[Vol.1]個人が強い意志を持って未来を切り開くために
[Vol.2]デザイナーの関わりで学生がどう成長したか
[Vol.3]学生の展示に見るプロジェクトの成果と意義
[Vol.4]学生に技術をインプットした狙いと研究者の視点
[Vol.5]デザインと技術を編み込む仕掛け
※この記事は、2022年9月に石川県金沢市で実施されたVisionary Thinking展の会場と、リモートでの2回にわたる取材の内容をまとめて構成しています。
汚したい欲求を満たす体験と、言葉を超えたコミュニケーション
丸山:
金沢美術工芸大学の学生が考えた「これからの移動」の新しい体験について、日立以外の企業がメンターとなった発表についても差し支えのない範囲で教えてください。
河崎さん:
私は、学生たちのデザインを見るときに鮮度と強度を見ています。鮮度は概念の新しさ、コンセプトの新しさで、強度というのは共感性です。
「グラフィター」という提案は、街中に落書きに行くという、プリミティブな体験を実現する落書きサービスです。「室内で創作していた画家を鉛のチューブの出現が画家を野外に連れ出し、抽象画家を生み出した」という発想を元にした、移動の動機を作る提案です。鮮度はちょっと弱いかもしれないけど、強度、共感性が高かったと分析しました。本学の学長はこれが一番良かったと言ってましたね。
これは、コロナ禍になって清潔さが求められる世界において、もっと身体使って汚したいっていう欲望がもっともっと強くなっていくのではないか、という問題提起なんです。それに対する回答として、落書きをして、それをアーカイブとしてTシャツにしたりして残すアイデアです。確かに社会はどんどん綺麗になって、清潔で、デジタルで、という方向に進んでいますが、それに対して「やっぱり汚したい」とか「アナログで」とか「身体使ってみたい」と思うよねと。これは非常に共感性が高いと思いました。
丸山:
他の提案は移動体や移動する経験自体をデザインしたものが多かったので、移動の動機をデザイン対象にしたのはこれだけだったかもしれないなと思いながら見ていました。
河崎さん:
次の提案は、「気持ちを漫符※として表現するコミュニケーションツール」です。どちらかというと鮮度が高い一方で、共感性は使い方次第で高まる提案かと考えています。漫符は漫画やアニメ、ゲームの媒体で使用されていますが、これはリアルで移動している最中に感情情報が漫符として頭の上に浮かび上がり、第三者が感情を読み解けます。言葉を超えたコミュニケーションができる面白さがあります。看護や医療の現場で「おじいちゃん、今日やたら機嫌悪いな」みたいな時にその感情がすぐにパッと読み取れたら、コミュニケーションのやり方を変えられる。そんな使いかたができると共感性は高まると考えています。
※ 漫符…漫画やアニメ、ゲームなどで人物の感情や内面を視覚化した符号の総称
荷物や植物が移動し、人は移動で足を満たす
河崎さん:
他には、「ノマドワーカーのための荷物管理ロボット」の提案がありました。これは人と荷物を分けた移動の提案ですが、発案したのが、荷物を持って移動することが苦手な学生で。
「身体に負荷をかけたくないので、荷物と人を分けて移動させ、自分は常に何も持たない状態で快適に移動したい」という学生が、将来の働き方にこだわりを持っているからこそ出たアイデアだと思います。これは学生本人だけではなく、たとえば妊婦さんや小さな子どもを抱えたお母さんなどいろいろな身体状況に応じて使えるのではないかな、という点で非常に面白いなと思いました。
植物の移動という提案は、非常に鮮度が高いけれど強度はちょっと弱いかなと思いましたが、いまになってもまだ人間中心だと言っている社会に対し、「いやいやもう人間中心じゃなくて、自然中心、地球中心でしょ」と、強くわかりやすくアプローチした提案だと思います。ある意味これはスペキュラティブ・デザインだと皆さんおっしゃってましたが、人間中心ではなく植物中心の移動というのもあってもいいんじゃないのかなと。自然観に対するテクノロジーを使った問題提起でしたね。
丸山:
すごくアートっぽいアプローチで、視点のチェンジを人に要求するようなものだったなと感じました。
河崎さん:
次の、「移動で足を満たすウェルビーイング」という提案は、鮮度・強度ともに高かったかなと思いました。実際、この最終プレゼンテーションの後に「足の裏は実はあまり研究されておらず、この分野はフロンティアなので頑張ってほしい」という本学客員教授の落合陽一先生からの講評がありました。
実際、体重60kgの人間が移動するのに1tを超える車重のある車を使うのは非常に不条理なんですよね。現代の持続不可能な移動問題に対して、人の移動に対して人の満足=足を満たすというウェルビーイングの視点で足裏の研究に取り組んでくれたことがこの時代、とても有意義でした。
特に3種類の体験価値を提案してくれたことが良かったです。
1:素足の体験ができること、
2:世界中のどこでも足裏移動体験ができること、
3:足裏体験を想像して地面そのものを想像していくこと。
寝たきりになった人でも足の裏にこれを付けることで刺激を受け、病気が治っちゃうんじゃないかっていうぐらい、いろいろと妄想が膨らむ提案でした。
学生だけでなく、企業の刺激にもなるプロジェクト
丸山:
最後に、南野さんと永井さんからも感想をお聞かせください。
南野:
学生さんにとってはすごいヘビーな課題だなと思います。3年生の最初で、やることも考えることも多くて大変ですが、皆さん頑張っていますし、とても貴重な経験になるんだろうなと感じています。
僕らもせっかく関わるので力になりたいとすごく思ってますし、何か1つでも学んでもらって、今後の課題にしてもらったり、デザイナーとして生かしてもらいたいっていう思いがあります。
学生さんたちとどう接するかは、いつも考えながらやっています。レビューにしても瞬発力が問われますし、どこまで言っていいのかな、と気にしながらやってはいるんですが、学生さんたちはいつもしっかり応えてくれます。「そういう視点はなかったな」という気づきや学びがあるので、僕自身も楽しみにしています。
自動車に乗らない若い人が増えている中で、「移動」はふだん触れていない物事の価値をもう1回掘り起こすようなテーマだったとも思います。ユーザーがこれから生活の中で抱えるだろうピンポイントをうまく拾い上げつつ、移動で解決するのが難しいかなと思っていましたが、うまくマッチしたものは分かりやすくて面白いものになったかと思いました。
永井:
モビリティってすごく幅が広いですよね。その中でどこに着眼するのか、私たちも指導しながら悩むポイントですが、今回の様子を見ていると、自分ごと化した人の方が検討が速く進むし、周囲に対しての説得力も増します。例えばラトールさんのように自分の趣味とテーマが結びついてからの説得力はすごいなと思っています。それをうまく導き出してあげることができるといいなと、2年間メンターとして参画してきたいま、強く感じているところです。
今回メンタリングした2人も、ペルソナが決まってからはイメージをつかむのがすごく早かったです。それまでは真実味のない意見も出てきていましたが、ペルソナを見つけてからは「なるほどこういうこともあるんだ」と、逆にこちら側が気づくことが多かったです。そういうところにどんどん導いてあげられるような関わり方が今後もできるといいなと思いました。
あとは、サービスデザインからプロダクト・UI設計という形にまで落とさなければいけないので、検討プロセスが本当に多いんです。そのプロセスを短期間でどうやって組み立てていくかという問題がありますね。これは毎年課題にはなりますが、できるだけ早くプロダクト・UIのデザイン検討に入れるようにしたいな、と思っています。
丸山:
河崎先生とご一緒させていただいて、また、学生2人と一緒に取り組んでみてつくづく思うのですが、自身から湧き上がる関心と、それを体現するような人物像を見つけたら、未来に対する分解能や創造性は高まるのだと改めて感じました。もともと先生が意図とされていた、「誰かが作るであろう未来に向かうのではなく、自分が強い意志を持って進むのだ」という姿勢は十分ここで育まれ、達成されたのかなと思いました。
自分の関心で未来を引き寄せることができたときに、2人ともガーッとアイデアが進んだ気がします。Visionary Thinkingというプログラムはそういう学生の学びであり、その姿が企業の私達に対しては刺激になったと感じています。
次回は、2022年のVisionary Thinkingのテーマである移動について考察を深め、シアターモビリティ、モジュール型モビリティから得られたものについて河崎さんからお話を伺いながら、制御・ロボティクスイノベーションセンタ 自動運転研究部長 髙橋絢也と、電動化イノベーションセンタ モビリティドライブ研究部長 高橋暁史、丸山幸伸とともにプロジェクトを振り返ります。
河崎 圭吾
金沢美術工芸大学 デザイン科 製品デザイン専攻 教授
金沢美術工芸大学卒業。 NEC / NEC USA ,inc. 勤務。渡米中は研究員として Whipsaw Inc. に勤務。 シリコンバレーの動向調査や 北米をターゲットにした 商品開発に従事。2010 年より現職。毎年六本木 AXIS ギャラリーにて展示発表。「 IoT のつくり方」(2017)「これからのエンターテイメント」(2018-2019)「Visionary thinking」(2020-2022)受賞歴:「Roku Soundbridge Radio」CES Innovations ‘06 IF 賞。「Weather report」 IDEA 金賞。 「Plasma-X」 Gマーク金賞。 「SX−4」 Gマーク大賞。 「Voice Point」 IF 賞 NY 近代美術館パーマネントコレクション選定。 その他国内外の受賞歴多数。
丸山 幸伸
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長(Head of Design)
日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズに出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人財教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。
南野 智之
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ
プロダクトデザイン部 デザイナー(Senior Designer)
プロダクトデザイン、UXデザインを専門に国内外さまざまな製品開発を担当。日立製作所入社後は主に家電分野において新商品、サービス創出に従事。
永井知沙
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部
社会イノベーション協創センタ
プロダクトデザイン部 デザイナー(Senior Designer)
金沢美術工芸大学卒業後、デザイン事務所・NEC・IT系会社で携帯電話・システムUI・車載器・スマホのアプリ開発などのUX・UIデザインに関わったのち、2016年 に日立製作所入社。
さまざまなサービスに関するUX・UIデザインのほか、行動変容デザインの研究を推進。現在は、医用分野のUX・UIデザインに従事。
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[Vol.2]デザイナーの関わりで学生がどう成長したか
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