[Vol.1]「お客さまに向き合うこと」
[Vol.2]一歩進んで地域に入り、お客さまに寄り添って見つける社会課題
[Vol.3]「その人にとってのスマートシティ」とは何か
既成市街地をどうスマート化するか
東浦さん:
トヨタさんが、モノやサービスがつながるコネクティッド・シティ「Woven City(ウーブンシティ)」を構想しています。東富士工場跡地という完全な私有地で、法規制を受けずにつくれる自由度の高い街ですよね。でも、現在の日本では、既成市街地のスマート化の方が重要なテーマだと私は考えています。
森:
そうですね。東京という既存のアセットに「レトロフィット(既存のものに新技術などを入れて新たな形にする)」していくものを考えないといけないと思っています。特定街区を開発してパッケージするのではなく、既存のものに適切に合わせていく場合、どんな要素が必要だと考えますか?
東浦さん:
住民側の要素としては、「街づくりリテラシー」を上げることで、社会の視点からこうなるべきだと多くの方が考えてくれることが大事ですよね。NIMBY(Not In My Back Yard/ニンビー)と言われる問題があります。保育園のように社会的に必要なものでも、近所に作ると反対されてしまう問題を指しているのですが、住民にもっと大きな目で見てもらえるようになれば解決に近づきます。
そして規制緩和です。道路、公園、河川などの管理は少しずつ民間が提案して活動できるようになってきていますが、行政に首長主導でワンストップで物事が解決するような組織体になってもらいたいです。例えば「渋谷はこういう街にしていくんだ」という意志がスムーズにトップダウンしていくような体制だとやりやすいですよね。
もし、市民と協創するのであれば、我々のような企業が偉そうに教えるのではなく、自分ごととして捉えてもらうことが大切です。「次世代郊外まちづくり」というプログラムを横浜市とともに手がけたときは、最初に集まってくださった市民の方は、「横浜市や東急が何かをやってくれるんでしょ?」というスタンスだったんです。そこで、「主役は市民であるあなたです」とお伝えすることから始めました。こんなふうに、マインドセットの変化を地域ぐるみで起こしていかなくてはいけないと思っています。
「その人にとってのスマートシティ」から考える
森:
新しい技術を市場に提供するタイミングは、提供する側の論理では決められないんですよね。使う側のリテラシーや、マチュリティレベル(成熟度)が合わないと、その技術を使ってもらえません。スマートシティになって一番大きい関与者は市民のみなさんです。彼らのマチュリティレベルがある程度まで達しないと提供できないとすると、我々はどうすればいいのか?と思ってしまいます。
東浦さん:
新しい技術やシステムの話をすると、「お年寄りがついてきてくれない」と言われることが多いのですが、もうそういった時代ではないと思います。スマホ・携帯の保有率は、首都圏では60代で90%、70代で85%くらいだそうです。私ももうすぐ60代ですけれども、普段からスマホを使っていて、新しい技術に抵抗もありません。この世代が拡大していきます。
便利さを感じれば、新たな技術も普通に使われると思います。スマートシティの議論も、社会システムとしてではなく、アプリベースで解決するのでは?と思います。つまり、市民が便利なアプリ使うことが、すなわちスマートシティと考えられるのではないでしょうか。アプリでどこにいても音楽を聞けたり、必要なデータを引き出せる。その人にとってはそれで十分、スマートシティになっていると言えませんか。
都市づくりから考えなければいけないわけではないですよね。大上段に構えているせいで新しいことがなかなか実現しない間に、海外を含め、新たな商品やサービスを生み出せる企業がスッと参入してきたら、既存勢力もすぐにとって変わられてしまいます。
丸山:
なるほど、我々も考えるべき点がいっぱいありますね。特に、「その人にとってのスマートシティ」という視点が印象的でした。その人にとってのスマートシティが生まれる瞬間を見て、その人の気持ち、価値がどう変わったのかをきちんとつかむことに向き合っていきたいと思います。
日本で圧倒的に足りないのは、お金でも技術でもなく「信用」
東浦さん:
数年前にエストニアを視察したことがあります。エストニアには、e-Residency(イーレジデンシー)と呼ばれる電子国民プログラムがあります。国民に総背番号があり、IDカードが付与され、あらゆる公共(一部民間)サービスもID番号があればだいたい解決するシステムです。国民が少ないため、人手が足りない部分をテクノロジーで補うのは当たり前という共通概念があり、割とうまくいっている事例になっています。
その仕組みで実際にエストニアの国民は幸せになったのか、気になるところですよね。最近の調査結果では、高齢者含めみんな幸せを感じている人が多いんです。
エストニアの市民の多くは「資本主義はもう限界」と考えています。さらに、かつて旧ソ連に蹂躙された苦い経験があるため、社会主義への強い抵抗感もあります。そのため、第三の新しい社会システムを作らないといけないと考えているわけです。それが何かは、まだ具体的ではないのですが、彼らはそれを「New-ism」と呼んでいます。
彼らはクラウドデータを別の国に預けるなど、日本人からすると、すごい発想を実現しています。実際に視察して、市民一人一人の「政府への信頼」がそれを推進してきたのだと思いました。
日本はマイナンバーなど、あまりうまくいっていないですよね。総理大臣の支持率が30%の国は、政府は信用されていないと言えるでしょう。そうなると、国民が疑心暗鬼になってうがった見方をしてしまいます。今、日本で圧倒的に足りないのは、お金でも技術でもなく、「信用」なんです。
それを自分たちの話に落とし込んで考えると、東急は沿線住民の方から、まだ十分な信用を得られていないと思います。次の100年で「トラスト経済」を確立できるかが大きな鍵になるでしょう。それができれば、次の100年もやっていけるのだと思います。逆にできなかったら、我々が社会に存在する意義はなくなるのではないでしょうか。
森:
弊社も研究部署とデザイン部署が、チームとしてもっと社会貢献や社会関与ができるようなシステムにしていかなければいけないと思っています。社会関与が基盤になるというのは、信用ありきということです。これから日本は、少ない人数でやっていかなくてはいけないわけですから、信用は本当に大事な要素です。
東浦さん:
日本はいろんなものが複雑化しすぎている側面があると思います。そういった状況の中で、少ない人数になった方がやりやすいこともありますね。わかりやすく、シンプルになることが増えると思います。
東浦 亮典
東急株式会社 沿線生活創造事業ユニット フューチャー・デザイン・ラボ管掌 執行役員
1985年 東京急行電鉄株式会社(現 東急株式会社)入社。自由が丘駅員、大井町線車掌研修を経て都市開発部門に配属。一時東急総合研究所出向を経て、復職後戦略事業部長、運営事業部長、渋谷開発事業部長などを歴任。現在は沿線生活創造事業ユニットおよびフューチャー・デザイン・ラボを管掌。著書「私鉄3.0」(ワニブックスPLUS新書)など。
森 正勝
研究開発グループ
社会イノベーション協創統括本部 統括本部長(General Manager,Global Center for Social Innovation)
1994年京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、日立製作所入社。システム開発研究所にて先端デジタル技術を活用したサービス・ソリューション研究に従事。 2003年から2004年までUniversity of California, San Diego 客員研究員。横浜研究所にて研究戦略立案や生産技術研究を取り纏めた後、2018年に日立ヨーロッパ社CTO 兼欧州R&Dセンター長に就任。
2020年より現職。
博士(情報工学)
丸山 幸伸
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。
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