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金沢美術工芸大学の産学連携プロジェクト「Visionary Thinking」に、2022年から研究開発グループのメンバーもメンターとして参画し、現場のデザイナーや研究者が学生と関わってきました。2022年のテーマは「これからの移動2035」。学生は、より良い暮らしに繋がる移動のあり方を物質・非物質の移動の可能性から追求し、日立のデザイナーや研究者も学生と正面から向き合いました。プロジェクトを率いる金沢美術工芸大学デザイン科 製品デザイン専攻の河崎圭吾教授とともに2022年を振り返りながら、なぜ産学連携なのか、Visionary Thinkingとは何かなど、研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長 の丸山幸伸がお聞きします。

[Vol.1]個人が強い意志を持って未来を切り開くために
[Vol.2]デザイナーの関わりで学生がどう成長したか
[Vol.3]学生の展示に見るプロジェクトの成果と意義
[Vol.4]学生に技術をインプットした狙いと研究者の視点
[Vol.5]デザインと技術を編み込む仕掛け

※この記事は、2022年9月に石川県金沢市で実施されたVisionary Thinking展の会場と、リモートでの2回にわたる取材の内容をまとめて構成しています。

画像: 2022年9月に石川県金沢市で開催されたVisionary Thinking展「これからの移動2035」の様子

2022年9月に石川県金沢市で開催されたVisionary Thinking展「これからの移動2035」の様子

産学連携を試みた背景とは

丸山:
まずは河崎先生のバックグラウンドから教えていただけますか。

河崎さん:
私は、金沢美術工芸大学を卒業後にNEC(日本電気株式会社)に入社し、領域としては電話機、テレビ、携帯電話やパソコンもデザインしましたが、BtoB系の製品デザインとして、医療機器、伝送機器、パーソナルロボットやAI関連研究、スーパーコンピュータなど幅広くNEC製品の研究開発とデザインを担当して来ました。その後ご縁があって、2010年から母校である金沢美術工芸大学のデザイン科製品デザイン専攻で教壇に立っています。

画像: 河崎さんとの対談は、Visionary Thinking展の会場取材の後に、オンラインで実施された。

河崎さんとの対談は、Visionary Thinking展の会場取材の後に、オンラインで実施された。

大学では「Visionary Thinking」という授業を3年前から行なっています。大きな特徴は、3〜4名の学生に2〜3人のプロのデザイナー、必要に応じてエンジニアや研究者にメンターとして入って頂き、直接指導頂くことでクオリティーの高いデザイン提案が行えるというものです。結果、時代が求めているフロンティア産業の開発につながる授業となりました。このような授業の新しい枠組みの着想は、実はシリコンバレーでの体験から生まれました。私はNEC時代にシリコンバレーでの駐在員経験(2001〜2006年)があり、その際に現地のデザインファーム研究に加えて実際に研究員としてWHIPSAW というデザインファームで働いたり、ACADEMY of ART UNIVERSITYで産学連携授業を行ったりしていました。シリコンバレーは世界中の大手デザインファームが集まることで有名な場所です。日本は世界でも稀な環境で世界企業が沢山ある関係でデザイナーは企業デザイナーになることがほとんどですが、北米ではほとんどのデザイナーはデザインファームで働きます。デザインファームはデザイナーとエンジニアが基本セットになっていて、世界中から来るインターン生や近隣の美大生を取り込んで抜群の機動力で多様な領域のデザイン開発を行っています。この環境が何故日本にないのか?日本でも試してみたいと思っていました。そして、大学授業内にプロのデザイナーやエンジニア、研究者を取り込み、教室内に学生中心の小さなデザインファームがいくつも出来上がることで何か面白いことが生まれるのでは?という思いから始めたのがきっかけです。

丸山:
ビジネスインキュベーション※ が起こるような場では、やはり産学の連携が強いということでしょうか。

※ ビジネスインキュベーション…経営アドバイスなどを通じ、事業の創出や起業をサポートする活動のこと。

河崎さん:
そうですね。北米では大学内での産学連携だけでなく、デザインの現場に学生が日常的に入り込んでいる感じです。当時、デザインファームが集まるサンフランシスコやサンノゼ(シリコンバレーの中心都市)の街では、インターンやアルバイトだけでなく学生とプロのデザイナーとの交流の場が、毎月第2水曜日に行われていました。これがかなり楽しいんです。

丸山:
産学連携という固い話ではなく、カジュアルチャットのようなことが日常的に行われているんですね。

河崎さん:
はい。それがすごく良くて影響を受けました。

画像: 和やかな雰囲気の中で進んだ河崎さんとの対談

和やかな雰囲気の中で進んだ河崎さんとの対談

Visinary Thinkingはこうして始まった

河崎さん:
本学の70周年記念イベントとして初めて「TOKYO DESIGN WEEK」で「ヘアーセットの時間のデザイン」というタイトルでドライヤーの展示会を開催しました。その際にIoTのモノづくりを通じて企業と消費者をつなげるプラットフォームである「+Style」の近藤正充さんから声をかけてもらい、商品開発を翌年(2017年)一緒にやることになりました。

開発は本学製品デザイン専攻3年生14名が3つのグループに分かれ、それぞれにプロのデザイナー(倉本 仁 氏、鈴木 啓太 氏、北川 大輔 氏)がメンターとして加わり、また、+Style の呼びかけでIoTに関連する技術を持ったメーカーのエンジニアに技術メンターとして加わって頂き、その技術を踏まえてIoT商品を開発しました。最終的には、+Styleのプラットホームを活用して商品化をめざしました。作品の展示会は六本木のAXISギャラリーで行いました。この展示会をスカパー!(スカパーJSAT株式会社)の今井豊さんが見に来てくれたことが縁で2018年からは「これからのエンターテインメント」をテーマにスカパー!と産学連携授業、2019年には自動車メーカーのスズキも産学連携授業に加わって頂きました。

2020年からは授業を「Visionary Thinking」とし、3回目となる今回のVisionary Thinkingは、「これからの移動2035」というテーマで実施しました。授業はモビリティチームと家電チームの2つに分かれ、モビリティチームではスズキのデザイナー3名がメンターに加わり、家電チームではソニー、NEC、日立製作所から、丸山さんをはじめそれぞれにデザイナー2〜3名がメンターとなり、そこに学生3〜4名ずつが参加しました。

丸山:
河崎先生は、Visionary Thinkingに入る前からプロと学生の近い関係を作り出したいという動機で産学連携のプロジェクトを始められて、私も以前から金沢美術工芸大学と一緒にやってみたいとラブコールを送っていたこともあり、メンターとして参画させていただきましたが、他の企業の方々にはどうやって賛同していただいたのでしょうか。

河崎さん:
基本は全部、お友達です。エンターテインメントがテーマの際はエンターテインメントに造詣の深いディレクターの方に入って頂きましたが、Visionary Thinkingになったときに、ビジョン、サービス、UI(ユーザーインタフェース)・UX(ユーザーエクスペリエンス)、プロダクトデザインの全てを理解し指導できるメンターが必要となりました。幅広いデザイン領域を取り扱っている企業はかなり少ないので、自然に絞られていきました。

日立製作所はビジョンメイクや体験設計が一番進んでいるので、ぜひご指導いただきたいと考え、丸山さんにお声がけさせていただきました。

画像: 丸山は、Visionary Thinking発足時の2020年からこのプロジェクトに関わっている

丸山は、Visionary Thinking発足時の2020年からこのプロジェクトに関わっている

Visionary Thinkingがめざすところ

丸山:
大変光栄です。この3年間は、メンターになる人たちが先生のお考えを一生懸命咀嚼して、ここで何をやったらいいのかを考えながらやってきた印象があります。

河崎さん:
はい。とてもありがたく思っています。メンターの皆さまには毎回大変なご苦労を頂いております。改めて「Visionary Thinking」とは何か。これは私が独自に作った名称で、誰かが作るであろう未来ではなく、自分が強い意志を持って未来を切り拓くための思考法を指しています。細やかな戦術ではなく戦略として大きな方向性を見出すためのものです。

私自身も企業生活を23年ほどやって一番強く感じるのは、デザインもエンジニアリングも、一個人の意思でイノベーションを起こしているということです。だからこそ、一人ひとりの洞察と意思によってより良い未来を創れるようにしたいと考えています。

この図は、スペキュラティヴ・デザイン(アンソニー・ダン&フィオナ・レイビー著)という本の平面的な絵を自分なりに解釈して作り替えたものです。

画像: アンソニー・ダン&フィオナ・レイビー著「スペキュラティヴ・デザイン」を参照して河崎先生がつくり替えた未来円錐

アンソニー・ダン&フィオナ・レイビー著「スペキュラティヴ・デザイン」を参照して河崎先生がつくり替えた未来円錐

青い玉が産業革命で赤い玉が現在、その先は未来を示していますが、中心の青い色部分は経済や政治関係者が考える「起こりそうな未来」です。金融崩壊、経済破綻、戦争などよっぽどのことが起きない限り起こるだろう未来を指します。一番広いところは、根拠のないSF的なものではなく、現在から科学的な根拠があるシナリオに繋がりうる未来を示しています。一方、黄色いところは、経済や政治関係者が「自分たちとしてはここに未来を持っていきたい」と描く「望ましい未来」を示しています。

しかし、ここにきて持続不可能な社会のありようや貧困格差の問題などの課題が浮き彫りになり、このままでは良くない未来にどんどん進んでしまう、つまり経済や政治関係の人だけに任せていたら良い未来は描けないという危惧が生じています。むしろ可能性はこの中心よりも外側にあるのではないか、と、いま、SF的なストーリーを使った未来像の提起(SFプロトタイピング)が行われるようになっています。そんな風に、学生や一般の人たちが未来について考え、積極的に提案することが、より良い未来の出現につながるのではないかと考え、Visionary Thinkingを始めました。

画像: 金沢の展示会会場にて、Visionary Thinkingに関する説明をされている河崎さん

金沢の展示会会場にて、Visionary Thinkingに関する説明をされている河崎さん

企業としても、元々は事業戦略や事業企画をやっている人たちが横並びで「次の商品はこうだ」と先導していく時代がありましたが、いまはもうそれができず、新しいフロンティアを探して産業にしなければなりません。そこにデザイナーも加われるチャンスが出てきました。いまは、メーカーに就職して3、4年経つと、デザイナーとして進むか事業戦略の方に進むか、といった選択を迫られる企業も出始めてきています。

幸福の形を実現するために

画像: Visionary Thinkingの考え方を描いた思考図

Visionary Thinkingの考え方を描いた思考図

河崎さん:
これがVisionary Thinkingを思考するうえでの図になります。

真ん中に人がいて、地面の点線の下が歴史的背景で、宗教や哲学、社会経済、テクノロジー、文化が混ざって価値観が作られていることを示しています。特に近代社会においてこの価値観が大きく変わってきたのは、資本主義経済とテクノロジーの影響が大きいと思いますが、これらを考えるうえで近代にはヒントがいっぱいあります。学生は最初にここの部分をしっかり考察するところからVisionary Thinkingは始まります。

点線の上の部分が現実の世界ですが、一方でインターネットの世界、バーチャルの世界がものすごい勢いで広がってデジタルの解像度が上がり、いまはもう境目が曖昧になってきています。現実の社会で起きている色々な現象を読み解くことで人々が何に感染(囚われる)し、これから何に感染していくのかを考察していきます。最終的には人間にとって一番重要なことは真の「幸福」とは何かを考えることです。なぜなら我々は経済的な豊さでは幸福になれないことを知ったからです。人間にとって幸福とは何かを考えるとは、人間の脳内に生まれる「幸福」という感情を知ることになります。脳神経学研究者で有名なアントニオ・R・ダマシオは人間の脳にとって身体が心地よく、快適であると感じることが「幸福」の源泉と言っています。つまり身体の五感を通して外部からの情報を脳に届ける上でどのような社会のあり方が身体にとって心地よく、快適であるかを考えて未来を作ることが大切になります。

授業の設計としては、最初に2年生のサービスデザイン授業で自分と向き合う内省をしっかりやってもらいます。その他の授業では自分が今、何に感染(嗜好)していて、その感染力はどこに向かっているのかを洞察する授業も行なっています。Visionary Thinking「これからの移動2035」授業では最初に事前課題として、自分の興味や関心事を決めて頂きます。そしてその関心ごとが近代の文化、技術、社会経済、宗教、哲学とどのような関係性を元に築き上げられて来たかを年表によるインフォグラフィックスで関係性を可視化し、未来においてその関心ごとがどのようになっているかを洞察し、その未来が自分の想い描く未来になるように2,000字の論文で考察していきます。

学生の心の底や、人々が社会の奥底に取りつかれ始めている流行や兆しなどをうまく抽出してあげる作業がメンターの役割の一部だと思いますが、最終的に未来洞察をして関心ごとの世界が自分の理想の世界になるよう妄想し、その具体的な提案のどこに移動の要素を絡められるとより効果的か?などを学生と一緒に考えて設計していくあたりもメンターにお願いしています。

美大のガチャ

丸山:
サービスや体験設計を学生のスキルとして身につけたうえで、自分の関心事で未来の洞察をしていくところを授業で教え、最後にアウトプットするという、2年がかりの壮大なプロジェクトですよね。

素晴らしい取り組みである一方、学生にはかなり荷が重いのではないかと思ったのですが、それでもやろうと思った背景にはどんな思いがありましたか?

画像: Visionary Thinkingについて掘り下げる問いを投げかけ、耳を傾ける丸山

Visionary Thinkingについて掘り下げる問いを投げかけ、耳を傾ける丸山

河崎さん:
そうですね。学生にはびっくりするぐらいの吸収力があるというのが一つと、今の学生は僕らの時代の3倍から5倍ぐらいのスピードで情報を得られる、ということがあります。あとこれは本学客員教授の太刀川英輔さんが唱える進化思考の中で、生物の進化のように2つのプロセス「変異と適応」を繰り返すことで、本来誰の中にもある創造性を発揮できる思考法があります。その中で「変異」のことを「ガチャ」(偶然)と呼んでいましたが、美術大学では長年「ガチャ」の表現としてのアイデア発想は教えて来たものの、肝心の「適応」を教えることがおろそかになっていると分かってきたからです。これは、現代社会が製品のクオリティーがてっぺんまで極まったことや、多くの問題が解決され問題解決力から問題発見力がより必要になって来たこと、現代の複雑に絡み合った大きな問題解決の糸口をどう捉えるか?その「切り口」「枠組み」すなわち何に「適応」させるか?がデザイナーに強く求められるようになって来ているからです。また、世界全体が危機的な状況にある時代を私達は生きていて、それを自分ごととして理解して変えていくためには何ができるか?メンターやクラスメイトと話をしていく、そして自分の興味を持てる分野で自分に何ができるかを考えて行動に移していく。そういったことが全部繋がっているのが実は社会であり、自分達が何をすべきなのかを常に考えて行動に移していける学生を育てたい、それにはVisionary Thinking が必要だと考えたからです。

丸山:
なるほど、非常によく分かりました。アイデアがいまの社会課題や世の中のムードのどこにハマるか考えて、実現の方向に向かわないといけない。実現に向かわせるための瞬発力も学校で養ってみよう、という試みなんですね。

画像: Visionary Thinking 展には日立メンバーも現地に赴き、報告会と展示会場にて学生へのフィードバックを行った

Visionary Thinking 展には日立メンバーも現地に赴き、報告会と展示会場にて学生へのフィードバックを行った

次回は、Visionary Thinking「これからの移動2035」で学生が考えた移動の新しい体験を河崎さんに紹介していただきながら、プロジェクトに参画した研究開発グループ 社会イノベーション協創センタのデザイナー 南野智之、永井知沙が、学生と向き合いながら何を考え、感じたのかを聞いていきます。

画像1: [Vol.1]個人が強い意志を持って未来を切り開くために│金沢美術工芸大学・河崎圭吾さんと振り返るVisionary Thinking「これからの移動2035」

河崎 圭吾
金沢美術工芸大学 デザイン科 製品デザイン専攻 教授

金沢美術工芸大学卒業。 NEC / NEC USA ,inc. 勤務。渡米中は研究員として Whipsaw Inc. に勤務。 シリコンバレーの動向調査や 北米をターゲットにした 商品開発に従事。2010 年より現職。毎年六本木 AXIS ギャラリーにて展示発表。「 IoT のつくり方」(2017)「これからのエンターテイメント」(2018-2019)「Visionary thinking」(2020-2022)受賞歴:「Roku Soundbridge Radio」CES Innovations ‘06 IF 賞。「Weather report」 IDEA 金賞。 「Plasma-X」 Gマーク金賞。 「SX−4」 Gマーク大賞。 「Voice Point」 IF 賞 NY 近代美術館パーマネントコレクション選定。 その他国内外の受賞歴多数。

画像2: [Vol.1]個人が強い意志を持って未来を切り開くために│金沢美術工芸大学・河崎圭吾さんと振り返るVisionary Thinking「これからの移動2035」

丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

[Vol.1]個人が強い意志を持って未来を切り開くために
[Vol.2]デザイナーの関わりで学生がどう成長したか
[Vol.3]学生の展示に見るプロジェクトの成果と意義
[Vol.4]学生に技術をインプットした狙いと研究者の視点
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