[Vol.1] 若者が見ている現代社会
[Vol.2] ウェルビーイングを生み出す「パブリック」と「シェア」
[Vol.3] デジタルは「人格」と「リアル」に向き合えるか
技術はパブリックを作り出したことがあるのか
井登さん:
三浦さんの著書「第四の消費」では、第三の消費から第四の消費へと変わっていく時の「郊外」というキーワードや、すべてが私有化されてパブリックがなくなると、全部プライベートになっていくという観点がおもしろいなと思いました。
三浦さん:
日立さんがこれからやるべきことはやはりパブリックだと思います。デジタルや技術は人を個人化する方向へと進めていきます。銭湯が風呂に、映画がテレビやスマートフォンになったように、技術はモノを小型化していくので、個人化が進むんですよね。そう考えると、本当に人と人がつながるという意味でのパブリックを技術が作り出したことが、果たしてあるのだろうかと思います。
井登さん:
言われてみると、これというものが出てこないですね。
三浦さん:
最近、商業施設に注目していて、先日も立川のグリーンスプリングスに行ってきました。おもしろいのは、人工的な自然が作られているところです。音楽ホールの上に滝があって、ホールの坂を利用して川を作っている。テナントはほとんどが飲食店ですが、飲食店の上にはオフィスやホテルがあったり、文化施設の横にみんなが遊べる場所を作ったりと、ミックスされているんですよね。
このように、田んぼの真ん中にハコを建てて偽物の街を作るような従来のショッピングモールのようなやり方ではなく、再開発や商業の中に、外に開かれたパブリック性を入れた場が増えてきているように思えます。消費するための場所ではなく、子どもが水遊びしたり、芝生でゴロゴロしたりするような場所を作る時代になってきたのかなと思います。
郊外、マイホーム、マイカーに閉じこもるのではなく、知らない人と交わろうという動きが出てきているのはおもしろいですね。そういう街を日立のインフラが支えている、というような話が出てくるといいですね。
鹿志村:
それは、「そこにいることが心地いい」と感じられる場所ですよね。買い物に行くのではなく、頻繁に行くからたまには買い物するというように、まずは行くことが目的になるのかもしれないですね。
三浦さん:
そうですね。グリーンスプリングスのテナントには安いものはないので、もし近くに住んでいても毎日店で買い物をするわけではないと思います。でも、毎日子どもと一緒に遊びには行く。そういう場所ができ始めたのを目にすると、これまで郊外批判をしてきた私にとっては「新たな時代に入ったな」という感じがしますね。
プライベート化への反動としての再生活化
井登さん:
「第四の消費」の中で書かれている「再生活化」というキーワードがすごくおもしろいなと思いました。一度「脱」生活化した後に、改めて生活化する。それは、私有化してなくなったパブリックを取り戻し、切り離した生活を取り戻していこうとする動きですよね。
三浦さん:
昔は長屋だったので、物干しも家ごとにはなかったんですよね。干す場所は井戸端しかなかったんです。要するに、生活するということは近隣、隣近所と暮らすことでもあったわけですが、いまはそれが閉じた家の中に全部揃ってしまっています。家事も家電になり、洗濯物の乾燥すら家の中です。そうやって何もすることがなくなったからみんな働くことに注力しているけれど、「でもそれって生活してると言える? 仕事してるだけじゃないのか?」とも考えられます。
僕が20代だった1980年代はしきりに「生活感がない」ことが追求された時代ですが、それは今も基本的にはそうです。家の中から生活臭をなくす方向にある。でも今は、きちんと丁寧に生活している感覚が欲しい時代です。もう少しちゃんと暮らしたいとか、ちゃんとした素材で丁寧に料理を作ろうとか、一人で料理して食べてもつまらないないからコミュニティキッチンでやろうといった動きが出てきたわけですよね。再生活化は、プライベート化ではなくコミュナル化。プライベート化することで生活らしくなくなったものに対しての反動が、再生活化と言えますね。
モノと人から、人と人がつながるシェアへ
井登さん:
一方でデジタル化はどんどん進んでいきます。デジタル化が進むと個人化、小型化するというお話があったと思いますが、そこで生まれるアンビバレンツ、葛藤はどうなるのでしょうか。
三浦さん:
人によって個人化とパブリック化のバランスも違うと思います。ちなみに僕は、絶対にシェアハウスには住みたくないです。パーティーをしましょうと言われても、僕は本を読んでいたいので断ることになりますから。むしろ、みんなが僕の本を読めるシェアプレイスは作りたいし、作ってきたけど、いつも同じ家に住みたいと思わないんですね。
シェアハウスに住むことだけがシェアではないので、みんながそれぞれ自分の資源を媒体として人とつながり、自分が一番やりやすいようにシェアをして人とつながればいいと思うんです。ある人は料理、ある人は語学力、ある人は蔵書、ある人は場所とかいうように。
井登さん:
シェアの仕方がこれまでのような画一的な、みんなで集まってやろう、一緒に使おうよ、ではなくなってきているからこそ、もっとそれをやりやすくしましょう、ということですね。
三浦さん:
技術の進歩によって、シェアハウスにしてもコミュニティキッチンにしても、予約がスマートフォンでできます。デジタルのインフラは絶対に便利に使えます。僕は京都にある知人の事務所に本を千冊「三浦展文庫」として置いていて、たまに本をめぐる対談をしてYouTubeにアップしたりしています。でも、そこに置いてしまうと東京にいる僕は読めないわけです。でも必要があれば送り返してもらえるし、さらにスマホでも読めるならば安心して置いておけますよね。そこで儲けようというよりも、いろんな人とつながるのがおもしろいなあと思います。
井登さん:
ナレッジもモノも、シェアリングしようと思うと意外と難しいですよね。共有したいけど共有するのが大変、というのは多々あると思います。
鹿志村:
確かに。役に立ちたいけれど、役立つように働きかけることでコンフリクトが起きたり、問題やリスクがついてくるようなものがありますね。シェアではありませんが、メルカリは問題が起きても相手と直接やりとりをせずに解決する仕組みがあったり、自分が誰かなのを知らせずに売ることができるシステムのおかげで出品しやすくなっています。人と人との間のコンフリクトはデジタルでリスクを下げることができるのかもしれないですね。
三浦さん:
でも、匿名だとリサイクルにはなるけれど、つながりは生まれないですよね。つながりが生まれつつコンフリクトを回避するのは難しいと思います。となると、三浦展文庫のように信頼できる人に蔵書を委ねるような形がいいのかもしれないですね。
井登さん:
そこを保証したり、調整したりする社会インフラはまだ存在していないですからね。ウェルビーイングの観点から考えると、シェアの目的はつながりをつくることということですね。
次回は、近くに知り合いがいない中で地域とのつながりをどう作るか、今後、どんな場所が求められるようになるか、などについて掘り下げてお聞きします。
三浦展
社会デザイン研究者、カルチャースタディーズ研究所代表
1958年生まれ。82年、株式会社パルコ入社。86年からマーケティング誌「アクロス」編集長。三菱総合研究所を経て99年、カルチャースタディーズ研究所設立。消費社会、家族、若者、階層、都市などの研究を踏まえ、新しい時代を予測し、社会デザインを提案している。著書は、80万部のベストセラー「下流社会」のほか、「永続孤独社会」「第四の消費」「これからの日本のためにシェアの話をしよう」「日本人はこれから何を買うのか?」「人間の居る場所」「愛される街」「ファスト風土化する日本」「東京は郊外から消えていく! 」「新東京風景論」「首都圏大予測」など多数。
井登友一
株式会社インフォバーン 取締役副社長/デザインストラテジスト
2000年前後から人間中心デザイン、UXデザインを中心としたデザイン実務家としてのキャリアを開始する。近年では、多様な領域における製品・サービスやビジネスをサービスデザインのアプローチを通してホリスティックにデザインする実務活動を行っている。また、デザイン教育およびデザイン研究の活動にも注力しており、関西の大学を中心に教鞭をとりつつ、京都大学経営管理大学院博士後期課程に在籍し、現在博士論文を執筆中
HCD-Net(特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構)副理事長
近著として2022年7月に『サービスデザイン思考 ―「モノづくりから、コトづくりへ」をこえて』(NTT出版)を出版
鹿志村香
日立製作所 専門理事 研究開発グループ 技師長(Corporate Chief Researcher)
兼 ウェルビーイングプロジェクトリーダー
1990年日立製作所入社、デザイン研究所配属。カーナビゲーションシステム、券売機など様々な製品のユーザビリティ研究、フィールドワークによるユーザエクスペリエンス向上の研究に従事。デザイン本部長、東京社会イノベーション協創センタ長を経て、2018年日立アプライアンス(現日立グローバルライフソリューションズ)取締役を務め、2022年4月より現職。
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