日立製作所研究開発グループが実施するオンラインイベントシリーズ「協創の森ウェビナー」。社会受容と倫理課題を軸に、デジタルサービスと社会の共生の道を探る第9回ウェビナーのVol.1、 Vol.2でもお伝えした4人の話題提供を経て、シンポジウム形式での議論が行われました。 Vol.3では、筑波大学人間系 原田悦子教授、静岡大学地域創造学環 須藤智准教授も交えた議論の模様をお届けします。

[Vol.1]多様な立場からサービスを見直す
[Vol.2]技術と社会の相互作用、社会受容へのアプローチ
[Vol.3]デジタルサービスは真に民主的なものになり得るか

デジタルサービスの「見えなさ」がもたらす影響

原田さん:
認知工学では、システムやサービス全体がユーザーにとっての課題解決のメディアになる、と考えています。注意すべきことは、デジタルサービスの場合、ユーザーにとっての課題や目標が実現される物理空間が「見えない」、「身体性がない」ことが問題となる点です。

画像: 民主的な共創デザインが求められるが、果たしてそれは可能か

民主的な共創デザインが求められるが、果たしてそれは可能か

人間の認知は、私たちが考える以上に身体や空間性に制約を受けています。これに対し、デジタル情報でもたらされる課題解決は、圧倒的な量的差異があり、それに基づいて生じる質的な差が存在します。

例えば、 Eメールをアメリカの友人に送っても、あっという間に届きます。これは、自分が物理的な世界でもっているメンタルモデルを大きく変える体験です。こうしたまったく新しいサービスについて、人はあらかじめ想像したり検討したりできるでしょうか。

ここまでのお話のように、人とサービスの相互作用を前提としてデジタルサービスの社会受容を実現するならば、いろいろな人が入ってきて一緒につくる、民主的な共創デザインが必要です。しかしそれは果たして可能なのでしょうか。

真の社会受容を保証するシステムづくりは可能か

原田さん:
そう考えると「真の社会受容をあらかじめ保証できるようなシステム作りは存在するのか」という疑問が湧いてきます。特に、ヒトの身体・感覚と大きく異なるデジタルサービスには「これは良い」「これは悪い」と単純には決めにくい側面があります。日本人や日本社会がそうした曖昧さをどのくらい変容できるかも気になるところです。

また、ユーザーがモノを使う際には、ローカルに相互作用が発生します。ローカルな相互作用に合わせて「より受容される」システムをつくっていくと、全体としては莫大な多様性が発生します。そうした莫大な多様性に応えるサービスをつくり、維持していけるのか、というのも問題になります。

画像: 小さいコミュニティでの実践事例を語る

小さいコミュニティでの実践事例を語る

しかし、いくつかの成功事例はあります。たとえば、リビングラボとしての「みんラボ(みんなの使いやすさラボ)」です。筑波大学では、シニアの皆さんと一緒にさまざまなことを共に学びつつ、人々がハッピーになるモノ・サービスのあり方を議論する「みんラボ」を10年間かけて構築してきました。また、別の事例では、ネットサービスとしてのフリマアプリの企業が実店舗を設営し、「フリマアプリに関心はあるが使い方がわからない、不安」という方々の来店を求め、個別のさまざまな活動や体験を行う中で、ニーズや要望を拾い上げながらユーザ層を広げているという話も聞いています。

そうした事例から「小規模であればユーザーと共に参加できるコミュニティ、環境を作ることはそれほど難しくない」と感じています。ただし、コストの問題など解決しなければならない課題はありますね。

市民は共創の場に参加するのか

須藤さん:
静岡大学の須藤です。ここまでのお話から、民主的な共創デザインの実践が一つの道筋になるのだろうと感じています。しかし、市民が実際に共創の場に参加するのかどうかは未知数だと思います。筑波大学のみんラボはシニアの方々に参加頂いていますが、参加者は会員に限定されており、必ずしも多様な人々が参加しているとは言い切れない部分があります。

さらに今回はデジタルサービスという話でしたが、多様な市民の中にはデジタルに対して抵抗感をもっている人もいます。さらに,共創に参加するためには、市民もある程度の時間的、心理的、経済的コストを負担することになります。市民は本当に共創の場に参加できるのでしょうか。

岩木:
市民の方々には、共創(協創)の場へ是非参加していただきたいと思っています。というのも、デジタルはこれまでのサービスとは異なる特徴をもつ分、人との接点をつないでいく必要があると思うからです。一方、実施にあたってはコストが課題になりますので、サービスの規模に合わせてお互いにどのような関わりを持つか検討が必要です。

現状でも積極的に参加くださる方はいらっしゃいますが、積極的な方からだけフィードバックを得るのは望ましくありません。そう考えた時、参加のあり方にグラデーションがあることがひとつのヒントになるかなと思います。腰を据えて参加する方からも軽い気持ちで参加する方からもフィードバックを得られると、サービス検討に対してもある種の共創が成り立つと考えられます。

さまざまな共創(協創)のあり方の中で、原田先生からお話があった筑波大学の「みんなの使いやすさラボ」の取り組みは大変参考になりました。何より、こうした取り組みに高齢者の方がボランタリーに集まっているという事実が大変心強いと感じております。

画像: 話題提供者への質疑を軸に議論が進む

話題提供者への質疑を軸に議論が進む

進化したサービスを事業者は受け止められるのか

須藤さん:
共創の結果、明らかになったニーズや多様な文脈をサービスやシステムに組み込んでいった場合、かなり局所性の高い複雑なシステムになっていくのではないかと思われます。つまり、多様な文脈やニーズのすべてに対応した共創の方向性は無限大であり、対応が困難になる可能性があると思いますが、サービス提供者はそれをどう受け止め、どのようにユーザーに提供するかを考えておかなければならないのではないでしょうか。

岩木:
日立のような事業者となり得る企業などが受け止めきれる部分は確実にやるべきだと思います。ただしすべてを事業者が受け止めることは困難であり、素直に制約として認めなければならない部分もあります。進化したサービスを受け止めていただくためには、市民や他の方にも協力をいただいて進めていく必要があるのかなと思います。無限にある多様性にどう向き合うかは非常に難しい問題です。最大公約数を探れるのであれば良いですが、それも難しい場合、落としどころをどう考えるか検討する必要があると思います。

須藤さん:
「そのサービスが人間の生活を変化させたか」に関する評価指標が難しいとも感じます。多様な市民の多様なニーズがある中で、また、お金の動く世界のことを考えなくてはいけない中で、どのように評価についてのパラメータを決めていけばいいのでしょうか。

岩木:
サービスを評価する指標は一般的に、「提供価値の実現」、「事業の継続可能性」「受容可能性」などが考えられます。提供価値と同様、受容可能性もかなり多様になるでしょう。無限に多様な価値を提供するのは難しいので、意思をもってある程度決めていく必要はありそうです。また、企業活動のサステナビリティ評価のような環境負荷の指標としても、多数のパラメーターがあります。それらのパラメーターへの対応は、社会全体に広がってゆくのではないかと認識しています。

原田先生、須藤先生からの投げかけを、佐倉先生や久木田先生がどのようにお考えになったか非常に関心がありますが、いかがでしょうか。

久木田さん:
認知科学的な観点からみてデジタルサービスにはどんな特性があるのか、たいへん勉強になりました。人間の身体性や物理世界をデジタルが見えにくくしてしまうという問題があり、そこで全く新しい世界を、どうすれば人間が想像し、検討できるのかというご指摘でした。

ただでさえテクノロジーは評価が難しい。新しいファクターが加わった時にテクノロジーはどう進化するか、それを人間がどう受け止めていくのか、大事な問題だと思います。

大きなプロジェクトの中では、あらかじめ発生し得る問題を予測したり、行政の政策に取り込む方がいらっしゃいますが、基本的には予測できないことが起こることを大前提として考えていかなくてはならないと思います。

最近は人工知能やロボットを見ていても、ユーザーの受容性が多様化していると感じます。例えば3Dのキャラクターモデルを作っている会社が生産中止を発表し「弊社の商品は使わないでほしい」とユーザーに伝えたときに、Vチューバ―などのヘビーユーザーたちは自分を模したキャラクターモデルが使えなくなってしまいます。「自分のアイデンティティが失われる」、「自分の体が失われるような気持ちになった」などと発言するなど、少し前では想像できなかった状況が見られています。

共生の道のヒントは教育にある

須藤さん:
続いて、佐倉先生と久木田先生へのご質問です。デジタル技術との共生の道を探る上でのデザインの重要性を痛感しましたが、本当に社会受容ができるかどうか。佐倉先生と久木田先生にご意見を頂戴したいと思います。

実際に人とデジタル技術は共生の道が辿れるのでしょうか。部分的に共生の可能性があるのならば、どのような制約条件が出てくるのでしょうか。さらに、どのような制約を課して実現すべきなのかについてもご意見をお聞かせください。

久木田さん:
共生の可能性については私はあまり気に留めておりません。強力なテクノロジーが出現した場合、いつかは共生していくことになると思います。もし抵抗が起こるとすれば、古い世界の習慣や価値観とバッティングすることだと思いますが、それも世代が変われば消滅し、いつかは受け入れられると思います。

ただし、それまでに起きる軋轢(あつれき)をどう考えるかという問題は残ります。テクノロジーの発展について「長い目で見れば人類を幸せにしているのだから、悲観的なこと言うのは不合理だ」という意見を耳にしますが、私はそうは思いません。現状の課題に向き合って考えることが重要だと考えています。

佐倉さん:
「部分的な可能性があるとすれば、その制約条件は何なのか」というご質問ですが、受け入れたい人は受け入れるし、受け入れたくない人は受け入れない、ということだと思います。ワクチン接種にも個人の選択権があるように、誰もが受け入れなくてはいけないサービスと、選択できるサービスが共存するようになると思います。

そんな中、「小さい規模なら可能」というお話に共感しました。そう考えると、コミュニティのサイズが制約条件かもしれないですし、価値観も制約条件かもしれません。結局、「一人ひとりの顔が見える環境が理想的なのではないか」という印象を持っています。

しかしその実践にはコストがかかるだけではなく、質的にも特定の人への依存などの問題があります。中心人物が属人的に担っていた部分を機械やAIなどデジタルサービスが担い、平準化・省力化できると良いと思います。ただしコミュニティによってニーズはバラバラなので、サービス側が全て供給するわけにはいかず、調整はコミュニティの側との関係でやっていかなければなりません。

そうなると、コミュニティの人たちに対する教育が大事になってきます。コミュニティの側からのニーズはもちろん大事ですが、何の技術もない人たちが希望だけを挙げても進みません。コミュニティに要求される最低限のスキル、モラル、能力などを教育することが大事だと思います。

ガンの末期患者の緩和ケアの医師のお話ですが、「緩和ケアの必要性を感じていない」 という患者さんに緩和ケアの効果を説明し実施したところ、「すごく楽になった」という声が多く聞かれたそうです。体験前と後で主観的な尺度は変わります。デジタルサービスにおいても、利用後の世界を事前に見せたり、さらには体感できたりすることが必要になってくる気がします。

コミュニティづくりがこの先のキモになる

須藤さん:
佐倉先生から教育についてのご指摘をいただき、僕たちはデジタル技術との付き合い方を学べていないことに気づきました。若い子供たちは自然に学んでいくのかもしれませんが、特に大人はデジタルと付き合える人たちばかりではないと感じます。

原田さん:
お話を伺い、「なるほど教育か」という発見がありました。 また、小さくてもコミュニティがつながる世界が本当にできると良いな、と思っています。グローバル化が進む今、コミュニティについての考え方も多様になってきています。コミュニティをどのように創って行けるかが今後の肝であり、そこには技術のデザインだけでなく社会デザインも必要だと感じます。

原:
ウェビナーをご視聴の皆さまからもご感想やご質問をいただいています。「多様な人の意見を聞くことで逆に技術の発展性が損なわれるのではないか」というご質問に佐倉先生からお答えいただけますか。

佐倉さん:
私が「適度な」と発言したのはまさにそれで、システムの開発には一般の人たちの声が必要ですが、声が多いほど良いものができるとは限りません。テーマに応じた適切な規模やサイズがあるのではないかと感じています。

画像1: [Vol.3]デジタルサービスは真に民主的なものになり得るか│協創の森ウェビナー第9回「デジタルサービスと共生するための社会受容と倫理課題」

原田悦子
筑波大学人間系教授  

山口県生れ。筑波大学大学院博士課程心理学研究科修了。教育学博士。専門は、認知心理学・認知科学・認知工学。特に人が経験を通して「変わっていく」過程に興味があり、人間の記憶の実験研究や、人とモノとの相互作用、さらに、そうした変化と(健康な)加齢のかかわりの研究を進めている。主な著書に、『人の視点からみた人工物研究』(共立出版)、『“家の中”を認知科学する―変わる家族・モノ・学び・技術』(野島久雄との共編著,新曜社)、『現代の認知心理学 4:注意と安全』(篠原一光 と共編著,北大路書房)、『医療の質・安全を支える心理学 ──認知心理学からのアプローチ』(編著,誠信書房)など。

画像2: [Vol.3]デジタルサービスは真に民主的なものになり得るか│協創の森ウェビナー第9回「デジタルサービスと共生するための社会受容と倫理課題」

須藤 智
静岡大学大学教育センター 地域創造学環 准教授

中央大学大学院文学研究科修了。博士(心理学)。専門は、認知心理学・認知科学・認知工学。「高齢社会における高齢者を含む人々の生活を支える人工物(モノ、サービス)の最適なデザイン原理の解明」や「高齢者の人工物の使い方の学習過程の解明や支援方法の提案」、「高齢者の認知特性」に関する研究を進めている。主な著書に、『仮説検証型実験からアプローチする:人を説明する シリーズ心理学と仕事3 認知心理学』(原田悦子編,北大路書房)、『認知工学から考える加齢と在宅医療機器の使いやすさの関係──在宅医療の実体験からの事例報告 医療の質・安全を支える心理学』(原田悦子編,誠心書房)など。

画像: ©︎青木 登

©︎青木 登

佐倉 統
東京大学大学院情報学環教授/理化学研究所革新知能統合研究センター チームリーダー

1960年東京生れ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。もともとの専攻は霊長類学だが、現在は科学技術と社会の関係が専門領域。人工生命、脳神経科学、放射線リスク、AIやロボットなどさまざまな分野の社会的問題を渉猟しつつ、人類進化の観点から人類の科学技術を定位することが根本の関心。主な著書に、『科学とはなにか』(講談社ブルーバックス)、『人と「機械」をつなぐデザイン』(東京大学出版会)、『「便利」は人を不幸にする』(新潮選書)、『おはようからおやすみまでの科学』(ちくまプリマー新書)など。

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久木田水生
名古屋大学情報学研究科准教授

2005年、京都大学大学院文学研究科で博士号(文学)を取得。2017年より現職。専門は情報の哲学、技術哲学、人文情報学など。著書に『ロボットからの倫理学入門』(共著、名古屋大学出版会、2017年)、『人工知能と人間・社会』(共編著、勁草書房、2020年)、『学問の在り方――真理探究、学会、評価をめぐる省察』(共著、ユニオン・エー、2021年)など、翻訳書にアンディー・クラーク『生まれながらのサイボーグ』(共訳、春秋社、2015年)、ウェンデル・ウォラック&コリン・アレン『ロボットに倫理を教える』(共訳、名古屋大学出版会、2019年)、マーク・クーケルバーク『AIの倫理学』(共訳、丸善出版、2020年)などがある。

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岩木 穰
日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ
サービス&ビジョンデザイン部 研究員( Senior Researcher)

2013年に日立製作所入社後、デザイン本部を経て現職。業務現場のエスノグラフィ調査などのユーザーリサーチを通じた人的観点でのソリューション創生・業務改革に取り組むとともに、そうした手法の組織的展開に向けた方法論研究に従事。近年は、デジタルソリューションが社会に広く長く受け入れられていくためにあるべき姿を探る研究にも取り組んでいる。

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原 有希
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 社会イノベーション協創センタ

サービス&ビジョンデザイン部 リーダ主管研究員(Unit Manager) 
1998年、日立製作所入社。デザイン研究所、デザイン本部を経て、東京社会イノベーション協創センタにて現職。ユーザーリサーチを通じたHuman Centered Designによる製品・ソリューション開発や、業務現場のエスノグラフィ調査を通じたCSCW(Computer Supported Cooperative Work)の研究に従事。人的観点でのソリューション創生や業務改革を行っている。

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