Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
実空間と情報空間をつなぎ、人とロボットの共通認識をつくることを目標とした「コモングラウンド」。ロボットのサポートによって人々が自身の持つ能力を最大限発揮できる環境(=人とロボットが共生する社会)を実現するべく、日立製作所ではデジタルツインやメタバースの研究を推進しています。研究を進めるなかでのひとつの論点が、「ロボットによるサポートの範囲」に関する問題です。AIの発展により、パーソナライゼーションやレコメンデーションが加速したときに、人間が自律的に意思決定したり思考したりする機会は奪われていくかもしれません。vol.3では、多摩美術大学 情報デザイン学科の専任講師 高見真平さんと非常勤講師のsabakichiさんとともに、日立製作所 研究開発グループ デザインセンタ 主任デザイナーの坂東淳子とデジタルサービスプラットフォーム イノベーションセンタ リーダ主任研究員の兵頭章彦が、「パーソナライゼーションは人間の自律性を補強してくれるのか?」を考えます。

[Vol.1]実空間と情報空間が交差した未来の都市の景色を考える
[Vol.2]コモンズとしての情報基盤の設計に向け、パーソナルデータを提供するべき?
[Vol.3]「パーソナライゼーション」は人間の自律性を補強してくれるのか?

空間やロボットが人間に忖度してくれる未来を実現する

コモングラウンドが実装された未来では、ロボットを始めとしたあらゆるデジタルなエージェントが人間のさまざまな意向を汲み取り、意思決定や行動のサポートをしてくれるようになるでしょう。日立製作所でも、そのようなデジタルとの高度なコミュニケーションを実現するための研究として、「現場拡張メタバース」の開発をしています。現場拡張メタバースは、メタバース空間上に、社会インフラや建設・製造業における現場を再現することで、維持管理業務の効率化をめざす取り組みです。たとえば、現在開発中の「鉄道メタバース」は、車両設計と保守・保全に必要な情報を天井・壁・床を大型スクリーンで構成するメタバース空間に表示させる取り組みです。。

画像: 鉄道メタバースのデモ体験の様子。鉄道を再現したメタバース空間上では、AIチャットボットとのコミュニケーションも可能。

鉄道メタバースのデモ体験の様子。鉄道を再現したメタバース空間上では、AIチャットボットとのコミュニケーションも可能。

しかし、ナビゲーションやパーソナライゼーションなど、高度なデジタルコミュニケーション技術が発展した際の懸念として、現在は情報空間上で発生しているフィルターバブル(※1)やエコーチェンバー現象(※2)といった自身の関心の高い情報のみしか習得できなくなる状況が、実空間でも発生することが挙げられます。人々は自身の関心のみに閉じこもり、社会の分断が発生してしまうかもしれません。また、人々の出会いから目的地までを知らず知らずのうちにロボットに委ねることによって、「自らの手で選択する」という自律性を失ってしまうかもしれません。では、人間が自律性や多様性を失わないためには、どのようなアルゴリズムが必要になるのでしょうか? その設計のあり方について議論していきます。

※1 インターネット上のアルゴリズムによって、自身の興味関心の近い情報ばかりが提示され、個人の望まない情報が遮断される状態
※2 SNSなどの似た意見や属性を持つ人々が集う場において、特定の主張のみが肯定されることで、その思想や意見が増幅する現象

──デジタルコミュニケーション技術が可能にする高度なナビゲーションやパーソナライゼーション。意思決定の大部分をロボットに任せられるようになった未来でも、人間の自律性は担保されていくのでしょうか?

兵頭:
自律性を担保することは可能だと思います。例えば、コモングラウンドでは、ゲームAI開発者の三宅陽一郎さんが提唱する「メタAI」のようなナビゲーションやパーソナライゼーションの実現をめざしています。メタAIは実空間にいるプレイヤーとゲーム上の仮想空間をつなぐことでゲーム全体を管理するAIで、ユーザーがゲームに飽きてきたなと感知したら面白いイベントを発生させたり、進行が滞っていると感知したら難易度を下げてあげたり、といった役割を持ちます。このようにユーザーを目的の達成に向けてゆるやかにナビゲートしてくれるものとして「コモングラウンド」が存在すれば、自律性や主体性は制限されるどころかむしろ促進されていくはずだと考えています。

画像: 登壇者たちはテクノロジーが人々の自律性を担保する状態を理想として、その実現のためのアプローチを議論していった。

登壇者たちはテクノロジーが人々の自律性を担保する状態を理想として、その実現のためのアプローチを議論していった。

sabakichiさん:
確かにそうですね。それに、このようなトピックが論点や問いとして挙げられている時点で、テクノロジーは自律性や多様性を担保するものとして機能していくとも思いますね。たとえば、SF小説でもテクノロジーによって効率性を求めていった結果、人間がロボットに管理され、食料も栄養カプセルのみになるといったシーンがディストピアとして描かれていますよね。こうしたシナリオを最悪のものとして社会全体でコンセンサスがもてているからこそ、人々はそれを回避するような未来へと進むことができるのではないかと思います。

高見さん:
同感です。約30年前のようなインターネットがない時代と比べても、現在は多様性や自律性が失われているどころか、強まっているとも思うんですよね。昔はテレビやラジオがトップダウンに情報を流していましたが、いまではSNSにより個人がインフルエンサーとなり新たな流行が次々と生まれている。もちろんフィルターバブルやエコーチェンバー現象への対処は必要ですが、そのような側面も忘れてはいけないと思います。

人々がテクノロジーとともに自律的に生きる未来をどう描く?

──なるほど。メタAIの話もありましたが、実際に自律性や多様性を担保するためには、他に実装が必要だと考えていますか?

坂東:
「人とロボットが共生する社会」の具体的な社会像として、自動運転車椅子のビジョンをよく例に挙げています。コモングラウンドにつながった車椅子は、自動で障害物を避けたり、安全な道を選択するだけでなく、人間の身体情報や言語を分析することで、車椅子での移動中に健康面の観点から歩いてみることを提案したり、コミュニケーションの相手となったりもできると思うんです。個々が思い描く理想の移動体験を想像し、そこから逆算してあるべきサポートのかたちを考えていけば、人々の自律性は担保されるのではないでしょうか。

高見さん:
未来を想像した上で、バックキャスティングでテクノロジーのあり方を想像していくことは重要ですよね。僕が日立製作所にいた際には、SFプロトタイピングの手法を用いて、都市や地域のレジリエンス向上に、デジタルツインやメタバースがどのように寄与をすべきなのかの探索を行いました。SFプロトタイパーの難波優輝さんとともに「コモングラウンドが繋ぐもの」という小説をつくったのですが、そこでは自律性を担保するテクノロジーのあり方を描いていただいたんです。

──どのような未来像なのでしょうか??

高見さん:
水害が起こった際に市民が撮影した現地のリアルタイム写真や映像を気象データや過去の水害データを掛け合わせることで浸水深予測を行い、救助隊や避難者をナビゲートする情景を描きました。そこで重要だと思っているのが、誰もが情報の提供者であり、受益者だという状態を実現すること(小説であれば生活者が現地のリアルタイムな写真や映像を提供した点)で、その実現には思索を深めていく必要があると思っています。人々の自律性を促進し、互助的な世界を実現することが理想の未来であり、人とロボットが共生する社会の具体像なのではないでしょうか。

登壇者によるディスカッション後には、問いを深掘りするためのグループワークを開催。学生から次のような意見が挙がりました。

画像: 当日は学生からのコメントを踏まえて、登壇者との意見交換も行われた。

当日は学生からのコメントを踏まえて、登壇者との意見交換も行われた。

「レコメンデーションによるフィルターバブルは自らの好奇心や可能性を知らず知らずのうちに塞いでしまう怖さがあると感じていました。だからこそ、この危機感を忘れずに、デザインに反映していくことが大切だと気付かされました」

「テクノロジーが発展することで、情報を使いこなせる人と使いこなせない人との間での格差が広がっていくと思っていましたが、そこを補強することこそがデザイナーの役割ではないかと考えさせられました」

学生からのコメントを踏まえつつ、坂東は本授業を開催したことの意義を次のように振り返ります。

「指数関数的に進化するテクノロジーと向き合うためには、理想の未来や最悪のシナリオを常に頭の中に思い描き、開発中のソリューションがもたらす未来が本当によいものなのかを考え続けることが重要なはずです。その際に、理想の未来のあり方は人々それぞれであり、世代によっても価値観が異なるからこそ、今日のような未来に向けた議論の場を引き続きつくっていくことが大切だと考えています。これからも日立製作所ではSFプロトタイピングや今回のような講義を通じて、幅広い方々の声に耳傾けつつ、コモングラウンドが実用化された豊かな社会像を描き、その実現にむけて研究を続けていければと思います」

画像: 人々がテクノロジーとともに自律的に生きる未来をどう描く?
画像1: [Vol.3]「パーソナライゼーション」は人間の自律性を補強してくれるのか?|デジタルツイン/メタバースが拡張する、コミュニケーションの未来

高見 真平
多摩美術大学 情報デザイン学科 情報デザインコース 専任講師

2007年多摩美術大学情報デザイン学科卒。同年より、日立製作所のデザイナーとして、UI/UXデザイン、インフォグラフィックス、サービスデザイン、SFプロトタイピングの研究と実践に携わった後、2023年に日立製作所を退職し、多摩美術大学情報デザイン学科卒の専任講師に着任。iF DESIGN AWARD 2018 プロフェッショナルコンセプト部門 および GOOD DESIGN AWARD 2018 を受賞。

画像2: [Vol.3]「パーソナライゼーション」は人間の自律性を補強してくれるのか?|デジタルツイン/メタバースが拡張する、コミュニケーションの未来

sabakichi / Yuki Kinoshita
Experience Designer, Design Researcher, Visual Artist
多摩美術大学 情報デザイン学科 非常勤講師

1986年生まれ。アトリエ系デザイン事務所にてArchitectural Designerとして従事したのち独立。2018年より、体験デザインスタジオ「Domain」主宰。空間デザイナーとして培った設計スキルと、グラフィックから空間に至るまでを統合的に設計・実装するトータルデザインの経験を活かした体験デザインを得意とする。
https://domaindesign.co/

画像3: [Vol.3]「パーソナライゼーション」は人間の自律性を補強してくれるのか?|デジタルツイン/メタバースが拡張する、コミュニケーションの未来

坂東 淳子
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ ストラテジックデザイン部 主任デザイナー(Design Lead)

学生時代に建築・都市分野を学び、日立製作所に入社。モビリティ、エネルギー等の分野でのUI/UXデザインや、顧客協創方法論研究に従事。現在は、建築、デザイン、情報のハブ役として、モビリティやスマートシティ分野でのデジタルサービスの創出や社会実装のための活動を推進。

画像4: [Vol.3]「パーソナライゼーション」は人間の自律性を補強してくれるのか?|デジタルツイン/メタバースが拡張する、コミュニケーションの未来

兵頭章彦
研究開発グループ デジタルプラットフォームイノベーションセンタ データマネジメント研究部 リーダ主任研究員

日立製作所に入社後、デジタルプロトタイピングの技術開発に従事し、自動車、建設機械、鉄道、エレベーターなど多分野のプロダクトやサービスへの技術展開を経験、現在は人とロボットの共生社会に向けて、都市や建物など物理空間をデジタル記述してサイバー空間とシームレスにつなぐ共通基盤(コモングラウンド)の研究に取り組む。

[Vol.1]実空間と情報空間が交差した未来の都市の景色を考える
[Vol.2]コモンズとしての情報基盤の設計に向け、パーソナルデータを提供するべき?
[Vol.3]「パーソナライゼーション」は人間の自律性を補強してくれるのか?

This article is a sponsored article by
''.