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個人の内発的な感情や感覚を起点として作品を作り上げるアーティストの思考プロセスを、ビジネスシーンでも応用していこうとする機運が高まっています。ビジネスにアートを取り込もうとしたとき、新たにどのような視点が必要となるのでしょうか。アート思考とデザインを本格的に学ぶ「Kyoto Creative Assemblage」を立ち上げた京都大学経営管理大学院 山内裕教授に、日立製作所研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ技術顧問の平井千秋と、主管デザイン長 丸山幸伸がお話を伺いました。なぜアートが必要なのか、そしてアートと教養との違いは何かなどについてお聞きします。

[Vol.1]なぜいま、アートなのか
[Vol.2]見ることから始まる創造性
[Vol.3]歴史のなかの「文化をデザインする」を再構築する

画像: アートの必要性について語り合う京都大学経営管理大学院の山内先生と、日立の平井、丸山

アートの必要性について語り合う京都大学経営管理大学院の山内先生と、日立の平井、丸山

サービスデザインからアートへ

丸山:
なぜビジネスにアートが必要なのか、と平井も私もよく問われるのですが、そもそもアートとは何なのか、教養の話ではないのか、などが私たちの中でも明確になっていません。そんな時に先生が「Kyoto Creative Assemblage」を始められたので、鼎談を通して解決の糸口を見つけられたらと考えています。まずは先生のバックグラウンドからお話しください。

山内さん:
高校生の時にゼロックスの本を読んでコンピューターサイエンスに憧れて、京大でコンピュータサイエンスを専攻し、修士課程で組織論との境界領域を研究しました。組織論で博士号を取るためにアメリカのUCLAのビジネススクールに行きながらゼロックスのパロアルト研究所にも出入りし、4年目に社員になりました。

2010年に京都大学に着任した際にちょうどサービスのプログラムを立ち上げるということで公募がありました。それまでサービスはあまり意識してこなかったのですが、ゼロックスはサービスの会社なので、ずっとサービスを研究していたんだということに後になって気がつきました。

博士論文の3分の1は、保守をしているサービステクニシャンと呼ばれる人たちの研究をしました。彼らはバンに乗ってお客さんのもとへ行き、コピー機を修理するのですが、よく同行してビデオを回していました。当時は売上の75% がサービスでしたね。

丸山:
朧(おぼろ)げな記憶では、ITソリューションやハードウェア製品開発に関わる私たちの周りでもその頃からサービスという言葉が新しいビジネス用語のように出てきて、改めてサービス言われると、保守事業はサービスと呼ぶのか、呼ばないのか、よく分かっていなかったのを覚えています。

平井:
IBMがサービスと言い出したのは2004年ぐらいでした。その影響で、弊社だけでなく日本中でサービスが盛り上がりました。

山内さん:
サービス科学を研究する中で私が注目したのが鮨屋です。文献を見ると、サービスとはお客さんを満足させることだと書いてあるのですが、なぜか鮨屋は大将は客を喜ばそうとしているようには見えないのです。サービス理論はなにかおかしい、と思い、研究しました。

2012年には京都大学がデザインスクールを立ち上げたので、サービスデザインを研究し始めましたが、2015年ごろに、人間中心的なアプローチではなく文化をデザインしないといけないのでは、と主張し始めました。アート思考も注目されてきたので、サービスをアートとして考え始めました。

画像: サービス科学からサービスデザインへ、さらにアートへ。自らの研究テーマの変遷を語る山内さん

サービス科学からサービスデザインへ、さらにアートへ。自らの研究テーマの変遷を語る山内さん

アートが注目され始めた理由

丸山:
まさに昨今、ビジネス領域の中でアートがバズワードとして取り上げられていますが、なぜ急に世の中でアートと言われ始めたのかを解説していただけますか。

山内さん:
2000年あたりから変わってきたと思います。90年代後半から資本主義批判のようなものがあり、2000年を過ぎたあたりから、物には価値がないという感覚が出てきました。背景に何があったかというと、2000年ごろからは、市場に流通したら価値がなくなってしまうと捉えられるようになりました。言い換えると、誰かがマーケティングをしようとした瞬間に、資本主義の中に入ってしまった瞬間に、もう価値がないと。

丸山:
それは文化をデザインしていたのに、それを消費可能なグッズにしてそれを購入できるメカニズムに価値を組み込んだ時点で消費して消えてしまう、ということでしょうか。

山内さん:
それに加えて、2000年を過ぎると皆懐疑的になり、CM自体が効果的でなくなったと思うんです。流通すると陳腐になってしまうので、じゃあどこに価値があるかというと、ある意味その外にある。いわゆる資本主義を批判するような物に価値が出てきました。

それが2000年代後半の話ですが、そこに加えて経済危機も起こりました。その後、社会問題を解決しながら儲ける社会的起業家、ESG投資、そしてクラフトが出てきました。たとえばクラフトビールというのは結局、資本主義の大量生産の批判として、手作りを重視するわけです。儲けることよりも、ビールの味にこだわっている姿が価値となりました。そういうものがどんどん出てきました。

画像: ビジネス領域における「アート」の流行と、その問題点について問う丸山

ビジネス領域における「アート」の流行と、その問題点について問う丸山

デザイン思考とアートの本質

丸山:
いまの話は聞き手によっては誤解を生む気がします。資本主義のモデルが儲からなくなったから、資本主義の源泉となる、消費の次の商材をそのモデルの外にあったアートに求めたようにも聞こえますが、実際どうなんでしょうか。

山内さん:
そういうところも多分にあります。売るために、アートやデザインを利用するという動きは1960年代から始まっています。デザイン思考も結局そのうちの一つだと思うんです。しかし、デザイン思考に期待されたのは、資本主義批判だと思います。金儲けこだわったスティーブ・ジョブズですが、利用者には見えない部分の配線の美しさにもこだわって作ったAppleの商品もそうです。ある意味で経済的な合理性を裏切るようなジョブズに注目が集まったのです。

しかし、デザイン思考は資本主義を批判するような力を期待されていたのに、結局はそれが曖昧だった、ということです。そして、デザイン思考は見た目の美学を否定したんですね。美しいものはエリートにしか作れないけれど、デザイン思考は誰にでもできるように民主化していく過程で、美学を排除してしまった。しかし美学というのは基本的に、美しさのことではなく、資本主義批判なのです。デザイン思考はそれを手放してしまったことで、批判力を失いました。

丸山:
デザインが美学を手放さざるを得なかったのは、デザインが産業の中で頑張る時に、工学やサイエンスと並走しなければならないからだと思いますが、平井さんはどうお考えですか?

平井:
エンジニアリングの立場から言うと、誰でもできるようにしたい、という面は強くあります。ただ、会社がデザイン思考を追いかけて、思ったように行かなかったから今度はアートだ、と言い出してしまうのは危ないと思うんです。

アートの本質はそもそもなんなんだろうと思うんです。もっと内から湧き上がる主体性とかがあるものだと思うんですが、それを形式的な方法論にしてしまうとそこがとんでしまうのでは、と思っています。

山内さん:
結局、「アートを取り込む」と言ったときに何を取り込むかというと、私はやっぱり美学が結構中心にあるとは思うんです。じゃあ美学とは何かと言ったら、美しいものを見た時に、こうだから美しいという判断や意味を全て宙吊りにすることだと思うんです。本当の意味で、美学とは美しいものに関わるものではなく、この意味の宙吊りに関わるものです。

でも、意味が宙吊りにされる感覚は、資本主義には耐えられない感覚なんです。なぜなら資本主義は利益を上げるというゴールがあって、それに対して最適な手段を取ることが重要だからです。つまり、宙吊りにするという感覚そのものが資本主義批判なんですが、デザイン思考はそれを取り損ねたんです。それが落ち着いた時にアート思考ができた、ということは、美学の重要性をみんなが感じているということだと思います。

ーー次回は創造性とは何か、創造性はどこから生まれるかなど、創造性について詳しくお聞きします。

画像1: [Vol.1]なぜいま、アートなのか│京大・山内裕さんと考えるアートの必要性

山内 裕
京都大学経営管理大学院教授

「Kyoto Creative Assemblage」代表。カリフォルニア大学ロサンゼルス校にて経営学博士号取得。ゼロックス・パロアルト研究所研究員などを経て、2010年より京都大学経営管理大学院 。専門はサービス経営学、組織文化論など。レストランなどのサービスにおける顧客インタラクションをビデオに記録し分析するエスノメソドロジーを研究し、また文化的な視座からのデザインのアプローチを開発している。

画像2: [Vol.1]なぜいま、アートなのか│京大・山内裕さんと考えるアートの必要性

平井 千秋
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部社会
イノベーション協創センタ 技術顧問(Technology Advisor)

現在、協創方法論の研究開発に従事。
博士(知識科学)
情報処理学会会員
電気学会会員
プロジェクトマネジメント学会会員
サービス学会理事

画像3: [Vol.1]なぜいま、アートなのか│京大・山内裕さんと考えるアートの必要性

丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授

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