[Vol.1]個人が強い意志を持って未来を切り開くために
[Vol.2]デザイナーの関わりで学生がどう成長したか
[Vol.3]学生の展示に見るプロジェクトの成果と意義
[Vol.4]学生に技術をインプットした狙いと研究者の視点
[Vol.5]デザインと技術を編み込む仕掛け
※この記事は、2022年9月に石川県金沢市で実施されたVisionary Thinking展の会場と、リモートでの2回にわたる取材の内容をまとめて構成しています。
余韻に注目した、癒しがテーマのシアターモビリティ
丸山:
金沢美術工芸大学の学生が考えた「これからの移動」の新しい体験について、具体例を見ながら進めていきたいと思います。
河崎さん:
まずこちらは、日立がメンターとなったチームが考えたものの一つで、イベント会場からの帰路のエクスペリエンスをデザインした「シアターモビリティ」です。
これを発表したのは小林咲輝さん(3年)ですが、この授業の後に小林さんはすっかり人が変わっちゃったんですよ。ものすごい修行に耐えてきたみたいに顔がキリっとして、デザイナーみたいな顔をしているんです(笑)。周りの学生がびっくりするほどで、本人も「とても勉強になりました」と言っていました。
このシアターモビリティですごくいいなと思ったのは、イベントの後に残る余韻のデザインに注目したことです。イベントに向かうバスの中を盛り上げる設計はこれまでもありましたが、事後の余韻の体験を設計したものは初めてで、この視点が本当にすごいなと思いました。
丸山:
彼女が「癒し」をテーマにしたときは、正直、Z世代=ストレス回避のようなステレオタイプを匂わすワードだったので推すべきか躊躇しましたが、彼女の語る背景を傾聴してみると、癒すということの力点が余韻の場所にあることが分かり、これは経験デザインとして面白いところに着眼しているなと感じました。一番大事なのはエンターテインメントを楽しむことであり、その後の余韻を含めて癒しなのだ、と。それが帰り道に壊されているという点に注目したんです。
河崎さん:
彼女は最初「お風呂が好きなんです」と言っていたので、お風呂の方向で進むのかな、結構面白くなるぞと思っていたら、丸山さんが「お風呂はだめ」「先がないからお風呂はなし」とスパッと切っていましたね。
丸山:
それが1回目のクリエイティブディレクションで、「お風呂じゃないところを掘ってほしい」と託しました。
河崎さん:
僕だったらお風呂で進めていたと思うのでちょっとびっくりしました。2つ目のポイントは丸山さんのBusiness Origami(ビジネスオリガミ)ですね。
ターゲットユーザーは、彼女自身のお姉さんで、東京でシステムエンジニアとして忙しく働いていて、ライブに行くことが唯一の心の拠り所である、ということだったんですよね。中間報告では「疲れているから帰りはゆっくりさせてあげたい」という意見だったのが、一変しましたよね。そこがすごいなと思って。
丸山:
南野さんと永井さんはそのタイミングに立ち会っていましたね。Business Origamiをやっている時に、急に具体的な人物がはっきりしてきた。その時の彼女の様子を教えてもらえますか。
永井:
Business Origamiをやる前は、まだ発想がふわっとしていましたね。それがBusiness Origamiでペルソナを整理していく中で、自身のお姉さんと紐づいてからはすごく早くて、「具体的なペルソナの行動や周囲との関係性」や「ペルソナにこういう価値を与えられると良さそうだな」といったアイデアが一気に出てきた感じがありました。
丸山:
突然、お姉さんとくっついてアイデアを作るうえでのパズルのピースが、はまった感じでしたね。
河崎さん:
お姉さんは睡眠不足だからゆっくりさせてあげたい、というところからいきなり違う感じになりましたよね。
南野:
ターゲットユーザーがお姉さんということが決まったら、ものすごく身近だからか、悩みが非常にリアルなものとして自分とリンクし、想像しやすくなったようですね。
常に本質に立ち戻り、思考する
河崎さん:
日立さんは、実態調査を大事にされていますよね。ヒアリングしたり、お姉さんにも実際に会って生の話を伺い、それもちゃんとデザインに落とし込むように指導していらっしゃいました。
丸山:
結局いくら僕らがメンタリングしたところで、本人にないものは掘り下げられないですからね。僕らもその向こうにある真実を知りたいので、「お姉さんに話を聞いてきて、その話で僕らを共感させてほしい」と伝えました。
もう一つポイントだったと思うのは、放っておくとお姉さんの好きなことをデザインしてしまいがちになるので「待ってよ」と考えさせたことです。「癒しをテーマにしてたんだよね。そこからブレてはいけない。お姉さんの本当の癒しは何?」と投げかけたら、お姉さんから「数ヶ月に1回、週末に行く推しのライブだ」と聞いてきたんです。そこから離れないようにするのが難しかったですね。
河崎さん:
さまざまなアイデアが出てきた中で、丸山さんの方で話を聞きながら本質的な部分を見つけ出したということでしょうか。
丸山:
見つけ出すというよりも、「そもそも大事にしたいのは癒しだよね」と何回も伝えたということですね。ちょっと他に行きそうになったらもう一度いかりを降ろすというか、それ以上行かないように引き戻しました。デザイン思考あるあるだと思うのですが、その人の問題を掘り下げて行くうちに、デザイナー自身が何を追いかけているのか分からなくなるほど、その人のことだけを考えちゃうんです。
そうすると、やろうと思っていたテーマが癒しのはずだったのに、お姉さんの好きな「推しを応援するグッズ」とかに行きがちなんですよね。でも、解かなくちゃいけない大きいテーマは「お姉さんの癒しの本質」なので、そこから逃げないようにする話し方をしていました。
河崎さん:
なるほど、常に一番大事なところに立ち戻って思考する大切さを伝えたということですね。
最後の追い込みで、学生が変わった
河崎さん:
個人的にちょっと嬉しかったことがあります。Visionary Thinking展での最終プレゼンの1週間ぐらい前から彼女は追い込まれて、一度我慢できなくなって横浜にある実家の風呂に入って帰ってきたことがあったんです。それで、戻ったら「サービス、UIのデザインがメインだから車のデザインはこの程度で良いですよね」と丸山さんに確認したところ、「いや、違う。ちゃんと作って」と返されたと小林さんから伺いました。ここはめちゃくちゃ嬉しかったんですよね。サービスとUI とプロダクトは一体で体験価値を作り出しているのでプロダクトのデザインはとても重要で、そのあたりをしっかりご指導頂いたこと、とてもありがたかったです。
丸山:
追い込みの時は、タイヤのパターンまで書くように言ってましたもんね。南野さんも一緒に(笑)
南野:
本人にあまり経験がない中で、フェンダーの部分などのリアリティをどこまで表現するか、どこまで言っていいものか毎回悩みながらやっていましたね。
なるべく自分から気付いてやってほしい、という気持ちがずっとあったのですが、最後の2、3日でそこにうまく応えてくれたと思います。
丸山:
南野さんが一番強く押したところはどこですか。
南野:
「これからの移動2035」というテーマなので、移動とユーザーの課題が解決されることがうまくつながっているかが大切だと思っていました。その点、この提案はそこがうまくリンクしていて、きっと誰しも共感できるアイデアだと思うので、まずはその着眼点がシンプルに表現できるように気を付けました。加えて今回は「癒し」がコンセプトになっているので、見た目からもそのコンセプトが伝わるようにしてほしいと思っていました。
造形を考える際にいつも伝えているのですが、たとえば可愛いものを作りたいのなら、「可愛い」と思うものをとにかく集めまくって、見まくって、なんで自分が可愛さを感じ取れるのかということを考え抜いてもらいたい、と話しました。言語化は難しいですが、それを感じるものを絵で集めていくと、だんだん、それを表現するための造形が分かってくるんです。結局、デザインって言葉にするのがどこまで行っても難しいので、無理して言語化せず、絵で会話するようなイメージです。
丸山:
永井さんは、インタフェースのデザインやインタラクションのところを見ていましたよね。
永井:
小林さんの掲げたテーマが癒しだったので、その世界観を崩さないようにする空間づくりですね。初めのうちは単純に「タブレットを置きました」というようなUIのスケッチが描かれていたのですが、それだと世界観は壊れてしまうので、空間を自然に操作できるとか、その空間での没入感などを表現してほしいとずっと伝えていました。
それで最終的に空間に映す形になり、何回もブラッシュアップしたことで良いものに仕上がったと思います。
丸山:
僕が厳しく言ったのはタイヤハウスなんです。今回はホイール自身が駆動するため、車軸が必要のない「インホイールモーター」を使っているのですが、車軸がないからこそ、ものすごい狭い路地でもこまのようにターンできる操舵が可能になるんです。
素晴らしい技術なのに、小林さんはホイールやフェンダーのところを雑にやっていたので、ディテールの甘さを厳しく指摘したんですよね。「やろうとしているコンセプトと技術がきれいにミートしたのに、どうして訴求すべき箇所の造形を粗末にしているんだ。製品じゃないんだから、コンセプトとして一番伝えなければいけないところをしっかりデザインしなさい」と。
河崎さん:
ありがとうございます。学生は泣いて喜んでいました。
趣味の天体×ユニット家具で生まれたモジュール型モビリティ
河崎さん:
もう一つ、ラトール榛士さんが発表した、ユーザーによる自由自在なカスタマイズを可能にする、EV車両ならではの「モジュール型モビリティ」の提案がありましたね。
これすごくいいなと思ったのは、自動車メーカーが「自動車は今後、みんなでシェアライドするものになっていくんじゃないか」と予測していたものの、世界的に見ると実は全然シェアが進んでいないという現状がある中で、これはすごくシェアしたくなると思ったんです。
どうせ借りるんだったら、それぞれのライフスタイルに適合したものを毎回借りたいと思うはず。その根底にある「値段が高くてもその体験価値が上がるんだったら支払う」といった価値観を的確に反映したんですよね。
東京の雑踏の中で小さいアパートに住んでいて星も見えないけれど、週末に趣味の天体望遠鏡Vtuber(バーチャルYouTuber)として東京湾に船出して満点の空が見えて、といったシチュエーションがバーンと浮かぶようなモビリティだったんですよ。非常に感動しました。これなら確かに借りてみたい、そういうサービスがあったらみんな借りたいんじゃないか、と思わせる提案になっていました。
南野:
着眼点が少し先を行っているのが面白いと思いましたし、VTuberだという設定も、最近Vlog(Video blog)もすごい増えているのでいま風ですし、天体観測もあまりベタ過ぎないところがいいと思いました。また、趣味が多様化している中で、いろいろな人が同じモジュールを用途によって使い分ける発想も含め、全体にすごく面白いなと感じました。
時間があれば、あのスタイリングをもっといろいろ展開したものも見たかったなと思いましたが、例として出していたものにも「なんだこれは」というワクワク感が出ていましたね。
面白かったのが、天体っていうと僕は高いところに出た方が綺麗だと思うのでどうしても山に連れて行こうとしていたんですが、彼は頑なに「海に出る」と(笑)。終わってみれば海で良かったのかなと思います。
永井:
このペルソナに絞るまで、かなりの紆余曲折がありました。最終的に彼の好きな「天体」に収まってからはイメージが湧きやすかったようで、「山じゃなくて、海の方が暗いから星がいっぱい見えるんだよ」とか、モジュールをどう使うか、という話もすごく具体化されてどんどん形になっていったなという感じがしました。
また、彼は検討初期からユニット家具のようなテーマを持っていて、何かと何かを組み合わせて作りたいんだろうなということを要所要所で感じていました。それが最終的に、上のモジュールと下のパーツとそれを繋ぐパーツ、といういまの形に収まったと思っています。
モビリティの世界にサードパーティが入り、モジュールをいろいろな会社が作って提供するという新しい考え方のサービスまでつながったので、全体的に面白く仕上がったなという感じがしました。
丸山:
最初は彼がやりたかったことがいろいろあったと思うんですけど、この最後の案に行き着いた後からが結構興味深かったですね。僕らもすごく学ばせてもらった感じがしました。
というのは、「星を見る」という自分の趣味をユースケースに決めてから、彼がユーザーとして持ってる価値観を語り始めたんですが、それがものすごく面白くて。そういう人たちは本当にこういうものが欲しいんだな、というのがなんとなく伝わってきたんですよね。全然嘘がないんです。いよいよ、思いついたアイデアが「モビリティビジョン」という世界観にまで昇華してきたなと。
最終的に学んだのは、一つの尖った趣味を持っている人が、本当は自分なりの移動体があるといいと思いながらも、それを実現するための仕組みがないんだなということです。
彼は例題的に3層に分離しましたが、一番上のハウジングの部分は、ユーザーが自分で何でもできるような企画がこれからは求められると。真ん中の部分は、重要保安部品と言われているクルマにとって絶対必要な、特にEVにとっては必要なライトだったりバッテリーだったり、そういうものが入ってるところです。下は僕らも全く想像しなかったフローターがついてるというバージョンになったわけですけど、フローターはタイヤだろうが何だろうがいいんだと。
要するに移動しないとできないような趣味を持った人にとって、こういうものが作れる社会や仕組みがなかったんだなと彼に教えてもらったのが、僕にとってはすごい学びでした。
若い人が抱く、「作り込みすぎ」への違和感
河崎さん:
彼の提案で一番興味深かったのは、自分の興味がある「家具」でずっと調べてきて、あっち行ったりこっち行ったりしつつ、ここに着地したことです。そこにはどんな変遷があったのでしょう。
丸山:
空間を作り上げたいっていう願望は、1回も変わってないんですよ。結局、どんなに僕らがいろんなユーザーを設定したり、アイデアにいろいろな刺激を入れても彼が変わらなかったのは、自分の気持ちを反映したDo it yourselfの世界が欲しいという彼のWillでした。家具のモジュールをやってきたところから、そこは変わってないですよね。
永井:
ペルソナが変わってもそこは変わらないんですよね。ちょっとかけ離れて現実味が薄くなりながらも、最後にやっと現実とくっついた感じなんですよね。
河崎さん:
結構大変だったんですね。お互い違うところを向いていて、それが最後に合体したっていう。
永井:
すごく大変でした(笑)。彼はずっとペルソナに納得してないんですよね。
丸山:
ペルソナとかユースケースが変わっても、彼の中では、「自由に組み立てられる」という価値観がずっとぶれてない。本人は気づいてないんですが、ずっとそれから離れられないある種の妄想としてあるわけですよね。たぶん、彼の持つ未来観がそれなんだと思います。
河崎さん:
最近の若い人たちに出てきているのはまさにその考え方ですね。いままで我々プロダクトデザイナーは、絶対に穴がないように、自動車だって100万キロ走っても壊れないようなものを作ってきました。だけどいま、そうやって作り込みすぎていたり、結果的に廃棄したりしている部分に対して、違和感のようなものがあるんです。
であればもっと緩く、壊れてもいいから使い手の時間軸に合ったもので、故障したら直すとか、自分の手でもう少しこうしてみたいという余地をできるだけ残すことで環境負荷も減るし、ウェルビーイングにもなるんじゃないか、といった思考が最近出始めてるなと思っています。彼の場合もそこがやっぱり妄想としてあったなという感じですね。
次回は、Visionary Thinking「これからの移動2035」で学生が発表した移動の新しい体験の中から、日立がメンターを務めた展示以外からいくつか河崎さんにピックアップして紹介していただきます。引き続き、プロジェクトに参画した南野智之、永井知沙、丸山幸伸からも気づいたことや感じたこともシェアしていきます。
河崎 圭吾
金沢美術工芸大学 デザイン科 製品デザイン専攻 教授
金沢美術工芸大学卒業。 NEC / NEC USA ,inc. 勤務。渡米中は研究員として Whipsaw Inc. に勤務。 シリコンバレーの動向調査や 北米をターゲットにした 商品開発に従事。2010 年より現職。毎年六本木 AXIS ギャラリーにて展示発表。「 IoT のつくり方」(2017)「これからのエンターテイメント」(2018-2019)「Visionary thinking」(2020-2022)受賞歴:「Roku Soundbridge Radio」CES Innovations ‘06 IF 賞。「Weather report」 IDEA 金賞。 「Plasma-X」 Gマーク金賞。 「SX−4」 Gマーク大賞。 「Voice Point」 IF 賞 NY 近代美術館パーマネントコレクション選定。 その他国内外の受賞歴多数。
丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。
南野 智之
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ
プロダクトデザイン部 デザイナー(Senior Designer)
プロダクトデザイン、UXデザインを専門に国内外さまざまな製品開発を担当。日立製作所入社後は主に家電分野において新商品、サービス創出に従事。
永井 知沙
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ
プロダクトデザイン部 デザイナー(Senior Designer)
金沢美術工芸大学卒業後、デザイン事務所・NEC・IT系会社で携帯電話・システムUI・車載器・スマホのアプリ開発などのUX・UIデザインに関わったのち、2016年 に日立製作所入社。
さまざまなサービスに関するUX・UIデザインのほか、行動変容デザインの研究を推進。現在は、医用分野のUX・UIデザインに従事。
[Vol.1]個人が強い意志を持って未来を切り開くために
[Vol.2]デザイナーの関わりで学生がどう成長したか
[Vol.3]学生の展示に見るプロジェクトの成果と意義
[Vol.4]学生に技術をインプットした狙いと研究者の視点
[Vol.5]デザインと技術を編み込む仕掛け