さん:
消化不良のまま生きているような感覚、というのは私もなくはないですよ。でも、それもまたこの時代ならではの感覚として、受け止めていく必要があるのかもしれません。腹落ちすることの価値や必要性が変わっていくといいますか。
──今回の対談では「物語を感じる力」の重要性を掘り下げつつ、「脳とAI」の未来についても触れました。では、私たちはAIへの依存とどう折り合いをつけ、「生きがい」をどこに見出せばよいのでしょうか。Vol.3では「テクノロジーは人を楽にしない」という逆説からスタートして、バイブコーディングや旅行といった「体験」が持つ価値について考えます。

五感を刺激される風景に触れながら、人間とAIをめぐるトークが弾んだ
取材協力/VINOMONDO
![画像1: [Vol.2] AIが持てない「物語を感じる力」|AI時代に問う『感性』とは何か](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/06/29/a50cada207d7cf71b59adabd9ce2ad3508631f2f.jpg)
池谷 裕二(いけがや・ゆうじ)
東京大学薬学部教授
1970年静岡県藤枝市生まれ。薬学博士。2002〜2005年のコロンビア大学(米ニューヨーク)留学をはさみ、2014年より現職。専門分野は神経生理学で、脳の健康について探究している。また、2018年よりERATO 脳AI融合プロジェクトの代表を務め、AIチップの脳移植によって新たな知能の開拓を目指している。文部科学大臣表彰 若手科学者賞(2008年)、日本学術振興会賞(2013年)、日本学士院学術奨励賞(2013年)などを受賞。『夢を叶えるために脳はある』(講談社)で小林秀雄賞受賞(2024年)。著書に『生成AIと脳』など多数。
![画像2: [Vol.2] AIが持てない「物語を感じる力」|AI時代に問う『感性』とは何か](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/06/29/a64e1d729b48a94ce65e5b4388a99ba5d4ab50e1.jpg)
小池 麻子(こいけ・あさこ)
日立製作所 理事 研究開発グループ 技術戦略室 室長
博士(理学)。1994年京都大学大学院理学研究科修士課程修了後、日立製作所入社。中央研究所にて医学生物系学知識処理技術・ゲノム解析技術の開発と実用化に従事後、医用系診断・治療機器の技術開発と製品化に従事。公共システム事業部、未来投資本部、ヘルスケア事業本部CTOを経て、2024年より現職にて研究開発の戦略立案に従事。アカデミア活動として、2003〜2005年東京大学大学院情報理工学系研究科客員助教授、2014〜2018年東北大学客員教授。米国臨床腫瘍学会会員。
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