交通部臺灣鐵路管理局(Taiwan Railways Administration, MOTC(TRA))の新たな鉄道車両EMU3000が、2021年12月29日から運行を開始しました。EMU3000は台湾全土を走行する都市間特急列車で、2021年度グッドデザイン賞(主催・公益財団法人日本デザイン振興会)の「グッドデザイン・ベスト100」を受賞しました。今回のプロジェクトは、発注事業者と開発者のみで行われてきた従来のデザインプロセスの枠組みを超え、外部からデザイナーの専門家チームが参画しました。歴史や文化を踏まえた市民の価値観を掘り下げ、台湾の“これから”を模索しながら車両デザインを作り上げたこと、市民の率直な意見を広く聴きながら最終決定したことが特徴です。プロジェクトメンバーがどんな思いで取り組んだのか、交通部臺灣鐵路管理局 馮輝昇さん、前同局職員の林妍蓁さん、美学専門家※の呉漢中さん・張基義さん、Taiwan Hitachi Asia Pacific Co.,Ltd の高倩文、日立製作所 デザイナー 野末壮の言葉でデザインストーリーを振り返ります。

※ 美学専門家…自然や芸術における美的な感性的認識や、芸術の創造・享受についての研究者

画像: 交通部臺灣鐵路管理局 都市間特急車両 EMU3000のデザイン - 日立 www.youtube.com

交通部臺灣鐵路管理局 都市間特急車両 EMU3000のデザイン - 日立

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外部からデザイン専門家を入れたTRAの初の試み

馮さん:
今回、EMU3000の車両の購入に至ったのは、TRAが現在使用している特急列車、自強(じきょう)号と莒光(きょうこう)号の車両がいずれも50年と30年という耐用年数に近づいたためです。TRAを運営していく上で新しい車両の投入が必要でした。

画像: 新車両投入の背景を語る交通部臺灣鐵路管理局副局長 馮輝昇さん

新車両投入の背景を語る交通部臺灣鐵路管理局副局長 馮輝昇さん

野末:
当初は台湾の現地のお客様とお話する機会がなかったので、日本の私たちから見た台湾のイメージを車両のデザインに入れようと思っていました。

馮さん:
今回、TRA初の試みとして、外部のデザイン専門家に協力してもらいました。

2019年2月にTRAが投入した観光列車は、デザインに力を入れることで台湾社会にアピールしたかったのですが、残念ながら各方面からあまり良い評価を受けることができませんでした。そこで今回、TRAの観光列車に辛口の評価をした専門家たちと会い、デザインの専門家としてチームに参加してもらうことにしました。

画像: 外部デザイン専門家として参画した張基義さん(左)と呉漢中さん(右)

外部デザイン専門家として参画した張基義さん(左)と呉漢中さん(右)

呉さん:
TRAから列車新造のデザイン協力を依頼された当時、私たちは緊張と不安でいっぱいでした。TRAは100年以上の歴史を持つ企業です。そのような企業が大きな改革を行うことはとても難しいことだと感じていました。

張さん:
台湾はここ数年で、これまでの伝統的な製造からデザインと美的価値を追求する時代になってきたことに気づきました。

画像: 台湾のデザインや美学について語る張さん

台湾のデザインや美学について語る張さん

呉さん:
列車の設計は公共性のある使命です。素晴らしい列車を作ることで台湾社会のすべての人々にサービスを提供することができます。

野末:
最初は月に1回ほど、デザインのワークショップをしていました。デザインや外観に対する議論はもちろんですが、台湾の文化やこれから台湾がどうなりたいのかといった展望、台湾と日本の違い、そういったものを見せ合ったりしました。また、私達が台湾をリサーチしどんな風に感じたかのすり合わせも重ねながら、デザイン表現について議論していきました。

高:
私はデザイナーではないので、コンセプトやデザインをTRAの担当者に説明する際、野末さんらデザイナーの考え方をどうやって正確に表現したらいいか試行錯誤しました。例えば3DプリントやVRを使って、車両内の椅子をTRAの会議室に持参してTRAの上層部スタッフや美学専門家に座ってもらい、布や素材などを実際に見てもらいました。

画像: 会議でデザインコンセプトを伝える言葉を探す高

会議でデザインコンセプトを伝える言葉を探す高

馮さん:
長時間議論することもよくありました。とても疲れましたが「世界に誇れる車両を作りたい」という思いはみんな一緒でした。

過去と現在を貫く価値観から生まれた “Silent Flow”

野末:
列車の形を考えるにあたり、“世界に誇れる”や、“これからの台湾を表現する”とは、どういうことだろうと考える必要がありました。プロジェクトチームのみなさんにいろいろなものを見てもらい、台湾の過去と現在に共通する価値観を一緒に探しました。そのプロセスこそが未来をつくり、そしてこれからも継続しうるものではないかと考えたからです。その中で辿り着いたのが、「静かさ」、「穏やかさ」、そして「余白」でした。

画像: 「台湾の過去と現在に共通する価値観を探していた」と語る野末

「台湾の過去と現在に共通する価値観を探していた」と語る野末

呉さん:
列車は台湾各地の山と海の風景の中を移動します。美しい列車が、台湾の素晴らしい山と海の中を移動している場面を想像したら、きっと最高にきれいな風景になると思いました。

張さん:
デザインコンセプトの“Silent Flow”は、市民の心の中の台湾を抽象的に表現しています。台湾は自身のアイデンティティを探す必要がありました。それは、過去の混沌としたイメージではなく、「心の中の静かさ」や「安定」でした。

画像: Silent FlowというコンセプトでデザインされたEMU3000

Silent FlowというコンセプトでデザインされたEMU3000

馮さん:
TRAの社員たちは、車両の機能性もデザインも、みんなの協力によっていいものが出来上がることを確信していました。同時に、TRAの変化を市民にも知ってもらいたいと思い、2019年12月に「鳴日-臺鐵美學復興」イベントを開催しました。

画像: 3台の新車両のデザインコンセプトが展示されたイベント

3台の新車両のデザインコンセプトが展示されたイベント

林さん:
「鳴日-臺鐵美學復興」イベントのメインの目的は、3台の新車両のデザインコンセプト案を展示することでした。TRAが新たなデザインに力を入れて変革しようとしている思いを市民にPRしたいと考えました。

呉さん:
これをきっかけに、市民がデザインを信じ、新しいデザインによって生活が変わると感じてもらえたらと考えていました。そして、何よりも重要なのは、デザインそのものではなく、デザインを通して組織と文化は変化できると伝えることでした。 

野末:
イベント参加者のみなさんがポジティブに受け止めてくださったおかげで、自信を持ってデザインを決定することができました。プロジェクト自体を応援してくれる人がたくさんいることが、プロジェクトに関わるメンバーにとって自信になり、勇気を持ってシンプルなものを実現できたと思います。

画像: イベントでは市民に新たなデザインとデザインが持つ変化の力を体験してもらった

イベントでは市民に新たなデザインとデザインが持つ変化の力を体験してもらった

呉さん:
イベントで市民からいただいたコメントやメッセージはとても面白いものでした。TRAのデザインに大きな変化を感じ「これはTRAではない」「自分の知っているTRAではなく、うまく運営されている海外の鉄道会社のようだ」と言う人もいました。

このメッセージを得たことは、非常に大きな意味があると思います。なぜなら、人々がデザインの変化を感じているからです。

市民も関わったデザインによって、社会に革新を起こす

馮さん:
これは私が最も好きな写真です。この写真を撮ったのは夜の9時ごろだったと思います。いくつもの議論を重ねた最後の夜、野末さんも美学専門家たちも満足し、みんなが満面の笑みで撮ったものでした。

画像: デザインが完成し、満面の笑みを浮かべる馮さんらプロジェクトメンバー

デザインが完成し、満面の笑みを浮かべる馮さんらプロジェクトメンバー

張さん:
一番大きな変化は、決定のプロセスが大きく変わったことです。従来は設計側の日立が案を提案し、みんなの意見を統一しないまま上層部が決めていました。今回は双方の専門家を介して先に議論し、合意してから会議に提出し、上層部が決定しました。プロセスの中で専門家に権限を与え、その後決定したことが重要な変化です。 

呉さん:
たくさんのすり合わせを経て車両が完成すると同時に、多くのデザイン改革が始まりました。これは最も感動的な瞬間でした。

例えば車両の清掃を担当している会社が、車両が変化し新しい姿になることを知ると「ユニフォームを変えられないか、車両のデザインに合わせて変更できないか」と希望しました。また、電車内でサービスを提供する会社からは「新しい電車に合わせて新しいサービスを提供できないか」と提案を受けました。

画像: EMU3000の車両内部の様子

EMU3000の車両内部の様子

野末:
社会インフラのような公共性の高いものは、デザイン案を出してその中から選んでもらうのではなく、自分たちの思いやプロセス、どこからアイデアが生まれたかを公表して、応援してもらい、信じてもらって作る、というのがあるべき姿だと思いました。そしてそれが、自分たちにとってもありたい姿なのかなと感じています。

馮さん:
実はこれまで、台湾の人は台湾の建築デザインはあまり美的価値を重視していないと思っていました。台湾は美的価値を追求しようと努力してきましたが、社会インフラにおいて、それはとてもお金がかかることだと以前は思われていました。

しかし今回、TRAのEMU3000プロジェクトのデザイン過程で、美的価値は機能性、実用性、デザイン性をうまく融合することができるものだと気づきました。

呉さん:
デザインの価値が理解されていないと、単なる美的感覚、表面上の作業だと思われてしまいます。しかし今回は、デザインを表面的なものではなく、みんなの生活につながるものにすることができたと思います。その過程は社会の主流の声とは必ずしも一致しない、非常に孤独なものでしたが、今回の取り組みによって組織全体の雰囲気を変え、革新を起こすことができました。

画像: 「デザインは組織全体の雰囲気を変え、革新を起こす」と語る呉さん

「デザインは組織全体の雰囲気を変え、革新を起こす」と語る呉さん

野末:
列車を使っていただける市民のみなさんはもちろん、みんなで作ったものだと思っています。今回のような関係はずっと続いてほしいと思っていますし、他のプロジェクトでもこのような関係を築けるような仕事をしていきたいです。

高:
私は電車で旅をするのが大好きです。TRA、美学専門家、日立、みんなの力によって生まれた新しい列車に乗って、世界中の人たちが安全で快適な台湾旅行をすることができるようになるでしょう。

関連リンク

画像1: 地域を巻き込んだデザインが、組織や社会に変革を起こす|台湾の新たな都市間特急車両EMU3000

馮輝昇
交通部臺灣鐵路管理局副局長

Hui-Sheng Feng
Deputy Director General, Taiwan Railways Administration, MOTC

画像2: 地域を巻き込んだデザインが、組織や社会に変革を起こす|台湾の新たな都市間特急車両EMU3000

林妍蓁
交通部臺灣鐵路管理局 附業營運中心 營運專員

Lin Tan-Jhen
Executive Operation Officer, Subsidiary Business Operating enter of Taiwan Railways Administration, MOTC

※ 所属は当時

画像3: 地域を巻き込んだデザインが、組織や社会に変革を起こす|台湾の新たな都市間特急車両EMU3000

張基義
臺鐵美學小組委員
台灣設計研究院 院長

Chi-Yi Chang
Aesthetics Subcommittee of Taiwan Railway Administration,
President, Taiwan Design Research Institute

画像4: 地域を巻き込んだデザインが、組織や社会に変革を起こす|台湾の新たな都市間特急車両EMU3000

吳漢中
臺鐵美學小組委員

Han Wu
Aesthetics Subcommittee of Taiwan Railway Administration

画像5: 地域を巻き込んだデザインが、組織や社会に変革を起こす|台湾の新たな都市間特急車両EMU3000

高倩文
資深經理, 台灣基礎設施系統部, 台灣日立亞太股份有限公司

Candy Kao
Senior Manager , Taiwan Infrastructure Systems Group Taiwan Hitachi Asia Pacific Co.,Ltd.

画像6: 地域を巻き込んだデザインが、組織や社会に変革を起こす|台湾の新たな都市間特急車両EMU3000

野末壮
研究開発グループ 東京社会イノベーション 協創センタ
プロダクトデザイン部 デザイナー(Designer)

工業デザイナー。業務用プロジェクター、テレビ等の情報機器、国内外向け白物家電の担当を経て、現在は鉄道車両のデザイン開発に従事。

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