Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
オープンな交流や、日立独自の顧客協創方法論NEXPERIENCEでイノベーションに取り組んできた「協創の森」。「協創の森をアップデートする」シリーズは、この取り組みをさらに進化させるべく、さまざまな知見をもつ皆さまと語り合い、新たな視点を発見していきます。今回のテーマは「複雑な社会課題を解くために問いは有効か」。『問いのデザイン』の著者である京都大学 塩瀬准教授に、日立製作所研究開発グループ平井技術顧問と、東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長の丸山幸伸がお話を伺いました。複雑な社会課題を解くために問いは有効か、そして、問いからはじめるイノベーションへの道筋などについてお聞きします。

[Vol.1]まずは問い直すところからはじまる
[Vol.2]失ってしまった問う力を取り戻す
[Vol.3]自分ゴト化し、問い直す

「これ、本当にいるんですか?」 始まりは問い直しから

丸山:
先日、塩瀬さんと安斎勇樹さんの共著『問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション』(学芸出版社刊)が、日本の人事部「HRアワード2021」(後援:厚生労働省)の推薦図書に選ばれました。今、問いが求められている背景と、問うことの価値についてお聞かせください。

塩瀬さん:
出版したのは2020年6月ですが、安斎さんと共に執筆を始めたのは2015年です。お互いに企業や学校、地方団体からワークショップ(WS)の依頼を受けることが多いのですが、焦点がズレていることが多く「まずはそれを問い直すところから始まるよね」という共通認識がありました。

ところが、WSやファシリテーションについての本の多くは進行方法ばかりで、問いについてはわずかしか割かれていません。そこで、問いだけにテーマを絞った本を作ったらどうか、と意見が一致し、問いのデザインについて本を書くことになりました。

画像: 『問いのデザイン』の出版背景について語る京大の塩瀬さん

『問いのデザイン』の出版背景について語る京大の塩瀬さん

丸山:
本を読ませていただきましたが、確かにWSの手続きではなく、その前に問うべきもの、向き合うべきものをどう設定するか、というところに力を入れていますね。

塩瀬さん:
「こういうWSをやりたいんですけど」と言われた時に「これ本当にいるんですか?」と聞き直すと、1回止まって「いや、言われたからやらざるを得ないんです」と答える方が少なくないですね。「会社としてやらないといけないことなんです……きっと」と言われる方もいます。

それに対して問い直し、本当にやりたいことを聞いてみると、本当はその製品を作りたいとは思っていなかったり、別のサービスを提供したいけれどできないと思っていたりします。

例えば、「子どもが牛乳をこぼして大変だ」と言うお母さんの問題解決を考えてみると、牛乳を飲ませないと言うのは安易な問題解決ですよね。社会問題の解決においても、本質的ではない安易な解決が行われていることがあります。音がうるさいと言う人がいるから騒いでいる人たちを排除してしまう、というのもその一例です。

そういうことが起きるのは、その解決方法に賛同してくれる人や、応援してくれる人にしかコンタクトを取らない、つまり聞く相手を絞っているからなんですね。人間中心設計(Human Centered Design/HDC/ヒューマンセンタードデザイン)と言いながら、自分にとって都合のいいヒューマンセンタードデザインになりつつある状況があります。

限定された人の声だけを聞いて作った製品やサービスなのに、「みんなに使ってもらいたい」と思っても無理がありますよね。みんなに使ってもらえるものをつくるには、価値観や持っている情報が違う人たちと対話する手段が必要です。そのプロセスには、「自分たちは何を問いたかったんだっけ」と問い直すことが必要になります。この問い直しのプロセスを、思い切って本にしてみたんです。

コロナ禍をきっかけに、問い直す人が増えてきた

丸山:
出版した時期とコロナ禍は関係していますか?

画像: 『問いのデザイン』の出版背景に耳を傾ける日立製作所の平井千秋(中)、進行役の日立製作所 丸山幸伸(右)

『問いのデザイン』の出版背景に耳を傾ける日立製作所の平井千秋(中)、進行役の日立製作所 丸山幸伸(右)

塩瀬さん:
出版した2020年6月は、まだ緊急事態宣言が続いていたので、完全に収束してから出版した方がいいんじゃないかと迷いました。それでもあえて出版したのは、問いに関するWSのリクエストが増えたからです。

背景には、テレワークがあります。職場で仕事をしていた時には職場の常識が自分の常識になっていました。ところが家で仕事をしていると、「これは本当にやりたいことなのか」と疑問を抱く人が増えてきたんです。その結果、「これをやらないといけないと思っていたけど、本当に必要なんでしょうか」と問い直すリクエストが増えてきました。滅私奉公しなくても仕事ができるようになったのは、大きなパラダイムシフトではないかと思います。

5年くらい前までは「なぜ問い直さないといけないんですか?」という方に対して、まずは問い直すモチベーションを感じてもらうところから始める必要がありました。ですが、この1、2年はそれがいらなくなり、最初から問いについてのWSをリクエストしていただけるようになり話がしやすくなりました。これは大きな変化だと感じています。

丸山:
以前は問い直しを啓発しなければいけなかったけれど、その必要がなくなった。さらに職場という“疑似家族”のお約束から解き放たれて、自分で問い直すことができるようになった、ということですね。

塩瀬さん:
そして問い直してみると、「私人としての自分はいらないと思っているんだけど、公人の自分はやらないといけないから、結果やっている」という現実に気づき、ふと我に返ったということです。

問うことは、意識し続けないと忘れてしまう

丸山:
平井さんも塩瀬さんと同じような思いを持っているのかなと思いますが、いかがでしょうか。

平井:
問い直す前に、そもそもちゃんと問うことができているか、ということも問題だと思います。これまでに問うということをしていないと、問い直すという発想にもならないですから。

私たちは小学校の時から、問題を与えられて「解きなさい」と教えられています。会社の仕事でも与えられた課題を解くことがほとんどですよね。だからこそ、問題を発想するという視点を持っていない方も多いと思います。

一方で研究者は昔からずっと、問わないといけない、問いを設定しないといけない、と言われてきました。問いは研究者の中には脈々とあるんですけど、それでも常に問い続けないと忘れてしまうんですよね。

画像: 問い続けることの難しさを語る日立製作所の平井

問い続けることの難しさを語る日立製作所の平井

丸山:
忘れてしまうのは何故なんでしょうね。私自身も時々、それが揺らいでいる時があるように感じます。

平井:
僕はよく、戦争をなくすにはどうしたらいいか、という問いを例に上げるのですが、そうすると「戦争をなくす方法が分かりません」という答えが出てきます。でも、それでは一歩も先に進めません。

分かりません、と言う前に戦争が起きている原因を追求すると、例えば食糧不足が原因で戦争が起きることがあると分かります。それが分かれば、食糧を確保するためにはどうしたらいいか、と次に進むことができます。ですが、「◯◯がない」で終わっていることが多いのが現実です。どの問題に対しても「◯◯がない」と言ってしまえばそれで終わってしまいます。

問うことで、本質を見つめ直す

平井:
同時に難しいのは、問い直したうえで、行動も変えなければいけないということです。例えば日立も、出発点から「お金儲けの会社ではありません」と言ってきました(※)が、お金を儲けないことには民間企業として成り立たない面も当然あります。これからもっと社会的な貢献をしよう、もっと社会に目を向けようとする時、企業の利益確保と社会貢献をどう両立するか? と問い直さないと、研究テーマも事業計画も立たない、というところに来ていると感じています。

例えばSociety 5.0(サイバー(仮想)空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会)が実現してドローンで荷物が届くようになれば、たしかに便利です。でも、単に便利にすることが目的なのか、その先にある本当の幸せとは何かを問い直していく必要があると考えています。

※『新入社員に対する訓示(昭和十年四月 本社にて)小平浪平』に基づく。

画像: 問いを取り入れることで企業がどう変わっていくか。進行役の日立製作所 丸山

問いを取り入れることで企業がどう変わっていくか。進行役の日立製作所 丸山

塩瀬さん:
Society 5.0に関連したWSを依頼されることがあります。WSの冒頭に「Society 5.0人材の人は挙手してください」といっても、その場で誰も手が上がりません。「じゃあ、Society4.0の人は?」と数字を下げていっても挙がらない。皆さんどこかで聞いたことはあるけれど、それが何か頭の中で具体化していないのに、「これからはSociety5.0の時代だ」などと軽口を叩いてしまう。

見たことも聞いたことも、ましてや妄想したことすらない人材を「育てる」ってどうやって育てられるのか。「なぜSociety5.0人材を育成するのですか?」と尋ねると、「変動する社会に適応できる必要があるから」とどこかのホームページに書いてある教科書通りの説明が返ってきます。「でもSociety5.0は見たことないのですよね?」と改めて問い直すと、聞くと、みんな「あれ?」となるんですよね。

「では、見たことも聞いたことも妄想したこともないものを育てるってどういうことですか? 5.0について何も知らないのに、5.0人材を育成するんですか?」と聞くと「これからの変動する社会に必要だから」と返ってくることが多いです。「5.0を見たこともないのに、解決できると思いますか?」と聞くと、みんな「あれ?」となるんですよね。

丸山:
問いが大事であることは、もともと分かっていましたよね。そして、複雑なものを解くためにより問いが大事になってきました。さらにコロナ禍において「自分自身が問い直すべきだ」と内省的にも理解でき、世の中でもsocety 5.0人材という新しい命題が与えられて、「それなんだっけ?」と出くわす場面も増えてきた、ということですね。

――次回は、問いはだれもが作り出せるのか、そして、問いと“自分ゴト”との関係性など、問うことについてさらに深掘りしてお聞きします。

画像1: [Vol.1]まずは問い直すところからはじまる│問いは複雑な社会課題の解決に有効か。京大・塩瀬さんと考える問いの活用

塩瀬 隆之
京都大学総合博物館 准教授

1973年生まれ。京都大学工学部卒業、同大学院工学研究科修了。博士(工学)。専門はシステム工学。2012年7月より経済産業省産業技術政策課にて技術戦略担当の課長補佐に従事。2014年7月より復職。小中高校におけるキャリア教育、企業におけるイノベーター育成研修など、ワークショップ多数。平成29年度文部科学大臣賞(科学技術分野の理解増進)受賞。著書に『問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション』、『インクルーシブデザイン:社会の課題を解決する参加型デザイン』(いずれも共著、学芸出版社)など。
https://www.elp.kyoto-u.ac.jp/professor/shiose/

画像2: [Vol.1]まずは問い直すところからはじまる│問いは複雑な社会課題の解決に有効か。京大・塩瀬さんと考える問いの活用

平井 千秋
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 技術顧問(Technology Advisor)

現在、協創方法論の研究開発に従事。
博士(知識科学)
情報処理学会会員
電気学会会員
プロジェクトマネジメント学会会員
サービス学会理事

画像3: [Vol.1]まずは問い直すところからはじまる│問いは複雑な社会課題の解決に有効か。京大・塩瀬さんと考える問いの活用

丸山 幸伸
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。

[Vol.1]まずは問い直すところからはじまる
[Vol.2]失ってしまった問う力を取り戻す
[Vol.3]自分ゴト化し、問い直す

This article is a sponsored article by
''.