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「ウェルビーイング」という言葉は、国内外の政府方針やビジネスの現場で注目を集める一方、その意味は広く、捉えることの難しい概念だといえます。研究開発グループのウェルビーイングプロジェクトでは、「企業がウェルビーイング実現に向けて、どのような価値を提案していけるのか?」というところを探っています。その手がかりを得るため、1回目となる今回は「第四の消費」「永続孤独社会」などの著書で知られる社会デザイン研究者 三浦展さんをお招きしてお話を伺いました。聞き手はこの連続対談の企画パートナーである株式会社インフォバーン 取締役副社長の 井登友一さんと、日立製作所研究開発グループ ウェルビーイングプロジェクトリーダー 鹿志村香です。Vol.1ではウェルビーイングにおける若年層の課題や、若年層の消費傾向についてお話をお聞きします。

[Vol.1] 若者が見ている現代社会
[Vol.2] ウェルビーイングを生み出す「パブリック」と「シェア」
[Vol.3] デジタルは「人格」と「リアル」に向き合えるか

若者のウェルビーイングが大きな課題

鹿志村:
日立はこれまで、社会インフラシステムの利便性や生産性を向上させることで人々の生活をより豊かにすることに取り組んできました。ウェルビーイングについて、より幅広い価値提案をするために、まずは人々のウェルビーイングや生活の満足度について、どこに課題やニーズがあるのかを調べ、私たち自身が理解していくことで、新しい価値提供のきっかけやヒントを見つけたいと思っています。

そこでまず、三浦さんがウェルビーイングについて最近考えていること、気になっていることから教えていただけますでしょうか。

三浦さん:
ウェルビーイングは、人生100年時代の超高齢社会を前提として「健康老人としていかに孤独に陥らずに楽しく生活できるか」という点で語られることが多いと思います。

一方で、コロナ禍で増加した自殺者は、未成年の学生や20~30代の非正規雇用の女性が多いという事実があります。ということは、ウェルビーイングから遠い暮らしをしているのは若者にも多いのであり、今後のウェルビーイングの課題は実は若者にあるということです。人生100年時代にあって、これから80年生きなくてはいけない若者がウェルビーイングでないのは良いことではありません。

僕自身は広い意味でバブル世代なので、若い頃は将来の不安を感じることもなく、年金のことなど考えてもいませんでした。また当時は非正規雇用の概念もありませんでした。それがこの30年で変わったのですが、結局、この30年の間に生まれ、生きてきた人がウェルビーイングではないわけです。ここは論じないといけないところだと思います。

画像: 三浦さんを囲んでの鼎談は、若年層のウェルビーイングに関する話題から始まった

三浦さんを囲んでの鼎談は、若年層のウェルビーイングに関する話題から始まった

鹿志村:
たしかに、日本は超高齢化に関する課題先進国であると広く認識されているので高齢者についてはさまざまな意見が出ていますが、若者のウェルビーイングについてはそこまで議論されていませんね。

三浦さん:
国際的な調査では、日本の若者は圧倒的に自尊心が低いとの結果が出ています。課題先進国の諸課題の大きな一つは若年層の問題だと思うんです。

こうした状況なのに、若者は夢や希望を持つことを推奨されがちです。ドリームハラスメントという言葉も生まれていて、若者たちは「夢を持てと言われてもどうすればいいんだよ」と困惑しています。僕も「夢や希望を持て」という発想が大嫌いで、「夢がなくても人は死なない」という本を書いているほどですが、実は若者に夢がないのではなくて、社会に夢がないんですよね。

昔は社会自体が勝手に成長していったから、一人一人が自分で夢を持たなくてもよかった。いまは社会が夢を持てず、実現もできない一方で、「自己責任なんだから勝手に夢を持って頑張れよ」と、個人に夢を押し付けているんです。

「最近の若者には夢がない」「すぐにコスパの話をする」と言われますが、そもそも「コストパフォーマンス」はこの30年日本企業が追求してきたことですからね。バブルが弾けてすぐにリストラクチャリングという言葉が生まれました。本来の意味は「構造を変えること」ですが、実際には構造を変えずにコストカットすることしか考えなくなってしまいました。

たとえばドラッグストアのレジでは、お客さんがアプリケーションの提示に手間取り、現金なら30秒で終わっていたやり取りにかえって時間がかかっています。お客さんや店員にとってはまるで便利になっていないということになります。改革を進めるドラッグストアの本部から見えてない現場では、こうしたことが起きており、全然ウェルビーイングになっていません。デジタルトランスフォーメーションといっても企業にとってのコストカットができているだけで、生活者や現場を支える人たちは便利にも幸せにもなっていないと感じます。

画像: 「若者のウェルビーイングには高齢者に比べて議論されていない」と鹿志村

「若者のウェルビーイングには高齢者に比べて議論されていない」と鹿志村

多様性を認める社会をめざした結果、“低い承認”を求める社会に

井登さん:
先ほど、日本の若者は自尊心が低いというお話がありましたが、三浦さんは著書の中で、現代は低い承認しか得られない社会になってきているということを書かれていますね。なぜそのようなことが起こっているのでしょうか。

三浦さん:
ポリティカルコレクトネスを前提にいうと、誰もが低い承認しか得られないことにならざるを得ません。反ポリコレ的に「あいつは使えない」と言う場合、実際はそれぞれに事情があってうまく働けないわけで、だから、それぞれの事情を認める、多様性を認めようということになった。それはいいことだが、ということは、簡単にいうと、白黒はっきりさせない、どれがいい悪い、優れている劣っているとはっきり言わないことにもなる。そうすると、昔ならすごく褒められたような人でも、あんまり褒めちゃいけないことになる。

なので最近の若い社員や学生は「みんなの前で褒めないでください」と言うらしいですよ。ある大学の先生は「今回のレポートは素晴らしいね」とみんなの前で褒めると「言わないでください」と言われたそうですし、その話をある不動産会社の人に話したら「そうですよ。営業成績トップおめでとう!とか今は言わないんです」って。自分だけ目立つのが嫌だから。不動産屋さんの営業ですらそうなんですから、みんなが低い承認を得ることが前提の社会になっているわけです。

※ ポリティカルコレクトネス……人種・信条・宗教・性別・年齢などに関して差別と受け取られるような表現を避けること

画像: 若者が低い承認しか得られない日本の現状について、その理由を問う井登さん

若者が低い承認しか得られない日本の現状について、その理由を問う井登さん

鹿志村:
おもしろいですね。自分の日頃の仕事やプライベートを振り返ってみて、あまり若い人とコミュニケーションを取るチャンスがないことに気づきました。仕事では中高年と話す機会が多く、若い人が褒められるのを嫌がることも初耳でした。もう少しちゃんと知ってた方がいいな、と思いましたね。

シェアなどの「第四の消費」が孤独を防ぐ

鹿志村:
三浦さんは著書で「第四の消費」という概念を提案されています。一番最初にその消費行動をとっているのが若者世代だと思うのですが、第四の消費について教えてください。

三浦さん:
一番大きな特徴は、物をどんどん買ったり私有したりするのではなく、必要なものはもう家にあるから特に不要不急のものはシェアでいいじゃないか、という価値観です。家も賃貸でいいし、マンションではなくシェアハウスで、車もカーシェアリングでいい、という価値観が根底にあります。つまり、幸せの基準が物ではなく人になったということです。

新しい車を自慢するよりは、人間関係が穏やかで楽しい方が幸せなんじゃないか。古い物の価値を見出す方が幸せなんじゃないかと。そうなると、どんどん新しい物を買うよりも、古い物の価値を見出したり、ユーズドの物を評価する方がカッコ良くなってきます。一人暮らしをするなら、量販店で買うよりもおばあちゃんの使ってきたテーブルを使う方がいいな、とかね。アメリカ志向の消費社会から、もう少し成熟して落ち着いたヨーロッパ型のスタイルに変わってきました。日本の伝統を見直したり、都会的なものよりもローカルなものを良しとするような価値観変化も起こってきました。

鹿志村:
若者がカッコいいと思うものがどのように変わってきているのかについて教えていただきましたが、第四の消費の時代に、若い人たちのウェルビーイングを阻害する要因にはどんなことが考えられますか。

三浦さん:
10年前に「第四の消費」を書いた時、喜んでくれたのは当時の25〜40歳ぐらい、いまの35〜50歳の人でした。10年経ち、いまの20代はちょっと違います。統計にも出ていますが、「つながり重視で高級品は不要」という第四の消費的な価値観の人は減っているんです。バブル時代を見てみたい、という人も増えています。

10年前の若者は、中高生時代にバブルの余波は知っていたんです。でも、いまの20代は最初から不景気なので、そこが違います。いまの若い人に第四の消費が順調に浸透していくとは思えないところがある。

でも第四の消費の価値観があるなら孤独にならないんですよ。シェアハウスを好んだり人との繋がりを大事にすることが新しい幸福だと思えるわけですから。だから長期的には今の20代にも第四の消費的な価値観は広まるのかもしれないけど、まだ私もわかりません。

井登さん:
「消費から共費へ」というムーブメントも既に変化していますか?

三浦さん:
シェアリングエコノミーはいまや国策になっています。だからもはや当たり前のことになってしまって、20代はそれが自分たちの世代の新しい価値観だとは思っていないでしょうね。

鹿志村:
それをやるとカッコイイという感じではなくなってるということですね。

次回はデジタルや技術がパブリックや人と人とのつながりを生み出せるのか、デジタルの可能性についてお聞きします。

画像1: [Vol.1] 若者が見ている現代社会│社会デザイン研究者 三浦展さんと「消費」の変化から考えるウェルビーイング

三浦展
社会デザイン研究者、カルチャースタディーズ研究所代表

1958年生まれ。82年、株式会社パルコ入社。86年からマーケティング誌「アクロス」編集長。三菱総合研究所を経て99年、カルチャースタディーズ研究所設立。消費社会、家族、若者、階層、都市などの研究を踏まえ、新しい時代を予測し、社会デザインを提案している。著書は、80万部のベストセラー「下流社会」のほか、「永続孤独社会」「第四の消費」「これからの日本のためにシェアの話をしよう」「日本人はこれから何を買うのか?」「人間の居る場所」「愛される街」「ファスト風土化する日本」「東京は郊外から消えていく! 」「新東京風景論」「首都圏大予測」など多数。

画像2: [Vol.1] 若者が見ている現代社会│社会デザイン研究者 三浦展さんと「消費」の変化から考えるウェルビーイング

井登友一
株式会社インフォバーン 取締役副社長/デザインストラテジスト

2000年前後から人間中心デザイン、UXデザインを中心としたデザイン実務家としてのキャリアを開始する。近年では、多様な領域における製品・サービスやビジネスをサービスデザインのアプローチを通してホリスティックにデザインする実務活動を行っている。また、デザイン教育およびデザイン研究の活動にも注力しており、関西の大学を中心に教鞭をとりつつ、京都大学経営管理大学院博士後期課程に在籍し、現在博士論文を執筆中
HCD-Net(特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構)副理事長
近著として2022年7月に『サービスデザイン思考 ―「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』(NTT出版)を出版

画像3: [Vol.1] 若者が見ている現代社会│社会デザイン研究者 三浦展さんと「消費」の変化から考えるウェルビーイング

鹿志村香
日立製作所 専門理事 研究開発グループ 技師長(Corporate Chief Researcher)
兼 ウェルビーイングプロジェクトリーダー

1990年日立製作所入社、デザイン研究所配属。カーナビゲーションシステム、券売機など様々な製品のユーザビリティ研究、フィールドワークによるユーザエクスペリエンス向上の研究に従事。デザイン本部長、東京社会イノベーション協創センタ長を経て、2018年日立アプライアンス(現日立グローバルライフソリューションズ)取締役を務め、2022年4月より現職。

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