[Vol.1]なぜいま、アートなのか
[Vol.2]見ることから始まる創造性
[Vol.3]歴史のなかの「文化をデザインする」を再構築する
創造性とは、社会をよく見ること
丸山:
我々企業は、デザイン思考と工学を融合してある一定の成果を収めてきましたが、デザイナーとしてアート的な創造性の発露を失っているかもしれないなんて、考えたことがありでした。無自覚だったんですね。一方で、業務の中で何かが不足している感覚はあったので、先生が立ち上げられた「Kyoto Creative Assemblage」に惹かれたのかもしれません。
山内さん:
創造性はとても誤解されていると思います。創造性とは何かというと、天才的個人の内面から湧き上がるものではない。それは近代がロマン主義という形で生み出した考え方ですが、近代はすでに批判されて久しいのです。そうではなく、創造性とは社会をよく見ることなんです。これは、京都大学の塩瀬隆之准教授から教えてもらったことです。
日本画を描くとき、日本画の先生は「よく見なさい」としか言いません。どうやったら上手に描けるなどとは言わず、よく見なさいと。それを聞いたときに、クリエイティビティを使ってイノベーションを起こすためには、社会をよく見ないといけないと思ったんです。なので、社会をよく見て、見えてきたものを表現すればクリエイティビティになるというコンセプトで「Kyoto Creative Assemblage」をやっています。
丸山:
なるほど、社会をよく見ることから創造が始まるというわけですね。
見えたものから、デザインが生まれる
山内さん:
そのプロジェクトに、クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんに入っていただいているんですが、可士和さんは天才的にデザインすると思うじゃないですか。でも、答えは相手の中にあるから、それをしつこく聞き出して整理して表現するとおっしゃったんです。
2006年に可士和さんがニューヨークでユニクロのブランディングをしたんですが、当時のユニクロがやりたいことをしつこく聞き出しました。そして、ニューヨークでターゲットにする客がどういう人々なのかを、よく見て理解されたのです。例えば、当時のニューヨークのエリートは、全身ハイブランドで固めることが、何かカッコ悪いものであるという感覚がありました。その中に低価格のユニクロがひとつ入っているぐらいがカッコいい。そういう感覚を可士和さんはよく見て理解してデザインしました。
当時のエリートは、カタカナを使ったようなデザインがクールだと感じたのです。異文化を理解できるコスモポリタンの価値観ですが、一昔前の高尚な文化に注目するエリートではなく、東京のネオンやヘンな日本人、ヘンな英語が書かれたTシャツを来ている日本人をクールだと感じるわけです。可士和さんは、これらの人々をよく見て、カタカナのロゴを生み出しました。
平井:
よく見ると言われても難しいですね。例えば絵を描くときでも、見たものと描いたものに差がある。例えばサイエンスでも、現象を数式にして表現して初めて、ちゃんと見ていることが分かると思うんです。
山内さん:
描いてみないとよく見えないということろはあります。文化人類学も全く一緒ですね。文化は客観的に存在してくれて、見て記述することはできません。記述すること自体が文化を構築してしまうことになります。社会をよく見るということは、客観的に無心に見るということではなく、自分なりに記述していくことでその社会を構築していくことにもなります。
全体像か、スコープか
丸山:
いまのお話で僕もいつも悩むのですが、プロジェクトの初期段階で、検討メンバーに「世の中をよく見よう」というと「スコープは何ですか」と言われるんです。でも、可士和さんもそうかもしれないですが、スコープってそんなに明確に決まるものじゃないと思うのですが。
山内さん:
プロジェクトが与えられて、「じゃあこれをよく見にいきましょう」ということではなく、その前に常にいろんなものをよく見ていることが大事ということですね。
平井:
難しい。
丸山:
よく見ると言うことは何かにスコープが当たっているけれど、でもそこにとらわれない。謎の行為ですね。
山内さん:
ミラノに行くと、街の中でみんながデザインの話をしています。新しいデザインが出るとみんなで批評する。そういう議論が常にあるから、いいものを理解して、作れるわけです。そのような議論が常に活性化している状態が大事であって、プロジェクトが始まってから話しているわけではないんですよね。そんな風に、社会の中で常にそういう話がされていることが大事なんだと思います。
平井:
工学系の研究でも、先行研究は調べ始めないと全体像が分からないけど、全体像が分からないとどこを深く絞って調べたらいいか分からないんですよね。なので、まず少し見て、全体が分かるとまた深く見て、また全体像を直してということをしているし、しなきゃいけないはずなんですよね。
ところがいま、弊社の研究者は先行研究にあまり時間を取れていないんですよ。山内先生の『「闘争」としてのサービス』を読んでなるほどと思ったのですが、本当は自分で解きほぐしながら作らないといけないのに、用意されている調査結果をただ読み解くだけ、ということも起きることがあります。ですから、よく見ることで自分の世界観を作っていくというところを取り戻していかないといけないと思います。
山内さん:
そうですね。世界観を作ることですね。
次回はビジョンを描くために必要な世界観についてお聞きします。
山内 裕
京都大学経営管理大学院教授
「Kyoto Creative Assemblage」代表。カリフォルニア大学ロサンゼルス校にて経営学博士号取得。ゼロックス・パロアルト研究所研究員などを経て、2010年より京都大学経営管理大学院 。専門はサービス経営学、組織文化論など。レストランなどのサービスにおける顧客インタラクションをビデオに記録し分析するエスノメソドロジーを研究し、また文化的な視座からのデザインのアプローチを開発している。
平井 千秋
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部社会
イノベーション協創センタ 技術顧問(Technology Advisor)
現在、協創方法論の研究開発に従事。
博士(知識科学)
情報処理学会会員
電気学会会員
プロジェクトマネジメント学会会員
サービス学会理事
丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授
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