[Vol.1]鮨屋では、なぜ客がテストされるのか
[Vol.2]新しい自己表現をするプロセスをデザインする
[Vol.3]闘争をどうデザインに取り込むか
対デジタルのサービスにも闘争が生まれるか
丸山:
先生はサービス事業の極みとして鮨屋の事例を研究対象にしたと伺いました。だとすると、コールセンターや保守サービスといったサービスに、お考えは当てはまるのでしょうか。
山内さん:
前職のアメリカのゼロックスでは、コピー機を修理するサービステクニシャンの研究もしていたので、そのせめぎ合いはすごくあるなと感じています。例えば、テクニシャンが直ったと言って去った後に問題が再発すると、お客さんの不信感が高まります。お客さんは本当に故障が直るのか半信半疑だったりすることもありますし、どうやってテクニシャンが自分の能力を示していくのかという部分もあります。
サービステクニシャン同士も、助けがほしいけれど助けを求めたら自分の能力がないことの証明になってしまいます。助けを呼ぶときのやり方が非常に巧みで、助けを求めてないように見せるような場面もたくさんありました。
丸山:
確かにそう言われると、自分のところにエアコンの保守員が来る時、私は一生懸命この状況を説明しようとして「あなたよりもむしろ分かってる」ぐらいで言いますし、あちらはそれを聞いてくれてるようでやっぱりこちらを上回ってきますよね。確かに闘争していました。物井さんもリサーチしていて、そういうことありませんか?
物井:
ありますね。今の話でいうと鮨屋の事例は人対人でフィジカルな空間で行う特徴的な事例だと思うのですが、人対機械、もしくはデジタルという部分になった時にどういう闘争があるのでしょうか。主客を脱することになると、相互作用性に変化があるのかなと思うのですが。
山内さん:
正直に言いますとデジタルサービスの研究にはほとんど手をつけてないので、そういう意味では何か一緒に共同研究ができるといいなと思います。デジタルには限らないのですが、提供者と客のインタラクションがないサービスでも、闘争はあります。例えば家で1人ウイスキーを飲んでいる時を考えてみてください。そのウイスキーがそれなりのものであれば、試されてる気がするわけです。ということは、作り手が飲み手を想定していろいろ複雑なものを作ってくるので、そうすると、仮に1人であってもその作り手と対峙していることになります。
あるいは、アート作品を見ている時にも、「アート作品に見られている」という感覚があると思います。例えばベラスケスの「ラスメニーナス」という作品は、ベラスケスが絵の中でこっちを見て、絵の中で絵を描いているという状況ですが、鑑賞者のいる場所に描かれている王と后がいるわけですが、鑑賞者も描かれている感覚があります。アート作品は見る人を想定して書いているので、作品に見られている感覚があります。
違う例を言うと、例えばパッケージのデザインひとつをとっても、高級なパッケージにしようとするとどんどん中身が分かりにくくなってくるわけです。なんでそうするのかというと、高級なものは知識があって分かっている人を想定しているからなんです。このように、直接的なやりとりがなくても闘争は結構あると考えると、多分デジタルでもたくさん闘争の要素があるのではないかと思います。
平井:
デジタルのことでいうと、最近レストランでもタブレットで注文させたり自分のスマホでQRコードを読んで注文というデジタル化も進んでますよね。私の友人の割と年配の人なんかは「ああいうのができたら、あの店は行かん」とか言っています。
ある面で少し近代的なアプローチというところがアピールできている反面、別の人を切り捨てているんだなという感じもあり、あれが新しい価値の協創なのかそれとも単なる効率化なのかっていうのは、今日のお話を聞いても、一体どっちなんだろうと思いました。
山内さん:
作っている人はあまり考えずにタブレットで注文情報のやりとりするためだけにデザインしてるかもしれないですが、確実にそこに世界観を作るっていうことはあるべきです。今はタブレットで注文するっていうことが新しい世界観なんですが、そのうち新しさというよりも、そこに独自の世界観を作ってデザインなどをやっていくことになると思います。
闘争をデザインに取り込む
丸山:
デジタルサービスに鮨屋と同じような闘争があり得るのかと考えたとき、対面の接遇サービスや、ビデオ対話などではなく、表情や声色などから人格情報が得られにくいテキストでは闘争は起きないかと思ったのですが、俳句って思いっきり何かを仕掛けてきますよね。その例から考えると、表現メディアの制約はあまり闘争の概念とは関係ないのかもしれません。例えば、上手くデザインされた「入りにくい店」は、顧客満足の高いものとして評価されたりします。一方、入りにくいWebサイトは、多くの場合、不満しか残らないのかもしれませんが、実は入りにくい紹介制のコミュニティに入ることができたら、それはすごい満足なんですよね。つまり、闘争が起きるかどうかは、メディアの問題ではなく、サービスに接するタッチポイントをどうデザインするかの問題だといえそうですね。
山内さん:
バーでも、行ったら電話機が置いてあってそれを取って、4番回すとドアが開くとか、ドアに見えない壁を押すと扉が開くとかありますよね。基本的に、オーセンティックバーはわかりにくいように作られているのですが、そういう知る人ぞ知るというオーセンティックバーは今の若い人には流行らないのです。そこで新しいオーセンティックバーを作ろうとゼミで活動したのですが、バー自体は知る人ぞ知る感じで入りづらいけれど、ウェブサイトに利用の仕方のマニュアルを全て提示しておいたらどうか、というデザインをやっていました。
物井:
広義のデザインの変遷には、元々インクルージョンというのがあり、次は参画とか主体性みたいなこともやっていて、次に参画する、参画した上で主体性を発揮する以上のものを求められるのが闘争なのかなと解釈したんですけど、そういう意味で、闘争をデザインするっていうのは今後我々はどう行っていけばいいのでしょうか。
山内さん:
ひとつには闘争をしないようにデザインしてきたというのがあります。お客さんを満足させたら喜んでもらえるって結構上から目線だなと思うんですよね。そうじゃなくて、もっと対等の人間同士でやっているところからのスタートがあるのかなと考えています。おっしゃるように、ただ単に分かりにくくするのが闘争ということではなく、主体性や、1人の人間としてその人が何をするかわからないんだけどそれを受け入れると、当然ながら緊張感は出てきます。むしろニーズを満たしてあげると満足してくれるという考え方は、客をひとりの人間として扱っていないのではないでしょうか。
取り組まれているデザインは、具体的にどういう状況で、とかありますか。
物井:
イタリア語のメニューなど飲食の事例を聞くと、やはり言語が闘争を促すトリガーになっているかなと感じたんですけど。言語がないようなサービスの場合だとどうなのかな、とか考えていました。
山内さん:
言葉だけではなく、店の作りもありますよね。アパレルで調査しているのですが、カジュアルなお店が入りやすいのに対し、青山のハイブランドのお店は全面窓がなくて壁で、勝手口のような入り口がちょっとついているだけ。知らない人は入れないですよね。
丸山:
私たちがどうやって闘争をデザインに取り込んでいけるか、というところですが、この勉強会にオンラインで参加している人のコメント欄で「製品を分かりやすくするように努力して開発してきたのに、サービスとしてリリースする際にちょっとツンとした形に仕立てなければ喜ばれないというジレンマに陥りそうだ」と書いている方がいます。
山内さん:
いろいろあると思いますよ。例えばパリのエルメスのヘリテッジストアに行くと緊張感があって追い出される感じがする、ということをよく聞きますが、百貨店の中にあるショップに行くと優しかったりします。ヘリテッジストアにはイメージを強烈に植え付けるなどの戦略があるんですよね。
平井:
鮨屋と似てるなと思ったのが、例えば落語ですね。聞く方にはいろんなしきたりやうんちくがあるけれど、落語を話す方は「大衆芸能なんだから、別に好きに聞けばいいんだよ」と言う。でも実は通の人たちは何かいろんなことをごちゃごちゃ言っていますから。
BtoBビジネスの場合は?
丸山:
オンラインの参加者から、「BtoBビジネスの主客はBtoCビジネスのそれとは異なるのではないか」という質問が上がってきました。BtoBの場合は、自身の所属する企業の立場を人格のように演じ、表現する「顧客像」というもの存在しているんじゃないかということを指摘しているのかと思いますが、いかがですか。
山内さん:
そういう傾向はありますね。ただ、最近面白いなと思うのは、BtoBの会社がテレビのCMをするんですよね。一般の消費者に向けては必要ないのにあえてやるのには、いろんな理由があるんだと思うんです。最近テレビを見るのはいわゆる中小企業の社長とか年配の人が多いので、営業に行った時、テレビで見たことのある企業なら信用度が上がるとか。でも重要になってきているのは、BtoBでも文化を作っていく、世界観を作っていくっていうことだと思います。
サイボウズのキントーンは業務システムなのでBtoBですが、ものすごいファンを持っています。その秘密は、ライブハウスで開催するユーザー会なのです。キントーンを利用している地方の中小企業の35〜40代の現場で業務を回している人たちを集めているのですが、そこで、「東京の最先端の企業に勤めている人と比べたときに若干のコンプレックスがあったけれど、キントーンを利用して前近代的な紙ベースの業務を最先端企業並みに変えた」という内容をそれぞれがスピーチするんです。
つまり、彼らの自己表現があり、その表現を周りで見ているから、ものすごいファンができて売れているんです。だから、BtoBでもそれは可能で、いろんな手段があると思うんです。
丸山:
闘争という文化をデザインするとき、闘争のような文化をデザインしてある種のコンテンツを通して、闘争関係を段階的に育んでいくものなんでしょうか。
山内さん:
分かりにくくするために分かりにくくするのではなく、やはりそこで何か新しい自己を表現ができたような感覚があるかどうかだと思います。だから別に分かりにくくせずともそういう感覚を得られるんだったらそれでもいいと思うんです。
丸山:
難しくすることを目的化してしまうとちょっとおかしなことになるということですね。
平井:
鮨屋は、お客さんがなんでそんな思いをしてまで行きたいのかと思うのですが。
山内:
いろいろな人がいます。今鮨屋さんで一番重要なお客さんは、鮨ヲタと言って、週3、4回、高級鮨に通ってるみたいな20代、30代の人たちです。彼らは鮨オタクなので味をよく知っています。親方にしてみれば、作ったものをちゃんと評価してくれる客はものすごく大事。かつ、客が経験を積めば積むほど親方も頑張らなければいけないのですごい大事なんですね。
平井:
そうするとそれはBtoBでも同じことをするのが大事で、日立のサービスを本当に分かってくれる人を育てていくとか、例えばそれに対して自分たちが評価されるっていうことが自分たちの喜びになるっていう、そういう世界を作り上げていけるかどうかっていうことですかね。
丸山:
今回の勉強会の問いは、デジタルサービスでも、闘争としてのサービスがあり得るのか、というものでしたが、議論を通して、通じるものがありそうだという感触を得ました。また、コールセンターや保守のようなBtoBの分野でも同様のことが言えそうだというお話もいただきました。しかし、闘争が目的化しないように注意を払うべきだということも学びました。
これをどうやってサイバーとフィジカルが融合した社会システムの世界に投入していくのかについてはこれからの課題になりそうですので、チャンスがあればぜひ共同研究みたいなことも考えていければと思います。
物井:
私達がそもそものサービスを作るという段階でもありますし、今の顧客協創という形で依頼元と受注とかの関係性を外して一緒に作っていきましょうというような話も元々あるので、そういった部分での闘争というフレームワークはどこにでも応用できる、という意味で多様な解釈ができました。
平井:
高校を卒業して東京に来て、その時ドキドキしながら吉野家に入ったことを思い出しました。それは僕にとって都会の象徴だったんですよ。だからそこには意識しなくても何か闘争が自分の中にもあったんだと改めて思いました。
山内さん:
闘争という言葉から今ちょっとシフトしているのは、やはり自己表現が価値になるし、そのために世界観を作り、文化を作るということです。そのプログラムを「Kyoto Creative Assemblage」でやっているので、鮨屋の例にあまり引きずられず、広く捉えていただけると嬉しいです。
山内 裕
京都大学経営管理大学院教授
「Kyoto Creative Assemblage」代表。カリフォルニア大学ロサンゼルス校にて経営学博士号取得。ゼロックス・パロアルト研究所研究員などを経て、2010年より京都大学経営管理大学院 。専門はサービス経営学、組織文化論など。レストランなどのサービスにおける顧客インタラクションをビデオに記録し分析するエスノメソドロジーを研究し、また文化的な視座からのデザインのアプローチを開発している。
平井 千秋
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部社会
イノベーション協創センタ 技術顧問(Technology Advisor)
現在、協創方法論の研究開発に従事。
博士(知識科学)
情報処理学会会員
電気学会会員
プロジェクトマネジメント学会会員
サービス学会理事
物井 愛子
研究開発グループ 社会イノベーション協創統括本部
社会イノベーション協創センタ サービス&ビジョンデザイン部 企画員
エスノグラファ、デザインリサーチャーとして業務現場・生活者へのインタビューとエスノグラフィ調査を通じた、製品改善やソリューション・事業創生支援に従事。近年は、SFプロトタイピングや定性調査手法などを企業の研究開発に応用するデザイン方法論研究および実践にも携わる。慶応義塾大学 総合政策学部にてデザインリサーチを専攻後、東京大学大学院 総合文化研究科 超域文化科学専攻 文化人類学コースを修了。
丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授
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