[Vol.1]「お客さまに向き合うこと」
[Vol.2]一歩進んで地域に入り、お客さまに寄り添って見つける社会課題
[Vol.3]「その人にとってのスマートシティ」とは何か
100周年に向けた対話は、予想以上に盛り上がった
丸山:
御社は来年100周年を迎えます。未来へつなぐビジョンはどう作られているのでしょうか。
東浦さん:
先日、私が所属する「フューチャー・デザイン・ラボ」主催で、「次の100年の経営はどうするのか?」について話す機会をもちました。社長以下、部門長以上のメンバーが25人集まりました。本当は五島美術館で行う予定がコロナの影響でリモートになったのですが、自宅からばかりではなく、どこかの東急のホテルに行って、そこからリモート参加もできるという形にしました。
これが、かなり盛り上がりまして。一人ひとりが自分の考える課題と未来経営をまとめて発表し、聞いてる人はチャットで感想とかツッコミを入れていくスタイルです。SNS慣れしていない経営陣も含め、みんなチャットを面白がって使ってくれたのが意外でした。
丸山:
チャットでのやりとりなどは、コロナ禍のなかで慣れていたのでしょうか。
東浦さん:
そうですね。それに加えて、今回はリモートワークで普段やってることよりも一歩先のことをやったのですが、それでもみんなついてきてくれたという感じですね。
森:
ビジョンの話になると、どうしても抽象度が上がってしまいます。具体的な例での説明を混ぜるよう心がけているのですが、それでも抽象度は高くなります。リアリティを感じる議論の工夫が大事なんでしょうか。
東浦さん:
こういう議論はこれが初めてでした。今後1年かけて議論し、来年迎える100周年にその集大成を経営構想と戦略の真ん中に据えて社内外に発表します。そのため、話し合ったことをだんだん収斂させていく設計にしてあります。
今回は1回目だったので、割とビジョナリーな話が出たんですが、事業部門長は利益責任もあるので、損益分岐をいかに下げるかにフォーカスしていました。弊社もいろんな事業をやっているので、なにを選択しどこに集中投下するかなど、目先の課題がいっぱい出てくるわけです。
一方で、来年の100周年に向けて大きな構想を出すために、ビジョナリーな視点も重要です。喫緊の課題ばかりやっているとパーパスを見失います。どうすれば、現実的なことも話しつつ未来のことをやっているという感覚になれるのか。それについては悩んでいるところです。
同質的な思考から一歩抜け出すために
森:
いつまでたってもビジョンがビジョンのままで留まっているという状況もあると思うんです。やっぱり「実」にしたい。今ある課題と将来をつなぐため、みんなで一緒に考えることで打開できないかといつも思うんですよね。
東浦さん:
今回、参加した25人の持ち味を感じてみて思ったのは、東急という会社には左脳的な人間が多いということ。ロジカルな人が多いです。でも、未来のことを考えるときに、左脳のスイッチばかり入っていると議論が膨らまないですね。
デザイン思考は、訓練された人はスッと出来るものだと思うのですが、そういった思考に慣れていない人はどうしても自分の慣れ親しんだロジックで物事を組み立ててしまいます。
今回、いい議論だったと思う反面、弊社は同質性が高いと思いました。きっと会議をやれば、決めなくてはいけないことは全員一致ですぐに決まると思うのですが。
丸山:
経済合理的なものが選ばれるということでしょうか?
東浦さん:
そうですね。でも、何年も儲からなくてもそのビジネスに張り続けて今に至る企業があります。同質性は一概に悪いことではないけれど、少しジャンプアップした考え方を突き詰めるような人がいないと、なかなか新しい大きな市場とかビジネスはできないじゃないですか。
相場や市場がこうで、統計データはこれ、過去の売上データがこれだからこうです、というのはもっともらしいけれど、そこはレッドオーシャンです。みんな同じ情報を見てますから。
社会は過去に戻ることはないでしょう。それまでと全く違う環境の中で異分野から新たなライバルが現れて、次の100年が始まると考えるとき、過去のロジックだけでは勝てるシナリオは書けないんです。
今後も議論を深めていきますが、同質性の高い人たちだけでは夢のあるナラティブは描けない感じがしますよね。
お客さまとしっかり向き合うことでビジネスはまだまだ成立する
丸山:
今、社会課題の議論をすると、まだ解決していないのに解決方法に決まりごとが生まれていて、それに縛られている気がします。既存社会の仕組みを見ていけば、確かにスイートスポットはある程度決まっています。でも、皆が同じような答え方に寄せてしまうと、根本解決が置き去りになって、ソリューションの戦いが過当競争に向かってしまう恐れがあります。
問題そのものをリフレームして、新しい道、しかも自分たちが心を躍るようなものを出せれば、ビジョンとして叶っていくし、みんなもやる気になってくるのではないかと考えているんです。
東浦さん:
御社はBtoBのビジネスも多いと思いますが、我々は完全にBtoCビジネスなので、迷ったとき、悩んだときはお客さまにきちっと向き合うべきというのが基本です。みんな、なんとなく通り一遍に「お客さま」というんですけども、今回の議論でもやっぱり供給者論理に陥っているな、箱物にまだ頼ってるなと感じるところはありました。
東急の沿線だけでも、500万人以上の人口があり、11兆円ぐらいの消費経済規模があります。しっかりお客さまに向き合って最適なサービスを提供できれば、例えば1割と考えても1兆円企業として維持できるはず。そこが揺らいでいるのは、ちゃんとお客さまに向き合えてないということ。割とシンプルな話だと思うんですよね。
森:
確かに日立はBtoBビジネスですが、そこは同じだと思っています。我々にとってのお客さまも、お客さまとの対応で悩まれていることが多いです。我々もお客さまの先にいるエンドユーザーまで含めて考えられないとイノベーションは起こせないと捉えているんです。
弊社で議論していてよくあるのが、研究者は技術を使いたいと言うのですが、技術から考えはじめると、「それで何ができるの?」「何が課題だからこの技術をやるの?」というふうにロジックが弱くなるんです。誰のために、何のために、がないと元も子もないですよね。
東浦さん:
我々のようにCに向き合っているビジネスの企業体ですら、「お客さま」の存在を忘れてしまっているのではないかという感じがします。
私は、長年まちづくり分野を担当していました。その中で、開発をしているだけで、もともとの地域住民や新しく住宅を購入するお客さまとのパイプが意外と無いと感じていました。
以前は新興住宅地と言われていたたまプラーザが、僅か50年ほどで急速にオールドタウン化していることをご存知でしょうか。建設・不動産業界は一般的に開発分譲が終わったらその先は関わらないのですが、私が仕掛けて横浜市と当社と包括協定を結び、地域住民を巻き込んだ「次世代郊外まちづくり」という郊外住宅地再生プログラムを5年ぐらいやっていました。
最初は、横浜市の方からも東急からも、「一般市民を巻き込んで対話をするなんて、クレームが生まれるだけでは?」と心配されました。
結果、100人くらいのコアな住民の方が付き合ってくれたんです。伴走しながら、再生事業をやっていくことが初めてできたんですね。
でも、社内から結構言われましたよ。「いいプログラムだけど、どこで儲かるんだ?」と。上司によく「東浦くんからは金の匂いがしない」と言われていました(笑)。でも、一期一期で儲けていくようなビジネスではなくて、仕込みと回収のタームが違うだけなんです。
結果、その地域から出てきた遊休資産を当社が開発して、新しい物件として供給したんですけど、それが非常に好評で大きな利益を得たんですよ。5年間は仕込みの期間だけれど、地域の方々と合意形成した上で再生の開発をしていける。要は稼ぐ期間が違っただけです。
先人たちも長いタームでのビジネスをやっていた
森:
そのタームの違いを理解してもらうことは、なかなか難しいと思っているところです。
東浦さん:
田園都市線は、何もなかった山林を地域の地主さんたちと協働しながら一つの沿線としてつくってきました。こういう先人たちの活動があるんです。これって最初は収支が合わないものですよね。でも、結果的に弊社の重要な経営資源になりました。
我々が長期のビジョンとマスタープランを作って、そこに投資を張り続けてきたことに対して、住宅を購入するお客さまがついてきてくださったわけです。その間に期待が集まり、地価が上がってどんどん収益が上がっていったんです。
都心部が過密化して不衛生になっていく中、もっと緑が多い場所に衛星都市をつくるべきではないか。ただ儲けるために始まった取り組みではなく、こういった社会課題解決型のビジョンからスタートしている話なんです。
丸山:
なるほど。長いタームで考えることは、元々やられていたことでもあったんですね。
――次回はイントレプレナー育成と外部との協創、沿線で包括して連携できる事業体だからこそできるMobility as a Service(MaaS)の展望、最前線のお客さまに寄り添うための制度設計などについてお聞きします。
東浦 亮典
東急株式会社 沿線生活創造事業ユニット フューチャー・デザイン・ラボ管掌 執行役員
1985年 東京急行電鉄株式会社(現 東急株式会社)入社。自由が丘駅員、大井町線車掌研修を経て都市開発部門に配属。一時東急総合研究所出向を経て、復職後戦略事業部長、運営事業部長、渋谷開発事業部長などを歴任。現在は沿線生活創造事業ユニットおよびフューチャー・デザイン・ラボを管掌。著書「私鉄3.0」(ワニブックスPLUS新書)など。
森 正勝
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部 統括本部長(General Manager,Global Center for Social Innovation)
1994年京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、日立製作所入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事。 2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取り纏めた後、2018年に日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンター長に就任。
2020年より現職。
博士(情報工学)
丸山 幸伸
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。
[Vol.1]「お客さまに向き合うこと」
[Vol.2]一歩進んで地域に入り、お客さまに寄り添って見つける社会課題
[Vol.3]「その人にとってのスマートシティ」とは何か