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オープンな交流や協創アプローチでイノベーションに取り組んできた「協創の森」。「協創の森をアップデートする」シリーズは、この取り組みをさらに進化させるべく、さまざまな知見をもつ皆さまと語り合い、新たな視点を発見していきます。今回のテーマは「複雑な社会課題を解くために問いは有効か」。「問いのデザイン」の著者である京都大学 塩瀬准教授に、日立製作所研究開発グループ平井技術顧問と、東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長の丸山幸伸がお話を伺いました。問いは誰もが持っているけれど向き合えていない現状があること、自分自身の経験からイマジネーションを膨らませることなどについてお聞きまします。

[Vol.1]まずは問い直すところからはじまる
[Vol.2]失ってしまった問う力を取り戻す
[Vol.3]自分ゴト化し、問い直す

問いは誰もが作り出せるか

丸山:
二つ目のトピックに入ります。研究者やデザイナーに、物事に向き合う態度や問いを思考法として組み込むにはどうしたらいいのでしょうか。そしてそれを社会や組織に組み込むとどうなるのかについてお聞かせください。

塩瀬さん:
よく「問いは作れるようになるんですか?」と聞かれますが、私は「本当はみんなすでに問いを作っています」と答えます。小さい頃はずっと問いだらけだったのに、それを封じ込めてきただけですと。

今年から10月1日は「大切な問いに向き合う日」として、日本記念日協会の認定を受けた記念日として登録されました。僕はあえて「大切な問いを"つくる”日」ではなく「大切な問いに"向き合う”日」と名付けました。なぜなら、大切な問いはすでにみんな知っていて、本当はこうしないといけないと気づいているけど向き合ってない状態なので、「向き合ってください」という思いを込めました。

問いのワークショップ(WS)では、忘れていた問いを思い出してもらう、というカウンセリングに近い要素を含んでいますね。

丸山:
実は、誰もが”問う力”を既にもっていた、ということですね。

塩瀬さん:
はい。問題は、素直に思ったことを言えない組織やチームの関係性にあります。問いを思い出すためには、コミュニケーションデザインを通して、考えていることを素直に表に出し、本音で語れる関係性になっていることが重要といえます。

本音を出せるようになってくると「うちの部署の名前はダイバーシティインクルージョンなのに、めちゃくちゃ偏ってるじゃないですか」というような、みんながおかしいと思いながら口に出さなかった根本的な問いが出てくるようになります。

画像: 「私たちは問いを封じ込めているだけ」と語る京大の塩瀬さん

「私たちは問いを封じ込めているだけ」と語る京大の塩瀬さん

塩瀬さん:
パイロットの視点で考えてみましょう。空を飛んでいる時はコックピットが中心なので水平線が動くように感じるんですが、着陸するときは地面が中心になってコックピットが動くように感じます。視点の重心の置き方が変わるということです。

空を飛んでいる時が自分視点、着陸する時が相手視点と考えると、空を飛んでいる時は自分が面白いと考える課題に向き合って見たい景色が見えているけれど、着陸する時には地面の状況という相手の状況に沿っていかに上手く着陸するかだけを考えるようになってしまいます。地面の状況は、組織の要求と言い換えることができます。

飛んだ時に見える風景をできるだけ着地点にも持ち込んでいきましょう、滅私奉公はやめましょう、という話もしています。もちろん貢献するのは大事ですが、その時にも、飛んでいる時の景色と面白さを正直に話し、着地点を変えるようなプレゼンテーション能力が必要です。つまり、合わせる、空気を読むことよりも、「こっちに着地した方がいいんじゃないですか?」と周りを巻き込むプレゼン能力、コミュニケーション能力を身につけてほしいと思っているんです。

イマジネーションが問いを生み出す

丸山:
問いを身につければ 企業の中でももっとイノベーティブになれる。空を飛んだ時の姿をイメージするような仕事の仕方をすれば、もっとクリエイティブになれる。平井さんはこのお話を伺って、どう感じましたか?

平井:
一つは、自由に話すことの難しさですね。そしてもう一つは、イマジネーションが欠けているといい問いが出てこないんだな、ということです。

ある時、京都駅から京大までタクシーで向かっている途中に平安京が目に入ったんです。歴史で習って覚えているのは「泣くよ(794年)ウグイス平安京」という言葉だけなんですが、その裏にはさまざまなドラマがあっただろうな、とふと思ったんです。

遷都が決まった時、下級の役人は家に帰って「どうやら都が移るらしい。引っ越すことになるだろう」と家族に話したと思うんですね。すると妻は「私、知らない場所なんて絶対に嫌よ」と言ったと思うんですよ(笑) というのは、私の勤務先が赤坂から国分寺へ移ることが決まった時、妻に同じようなことを言われた経験があったんですね。つまり、自分の経験があるとイメージがしやすいんです。そのことを話を聞いて改めて思いました。

画像: 平安京を見て浮かんだイマジネーションを披露する日立製作所 平井

平安京を見て浮かんだイマジネーションを披露する日立製作所 平井

塩瀬さん:
まさに僕のWSでは、経験をいかにアナロジーでつなぐか、ということをやっています。そもそもコミュニケーションは情報伝達ではなく、インデックスの交換でしかないからです。知らない言葉を理解することはできないから、自分が知っている言葉の類似性から相手の言葉を推理しているだけなんですね。

「泣くよウグイス平安京」というたった一行の言葉でも、平井さん自身の経験から引っ越しを具体的に考えたように、それぞれの人が自分の経験も踏まえて「平安京への引っ越しをどうするか考えよう」となったら、いろんな意見が出てくると思います。「俺は官僚の引っ越しを考えます」「俺はお殿様をどうするか考えます」と、そんな話が出てくるんじゃないかなと思うんですね。

平井:
問いが山のように出て来ますね。

塩瀬さん:
そうなんです、問いが生まれるはずなんです。

問いと“自分ゴト”との関係性は

平井:
私たちは小学校時代から、いかに時間をかけずに知識を覚えるかを教え込まれました。その経験が、問えなくなってる原因の根本にあるかもしれません。同時に、問いの原点は、この研究・テーマが好きか、興味があるか、というところにあるとも思います。本当は興味がないのに仕事だからとやっていては、次の問いは生まれてきませんからね。

塩瀬さん:
問いは“自分ゴト”からしか生まれないんですよね。自分がこうしたい、こうなりたい、という思いがあるからこそ違和感が見えるようになります。

丸山:
アナロジーが自分の経験から見つけられるようになると自分ゴト化できる、というのは、自分に引き寄せることで解像度が上がってくるということなんでしょうか。

画像: 司会進行をしながら、塩瀬さんの話に興味深く耳を傾ける日立製作所 丸山

司会進行をしながら、塩瀬さんの話に興味深く耳を傾ける日立製作所 丸山

塩瀬さん:
インクルーシブデザインのWSでは、車いすの人と一緒にトイレを探したりもします。ある時、駅員さんに車いすで利用できるトイレの場所を聞いたところ、駅員さんが場所を見つけられず迷ってしまったことがありました。もちろん駅員さんは図面でのトイレの場所は知っているんですが、利用者の目線に立ってトイレを探したことがなかったので、どんな導線でトイレを探していいかわからなかったんです。

同じようなことは、バリアフリーの建物を作る時にも起こります。図面上は多目的トイレもエレベーターもあって、バリアフリーの建物としてのチェックに合格する建物であったとしても、当事者目線で見ていないので、とても使い勝手が悪かったりすることがあります。こんなふうに、課題解決したふりで終わってしまっているケースがたくさんあるのですが、必要性に迫られないと自分ゴトに引き寄せて考えることができないのが難しいところですね。

そういった場面で創造性を引き出すために、自分の経験が必要になります。

イノベーションではどちらも大切にしたい 捨てる神と拾う神

丸山:
先日実施した協創の森ウェビナーでは、AI倫理について議論をしました。AIの倫理を考えるならば、AI倫理のフレームそのものを問うような人も必要ですし、AIとして何ができるかということを研究する研究者、現場に導入された際の現場の業務の問題をヒューマンファクターの観点で見られる人も必要ですね。そこで、関係者に初めて一堂に集まってもらい、オンラインの座談会を開催したんです。そうしたら「これまでも隣合って仕事をしていたのに、なぜこういう議論を前からしなかったんだろうね」という声が出てきました。

塩瀬さん:
そこは縦割り文化としての教育と組織の作り方という、日本の特徴から生じる苦手な部分です。前提の中に馴染むこと、もしくは埋もれることが美徳だとされているので、違和の表明を褒めてこなかったからです。結果、同じ言葉を持ち、同じ訓練をしてきた人とばかり群れるので、違和感を言葉にしたり、わざわざ指摘することが、ますますなくなっています。

ある企業の取り組みで、十カ国以上の人が集まる会議があるんです。当然、その会議の中は考え方がバラバラなのでまとまらないわけです。それを日本企業の人事部門の方に言うと「大変ですね」ということになってしまうのですが、考えがバラバラな時こそ、むしろいろいろな価値観で物事を見ることができるチャンスだと考えることができます。

例えば女性用の生理用品は、黒色のデザインは日本ではなかなかありません。でも、スウェーデンをはじめとする北欧では、黒でも特に問題ありません。いろんな価値観をもつ国の人がいると、日本の価値観では認められない色を認めてくれるところが出てきて、「ではそちらで展開していきましょう」と話を進めることができます。

つまり、イノベーションで一番大事なのは、捨てる神と拾う神、両方を集めることだと思います。

画像: 話題は、問いから日本人に必要な資質へと展開

話題は、問いから日本人に必要な資質へと展開

丸山:
むしろ「拾う神あれば救う神あり」なのかもしれません。みんながバラバラで違うことこそがアイデンティティであり、言い換えればお互いが平等ということなんですよね。ですが、日本は他者と違うものをシャットアウトしてしまいますね。

塩瀬さん:
すごくもったいないと思います。あと、日本の文化の中で培ったものは自分たち固有の大事なものなのに、容易にそこを引っ込めてしまうのは自信のなさの表れだと思います。もっと自分の足もとを見て、自分が見たいことをちゃんと説明するボキャブラリーを増やす必要があります。

その言葉を持たず、せっかく培ってきたものを全否定する形で社会課題に向き合おうとしているから、みんなが混乱していると思います。放っておくとアイデンティティを失うことになりかねないので 迎合ではなく、もっと自分たちがやってきたこと、問うてきたものを大事にしてほしい、信じてほしいと思います。

――次回はこれから社会をより良い方向に変えていくために問うべき方向やテーマについてお聞きしながら、問いが持つ可能性を探っていきます。

画像1: [Vol.2]失ってしまった問う力を取り戻す│問いは複雑な社会課題の解決に有効か。京大・塩瀬さんと考える問いの活用

塩瀬 隆之
京都大学総合博物館 准教授

1973年生まれ。京都大学工学部卒業、同大学院工学研究科修了。博士(工学)。専門はシステム工学。2012年7月より経済産業省産業技術政策課にて技術戦略担当の課長補佐に従事。2014年7月より復職。小中高校におけるキャリア教育、企業におけるイノベーター育成研修など、ワークショップ多数。平成29年度文部科学大臣賞(科学技術分野の理解増進)受賞。著書に『問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション』、『インクルーシブデザイン:社会の課題を解決する参加型デザイン』(いずれも共著、学芸出版社)など。
https://www.elp.kyoto-u.ac.jp/professor/shiose/

画像2: [Vol.2]失ってしまった問う力を取り戻す│問いは複雑な社会課題の解決に有効か。京大・塩瀬さんと考える問いの活用

平井 千秋
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 技術顧問(Technology Advisor)

現在、協創方法論の研究開発に従事。
博士(知識科学)
情報処理学会会員
電気学会会員
プロジェクトマネジメント学会会員
サービス学会理事

画像3: [Vol.2]失ってしまった問う力を取り戻す│問いは複雑な社会課題の解決に有効か。京大・塩瀬さんと考える問いの活用

丸山 幸伸
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
東京社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。

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