[Vol.1] 500円玉1枚の誤差に挑む|宇宙インフラの未来図
[Vol.2]「好きなこと」が生む圧倒的スピード

小澤さんと鳥阪さんはともに、アメリカのCaltechで研究生活を送った経験を持つ
世界トップレベルの研究環境とスピード感
舟根:
小澤さんと鳥阪さんは2010年から11年にかけて、Caltechの同じ研究室に在籍されていたんですよね。当時はどんな研究をされていたのでしょうか。
小澤さん:
私たちが所属していたのは、セルジオ・ペレグリーノ教授の研究室です。そのとき、私は「どうやったら大型の構造物を作れるか」というテーマに取り組んでいました。作り方の1つはもともと研究していた「展開」ですが、「それ以外にどんな方法があるだろう?」と探っていたんです。
具体的には、「ケーブルを使って形を作っていくのはどうだろう?」という話をペレグリーノ教授としていました。結局、このテーマは論文にはならなかったのですが、現在注目されているSSPS(宇宙太陽光発電システム)のパドルの展開などで、かなり近い形が検討されています。「新しい糸口はないか?」「これまでよりも軽量で、収納効率が高い構造を生み出す方法はないか?」と探っていく。非常にアカデミックな活動でしたね。
鳥阪さん:
海外に行くというのは、まさにそういう「新しい世界観を作る」という側面が大きいですよね。私の場合は、ポストドクターとしてCaltechに行っていました。最初から明確な研究テーマを決めていたわけではないのですが、構造が自律的に自分の形をどう決定するかという「構造の位相最適化」や「自律制御」というテーマに興味を持っていました。
そこで、研究室の人たちと話をしていくうちに「こういうプロジェクトがあるからやってみたら?」と勧められたのが、結合機構の概念検討への参加です。私は機構の設計から入りましたが、これはグリーンな動力源として電磁石を用いるもので、同時に電流の「制御」を用いることが前提でした。もともと制御を専門に研究していたわけではなかったので、「構造」を結合するために「制御」を前提にした「機構設計」の実設計に怯みましたが、このような分野の横断を当たり前としてシステム設計の初期段階を構築する姿勢は新鮮に映りました。
同じ研究室で、制御に非常に詳しい小澤さんに出会えたのは幸運でした。おかげで一緒に論文を書くことができましたし、明るくない分野を学ぶことで、その後の研究を考えるきっかけにもなりました。15年の後でも、ペレグリーノ教授が「ロボット屋さんが作る機構と構造屋さんが作る機構はまったく異なり、その差が面白い」と目を輝かせていたのを見て、私はこの結合機構を備えた衛星プロジェクトのことも思い出しました。
舟根:
鳥阪さんのお話、非常によく分かります。私もかつてアメリカの大学で、ポストドクターとしてアルツハイマー病研究にもつながるイメージング装置の開発に携わったことがありまして、医学と工学が交わる環境に身を置いていました。そこで、それまで自分が培ってきた技術を、全く異なるバックグラウンドを持つ研究者たちの知見と掛け合わせることで、新しい視界が開けました。鳥阪さんは、アメリカの研究室における文化や、それを支える仕組みに、どのような特色があると感じられましたか。
鳥阪さん:
「スピード感」ですね。アメリカに集まる博士課程の学生たちの仕事量がものすごいなと驚きました。先生から「あれをやりなさい、これをやりなさい」と指示されるわけではないのに、圧倒的なスピードでアウトプットを出してくるんです。

「大学時代の専攻は機械工学で、メカのことを考えるのも好き」と語る鳥阪さん
「好きなことをやる」が一番の近道
伊藤:
そのスピード感や圧倒的なアウトプットの要因は、何なのでしょうか。
小澤さん:
それが、全然わからなかったんですよ(笑)。彼らがいつ研究しているのか、本当によくわからないんです。彼らのディスプレイを見に行くと、普通の学生と変わらず新しいゲームをやっていて「これは何?」と聞くとやり方を教えてくれたりする。 なのに、気づくとしっかりとした成果を出して、賞を取ったりしている。一つひとつの作業に無駄がないというか、マジックのようで、「なんでああいう風にアウトプットが出ているのか」と不思議でしたね。
伊藤:
彼らを見ていて、何かを生み出すためのヒントのようなものはありましたか。
小澤さん:
たぶん、一番の近道は「好きなことをやる」ということだと思います。彼らを見ていると、自分のやりたいことをやっていて、「やらされている仕事」という感覚がないんです。
鳥阪さん:
そうですね。本当に好きなことをやって、好きなように振る舞っている感じがしました。教科書通りのことを丁寧にコツコツやるのではなく、「こうしたらどうだろう?」という発想がどんどん湧いてくるような人たちでした。
伊藤:
自由にインスピレーションを働かせて、業務や研究に取り組むということですね。私も今年1月に皆さんと一緒にCaltechを訪問しましたが、学生の方々が自分の研究を本当に楽しそうに、熱意を持って語っていたのが印象的でした。単に研究内容を説明するのではなく、自分の言葉で語っていて、そうした主体的な姿勢が新しい発想につながっているのだと感じました。

スピード感や研究現場の熱量など日本とは異なる雰囲気に驚いたと話す小澤さん
分野の壁を越えて専門家が集まるアメリカの強み
舟根:
Caltechは、NASAのジェット推進研究所(JPL)を運営していますが、宇宙開発に関する最先端の技術や情報が常に入ってくる環境というのも強みですよね。
小澤さん:
そうですね。技術や情報もそうですが、人財をめぐる環境も恵まれていると思います。例えば、CubeSAT(超小型衛星)の再構成プロジェクトで、衛星システム全体や打ち上げなど「構造」以外の専門知識が必要になったとします。そんなとき、自分の専門外の分野に詳しい専門家をすぐに呼べる環境がありました。簡単なプロジェクトを立てるだけで、必要な人財がパッと集まる感覚です。
伊藤:
小澤さんと鳥阪さんが主査・幹事を務められた、日本機械学会の展開アンテナ研究会のような異分野融合のコミュニケーションが、Caltechの場合はもっとカジュアルに、すぐにできるということですか。
小澤さん:
展開アンテナ研究会は、みんなで広く、同じテーマを議論する場でした。アメリカの場合は「このプロジェクトをやるために、この専門家が必要だ」となったら、必要な人をダイレクトに集められる良さがありますね。
鳥阪さん:
それはアメリカ特有の文化かもしれません。私はCaltechだけでなく、ペンシルバニア州立大学にも半年ほど在籍していたのですが、そこでも「ちょっとこれをやりたいんだけど、詳しい人を知っている?」と聞いたら、知っていそうな人を捕まえてきてくれるんです。「知らない、ごめん」と言って、済まさない。そのネットワークの広さと人を探してくる機動力は、アメリカの大きな強みだと感じました。

鉄道車両の設計から、宇宙関連事業の研究開発へと担当が変わった伊藤
日本ならではの「繊細さ」と「チーム力」
伊藤:
では逆に、海外から見て感じた「日本の良さ」はどのような点でしょうか。
小澤さん:
まずは、ご飯が美味しいことですね(笑)
鳥阪さん:
それは間違いないですね(笑) 真面目な話をすると、手先の器用さや繊細さが身についているのは、日本人ならではの強みだと思います。 CaltechやJPLの人々は本当に優秀で素晴らしい発想を持っていますが、実際に手を動かす様子を見ると「ちょっと雑だな」と思うことがありました。もちろん人によりますが、日本人の方がものづくりに対する繊細な感覚を持っていると感じます。
伊藤:
Caltechの実験室で作られているものを見ると、かなり精度が高いように見えたのですが、それでも日本人の方がより繊細なのかもしれないですね。
鳥阪さん:
一長一短ですね。少し補足をすると、海外の方は、たとえ雑でもスピーディに結果を出す人が多いように感じます。荒いながらもとりあえず最速で結果を得て、その後のブラッシュアップに時間をかけ、目を見張るような修正をかけていきます。その過程で新しいアイディアをつぎ込んだりしながら、価値を上げていくようなやり方をしていました。職人気質な日本人と共同作業をすると最強だろうなと思います。これは昔から言われていることだとは思いますが、やはり本当だなと実感しました。
小澤さん:
もう1つ、日本の良さを挙げるとすれば、自分にとって日本全体が「ホーム」であることの強みです。アメリカにいるときは、人を集めるのに誰かに頼らなければなりませんが、日本では自分自身で必要な人財を集めることができます。 実際、日立さんと一緒に仕事をした際にも、リクエストを受けて必要な人財を集めることがありました。長年住んでいて、仲間が多いというのは、大きなアドバンテージだと思います。
舟根:
自分の拠点が日本全体である強みですね。1月のCaltechへの訪問は15年ぶりとのことでしたが、かつてと比べて変わった点、あるいは、変わっていない点はありましたか。
小澤さん:
個人的には、すごく美味しかったメキシコ料理屋さんがなくなっていたのが、ショックでしたね(笑)
鳥阪さん:
日本と特別に関係が強い街というわけでもないのに、最寄りのショッピングモールでは日本の店が陣取っていて、Caltech内の生協のような店ですら日本製のカップラーメンやお菓子で棚一面が埋め尽くされているという状況だったのが印象的でしたが、ペレグリーノ教授の研究スペースが倍になっていたことに一番驚きました。Caltechのような非常に狭いキャンパス内で、研究室が倍になるというのはものすごいことです。
伊藤:
Caltechの中でスペースを拡大するのは、難しいことなんですね。
鳥阪さん:
大きな予算がつき、研究テーマが拡大しているからこそ、新たな部屋をもらえるということだと思います。それから、当時から多かったですが、研究室メンバーも倍増していました。
舟根:
それはつまり、宇宙構造の研究の重要性が高まってきているということでしょうか。
小澤さん:
ペレグリーノ教授の宇宙太陽光発電システムなどの成果による部分も大きいかもしれませんが、構造分野に焦点が当たっているのは確かですね。
鳥阪さん:
「宇宙インフラにおいて、発電システムは重要だね」という認識が世界的に高まっている証拠だと思います。アメリカ政府が早々に、宇宙太陽光発電システムに大きな予算を付け、それを受け取った研究チームが「構造」と「電波」の合同チームであった点は印象的でした。
──次回は、宇宙インフラの「社会実装」について掘り下げます。軌道上サービスや標準化の動きが進む中、地上のインフラを担う企業と宇宙開発機関はどのように連携していくべきか、未来のビジョンを探ります。(Vol.3へ続く)

JAXA筑波宇宙センターには、人工衛星を身近に感じられる展示物がある
取材協力/JAXA筑波宇宙センター 展示館「スペースドーム」
![画像1: [Vol.2] 「好きなこと」が生む圧倒的スピード|宇宙インフラの未来図](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/07/28/a49f78b6885f7109ba17dd2dbeb1d26497eb8e29.jpg)
小澤 悟
宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究開発部門 システム技術ユニット 研究開発マネージャ
2001年東京工業大学総合理工学研究科修了(博士(工学))。2001年日本電信電話株式会社未来ねっと研究所構造研究グループ入社。2001年~2003年、通信衛星用大型展開アンテナの研究に従事。2003年宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)入社。以降、大型静止通信衛星「WINDS」の開発、大型展開アンテナの研究、および人工衛星・探査機の研究開発に従事。2010年~2011年カリフォルニア工科大学客員講師。2020年~2024年日本機械学会宇宙工学部門展開アンテナ研究会主査。JAXAスタートアップ「Origami/ETS」代表。東京科学大学特定教授。AIAA (アメリカ航空宇宙学会) Spacecraft Structures Technical Committee, Associate Fellow。
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鳥阪 綾子
東京都立大学システムデザイン学研究科 航空宇宙システム工学域 准教授
2010年早稲田大学理工学術院機械工学専攻(博士(工学))。2010年~2011年、カリフォルニア工科大学 客員研究員として構造結合機構の概念検討に従事。2021年~2022年、ペンシルバニア州立大学 客員研究員として機能性材を用いたアンテナ設計に従事し、現在は軌道上システム用途の要素技術と宇宙大型構造との融合に関する研究に取り組む。2020年~2024年日本機械学会宇宙工学部門展開アンテナ研究会幹事。AIAA (アメリカ航空宇宙学会) Spacecraft Structures Technical Committee, Senior member。2008 Amelia Earhart Fellowships (The Zonta International)。Private Pilot (FAA)。
![画像3: [Vol.2] 「好きなこと」が生む圧倒的スピード|宇宙インフラの未来図](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/07/28/e854aedbaf3ff5e8bde2d621716dd1c5c9129a16.jpg)
舟根 司
日立製作所 研究開発グループ Next Research 宇宙プロジェクト リーダ主任研究員
2006年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修了(修士(工学))。2012年慶應義塾大学大学院理工学研究科修了(博士(工学))。2006年株式会社日立製作所入社。2006年~2022年、近赤外分光法をベースとした光脳機能計測技術及び光生体計測等の研究開発に従事。2022年より航空宇宙向け観測技術の開発や、宇宙ビッグデータおよび宇宙エネルギーの活用に関する基礎研究開発に従事。2015年日本生体医工学会新技術開発賞、2015年計測自動制御学会技術賞、2019年関東地方発明表彰文部科学大臣賞受賞。技術士(航空・宇宙部門、総合技術監理部門)。
![画像4: [Vol.2] 「好きなこと」が生む圧倒的スピード|宇宙インフラの未来図](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783605/rc/2026/07/28/04c787acf4610b176c801a86262139aef056923c.jpg)
伊藤 真
日立製作所 研究開発グループ Next Research 宇宙プロジェクト 研究員
博士(工学)。2017年株式会社日立製作所鉄道ビジネスユニット入社。2017年~2022年、国内および海外鉄道車両の設計・開発業務に従事。2022年より宇宙情報活用及び宇宙エネルギー活用に関する基礎研究開発に従事。2026年東京大学大学院工学系研究科修了(博士(工学))。日本航空宇宙学会宇宙利用部門委員。
関連リンク
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